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ー 月狼の遺志を継ぐ者(5) ー

「よっしゃ、降りますよーっと」
「父上、我々が先に」
「おう‼準備が済んだら合図をせい‼」
リーグル様とアレウス様が、迎えであろう集団を目がけて高度を落とす。

「私達も一緒でなくてよいのですか、曾祖父様」
「主役は遅れて登場するものよ、がはは‼」
「それって…、あの、すでに姿を目視されていては意味がないのでは…?」
迎えの準備が整うまで待て、ということだろうか。私と曾祖父様が騎乗する緑竜のみ上空で待機した状態だが、アレウス様が騎乗している赤竜とリーグル様が騎乗している胡桃色の竜は無事に地上へと着地したようだ。そして、二人が集団の代表と思しき人物と何やら言葉を交わした後、アレウス様の声が風属性(アネモイ)魔道具(フロネシス)を通して届く。

将軍閣下(オクソール)、問題ありません」
「うむ‼では、降りる。ノルン、そなたは地上でも竜の上で待機じゃぞ‼」
「はい、わかりました」
曾祖父様は手綱を手繰り、集団の目の前へと着地した。私は言われた通り竜に乗ったままだが、竜が大きいのですっぽりと隠れる形になる。

「久しいな、シグルド‼」
「ヴェストリ将軍閣下(オクソール)、ご無沙汰しておりました」
「迎えがそなた以外であったならば、我が愛しい曾孫は連れてこれんかったわ‼」
「それは…。光栄と受け取ってよろしいのでしょうか」
苦笑交じりに応じるのは、木漏れ日のような穏やかな声。恐らく、ブレイザブリク第三騎士団団長シグルド・マーナガルム様のものだ。ヘルモーズ隊とは演習でも実戦でも一緒になることが多いためか、曾祖父様の信用は随分と厚いようで、冗談も言い合える仲らしいことが伺える。

「ノルン、降ろすぞ」
「はい?」
二人の談笑が続く中、アレウス様に両脇を抱えられて竜から降ろされたあと、片腕で抱っこされる。

「ちょ、アレウス様。降ろしてくださいませ」
「ならん」
「えっ」
そのままスタスタと歩き出されてしまい、ぎょっとして思わず周囲を見渡すと、全員の目がこちらに集中していた。そして、曾祖父様と談笑していた青年と視線が交錯する。

(この方が、シグルド・マーナガルム様…)

騎士らしく鍛え上げられた体躯に、凛々しく精悍な顔つき。はちみつを溶かしたような琥珀色の瞳は目尻が甘やかに下がり、フェンリル種を象徴するふわふわな白毛の犬耳と、立派な尻尾が三本。豊かな白い髪は、毛先に向かって三つ編みでまとめられていた。

そんな彼からは殺気や不穏な気配は一切感じず、春のうららかな日差しのような温かさが伝わってくる。私は直観した。それは天啓のようでもあり、この邂逅をずっと待っていたかのような懐かしさすら覚える。

————なぜ、今になって思い出すのだろう。

妖精族(フェアリー)は、無垢の世界(アルケー)の頃より善き隣人であった。だが、その心は人間族(ヒト)への悲しみと憎しみに覆われ、美しき森で舞うことも忘れてしまった。かつてのように息吹きを祝福することは、もはや叶わぬ』
『我らが子、妖魔族(ファフニール)よ。どうか戦なき世を作って欲しい』

代々伝えられてきた始祖の言葉を。

『…どうして…。キミはどうして…っ、俺を選んだんだ…!!』
『キミが、世界の犠牲になる必要なんて…』

ヘスティアが見せた夢の中の悲痛な慟哭を。

シグルド様が、ニコリと優しく微笑む。
私は、ただ納得した。全てが腑に落ちた。

————神々の娘(レギンレイヴ)ならば、出来る。

副将軍(アウルヴァング)、降ろしてください。ひとりで歩けます」
アレウス様の眉間の皺が不満を告げるが、数秒、私の目をじっと見つめたあと、意思を汲んで降ろしてくださった。シグルド様が私に数歩歩み寄り、右掌を左胸に当て、左手を後ろに組んで一礼をする。

「ノルン・アウストリ嬢。お初にお目にかかります。私はシグルド・マーナガルム。この度は、我々ブレイザブリク第三騎士団が貴女をお守りいたしますので、ご安心ください」

対し、私は妖精の羽翼を顕現させたあと、左手を腿にピタリと沿わせ、右腕を開き掌を下にして真横に構えた投げ刀の敬礼で応じる。敵意がないことを示すための、魔王軍における最敬礼だ。

「御目文字申し上げます、ブレイザブリク帝国第三騎士団マーナガルム騎士団長閣下。私は、魔王軍ヘルモーズ隊所属、ノルン・アウストリ。一般兵(スルーズ)であります。そのような令嬢扱いは相応しくありません。どうか一兵卒として扱いくださいませ」

これが、私とシグルド様の出会いだった。

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