各種ミード作りの工程は、基本的にあまり変わらない。
但し、世界中で使われている各種ミードを全て手作りするのはもちろん無理があるので、繊細な作業を必要としない工程は、調合士が監督の下、魔具技工士が作った魔道具を用いて大量生産を可能にしている。
————ミードの作り方の基本はこうだ。
(1)錬金術で不純物を取り除いた魔晶石と、薬草を乳鉢に入れる。
(2)薬草と魔晶石を砕きながら乳棒で混ぜ合わせる。
※香り付けのハーブや、スパイスを加えることもある。
(3)蜂蜜と水(蜂蜜の約2倍~3倍)を少しずつ練り加える。
(4)完全に混ざったら白色の耐熱ガラス鍋に移す。
(5)鍋を火にかけ、色が変わるまで木製レードルで混ぜ続ける。
(6)完成色に変わったら、目の粗い網で濾し耐熱容器に移す。
(7)濾した水溶液が入った耐熱容器を冷水にさらし、粗熱を取る。
(8)目の細かい布で水溶液を絞り濾しながら、別の容器に移す。
(9)木製の蓋をして、冷暗所で2~3日寝かす。
(10)錬金術で最終的な不純物の取り除きを行う。
※必要に応じて治癒魔法付与を行う。
(11)魔道具の鑑定機にかけ、品質を確かめる。
(12)使用量1回分を透明容器に入れ分ける。
(13)作成者名もしくは、責任者名をラベル貼りして完成。
作成手順の中で「混ぜる」「濾す」「絞る」「容器詰め」は、魔道具任せだ。調合士《ハーナルヴィト》は、錬金術で不純物を取り除く作業、材料を入れるタイミングの見計らい、完成色の見極め、品質の鑑定、ラベル貼りなどを担う。
しかし、魔法抵抗強化薬と精神異常回復薬は、材料が非常に希少なことと、軍需品としての価値が高いため、調合士の中でも特に優秀な者へ与えられる【ミーミル徽章】持ちしか作ることを許可されていない。
ちなみに私は、ミーミル徽章持ちだ。ついでに言うと、光属性の上位魔法である治癒系魔法が使える者に与えられる【ヘイムダル徽章】も賜っている。
ヘイムダル徽章に至っては、神々の娘であるが故のおまけのようなものだし、ミーミル徽章は、自分で魔力酔い覚ましを作れないと生活に支障があるから薬学と錬金術を学んだのであって、半分は趣味で半分は実利という不純な動機が功をなして賜るに至ったものだ。
(はぁ…なんだか今日は調子が狂うわ。この沈んだ気分も、夢の織り手のせいかしら。それとも、ヘスティアの言葉が気にかかっているの…?)
自問自答したところで答えは出ない。とにかく今は、やるべき事をやるしかないのだ。眉頭をぐりぐりと押して目をスッキリとさせ、気合を入れる。
————まずは、外傷回復薬。
材料は、水と蜂蜜、ヒュギエイアの樹皮、水の魔晶石。
————次に、鎮痛薬。
材料は、水と蜂蜜、ピリュラーの花、ピリュラーの葉、風の魔晶石。
————次に、魔力酔い覚まし。
材料は、水と蜂蜜、アプロディタの葉、リコリス草、地の魔晶石。
————そして、魔法抵抗強化薬。
材料は、水と月星草の蜂蜜、イコルの実、モーリュ草、闇の魔晶石。
————最後に、精神異常回復薬。
材料は、水と月星草の蜂蜜、ムネモシュネの花、月星草、光の魔晶石。
外傷回復薬、鎮痛薬、魔力酔い覚ましは、魔道具をフル稼働させて平行して調合してしまおう。それらが終わったら、問題の魔法抵抗強化薬と精神異常回復薬の調合だ。
寝かせる手間がある以上、どうせ今日一日では終わらないのだし、腰を据えて、私にできることを精一杯努めよう。
ミード作りで品質を最も左右するのは、不純物の取り除きと完成色の見極めだ。不純物の取り除きは錬金術の修練を積んでいれば問題ない。しかし完成色の見極めは、その日の温度や湿度、用いる材料の状態によって左右されるため非常に難しい。
外傷回復薬の完成色は、朱色。ほんの少し黄色を帯びた鮮やかな赤色。
鎮痛薬の完成色は、勿忘草。材料であるピリュラーの花は黄色だが、調合過程でミオソティスの花のような可憐な明るい青色に変わる。
魔力酔い覚ましの完成色は、花萌葱。材料となるアプロディタの葉とリコリス草の色をより強く濃くした緑色。
魔法抵抗強化薬の完成色は、檳榔子黒。青みを含んだ気品のある黒色。
精神異常回復薬の完成色は、女郎花。ムネモシュネの花の色をそのままに、明るい緑みを含んだ黄色。
これらの完成色はすべて太陽光の下での判断になるため、水溶液を火にかけて混ぜ続ける場所には、太陽光と同じ色の光を放つ魔道具の照明器具がぶら下がっている。つまり私は、ミードを作るのにも魔力酔い覚ましが必要なのだ。
生活魔術程度であれば一日一本も飲んでいれば問題ないが、特別な魔道具で溢れるイーダフェルトにいるせいか、今日はすでに少し魔力酔いを起こしかけているのを感じる。私は常備している魔力酔い覚ましをぐいっと飲み欲し、調合作業に取り掛かった。
しおり