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知人と犯人

俺はルースに告げず、ダッシュでアイツの店に向かった。
そうだ、イーグのパン屋だ。

そして着いた先。店の前は……というと、やはりこの前の名前もらえた効果が幸いしてか、外にまでパンを買う人間の行列が伸びている。
いや、買う気はないんだが、だがこの場合並ぶしかないだろ……
「いらっしゃ……おおっ、ラッシュ来て……くれたんだ」店内にようやく入り、奴と目が合った瞬間「やべえのが来た」って顔色に変わった。分かってる、こんな時にパン食べ放題なんてやられちゃ商売上がったりだもんな。
「ここここんな時にいったいどーしたんだよラッシュ」
「お前とちょっと話したいことがある」
「おお俺、いま忙しくて……」
「俺もだ」ぎろりとにらみつけると、流石の店主も折れてくれた。

さて……と。誰にも見つからない場所といったら……もう店の裏しかない。
……………………
「は、話ってなんなんだよ? 食べ放題のことか? それとも付き合いが悪いとかか? 分かるよなこの繁盛っぷり。だからまだしばらくの間は……」

「お前、この前ディナレ教会に行ったろ?」俺の目が怖いのか、何か知られたくないことがあるのかは不明だが、イーグの奴、さっきから全く俺の顔を見ようともしない。

「い、行った。この前シスターに毎朝焼き立てのパン届けてくれってお願いされたからさ……」
「一昨日、お前は教会でなにをした?」
「は、え? 俺はただパンを置いてきただけだぞ?」
「狼聖母に誓えるか、それ?」
「あ、え……っ、と」
「ディナレに誓って、ウソはついてないってことだよな?」
確かイーグは熱心なディナレ教だったはず。俺の鼻の傷のことでもいろいろ話してたしな。つまりは……
「本当か? 本当に教会の奥の倉庫になんて行ってないと誓えるな?」
「え……と、その……」イーグは観念したのか、地面に力なくへたり込んでしまった。
「なんで……分かったんだ?」

俺は間髪入れずにこう答えた。
「カンだ」
「はぇえ!?」
当たり前だ。俺が高度な推理とかできるワケねーだろ。
唯一分かるのは、マティエのことを心良く思ってない仲間のうちの一人。つまりはエッザールもそうだけど、あいつはここ最近ずっと俺と行動を共にしてたからアリバイはあるし。
となると……もう捜査線上に残るのは二人しかいない。
イーグと、そして……

「あのおてんば姫とはいつ接触した?」
そうだ、ネネルがいちばん怪しい!
そして二番目にイーグ。つまりは二人とも犯人だ!

「会ってねえよ、この前の夜のアレ以来」
「はぇえ?」
しまった、俺もつい変な声を出しちまったし!

「深夜に俺の寝床に手紙が届いてたんだ。差出人不明だけど、誰だかはすぐに察した。ちょっとやってもらいたいことがあるって内容で、つまりは……」
「ディナレ教会に行って、毒を盛れ……って命令されたのか」
「毒じゃねえ。酒蔵に潜入して、そこに同封してある薬を入れろって……それだけしか書いてなかった」
でもって、コイツはネネルの指示に従っただけなのか……斥候の技を活かして。パンの配達の時にうまいこと教会の内部に潜入して。

「俺も全然分からなかったさ。あんなカビ臭い蔵にある苔むした酒に混ぜ物しろだなんてさ。でも姫さんの言うことには……逆らえねえし」
「そのクスリを入れた袋とかはまだ残っているか?」
そう言われていそいそとイーグは自室から持ってきてくれた。
手紙に関しては、奥さんにバレると危険だからすぐに焼き釜で灰にしたという。
イーグから手渡された小さな紙包み……案の定、中には一欠片も残されてはいなかった。

……さて、こっからどうするか?
まずは一刻も早くネネルに会って説教したいが、アイツは曲がりなりにもお姫様だ。おいそれと簡単に会える身分じゃない。
それに、万が一アイツが犯人だとしたら……この事件の収拾はどうすればいいんだ?
意図は? 目的は? 普通に悪戯しましたなんて言い訳では済まされない問題だし。
それに、マティエをまた元に戻せられるのか。

いや、それよりも先に、ルースにこの件をいったいどう説明すればいいんだ……俺の勘でうまい具合に解決出来てしまったが、逆にうまく行きすぎて……

困った……どうする、俺?

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