ー 月狼の遺志を継ぐ者(4) ー
ノルン達一行が到着する前日のこと、エイグロウ城にあるブレイザブリク帝国騎士団の演習場では、キンッと鋭い剣戟の音があちらこちらで鳴り響いていた。
ここは普段なら近衛騎士団か第一騎士団が利用する演習場であるが、現在は第三騎士団が目下訓練の最中だ。
(
訓練を監督していた第三騎士団団長、シグルド・マーナガルムは静かに考えを巡らせていた。
「いよいよ、明日だな」
汗を拭いながらシグルドに話しかけたのは、副団長であるディートリヒ・サーベラス。『死の先触れ』と恐れられる
「…そうだな」
「気乗りしないか」
「何を言っている。任務に気乗りするしないもあるものか」
「ま、よく考えたら後が怖えーよな」
「お前なぁ…」
ディートリヒの灰色の瞳は細められており、半分からかわれている事を察したシグルドは溜め息をついた。ディートリヒはシグルドよりも幾分か年上であるが、シグルドが成人して立太子を辞し、第三騎士団への派遣を志願した際に母国マーナガルムから付いてきてくれたひとりで、シグルドにとっては貴重な気の置けない仲間である。
「だって、あのドS腹黒参謀殿が溺愛してる妹君だろ?普通に考えたら怖すぎだろ」
「ドS腹黒…アルヴィスだ、アルヴィス。ちゃんと名前で呼べ。親しくとも、彼だって
「ははっ、そこは否定しないんだな。シグルド王子殿下?」
「…ッ。ふざけていないで、さっさと片付けるぞ!」
「へーい。打ち合い、止まれ‼」
「はっ‼」
「整列、休め‼」
ディートリヒの号令と共に訓練は終了し、団員が整列したところでシグルドが発言する。
「今日はここまでだ。事前に説明した通り、明日以降は
「はっ‼」
団員達が各々片付けを始め、終わった者から宿舎へと帰って行く。その後ろ姿を眺めながら、シグルドは皇帝から聞いた
(俺は、どうあるべきだ?マーナガルムを守るために何ができる?)
自問するが、答えは出ない。そんなシグルドの様子を見てか、ディートリヒが声をかける。
「なあ、今回の警護対象って『フリュールニルの戦乙女』だよな?」
「…そうだな」
「どんな美人なんだろうなー。会ったことないよな」
まったく関係のない与太話に、思わず笑ってしまった。この相棒には助けられてばかりだ。
「あぁ。母上なら会ったことがあると思うが、俺はないな」
「女王陛下に聞いとけば良かったな」
「…何を想像してるのか知らんが、不埒な真似だけはするなよ。
「お前こそ、ドS腹黒参謀殿に寝首を掻かれないようにな」
ディートリヒは、悪い顔でニヤッと笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お、迎えはアレかな?」
想像通りに立派なログの街並みがしっかりと見えた頃、リーグル様が騎竜の飛翔速度を落とした。そういえば、今回はブレイザブリク第三騎士団が行動を共にすると聞いている。
「曾祖父様、ブレイザブリク第三騎士団の団長はマーナガルムの王子殿下であらせられますよね?」
「そうじゃな、シグルドは良い男じゃぞ‼」
「ノルンは会ったことがなかったか?」
「アレウス様。合同演習ではいつも私をエイル隊と一緒に後方へ送るではないですか」
その意味も、今では理解できるけれど。最前線で戦ってこそのヘルモーズ隊なのに、いざという場面では後方に回されるのが、役立たずの烙印のように思えて密かに根に持っているのだ。
「そうむくれるな。可愛らしさに拍車がかかるぞ」
「なっ、もう!」
まったく悪びれた様子もなく言ってのけるアレウス様は、子供扱いのソレにしかなっておらず、今度は本当にむくれる。
「がははっ‼奴らも『フリュールニルの戦乙女』に会えるのを楽しみにしておるじゃろうなあ‼」
「曾祖父様っ、その名前はやめて下さい‼」
「何で?お嬢にすげぇ似合ってるじゃん。『
「リーグル様まで…。そんな恥ずかしい綽名は嬉しくありません…」
「似合ってるぞ。フリュールニルの戦乙女殿」
アレウス様にも追い打ちをかけられ、自分の味方がここにいないことにガックリと肩を落とした。
『フリュールニルの戦乙女』とは、認めたくないが私の二つ名である。とある合同演習の際、夜間の野営中に
(はぁ…。皆様ご期待の『フリュールニルの戦乙女』が、実はこんなちんちくりんでしたなんて、
恐らく、城の遣いであるブレイザブリク第三騎士団であろう集団を眼下に、私には余計な悩みが増えるのであった。