蘇生
星の大釜の底、中心部の土肌はあらわになり、焼かれたように焦げている。ロードの引き起こした爆発と魔槍の衝撃の影響か大地はえぐれ、生物の痕跡はなかった。
荒れた土地をヴァルは少しだけ身体を浮かせ、軽く前傾姿勢をとって進んでゆく。その上に乗るユウトは焦げた臭いを嗅ぎながら、大釜の斜面を見上げた。
せりあがってゆく斜面を放射状に飛び散っているいくつもの黒い筋。それは大魔獣の跡形もない残骸だった。
「ラトム、ここにネコテンの核があるのか確認してくれ?」
「あるっス。とてもたくさんありすぎて数えきれないっス」
すでに確認を進めていたのかラトムの返答は素早い。ユウトは胸が緊張で引き締まるように感じた。
そのうちヴァルは進行をやめ、停止する。そこは山のように積みあがる黒い毛束の目の前だった。ユウトはヴァルから降り立ち、しゃがみこんで黒毛に触れる。その毛は長くつややかでさらさらと流れ、見た目以上の重みを感じた。
ユウトの首元にいたセブルは黒毛の上に降りると、足元の毛の様子を前足で踏んで確認する。そしてはっとしてユウトを見上げた。
「ユウトさん・・・!」
「ああ!考えてた通りだ。まだ魔力が宿ってる。これなら・・・」
「すぐに取り掛かります!」
セブルはそう言ってもぞもぞと黒毛の中に分け入る。
「ラトム、黒毛とつながっていない核を見つけたら接触させてやってくれ。一匹でも助けたい」
「わかったっス。でも・・・セブル、数は多いっス。無茶しちゃだめっス」
「・・・うん。わかってる」
ラトムは心配そうにセブルに語りかけ、ユウトから飛び立ってゆく。セブルはどこか煮え切らない声で返事を返していた。
ユウトはそのことが耳に引っかかる。
「では・・・やります」
セブルは掛け声と共にぶるっと身体を震わせ、全身の毛を波立たせた。
ユウトは感じる。飛散した黒毛に含まれる魔力が重なり合った黒毛を通して、ゆっくりと流れ始めた。
その様子を見守るユウトの元に少し遅れてディゼル、ノエン、デイタスの三人が追いつく。ディゼルが不思議そうにユウトに尋ねた。
「ユウト、これは何をしているんだい?」
「えーっと・・・」
ユウトは振り向き、少しばつが悪そうに言葉を選びつつ慎重に答え始める。
「カーレンと対応した街道の魔獣の件を覚えているよな?」
「うん。カーレンと一緒に報告書を制作したからね・・・ということは、またネコテンを助けるのか」
「ああ、そうなんだ。ここには操られていたネコテン達の核がある。このままだと死んでしまうネコテンをどうしても助けてやりたい」
それを聞いたディゼルは口に手をあててうつむき、ユウトから視線を外して黙った。
ラトムは魔力の流れが途切れた場所に黒毛を引っ張りつないだり、時には核ごと黒毛を運んだりと慌ただしく飛び回っている。ディゼルの沈黙に耐えられずユウトは口を開いた。
「ディゼル・・・調査騎士団としては見過ごせないものだろうか?」
ディゼルはユウトに視線だけ戻す。
「ここでネコテンの命を救ったとして、それからどうするかを決めているのか?」
「決めている。ネコテンの扱いに慣れた知り合いがいるから、その人に任せる手筈になってる。その後についてもクエストラ商会と話は進めているし・・・」
「確かにクエストラ商会にもユウトより紹介がありました。契約を進めているところです」
これまで黙っていたノエンが一歩大きく前に出て、ディゼルを正面にユウトの言葉に付け足し、腰をかがめた。
ディゼルは少し驚いてノエンを見る。そして肩を落として力を抜くと顔を上げユウトに向き直った。
「わかった。僕の方から言うことはない・・・実のところ、僕は書類制作が苦手でね。この場にいる騎士団員は僕だけだから、一人で制作しなければいけないと考えると少し気が滅入ってしまった。心配させてすまない」
ディゼルの言葉にユウトはほっとして息が漏れる。元居た位置に戻って向き直ったノエンと目が合い、小さく頷いた。
そこに突然、ヴァルの声が掛けられる。
「ユウト。状況ガ変化シタ。セブルヲ見ロ」
すぐに振り向いてユウトはセブルを見た。
黒毛にうずもれながらセブルの小さな身体が大きく上下している。その様子にユウトは胸騒ぎが強くなっていくのを意識せざるを得なかった。
「セブルハ無茶ヲシテイル」
「どういった?」
「セブルダケデハ魔力モ出力モ足リナイヨウダ。時間経過ニヨッテ、徐々ニ流レガ悪クナッテイル」
「オレに、できることはあるか?」
ユウトの質問に対し、ヴァルは一瞬の間をおく。
「セブルヲ引キ離ス事、モシクハ外部カラサラニ魔力ヲ送ル事、ダガ後者ニハ危険ヲ伴ウ。ユウトノ魔力モ尽キカケテイル。丸薬ノ副作用ガ何時出テモオカシクナイ」
ヴァルの説明を聞いてユウトは微笑んだ。
「ありがとう、ヴァル」
「・・・忠告ハシタゾ」
ヴァルの言葉と共にユウトは力強い足取りでセブルの元に歩みを進め、黒毛の山に足を踏み入れる。迷いのないユウトの素早い行動にディゼル達三人はユウトの名を呼び止める事しかできなかった。
その声がユウトの耳に届くのと同じくしてユウトは深くしゃがみ、両手で脈打つセブルを包み込む。ユウトは指先から熱が逃げていく感覚と共に間もなく意識を失った。