神々の娘なんて大それた名前で、さぞかし大精霊のお強ーい加護のもと、素晴らしい魔法でも何でも使えるんでしょうって?
「ふふ…っ」
思わず自分で笑ってしまう。
「役に立たないどころか、戦場で目立つだけの異端児よ!」
独り言なのに、つい語気が荒くなる。
はっと我に返って咳払いをすると、どこからともなく現れたヘスティアがお茶を淹れてくれた。心情を慮られた行動に、少しだけ恥ずかしさを感じる。
「はぁ…、ごめんね。ヘスティア。いつもありがとう」
彼女は相変わらずニコリと微笑むだけだ。
カマイメーロンのハーブティー。私の大好きなお茶。
優しい香りで、ささくれ立った心を落ち着かせてくれる。
…けれど、やっぱり気に入らないものは気に入らないのだもの。
ティーカップをソーサーに戻し、むうと考える。
光の加減や角度によって虹彩が多彩に変化する、遊色の瞳。
同じ色に煌めく喉元の逆鱗。尾の鱗の縁や角先。
しかも、神々の娘は外見成長まで大精霊の特徴を持っている。
つまり、内在魔力が成長しないと体も成長しないのだ。
「もう成人して35年も経つというのに…」
妖魔族の成人年齢は50歳。
つまり私は85歳なのだが、見た目は10歳かそこらの幼女にしか見えない。
妖魔族は、800年前に妖精戦争を終結させた魔王の血族が統べる、いわば戦闘民族だ。始祖の魔獣である古代竜リントヴルムと、当時の妖精王ロヴンの血を引いている、妖精戦争の最中に生まれた種族。
戦場で生き、戦場で死ぬのが誉れなのに、10歳かそこらにしか見えない幼女が混じっていては、威厳もなにもあったもんじゃない。
ぱらり、と次のページをめくる。
————妖魔族が住まう国、【ミュルクヴィズ】
現在は、第四代魔王であるユングヴィ・リジル・ミュルクヴィズが統治している。
魔王の存在こそが絶対であり徹底的な実力主義社会だが、弱きを助け強きを挫く高潔な精神を持ち、祖先に近い血を持つほど潜在能力・実力ともに高いため、血族の結びつきが強い。次代の魔王を輩出し得る、初代魔王直系血族の「四家」に属する者は、成人と同時に男女問わず軍へ属する。
また、常に頑健な鱗状の結界が肉体を覆っているため、強靭な魔法耐性を持ち合わせており、その身体能力の高さと、魔王への忠誠心、闇属性の魔法により圧倒的な軍事力を誇る。
「魔法ねぇ…」
ひとくち、お茶を含む。
————妖魔族は、忌まわしき妖精戦争を終結させた際に、人間族と妖精族双方の抑止力として存在することを誓約した。
妖精族を害す人間族と、人間族を害す妖精族および、魔獣の狩りを生業とする。
「そして、『同胞狩り』なんて安易な蔑称をつけられたのよね」
同胞狩り。つまり魔獣と妖精族の血を引く癖に、というわけだ。
ぱらり、と次のページをめくる。
————妖魔族の容姿について。
夜に溶けるような濡羽色の髪を持ち、瞳の色彩は多様である。
やや尖った耳と牙、喉元にある逆鱗、竜の角と尾などの魔獣の特徴を持ち、妖精族の羽翼は、必要時にのみ顕現させる。
内在魔力の成長最大値を迎えると、身体成長が著しく遅くなるため、見目が若々しい者が多い。一般的な寿命は200年ほどだが、始祖の血に近いものは800年ほどと長く、寿命が近づくと徐々に老い始める。
「まぁ、私のような異端児は別として、お父様もお養母様も300歳を越えたというのに、まだまだお若くて美しいものね」
以前、軍の演習で人間族を見かけた。お父様とお養母様くらいの方の年齢を聞いたら、30代かそこらで面を食らったものだ。
「この本…。著者は人間族なのに、私達について随分と詳しく書かれているのね」
またひとくち、お茶を含む。
————初代魔王直系血族の「四家」について
ノルズリ家、スズリ家、アウストリ家、ヴェストリ家を指す。
魔王は世襲制ではないが、その特殊な役割から、祖先に近い血を持つ四家から必ず輩出されており、四家の当主には魔王と同じく「リジル」のミドルネームが与えられる。
我が家アウストリ家の当主は、もちろんお父様。
テュール・リジル・アウストリは、軍神と称えられる尊敬すべきお方。こんなちんちくりんの私が軍で前線に立てるのも、お父様が槍術を指南して下さったお陰に他ならない。
妖魔族でありながら、光属性の大精霊…、今は亡きお母様の加護を授かったことから、貴重な回復魔法士だからって今は後方部隊であるエイル隊所属なのよね。
「はぁ…。魔法も、魔術も練習してるのになぁ…」
こてん、と机に突っ伏す。
そう、私は妖魔族なのに、ほとんど魔法を使えない。
生活に必要な魔術すらも、まともに扱えない出来損ないだ。
ちなみに、魔法と魔術は似て非なるものである。
「いつになったら上手くできるようになるのかしら…」
魔法とは、魔力回路をコントロールし、自身の内在魔力をアウトプットすることで発動する。扱える魔法は、自らの属性に準じ、道具やトリガーも必要ないが、使いこなすには修練が必要なのだ。
魔力回路は、内在魔力の通り道で、全身に張り巡る回路のようなもの。内在魔力の量、濃度、速度をどの程度まで魔力回路に巡らせるかによって、発現する魔法が異なるというわけだ。
ちなみに、魔力の量は範囲、濃度は等級、速度は発動時間に影響を与える。緻密な操作が必要なので、練習あるのみなのよね…。
「アルヴィスお義兄様ほどとは高望みしていないけれど…」
「……。早く一人前になりたいわ」
アルヴィスお義兄様は、自分で新しい闇属性魔法を開発するほどの天才であり、エキスパートだ。出来損ないの私と比べるなんておこがましい。
くぴりくぴりとお茶を飲んで、鬱々としそうな気分を逸らす。
もうひとつ。
魔術は、魔道具を用いて、周囲の外在魔力を消費して現象を発動させるものだ。魔術では、四大属性が主体であり、火属性・水属性・風属性・地属性が存在する。魔道具は使い方さえわかれば誰でも使えるため、生活魔術から戦闘魔術まで用途が多岐に渡ることが特徴として挙げられる。
「そして、神々の娘は魔術が使えない…」
正確には、魔道具の機構との相性が悪すぎるのだ。
魔道具には魔晶石と呼ばれる鉱石が使われており、そこに術式を刻み、特定の詠唱をトリガーとして魔術を発動させる機構になっている。魔晶石は、魔力回路が結晶化して水晶のような鉱石に凝固したものだ。
神々の娘は、その大精霊の血に引かれて周囲の外在魔力を集めすぎてしまうため、魔晶石が耐えられずに魔術が暴発したり、使用者自身も体調不良(発熱、めまい、頭痛、吐き気など)を起こしてしまう。
「生活魔術程度なら、事前対策をしていれば平気なのだけど…ね」
しかしながら、私は軍人だ。戦闘で役に立たなければ意味がない。
ふわ、と空気が揺れた。
ヘスティアが心配そうな顔でこちらを見つめている。
フュルギアである彼女は、物体に触れることはできるが、生物には触れられない。
でも、こうして一番近くで寄り添ってくれる。
…私は、そんな彼女が本当に大好きだ。
「…お茶のおかわり、いただけるかしら」
ヘスティアはニコリと微笑んだ。
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