ー 見えざる手(4) ー
「た、助かりました。お嬢…」
「いいえ。これは上長たる我がお父様の監督不行き届きですから、どうぞお気になさらず」
お父様といえば、相変わらず感情の読めないお顔で積みあがった書類に粛々と目を通しては不備に回したりサインをしたりと、事務仕事をこなしている。
(お昼も過ぎているし、皆さまにお茶でも淹れましょう)
「お父様。調合を再開する前に、皆さまで一休みされませんか」
「…そうだな」
一応、反省はしているらしい。少しだけしおらしい口調で同意した。
お茶を淹れるといっても、ここはあくまで調合室なので調合用の鍋を拝借して、茶葉を煮出すだけでさほど手間はかからない。
(そうね、肩こりと腰痛と…連日の寝不足によるストレスといったところかしら。では、ピリュラーの葉とアプロディタの葉に、カマイメーロンの茶葉でブレンドハーブティーにしましょう)
ピリュラーの花と葉は
カマイメーロンの葉はミード調合の薬草としては使われないが、香り付けハーブとして混ぜることもある。
「…どうぞ、お父様」
「あぁ、何から何まですまないな」
「いいえ」
お養母様のお話しによると、お父様は幼少の頃より所謂天才肌タイプであったらしく、日常生活の中では周囲の機微に少し鈍感なところがある。それでも戦場では人が変わったように察しがきくようになるのだから不思議なものだ。
「さあ、皆さまも一休みなさってください」
「ありがとうございます、お嬢~!」
「ん、これうまいですね。ピリュラーとアプロディタですか」
「はい、あとカマイメーロンも。皆さま色々とお疲れが溜まっていらっしゃるようでしたから」
「あー、もう。お嬢はこーんなに気が利くのにウチの閣下ときたら」
「ほーんとですよ。お嬢、もうウチの隊に来てくださいよ」
「まあ、皆さまお上手ですのね。でも…その…、人事ばかりはどうにも」
「「「ですよねー」」」
職員が全員お父様を睨め付けた。
「なんだ。私に言ってもどうしようもないぞ。だいたい、今回もヘルモーズ隊からの依頼だから支援要請が通っただけだからな」
「わかってますよーだ」
「言ってみただけですよーだ」
「ふふっ」
お父様は、エイル隊の隊員達から深い親愛の情を向けられている。
気が利かない面はあるが、いざ戦場に赴くとなれば、自らの命を預けることになる
(そう、今回の依頼はヘルモーズ隊からなのよね…。緊急の討伐依頼は来ていないし、遠征の予定もなかったと思うのだけれど…)
私がエイル隊に駆り出される時は、決まって同じ注文が入る。
ミード作成の最終段階で
より効果の高いミードが必要ということは、通常よりも高度な軍行であるということ。しかし、私にはまだ何も知らされていない。当然、お父様はご存じでいらっしゃるだろうから、箝口令が出ているのだろう。
であれば、考えるだけ時間の無駄だ。軍人たるもの、指揮命令に従い、やるべき事をやるべき時にやるだけだ。
「ふう、さーて。一息ついたし、またやりますかねぇ」
「あ~、やだ~」
「文句言うな。お嬢がお茶まで淹れてくださっただろ」
職員が各々の持ち場で作業を再開する。
「お父様。ご命令を」
「あぁ。お前はまずはこれを調合してくれ」
「はい。承知いたしました」
ミード作成リストを受け取り、さっと目を通す。
「…お父様。これは…」
「すまないな。今は、ひとまず調合を頼む」
「はい、承知しております…。では、皆さまがお作りになっている
「…。必要になったらリストを渡す」
「承知いたしました」
少しだけ危険な予感がする作成リストだが、
(今はひとまず、ミード調合に集中しましょう)
私は早速、薬草の選定を始めた。