ー 月狼の遺志を継ぐ者(1) ー
突如として現れた、曾祖父様ことグラディウス・ヴェストリ
「どうしてこちらへ⁉」
「聞いておらんのか⁉迎えじゃ、迎え‼我が孫と坊主どもが首を長くしてそなたを待っておるわ‼」
魔王軍では、空でもお互いの声を届け易くするために、
曾祖父様の仰る孫とはフォルセティお義母様のことで、坊主どもとはお父様と…恐れ多くも魔王様のことである。不敬極まりないが、曾祖父様は三人へ戦う術を叩き込んだ御師様でもあるためか、魔王様も特に咎める様子はない。
「遅れたつもりはなかったのですが、お手間をおかけしてしまい申し訳ありませんっ」
「手間じゃと⁉我が曾孫殿は相も変わらず他人行儀じゃのう‼」
曾祖父様はそう宣うなり、愛騎である緑竜の尾で私を巻き取るとそのまま背に乗せ…
「がははっ、吹き飛ばされてくれるなよ‼そなたは‘ちまい’からの‼」
「きゃあああっ⁉好きで小さい訳ではありませーーーん!!」
私に出来たことといえば、見目への反論と、蒼穹を駆ける緑竜から落ちないように必死に曾祖父様の腰にしがみつくことだけだった。
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「坊主ども‼愛する我が曾孫を連れて来たぞ‼」
「…ま、魔王様…ご機嫌麗しゅう……」
「なっ、相変わらずなんて雑な扱いをしやがるクソ爺‼さっさと降ろしてやれ‼」
あのまま最上層である第六層の
口汚くも曾祖父様を窘めたのは、魔王ユングヴィ・リジル・ミュルクヴィズ様御方であり、場に居合わせたお父様はいつも通り読めない表情のまま座っていたソファをそっと空け、お義母様は呆れて額に手を当てている。
「まったく…。ノルン、大丈夫?」
「はい…。お義母様、だ、大丈夫です…」
「可哀そうに。レディになんて扱いかしら。眩暈が収まったら、お茶を飲みなさい」
お義母様に膝枕で頭を撫でられながら、眩暈と動悸が収まるのを待った。
「本当に大丈夫なのかノルン。具合悪かったら少し休んでいくか?」
「いいえ、魔王様。問題ございません…」
「おい、いつも言ってるだろ。私的な場では名前でいいって」
「…ありがとうございます。ユング叔父様」
「よしよし」
魔王様…もとい、ユング叔父様にまで頭を撫でられる。
(お義母様、ユング叔父様。‘ちまい’ですが、私はもう成人しております…)
この見目のせいで家族親族に限らず、気心知れたヘルモーズ隊員にも同様の扱いを受ける私は、もはや反論するだけ無駄だと知っている。しばらくしてようやっと落ち着きを取り戻し、魔王様付きの侍女が用意してくれたお茶をいただいて、ほっと人心地付いた。
「さて…。魔王殿、いかがなされるのか?」
口火を切ったのは曾祖父様。
「どうするもこうするも…。もうやるしかねえ」
対し、ユング叔父様が剣呑な返事をする。
「もう、私達だけでは守り切れないのね…」
お義母様がぽつりと零した。
「……」
何も言わず、じっと私を見つめるお父様。相変わらず表情は読めない。
「あのぅ…」
そして、話題にまったくついていけない私。
「なんだ」
「ユング叔父様。恐れながら…私、状況がまったく掴めておりません…」
「は?」
「え?」
「ん?」
ユング叔父様、お義母様、曾祖父様が同時に私を見やる。
「おい、兄貴。
「あぁ。だから登城したし、ノルンも呼んだだろう」
「…テュール。貴方まさか何も言っていないの?」
お義母様が呆れたと言わんばかりの口調でお父様を窘める。
思い当たる節がひとつだけあった。
「もしかして、エーシル様がお持ちになられた…」
「がっはははは‼この緊急事態に何も説明しておらなんだとは‼」
「ちが、あの、違います!お父様は悪くないのです。私がイーダフェルトで倒れてしまって…って、え?何かあったのですか⁉」
曾祖父様の豪快な笑い声に一瞬惑わされそうになったが、緊急事態だと確かに聞こえた。しかし、緊急事態ならなおさら
「はぁ…。もういい、俺が説明する」
ユング叔父様が居住まいを正して私と向き合う。魔王の証である漆黒の瞳に見つめられると緊張してしまい、思わず生唾を飲み込んだ。
「ノルン、よく聞け。もう俺たちでお前を隠しておけなくなった。