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vsアルディモ

 氷の魔法がクラインを目掛けて飛んでいくが、あっさり土の壁に阻まれてしまう。

「それは悪手である。相手によく見える位置でその様な魔法を使っても、対応されるのは目に見えているのである」

「くうぅ! ではこれでは!」

 アルディモが新たに風魔法を編み上げ、風の刃を構築していくが……途中で霧散してしまう。

「魔法そのものは悪くはないが、発動までの手数が掛かり過ぎであるな。その間に相手は対応できてしまうであろう」

 と、戦いというかまるで魔法の授業であった。

「相手の魔法を撹乱して阻害するなど、貴公以外にできるとも思えませんが!?」

「む? そうであるか? ……まぁ探せばそこそこ居るものであるよ」

「貴公、私には浅慮だと断じておきながら、割と自分は考える事をあっさり放棄しておられるよな」

 クラインは視線を逸らす。

「そうして都合が悪くなるとすぐ目を逸らす。教育者なのでしょう?」

「私の専門は魔法を教えることで、人生を説くものではないのである」

「いやいや、そんな適当な……。にしても、天才がここにも居るとは。帝国は何人の天才を擁しているのやら……」

「ふむ、私は凡人であるよ」

「貴公! それは嫌味か!? 凡人にこうまであしらわれる私は何だ!? かつては天才と持て囃された過去を持つ私が! 手も足も! 出ない貴公が! 凡人だと!?」

 なんてことなげにクラインが自分を凡人呼ばわりすると、アルディモがブチ切れた。が、クラインの態度は変わらない。

「よくよく考えてみよ。私が君の魔法を相手にどんな難しい魔法を使ったね?」

「……確かに。全て単純な魔法ですね。相手の魔法に自分の魔法を紛れ込ませるなんていう技術力はともかく、使ってる魔法そのものには複雑さも難しさもない……」

 アルディモはクラインとの戦いを思い返しているのか、時折指折り数えて考えこむ。クラインは構わず自らがどう歩いてきたかを語り出す。

「イグナカノン家の血を引くものは、数多の魔法を手足の様に扱うことができることが特徴である。しかし、その殆どは力任せに扱う、いわばただの魔法の乱れ打ちに近い。私もかつてそうであったが、実力が頭打ちになってしまっていた。未来に希望を見いだせず途方に暮れておった所、兄上にもっと魔法を知ることから始めればどうだと諭されてな。それ以来、魔法を知れば知る程新しい発見に満ちていた。その楽しさに魅了されて以降、魔法は常に私の研究対象となっているのである」

「魔法が……楽しい? 何の冗談です?」

「む? 冗談などでは……」

「私はその魔法で、この世の春も地獄も見てきました! そして今も尚地獄を彷徨っています! そこまで私の人生を塗り替えた魔法が楽しいですって!? 冗談にも程がある!」

 先程以上に激昂するアルディモを見つめ、クラインは軽く溜息を吐くと、

「君は考え違いをしている」

「何を!?」

「魔法は人を幸せにしたり不幸にしたりする力なぞ無いのである。人が幸せになったり不幸になったりするのは、人と人とのが関係する上で起こり得る偶発的なものでしか無い。魔法によって不幸せになったというのは君の主観であるな。君の人生を幸せにしたと思っているから、同じく君を不幸せにしたのも魔法のせいであると、そう思い込んでおるのよ」

「だまれ……」

「人は勝手に幸せになったり不幸になったりするのである。気の持ちようなのであるから……」

「黙れと言っている! まだサイモンが控えてると思っていたからこそ出し惜しみしたのが間違いだった! お前はやはり敵だ!」

「……君に都合の悪い考えを口にするからかね?」

「だったら何だ!?」

「だから浅慮と言った。別の考え方をしてみ……」

「マジックオーブ!」

「むっ」

 単なる魔力の球体にしか思えない物がアルディモから放たれ、クラインは難無く避ける。しかし次々発射されてくるそれを見て、クラインは舌打ちをする。

「貴公は魔法に造詣が深くなおかつ賢い。であればこの魔法の珠が何か理解できたのではないか!?」

「……遠隔魔法射出球体、と言ったところであるか」

「ご名答。かつて私は敵との魔法を干渉させずに相手方に到達させられる魔法を編み出した。それに対応してくるであろうサイモンに対し、魔法諸共に突撃を掛ける魔法を編み出した。結果は自爆であったがな……。だが! このマジックオーブサテライトなら! 我が身を削ること無く相手を撃てる!」

 アルディモが射出した魔力球がクラインを四方八方から取り囲む! その数は100以上あるだろうか?

「ふむ。とても興味深いであるな。単純な魔力の塊を霧散しないようにシールドの様な物で覆っておるのか。実に面白い」

「単純だが効果は絶大だと胸を張って言えますよ。……何せ」

「むっ?」

「相手に魔法を使わせる暇さえ与えませんからね! 一斉集中砲火! フルバーストッッ!!」

 ドルルルルルルルッ!!

