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有償限定!特効おまけ付きダブルリトライ・ステップアップ親ガチャ

「おい、起きろ」
「あ? なんだよ、まだ寝かせてくれ」
「お前のために来てやったのに、なんて言い草だ。これならどうだ?」
「うお! なんだそれ、本物の拳銃か?」
「ようやく目が覚めたようだな」

 辺りを見渡すと、打ちっ放しのコンクリート壁で囲まれた部屋にいることに気がつく。広さは教室くらいだ。

「どこだよ、ここ? それにあんたは? とりあえずそれ、下げてくれよ」
「さっきからタメ口だな。見た目にもお前より年上だろうに」

 目の前には四十くらいの中年男が立っている。坊主頭で、上下ともに白のスウェット姿。どこかの病院から抜け出してきた狂人だろうか。

「やっぱり、お前らはこれを向けられると大人しくなるな」

 男は拳銃を天井に向けて撃つ。すごい反響音が耳をつんざき、排出された薬莢が床に転がる。間違いなく本物だ。

「こんなところに閉じ込めてどうする気だよ。身代金か? それとも、カラダ目当ての変態か?」
「十五のガキのわりには意外に度胸あるんだな。まあ、そうじゃなきゃ親を捨てようとは思わないか」
「何の話だ?」
「覚えてないのか? 転送のショックかもしれない」
「転送? あんた、イカれてるのか?」
「面倒くさいな。お前が言ったんだろ、『親ガチャ、引きなおしてえ』って」
「あ……」
「思い出したような。だから、それを叶えてやる。時間がないから割愛するが、我々はお前らが言う、神さんの世界の住人だよ。わたしはあくまで使いにすぎないんだが。夢だの、トリックだのくだらない議論はしたくないから、ちょっと頭を貸せ」
 男は銃を持っていないほうの手でおれの頭をつかむ。直後、電流が走ったような衝撃が頭から全身に走った。
「……ああ、そうか。理解した」

 洗脳でもされたみたいに、何の疑問の入る余地もなく、すべての状況が理解できた。こいつは神の使いで、おれが自宅でつぶやいた願いを聞き入れ、この空間に連れてこられたのだ。

「で、親を引きなおしたいのか?」
「ああ、あんなろくでもない親はそういない。そりゃまあ、虐待されてるわけじゃねえし、もちろん下には下がいるよ。でも、親父はまともに働かないで酒ばっか飲んでるし、お袋はパチンコ狂いで家事はおれに押しつける。どっちも性格は最悪で、近所からも嫌われてる。借金はかなりの額らしいし、このままじゃ、大学はおろか、高校の学費も払っていけるのかわからねえ。違う親の子として生まれなおしたくもなるだろ?」
「わたしからは否定も肯定もしないが、お前がそれを望んだからやってきた。お前は選ばれたんだよ。何千という同じ願いを持つ者から、今回はお前がピックアップされた。で、まずは台を選べ」
「台?」

 突如、おれの目の前に小さい長方形のシールみたいな薄い物体が浮かび上がる。何枚もふわふわ浮かんでいる。

「どれも640×160のサイズだ。『バナー』っていうんだろう。お前らにとってわかりやすくした」

 その一つに近づき、書かれている文字を読む。

「『スタンダード親ガチャ』? なんだよこれ」
「ごく一般的な親ガチャだ。お前はもう引いてるからそれはダメだ。『リトライ』と付いているものにしろ。親の引きなおしができる」
「『ダブルリトライ親ガチャ』ってなんだ?」
「二回まで結果を引きなおせるんだよ。つまり、三回の抽選チャンスだ。お前だったら、あと二回引ける」

 バナーにはどれも『○○親ガチャ』と書いてある。それぞれに特色があるようだ。

「聞いたところ、お前は貧困で苦しんでるそうだな。だったら『おまけ付き』はどうだ? 人生のある時期に大金やらを獲得できる。受取開始日は物によって異なる」
「この『特効付き』は?」
「能力にボーナスが付くんだよ。持って生まれた才能だな。幼少時から外国語を話せたり、教授レベルの頭脳を持った子がいるだろう。他にも類まれな運動神経や芸術的才能を持つ子が。もちろん、英才教育によるものもあるが、特効としてのボーナスを付与されて、この世に生を受けた子たちがいる」

 おれはいくつもの親ガチャの説明を聞かされた。『ステップアップ親ガチャ』、『資産一億円以上確定親ガチャ』、『11連親ガチャ』(11人の親の子として共同育児として育てられるらしい)、それに『復刻親ガチャ』(過去の時代に戻って、その時代に生きた親の子として生まれるそうだ)なんてものも。

