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自由の意味

ジールが夜に言ってた「一生それでいいの?」の意味が全然分からないまま、今度はガンガンとくる頭痛に悩まされて、いつのまにか寝ていた。  
 ギルドの人間どもは「酒飲みゃイヤなことはみんな忘れられるぞ」と、決まって同じ事ばかり言いやがる。
 くそっ、あんな気持ち悪いモン、もう二度と飲まないって俺はもう決心した。  
 トガリは血がダメなように、俺にもダメなものが分かった。
 そう、酒だ。くだらねえ、好きなやつらは勝手に飲んで浮かれてろ。 

 しかし……本当に分からねえ。「それ」って一体何のことなのか。
 あれ以来頭の中に晴れない霧のようなモヤッとしたものが出来た気がする。
ジールはあれからまったく姿を見せていない。なんでも隣の国へ探りに行く仕事だからっていう話だ。しばらくは会えないだろうと親方は話していた。
 だから俺は「それ」を忘れようと仕事で暴れまくった。相変わらず何人殺したか分からないほどに。 
 トガリには「最近イライラしっぱなしだね」と言われたりしたが、こいつの場合は一発殴って黙らせればいつも通り済むことだ。  
 そんな毎日が続いているうち、いつもは一週間に2.3回はあった仕事が、一週間に1回、そして半月に1回と、だんだん減ってきていることに気が付いた。  
 親方になぜかと聞いたら「戦争が終わりに近づいてきている」と、ボソッと元気のない一言だけ呟いて、後はずっと窓の外ばかり眺めてた。  
 そういえば、ここんところ親方の背が、なんか小さくなってきたように感じられて、髪も白くなってきて、そして口数も、覇気もなくなっちまった。  
 周りの奴らは、年齢のせいだとか、戦争が生きがいだったからなど口々に言う。
 年齢ってなんだよ、生きがいってなんなんだよ。あの時みたいに、俺を訓練で毎日のように殴り倒して、でもメシの時はいつもメシを大盛りよそってくれて、事あるごとに「お前は最高だ」って笑顔で言ってくれたあの親方が、なんでこんなに静かに、腑抜けたようにになっちまうんだ……

 そんなある日、俺は親方の家に呼び出された。  
 親方の住んでいる家は、俺たちがいるギルドの兵舎からは少し離れたところにある。 
 そこからいつも兵舎にきて、みんなを訓練したり、仕事の依頼の内容を話したりする。だから俺たちは基本的に、親方の家には行くことはない。それに俺もここに来てから、まだ二、三回くらいしか入ったことがないし。それに行く必要もなかったから。だが俺としては、この家というか、親方がいる部屋があんまり好きじゃなかった。理由は入ってみればすぐに分かることだ、特に俺ら獣人には。  

 訳の分からない葉っぱや花のような彫刻が施された、重く厚い木のドアを開ける……どういう趣味かはわからないが、これが親方のいつもいる、書斎って名前の部屋だ。  
 
 直後、むわっと俺の鼻の奥へ、様々な花が入り混じったお香の匂いが拡がってきた。どっかの国から取り寄せてきた、高級なお香だとは聞いていたが……俺たち獣人の嗅覚にはかなりキツい。いくら俺の鼻がちょっと鈍ってはいるとはいえ、ずっとここに留まっていると頭痛がしてくるくらいだ。  

 あと、床を覆っているジュウタンとか言う敷物、こいつはもっと嫌いだ。  
 親方の部屋に敷き詰められているジュウタンってやつは毛が長くて、ふわふわしやがってとても歩きづらい。おまけに足の裏や、指の間にもぞもぞ入ってきてくすぐったいのなんのって……
 以前にも話したが、俺たち獣人は靴なんか履かない。人間どもの足がヤワすぎるんだ。とは言っても俺たちの足の裏が奴らに比べて頑丈……とは言い難いが、何日間も荒れた道を歩き続ければ、足の裏に血マメだってできるし、尖った石を踏んずけりゃ飛びあがるくらい痛い。
 しかしぬかるみの上や戦場の血に濡れた地面を走り慣れている俺には、この感触は、それ以上に気持ち悪い。  
 それをどうにか我慢しながら、親方の座っている豪勢なテーブルのところまで行くと、親方は寂しそうな笑顔を浮かべながら、俺に小さな革の袋を渡してきた。
 いつも親方にお金を渡す方なのに、今日はなんでまた? 
 しかも、普通なら金貨や銀貨のジャラっという重い音がするのに、この革袋からは、ザラリとした違う音が響いてくる。  
 俺の手のひらにちょこんと乗っかるくらいの小さなその袋の中には、きらきら光る小さな石が、たくさん入っていた。 
これ、確か宝石って言うんだっけか。カネよりか価値が高くって、なおかつジールみたいな女性に渡すと、すごく喜ばれるって聞いたことがある。  

 だけど、なんでこれを俺に? 親方に思い切ってそれを訪ねてみた。
「お前は今までずっとよく働いてくれたからな。これは俺からの小遣いだ、好きに使っていいぞ」
「今まで……? 今までって一体どういう意味だよ? 俺はこれからもまだずっと働いてくぜ、親方のためならな」 
だけど俺のその言葉に反して、親方はゆっくり首を左右に振った。
「いや、もうすぐ終わるかも知れねえんだ、長かったこの戦争がな。だからこいつはある意味餞別の金かも知れんか……その宝石は小さい粒ばっかだが値打ちモンだ。そんだけありゃあ小さな家くらいすぐに作れる。だからこの金で、お前は自由に生きろ」

 ……自由? 自由ってなんだ? はじめて聞く言葉だ。

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