 アルディモの声で、全ての魔法球から実に小さな、それでいて高速の魔弾が発射されていく。余りの数にクラインは光の中に掻き消えた……。


 ………
 ……
 …


 クラインを無数の魔弾が襲い、まるで一つの光の球体と化した時、アルディモは魔力の使い過ぎによってその場にへたり込んでいた。

「(ガクッ)はぁっ……はぁっ……、流石に、魔力を使い過ぎましたかね。余り気が進みませんが、ハルロネさんに補給してもらいましょうか」

「ふむ。使った魔力を補充できるのであるか。興味深い……」

「……嘘でしょう?」

 まるで何事もなかったかの様な何時もの口調で、クラインは新たな興味を口にするのだった。そこに現実を受け止められないのか、アルディモが同じことを口にする。

「……嘘でしょう」

「ふむ。余程今の魔法を防がれた事が堪えたようであるな。まぁこちらも魔力切れであるが」

「……嘘、だ」

「むぅ、何をしたか解説しようと思ったのであるが、君、聞いているかね?」

「………………」

「教諭としては聞き手のない授業程堪えるものは無……」

「良いからさっさと説明しろぉ!」

 まるで校長先生が話し出す時の様に、寄り道ばかりで本題に中々入ろうとしないクラインに痺れを切らせたアルディモが吠えた。

「……ふむ、聞いていたのであるか。では答えよう。先程イグナカノン家の特色について触れたと思うのであるが、覚えているかね? 数多の魔法を手足のように使うことができて乱れ打ちが得意、それが特徴であると」

「そのお得意の魔法の乱射で、あの無数の魔弾を撃ち落としたと? 適当な事を言う……」

「だから何故お主は自分で勝手に答えを決めるのであるか? そうではない。まず最初に使ったというか張ったのは、減衰魔法の膜である」

「……減衰?」

「そうである。攻撃魔法の威力を、別の力に変える事で減衰させる魔法である。先程の場合は4大家に象徴される力、光魔法であるな」

「光魔法……」

 先程の光景をアルディモは思い返し、魔弾の着弾による光と思っていたアレが光魔法への変換だったのかと気付く。

「私は変換するのは余り得意ではないため、光が漏れていたわけであるな。で、そのせっかく変換した光魔法を、更に違う魔法に変換していくのである。選んだのは減衰魔法。もう分かるであるな? 減衰魔法で光魔法に、光魔法を変換して減衰魔法に。それをどんどん更に内側へ内側へと展開する、これをずっと繰り返していたのである」

「つまり? 私の魔法を利用して……無力……化?」

「中々理解が早いのである。が、言う程は簡単で無いのである。変換した瞬間に再変換・再構築、そしてまた変換と……単純な魔法なら数撃てる、イグナカノン家ならではの対魔法防御法であるな」

「イグナカノン家の……」

 アルディモが、自分が負けたのはイグナカノン家だったか……と納得しかけた時、

「まぁ作ったのは私であるが」

「貴公ならではの魔法ではないか!」

 クラインが空気を読まずにぶっちゃける。クラインは思わず突っ込んだアルディモを、不思議そうな顔をして見ているが、それもまたアルディモの神経を逆撫でするのか歯軋りしながらクラインを睨みつける。

「魔法使いがオリジナルを目指すのは当然なのである。ああそうそう、先程の魔法球はとても良かったであるぞ。あれはとても良い。ただ、あんなにも用意する必要はなかった」

「……どういう意味だ」

「数を絞り、存在を隠し、ここぞという時に使ってこそ光ると思うのである」

「……できなくはないが、制御が大変なんだ」

 クライン言葉を素直に聞いていたのか、その際の問題点を口にして俯くアルディモ。

「私は君に何度も言った言葉があるな?」

「……浅慮、か?」

「努力もまた浅いようであるな。大変なら何とかできるであろう? できない、とは言わなかったのであるから」

 アルディモがバッ! と顔を上げると、穏やかに微笑みかけるクラインが居た。

「きっと君の魔法は、対魔法戦においてその名を残す物となるであろう。私が保証する。かつて天才だった? いやいや今も尚、君は天才であるよ。サイモンとは別の方向で、というだけである」

 最も欲しかった言葉を敵の口から聞けて、思わず涙がこぼれそうになるアルディモであったが、ぎゅっと目を瞑って感情を押し殺す。

「あ、あぁあ、そうか。貴公がっ、保証してくれるのであればぁ、そうなので、しょうね。……だがしかし! 貴公と私は敵同士! 敵の情けは受けぬ! 貴公を倒して堂々と私の名を轟かせよう!」

「……ふむ。他の未来を探るのを放棄したであるか。やはり君は」

「「浅慮である」」

 同じ言葉を口にして二人は僅かに笑いあい、最後の一撃を繰り出さんと集中し始めるのだった。

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