「より得するやつを選べばいいんじゃないのか? あえて普通のリトライ親ガチャを回すバカがいるのか?」
「バナーをよく見ろ」

 おれは気づいた。一部のガチャには『有償限定』と書いてあることに。

「なんだよ、これ」
「身を削る対価を払ってもらうということだ。つまり、寿命だ。例えば、『ステップアップ親ガチャ』だったら、最終ステップでは資産も、才能も、愛情も確約されてる。だが、そこに到達するまでの各ステップで寿命をどんどん消費していく。最終ステップまで進めば、すべてを持った状態が保障される代わりに、そいつは早死にする」
「ふざけんな。誰がこんなもん回す?」
「そうか? 結構、人気だぞ。そもそもがお前の親にしたって、最低レアリティじゃない。引きなおした結果、クズみたいな親の下に生まれ、虐待を毎日受け続けるかもしれない。それを思えば、寿命を削ってでも保障が欲しくなるのは不思議じゃないだろう」
「結局は運よく、いいところに生まれたやつの勝ちってことじゃねえか」
「まあ、否定はしない。だが、生まれがどんなでも、自らが努力して、スキルを身につけ、資産を増やし、限界を突破していくことは可能だ。困難な人生の課題でも、仲間の助けで打ち勝てる」
「道徳の時間みたいな説教はやめろよ」
「世界はアップデートを繰り返している。そのときまでは世界ランクの上位者であっても、アプデ後の世界に対応できるよう、自分を高めなければ、そいつは生き残れない。努力しなさいってこった」
「偉そうなこというけどよ、越えられない壁はあるだろ。どこにでもいるノーマルな凡人がどんなに努力したって、スーパーレアなやつには勝てねえ。ましてや歴史に残る、レジェンドになんかなれっこねえ。犯罪者なら別だけど」
「ああ、言うとおりだ。人間関係だってそうだ。資産がある者のほうが持てる仲間の数も違う。ランクインしなきゃ、皆に注目もされない。世界に害を及ぼすバグになれば、世の中に告知されるだろうが」
「なんだよ、つまんねえ」
「引きなおすかどうかはお前次第だ。ただのリトライなら、無償でやらせてやる。それ以外は全部、有償だ。命を削れ」

 即答で断ろうかと思ったが、いまの境遇を考えれば、この先もろくな未来が待っているとは思えない。そのとき、生まれを後悔してももう遅い。そう考えていたとき、突如、部屋の中が真っ暗になる。

「おい! 何が起こった! あんた、いるのか? 返事してくれ!」

 体が動かない。目や耳は大丈夫だ。意識と感覚だけがある。闇と静寂。おれは恐ろしくなった。
 どれくらいの時間が経過したのかはわからないものの、部屋に明かりが戻ったと同時におれの体も自由になった。

「すまん、ちょっと不具合が起こっていた」

 男の声はうしろからだった。振り向くと、彼がいた。が、服装は白いTシャツと短パン姿になっており、銃も持っていない。

「不具合を復旧させるために緊急でメンテナンスを行っていた。リセットしたおかげで、わたしの出で立ちもデフォルトに戻ってしまった。うしろから話しかけてすまない。ここが元々の定位置なんだ」
「よくわかんねえけど」
「話の続きだ。どうするんだ、引きなおすのか?」
「ただの引きなおしだけなら、何も払わなくていいんだよな?」
「無償にこだわるやつだな。そうだよ」
「それなら……」
「言い忘れたことがある」
「なんだよ?」
「言っておくが、これはゲームじゃない。お前らがよく遊ぶゲームのガチャなら、まったく同じキャラクターが出てくることは普通だろう。データ的に言えば『カードID』、その同じカードIDのキャラクターを重複してゲットすることは自然なことだろ。しかし、親ガチャに重複はない。どんなに似通っていても、すべて違う人間だ。もし、IDで管理するなら、すべてがユニークな番号だ」
「それはどういう――」
「引きなおしたら、同じ親の子として生まれなおすことは二度とない。そういうことだ。注意事項の説明が遅れて、すまなかった」

 リトライしたら、いまの親父とお袋はもう赤の他人だ。あいつらは親じゃなくなる。だが、それに未練などあるか? 他の親だったら、もっとおれの人生、豊かだったはず、そう願ったことは数え切れない。いまがチャンスじゃないのか。でも……。

「それと今回の親ガチャはすべて期間限定親ガチャだ。さっきのメンテナンス時間の影響での延長はない。悪いが、開催終了まであと三分だ。引きなおすのかどうか、どの親ガチャを回すのか、決めてくれ」
「ああ……」

 いまのまま努力するか、一か八かに賭けて引きなおすか。
 親父とお袋の顔が浮かぶ……。

「あと一分だ」

 よし、おれは腹を括った。

「決めたよ、おれは親ガチャを――」

(完)

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