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求婚がそれだったなんて……俺は軽いショックを受けつつ、祝いの席へと足を向けた。
「おっ、フィン殿とパチャがご入場だ!」
と一気に祝いの席と化した大広間が沸き立つ。そう、場所は昨日のと一緒。
トカゲ族って、どんちゃん騒ぎするのが大好きなのかなあ……ふと思ったんだけど、エッザールが言うには「酒を飲んで騒いで身体を常に熱くしておかないとな、この異常気象を乗り切ることが難しい」って……これ、生死にかかわる問題だったのか!
俺たちは大老とエッザールの親父さんとの間に挟まれて座って……緊張で口から身体の中身が飛び出そうだ。
「礼をいうよフィン君。パチャを大事にしてやってくれ」
「フィン殿、君の偉大な結婚は一族子々孫々まで語り継がれるであろう」
ちょっと……立て続けにこんなこと言われちゃって、しかも大老さん、結婚のフリだけでいいって言ったじゃないか!
そして黒の長衣に身を包んだアスティさんが来場。
「フィン君、意外とやり手なんだね」
牧師さんはそういうけど……俺、あなたにハメられたんだからね。
「え、僕が!?」どうやらアスティさん、求婚のしきたりについて全く知らなかったらしい(当たり前だ)。
「なるほど、つまりパチャカルーヤさんに靴の臭いを嗅がせたのがフィン君じゃなくて僕だったら……」
違 う そ う じゃ な い。
そうして長い祝辞とアスティさんの語りが終わり、指輪……でなく、僕とパチャさんに金の腕飾りが渡された。お互いの左腕につけて、これが指輪に相当するんだそうだ。
チラッとパチャさんを見ると、特に感動とかするわけでなく。ずっと硬い表情をしたままだった。
こうして……忙しいようで退屈な結婚式が終わり、あてがわれた部屋で僕とパチャさんと二人だけになった。
「しばらくしたら、兄貴とまた旅に出るのか?」
「そうだね、ここの気候が戻ったら……かな」
ここに落ち着くつもりなんて全然なかった。俺はエッザールと旅に出ようと最初から考えていたんだし。
最もあいつは一旦リオネングに帰ってラッシュたちと旅したいって計画らしい。
けどラッシュにはチビがいるし、いざリオネングの危機となったら戦いに駆り出されるだろうしで、かなり難しいと思うんだけどな。
「あたしも同行していいかな?」
薄暗闇の中、パチャの肌がキラキラと月の光を受けて不思議な色に輝きを見せた。
「え、俺たちの旅に!?」パチャは力強くうなづいた。
「わかってるだろ、あたしはこんな性格だから家族からも爪弾きにされてる。だからみんなフィンと結婚して家から出ることを望んでるんだ……」
だから、とパチャは続けた。「あたしもここを出るのに都合のいい理由ができたしね。それに……旅の目的もできたし」
「目的ってなに?」
パチャは俺の問いかけに「ふふ、秘密だよ」とはにかみながら答えた。
その夜は、ずっとパチャと二人で他愛もない会話が続いた。
俺に彼女はいるの?
家族は? どうしてエッザールと知り合ったの? ってたくさん。パチャの旅陣に対する欲は深まるばかりだった。
ちなみにパチャはいま二十一歳。ほぼ俺の倍か……
親父の言葉を借りれば「姉さん女房」になるかな?
「この寒さが過ぎたら、フィンにぴったりの装備作ってやるよ。へへ、こう見えても裁縫と革をいじるのは得意なんだ」
なんか、パチャが本当の奥さんに見えてきた。