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 蝉時雨が遠くで聞こえる夕方、環奈が古民家カフェ・ヒトエを訪れると、店内には二組の客がいて麦がいそいそと接客していた。

「あれ、禅さんはー?」
「あっ、環奈さんいらっしゃいませ! お好きな席へどうぞお。禅一さんはちょっと出掛けてていなくて」

 環奈の姿を認めると、麦はぱっと笑顔を見せた。営業スマイルではない、心からの笑顔に見えた。
 窓際の席に座り、店主不在の店内をなんとなく眺める。麦はいるが、珠雨もいない。

「ねえ麦ちゃん、ここで夏休みの課題やっててもいい? 長居しちゃうかもだけど」
 オーダーを聞きに来た麦に、こそっと耳打ちする。

「え、まだ終わってないんですか? そろそろ夏休み終わっちゃいますよ。……まあ、やっててもいいんじゃないかなあ。すいてるし」
「ありがと。禅さんが帰ってきたら、改めて聞いてみる。……麦ちゃんのラテアートが見たいなあ。アイスで」
「いいですよー。じゃあ、お勉強しながら待っててください」

 再びいそいそと奥に引っ込み、何やら作業している。
 環奈と麦と珠雨の三人でグループチャットを作ったので、最近は結構距離が近くなっている。「禅一さんを愛でる会」というグループ名は麦がつけた。どういうセンスなのだと思ったが、そこは突っ込まないでいてあげる。

「お待たせしました。どうでしょう」
「あ、可愛いくまさん。麦ちゃんは可愛い物好きだよねー。SNSのアイコンもトイプーだし」
「あれはうちの坊っちゃんで以蔵くんです。もうね、可愛いんだけど、禅一さんとのツーショットがあって……見ます?」

「見る見る。……え、眼鏡してない。やだ、何この禅さん別の意味でおいしい」
「でしょでしょ。眼鏡男子の禅一さんもいいんですけど、素顔だとヤバいでしょ。グルチャに投稿しときますね」
 うきうきと話し出す麦は、禅一のことが大好きで仕方ないような感じだった。

「麦ちゃんは男の人が好きな人なの?」
「――えっ、違いますよ。女の子オンリーです。ただ禅一さんは、観賞枠として大好きなんです。あと見てると結構抜けてるとこあって飽きないし」
「グループ名の通り、愛でているのね……麦ちゃんて面白い」
「んじゃ、俺は仕事に戻るので、環奈さん課題終わらせちゃってくださいなー」

 親しくなっても年下の環奈に敬語を使う麦は、環奈をあくまでもお客として扱っているのだろう。なんとなく寂しくなったが、言わなかった。

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