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【冬のお祭り、スヴィエト】

【冬のお祭り、スヴィエト】



 リーシャは針をフェルト生地に刺し、草模様の形を作っていった。



 自分が縫っているのは、女の子の衣装である。袖口が長い赤いドレスは、オーブルチェフ帝国の民族衣装だ。袖口やドレスの裾に、白色の糸で草模様を作っていく。リーシャの針の動かし方を見て、隣のチェアに腰かけるガリーナは、手を止めていた。



「慣れていらっしゃいますね、リーシャ様。お見事です。針1本あれば、十分に生きていけるのではないでしょうか?」

「お褒め頂きまして、ありがとうございます。でも、針1本で生計をたてるつもりはありませんね」



 孤児の時にも針仕事はしていたし、ラザレフ家に引き取られてからは令嬢のたしなみとして、刺繍は勉強した。人形作りくらいなら、簡単に作ることができる。



 リーシャとガリーナは、1階に作られたサロンで針仕事をしていた。

 使用人達が宴の準備をするために奔走しているようだ。彼等の顔が喜色満面としているのは、使用人も宴に参加することができるからだろう。



(···ラザレフ家の使用人達では考えられないことですが···この家は、色々···)



 リーシャはちらりと、後ろを見る。自分達が座る椅子の後ろには窓があり、外を見ることができる。吹雪の中に、彼がいた。

 男の使用人たちと一緒に、大きな箱を抱えている。談笑もしているように見えた。ルカ自身も楽しげな様子である。



「ルカさんは、使用人にも分け隔てなく接するんですねぇ」



 一緒に荷物を運ぶなど、普通貴族だったらしないだろう。もし彼が貴族だったとしても、変わり者に部類される。



(もしかして、ご自分に爵位がないとかでしょうか?平民だから、使用人と宴を行うのに抵抗がないとか)



 貴族であるアレクセイも優しい人ではあったが、使用人と宴を行うようなことはなかった。リーシャの婚約者であるファリドも同様だ。そもそも彼等貴族は、使用人と宴を行うという発想がなかったのだろう。



「そうですね、ルカ様は、そういうお人です。昔から」



 ガリーナの口調には抑揚がないが、昔を懐かしむような言い方に、思わずリーシャは訊き返す。針は動かすことはやめない。



「ガリーナは、昔からルカさんに仕えているんですか?」

「ええ。エミールに育てられまして、ずっとルカ様の···お家に雇われております」



 言いづらそうに言葉を選んでいる。危うくルカの家名を言いかけたのだろう。口を滑らせてくれればよかったのにと残念に思う。



「エミールさんと、血縁関係がある···って訳じゃなさそうですね」

「はい、エミールは私の育ての親です。ルカ様は、平民の私ともよく遊んでくれました」



 エミール、と名前で呼んでいるから純粋な親子関係ではないのだろう。



(ルカさんとは幼馴染って訳ですね)



 1つ、また情報を得ることができた。

 この1週間、リーシャもただ監禁生活に慣れてきただけではない。ガリーナやエミールと話をして、こまめに情報収集していた訳だがーーアレクセイが殺された理由や、自分の誘拐に関しては、糸口さえも掴んでいない。 



「ところで前から気になっていたのですが、リーシャ様のそのお話し方は、癖でしょうか?」

「ああ、そうですね。私も平民出身なので、どなたにでも敬語を使う癖が残ってしまいました」



 ラザレフ邸でも使用人たちに対して、リーシャは敬語で話していた。もう丁寧な口調が染み付いてしまっていたのだ。一応貴族令嬢という地位を得てはいるが、もうこの口癖はなおせないだろう。



「リーシャ?捗ってる?」



 ひょっこりと、顔を覗かせるように現れたルカは、ひょこひょこと自分に歩みよってくる。



「ええ、まぁまぁ···。ルカさんは、外に行かれていたのですか?」



 ルカは、黒色の分厚そうなコートを着て、ふわふわの帽子をかぶっていた。リーシャが窓から見た姿と一緒である。帽子には、雪もついていた。



「うん、保存食を倉庫に取りに行っていてね。外は寒いよ」

「へぇ。倉庫が、外にあるんですね」



 保存食などを備蓄している倉庫ーーそんな情報があっても、屋敷から抜け出すことは役には立たなそうである。



「良いなぁ、ボクもリーシャと一緒に裁縫したいなぁ」

「ルカ様、裁縫はおできにならないじゃないですか。作業の邪魔ですよ」

「教えてもらえばできるんじゃないかな?ねぇリーシャ、教えて?」



 ルカは目を輝かせ、リーシャの手にあるフェルト生地を手にとった。彼の指先は赤くなり、温度を失っているようだった。外に行くとき、手袋を忘れるはずがない。きっと手袋をしていても、ひどく外は寒いのだろう。



(男性が、裁縫を?何故···)



 リーシャは何かと自分の近くにいようとするルカを不思議に思う。

 彼の目的が何なのか、検討がつかない。



「···ルカさん、今日はお仕事に行かなくてよろしいんですか?」

「ん?うん、今日は大丈夫」

「ルカさんのお仕事って、何なんですか?」

「まぁ、雑務係って感じかなぁ」



 雑務···てんでわからない。直接的な言葉を避けているから、教えてくれる気もないらしい。



(私に教えたらいけない仕事···って何なのでしょうか?教えないということは、何か私にまずい情報があるということですが···)



 ルカは自分が縫っていたフェルト生地に針を通し、首を傾げる。糸が絡まってしまっている。



「ねぇ、次どうするの?」

「···貸して下さいますか?」



 絡まった糸を解くため、リーシャはフェルト生地を渡すように手を差し伸べた。



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