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ー 月狼の遺志を継ぐ者(2) ー

「……え?」
「ノルン、すまない。魔王としても叔父としてもお前のことを守ってやれなくて…」
「いや、ユング。これは元はと言えば私が招いたことだ」
「テュール、やめて‼ノルンは貴方とマーニと私、三人の大事な娘なのよ。何でも一人で背負おうとするそういうところ本当に改めて欲しいわ」
「これこれ、痴話喧嘩はやめんか」
「あのっ、お待ちください‼」

(全ッ然、お話についていけないわ!)

またもや私を置いてけぼりにして進む話を制止し、頭の中で整理する。
まず、ブレイザブリク帝国とは人間族(ヒト)の最大領土国であり、いくつかに分かれている人間族(ヒト)の国の中でも唯一、魔王と直接交渉できる立場にある国だ。要は、人間族(ヒト)の実質的な最高統治者であり種族代表たる皇帝陛下と謁見せよという、何の説明にもなっていない説明をされた。それも神々の娘(レギンレイヴ)として。それは把握した。けれど…

「恐れ入りますが、いくつか確認をさせていただいても?」
「もちろんだ」
ユング叔父様は『ドンとこい』と言わんばかりに息を巻く。

「では、皆さま。まずは、お茶のおかわりをいただきましょう」
「何故だ。お前の身が…」
「皆さまが、私を置いてきぼりにして、お話を進めようとなさっているからですっ。緊急事態ですって?すでに事が起こってしまっているのでしたら、悠然とした態度で臨むべきと曾祖父様に教わりました‼」
わざと一言一言区切って強く主張し、その間にも魔王様付き侍女へお茶のおかわりをお願いする。

「……」
「……」
「…そうね」
「がはは‼さすが我が曾孫よ‼ほんに愛いのう…」
息巻いていたユング叔父様は呆気に取られたようなお顔をなさり、お父様は心なしか申し訳なさげに目配せをし、お義母様は私の気持ちを慮って下さり、曾祖父様だけはしたり顔だ。

コポコポと心地良い音と共に新しいお茶が用意される。さすがは魔王様付きの侍女。供されたのは、メリサグラのハーブティー。爽やかな柑橘系の香りで気分をすっきりとさせてくれる。場の仕切り直しにはぴったりのお茶だ。

ひとくち、ふたくち、お茶をいただいたところで再度お話を再開する。

「まず、皆さまにお伝えしたいのですが、本件につきましては昨日ユング叔父様がイーダフェルトまで伝令使(サーガ)を遣わして下さり、事の概要をお知らせ下さったものと認識いたしました」
こくり、とユング叔父様が頷く。

「しかしながらそのお知らせの際、私は魔力酔いのような症状で倒れてしまい、お父様よりお話を伺えておりません。これはお父様の落ち度ではございませんこと、改めて申し上げます」
「うむ、わかったぞい」
皆が頷き、曾祖父様が了承のお返事を下さる。

「ありがとうございます。そして先ほどお伺いした、ブレイザブリク帝国へ赴き、神々の娘(レギンレイヴ)として皇帝陛下と謁見せよとのご命令についても、確かに拝命いたしました。ただ、その理由についてもう少々詳しくお伺いしたいのです。ユング叔父様は『私を隠しておけなくなった』と仰られました。その意味が理解できておりません」
「…そうだな…」
珍しく、ユング叔父様が言い淀む。ユング叔父様は、歴代魔王の中で最も融和的と評されるカリスマ性を持った優秀な為政者だ。実用的かつ実践的であることに重きを置く現実主義者(リアリスト)であり、国民を第一とするその姿勢をもって我々臣下からの絶対的な忠誠に応えて下さる。そんなユング叔父様が言い淀むということは、国民の益にならない可能性を孕んでいるということだ。

(そしてそれは、私が神々の娘(レギンレイヴ)だから…でしょうね)

皆が押し黙り、ティーカップをソーサーに置く音だけが静かに響いた。

「…私が話そう」
口火を切ったのは、お父様だった。

「おい、それは俺の魔王としての役目だ」
「いや。これは私が父親として、我が娘に話しておきたいのだ。許せ、ユング」
「……」
「…テュール…」
お義母様が痛ましげにお父様の名を零す。私の産みの母であるマーニお母様のことについては、今まですべてフォルセティお義母様が話して聞かせて下さっていた。
お義母様は四家の一角であるヴェストリ家にお生まれになり、お父様やユング叔父様とは幼少の(みぎり)より遊び相手として、学友として、戦友として共に歩み、特にテュールお父様とは家同士公認の婚約者のようなものであったという。しかし当人は恋愛感情よりも戦場で背中を預け合える信頼の絆で繋がっており、お父様曰く『感情表現が乏しい自分の最大の理解者』なのだそうだ。
そして今も、血族を重んじる妖魔族(ファフニール)にありながら、血の繋がりが少ない複雑な我が家を真心で繋ぎとめてくださっている人格者でいらっしゃる。そんなフォルセティお義母様だからこそ、大精霊(エネルゲイア)という世界の摂理そのものである存在のマーニお母様とも親愛の友情で繋がれたのだろう。

「…わかった」
「すまないな」
兄弟はたったその一言だけで通じあったようだ。

「ノルン。これから話すことは国家機密だ。だが、お前にはそれを話さなければならない理由がある」
「…私が神々の娘(レギンレイヴ)だから、ですね」
「曾孫殿は聡い子じゃ。テュールよ、この娘には遠慮は無用ぞ。これは師としての助言じゃ」
「…はい」

そして私は知ることになる。
この世界エンテレケイアの本当の姿を。

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