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18話






「辞めたって何でですか?」


「わかりません。突然あらわれて、辞められたんです」


「あの彼と連絡したいので、彼の住所とか、教えていただけませんか?」


「申し訳ありませんが、ウチではホストとお客様との個人的関係は認めていないんです」


「そんな・・・・・・」

「それに個人情報保護法というのもありますし・・・・・・カナ様、他のホストはいかがでしょうか?」

「いえ・・・・・・もういいです」


ZOOMを切った。


彼女の最後の言葉は「さようなら」。



彼女とまた会いたいのに・・・・・・




もう時間は夜中に近い。


私は寝間着を来ていたけど、その上からダウンんジャケットを羽織って外に出る準備をする。


「待っててね」とミーくんに声をかける。


外に出ると、雪がチラチラと降っていた。


私は走り出す。


胸が苦しいのも、足が痛いのも気にせず、走った。


「さようなら」



電車を乗り継いで、歌舞伎町へ。


ガイアに着いた頃には雪はしんしんと降り注いでいた。


店の明かりはまだついていた。



それからずっと店の前で立って待つ。


その間、数人の女性が店から出て来た。


彼らは数ヶ月前の私。


でも店長が出てくる気配はなかった。

彼女の住所を知っているだろう、唯一の希望。


それから1時間後、店から出てくる金髪の人が。


店の人気ホスト、ナオキだった。


考えるよりも先に行動していた。


「ナオキさん!」


彼は驚いて振り返る。


「何でしょうか?」

「あの、私カナって言います。あの、楓さんについて、教えて頂けませんか?」

「カナさん? いや、それは・・・・・・」


彼は私の名前に聞き覚えがあるようだった。



「朝比奈さんについて、どうか。教えてください」


彼は私の目をじっと見た。


「ついて来てください」

そう言った。




彼に連れられて入ったのは一軒のバーだった。


自分にはカクテル。私にはノンアルコールのカクテルを注文してくれた。



「カナさん。彼女のこと朝比奈さんって言ったね」



「はい。私彼女とお付き合いしてたんです」


「うん、聞いてたよ、君のこと」


「本当ですか!」



「いろいろ、相談に乗ってたんだ。実は。君との恋愛について。店長には内緒でね・・・・・・」


「そうだったんですか・・・・・・彼女、昨日辞めさせられたんだ。僕は反対したんだけど」


「店長は自分から辞めたって・・・・・・」


「嘘だよ。彼はたまたま彼女と君が駅で一緒にいるとこを見つけて、店のルール違反で解雇したんだ」

「そんな・・・・・・」


「しょうがないよ。ルールなんだから。でも彼女はもうやめる気でいたみたいだったけどね。最後に話した時は君とうまくいかなくなったって。それで別れたって言ってたけど・・・・・・」


「知ってたんですか、楓さんが女だってことを」


「初日からかなー。俺、彼女の映画のファンだったから。あんなコンタクトして、髪の色を変えていてもわかったな。それで二人っきりの時に聞いたんだ、彼女のこと。それから俺と彼女は友達になったんだ」


「あの、私、彼女の住んでるとこ知りたいんです! 彼女と話がしたいんです! 教えて頂けませんか!」


「よっぽど何かあったんだね。彼女と君の間に」


彼は私のダウンジャケットの間から見えてる寝間着に気づいたようだった。


「はい・・・・・・何があったかは言えませんけど・・・・・・」





「そう・・・・・・・。 彼女、君のことを愛してたよ。本当に。」




「え・・・・・・」



やめて、また涙が出そうになる。

もう泣きすぎて、涙は枯れたと思ってたのに・・・・・・


「俺と仕事の合間で話する時、ずっと君の話ばっかりだったんだ。最初、ZOOMで話をした時から。 彼女自身驚いてたよ。こんなことがあるんだって」


「嘘でしょ・・・・・・」



私の声は震えていた。


「ほんと。君って幸せ者だな。俺も好きだったんだ、彼女のこと。君のせいで、儚く潰えたけどね。俺の夢は」


また涙が出てきた。ダウンジャケットの裾で涙を拭う。


「彼女のこと好き?」


「はい、好きです・・・・・・!」


彼はコクリと頷いた。


「誓って言える?」


「誓って、彼女のこと愛しています!」





私はナオキさんに教えられたマンションの前にいる。


雪はだんだんと勢いを増し、至る所に降り積もっていた。



マンションの入り口から中へは入れなかった。

入るには暗証キーが必要だった。

もちろん、ナオキさんも版ごまでは知らなかった。


というわけで、もうかれこれ1時間もここで朝比奈さんを待っている。

通りには人っ子一人も歩いていない。


朝になれば出てくるだろう。


昼になったら出てくるかも。

いや、もしかしたら夜になるかも。


いつまででも待つつもりだった。


この時だけはミーくんのことを忘れていた。

ふと見ると、通りの奥に、天に向かって伸びる細長い赤い光。


東京タワーだった。


彼女と行ったあの日のことを思い起こしていた。


そんな大切な記憶を忘れようとしていたことを。







もう何時間たっただろうか。


スマホを持ってくるのを忘れたことを後悔した。


今何時かわからない。


まだあたりは暗いから、朝ではないのは確かだ。


雪は私のことは御構い無しに降り続いている。


足が痛くなったので、私は縁石に座り込んだ。


途中パトロール中の自転車に乗った警察官が通りかかった時だけ立ち上がって、ただ歩いているように見せかけて、またマンンションの前に戻った。


もう彼女は出てこない気がした。

一旦帰ったほうがいいのではないかと思い初めていた。

でも彼女がすぐ引っ越したりしたら、彼女に永遠に会えなくなる。

そう思った。


手が凍えて、感覚がなくなっていた。


まだチャンスはある。

彼女がどこかから帰ってくるという可能性もーー



通りの向こうから人が歩いてくる。


待って・・・・・・


そんなはずが・・・・・・


マスクをしている女性だった。

コンビニ袋を一つ下げている。


ずっと見ていたら変質者だと思われる。そんなことが頭をよぎったけれど、見つめ続けた。


それは彼女だった。


朝比奈さんだった。


銀髪の女性。


マスクをしたけれど、間違いない。


女性は私を認めると、立ち止まった。


私は縁石から立ち上がる。



「カナ・・・・・・?」と朝比奈さんは持っていたコンビニ袋を落としてそう言った。


「朝比奈さん・・・・・・!」


私は駆け出した。



そして、彼女の胸に飛び込む。


朝比奈さんは私を受け止めてくれた。


「カナ!」

「朝比奈さん、私!」


私は朝比奈さんの胸の中で泣き出した。


「私、私!!!」


言葉がうまく出てこなかった。

言いたいことがたくさんありすぎたんだ。

わんわんと大声で泣いたけど、もし昼間の時間帯だったら、通りの家から何事かと人が出てきたかもしれない。


「カナ・・・・・・あなたが私のこと嫌いになったんじゃないかって・・・・・・」


「ううん、全然!」私は首を振った。そして続ける。


「私が悪かったの! あんなことして、本当にごめん! 最低だ! 私って!」


「いいえ、私よ。私が悪いの。男のふりなんかして。 本当に悪かったわ」



お互いのおでことおでこをくっつけて、泣きあった。



あんなに泣いたこと、今までの人生でなかったと思う。

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