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ー 揺れるアールタラ(4)ー

第四層。自領、アウストリ家領を眼下に見下ろしながら考える。
そう。魔王様は決して、我が国ミュルクヴィズから離れることができない御身なのだと。

これは内政や安全確保の問題ではなく、ミュルクヴィズの成り立ちに関わることで、魔王という役割が世襲制ではない理由でもある。魔王とは、妖魔族(ファフニール)の中で魔王の役割を果たせるものだけがその座に就くことができるのだ。それは…

始祖の支柱(ファグルリミ)と己の魔力回路(ヒュレー)を繋ぎ、自らの内在魔力(ないざいデュナミス)を用いて国土を維持し続けること』

つまり、魔王様はその膨大な内在魔力(ないざいデュナミス)を常に消費し続けている状態であり、遠からず必ず魔力枯渇に陥るため、年齢や健康状態に関係なく在位100~200年ほどで崩御なされる。魔王が祖先に近い血を持つ四家から必ず輩出されるのは、始祖の血に近い者は約800年もの寿命を保てるほど潜在的に内在魔力(ないざいデュナミス)が多いためだ。
現魔王ユングヴィ・リジル・ミュルクヴィズ陛下は、在位から80年余り。そろそろ次代の魔王候補選定も始まる頃だろう。

これはお義母様から聞いたお話だけれど、本来であればテュールお父様が四代目魔王の筆頭候補だったらしい。かつてより妖魔族(ファフニール)の中でも抜きんでて内在魔力(ないざいデュナミス)が多く、成人から間もなく軍神と綽名され、次代の魔王と見込まれていたのだと。

しかし、それは妖精戦争が残した傷跡によって運命が変わることになる。

お父様はとある討伐の帰り道、夜空に輝く星々のような煌めきを纏う神秘的で大変美しいひとりの女性と出会う。それが、私の産みの母である光の大精霊(エネルゲイア)…マーニお母様だった。
マーニお母様は妖精戦争の戦火により、暮らしていた森もエルフ族の里も焼き払われ、魔力(デュナミス)をほとんど失い、何百年もたった一人で消滅を待つばかりだったのだという。

そんなマーニお母様を助けるために、お父様は自身の魔力回路(ヒュレー)を無理やり繋いで魔力(デュナミス)を分け与えたが、その影響で魔力回路(ヒュレー)の一部が損傷し、ミュルクヴィズの国土維持に必要な始祖の支柱(ファグルリミ)と繋がることができなくなってしまったのだ。

ただ、それによって一時的ではあるものの、光の大精霊(エネルゲイア)として力を取り戻したマーニお母様は、お父様と結ばれて私を産んだ。けれども、この世界エンテレケイアの均衡を保てるほどの魔力(デュナミス)は残っていないことを悟り、最後の魔力(デュナミス)でお父様に光属性(アイテール)の加護を授けて、産まれたばかりの私を大親友となっていたフォルセティお義母様に託して消滅した。

この際に発生した【精霊の祝福】が、近年で最も新しい祝福だ。
精霊の祝福が発生すると、世界には一時的に魔力(デュナミス)が大量供給され自然界に様々な生命が息吹く。マーニお母様の祝福では、特に多くの月星草が咲き乱れたという。

月星草はミード調合でも使われるが、本来は平野に咲く小さな花で、生命力が強く、割とどこにでも自生しているものだ。通称の「大地の星々〔グランアステル〕」として呼ばれる方が多い。
花弁が透明なため昼間はただの雑草にしか見えないが、夜になると花弁がオーロラ色に発光して花粉が煌めき、美しい花の姿が明らかになることにより、夜間の道しるべとして街道沿いに植えられているほか、玄関先に飾ったりされて親しまれている。

ミード調合といえば、使われる蜂蜜のほとんどは獣人族(キメラ)の国マーナガルム産だ。人間族(ヒト)から解放されて国を与えられたとはいえ、ただの生物兵器として生きてきただけの彼らは、それ以外の生きる術をもっていなかった。国という器があっても、内政が機能せず、産業がなければ国民は飢えてしまう。そこで人間族(ヒト)妖魔族(ファフニール)が話し合い、妖魔族(ファフニール)の庇護下に入れるという条件の下で内政や教育、養蜂などの産業技術を授けたのだ。養蜂を選んだ大きな理由の一つとして挙げられるのが、月星草の蜜を好んで採集する蜂型の魔獣(フォボス)がいるということ。魔獣(フォボス)が相手となれば、人間族(ヒト)では分が悪い。
月星草の蜂蜜はミード調合の材料として軍事的価値も高く、人間族(ヒト)の貴族の間では採取のリスクと合わせて非常に高価な嗜好品として取引されているらしい。月星草の蜂蜜はお茶に溶かすと甘い香りと星のような煌めきが映り込み、その様子がとても美しいのだとか…。

(お茶に美しさを求める理由がよくわからないけれど、見目が美しいものはそれだけで味が変わったように感じるのかもしれないわね)

考えを巡らせているうちに、第四層を超え、第五層ヴェストリ家領地へと入る。
我らがヘルモーズ隊の軍本部を眼下にしたとき、ぶわっと風を切る轟音と共に、ひと際大きな緑竜が目の前に現れた。

「きゃぁっ」
「がはははは‼なーんじゃその可愛らしい悲鳴は。それでもエインヘリヤルと言えるのか、我が曾孫よ‼」
「ひ、ひ、曾祖父様⁉」

緑竜に騎乗していたのは、ヘルモーズ隊を率いるグラディウス・ヴェストリ将軍閣下(オクソール)。私の、曾祖父様だった。

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