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【一般常識すら知らない貴族令嬢】

【一般常識すら知らない貴族令嬢】

(スヴィエトをご存じないなんて、余程ご家族とご一緒に過ごされなかったということですね)

 ガリーナは、隣で人形を作るリーシャをちらりと見、考えていた。



 朝食の席で、彼女が「スヴィエト?」と首を傾げていたのには、ルカも自分も、驚いた。このオーブルチェフ帝国では、極寒の冬が訪れるとろくに外出はできなくなってしまう。自然と家族と過ごす時間が増え、娯楽を必要とする。だからこそ、寒い冬に見舞われるオーブルチェフ帝国ならではの文化、「スヴィエト」は誕生したのだろう。



(ルカ様からお聞きしたお話しを考えると、納得ではあります。リーシャ様は、ひたすら勉強を強いられてきた。孤児院から引き取られ、教育をさせられ続けていた――)



 ガリーナは、ルカから教えられた話を思い出す。



 孤児院から、ラザレフ邸に引き取られた少女。ガリーナは自然と彼女のことを同情の目で見てしまう。



(お可哀想な人)



 リーシャの優雅で気品ある佇まいは、ラザレフ家の徹底した教育によるものだろう。彼女の姿を見て、まさか彼女が平民出身だなんて思う人間がいるはずがない。



(リーシャ様は、スヴィエトを楽しむ暇など与えられず、教育をされてきたのでしょう。ルカ様も同じように教育はされていますが、お父上の目を盗んで、私達とスヴィエトを楽しんでおりましたものね)



 ルカの父親は厳しい人ではあったが、使用人達にスヴィエトの開催を許していた。自分も幼い頃からルカの屋敷に仕えているので、毎年のスヴィエトを楽しみにしていた。



 幼い頃からルカも加わり、自分達はスヴィエトを楽しんだ。



 そんなスヴィエトを知らずに育つだなんて、ラザレフ家はどういう家だったのだろうか。



(リーシャ様は、何もご存じなく――育たれたんですよね)



 ガリーナの胸が、自然と切なく締め付けられる。



「凄いなぁ、リーシャ。あれだけこんがらがっていた糸を解くなんて」



 ルカがうっとりとした様子でリーシャに言った。リーシャは眉を吊り上げ、針を動かし、ルカが勝手にごちゃごちゃにした糸を解いていく。



「裁縫にご興味があるのは良いですが、滅茶苦茶にしないで頂きたいですね」

「だって、リーシャがしていることならボクは何だって興味があるんだ。リーシャが裁縫得意なら――そうだなぁ、僕に刺繍入りのハンカチとか贈ってくれないかな?リーシャが作ったものだったら、ボクはずっと持っているよ」

「――良いでしょう。刺繍入りのハンカチを作ったら、私を解放して頂けますか?」

「それとこれとは話が別だよ」

「じゃあ作りません」



 しれっとリーシャは言い放つ。ガリーナは、2人の会話を横で聞いていて、本当にルカがリーシャに対して熱を上げているのをひしひしと感じた。



(ルカ様に好かれているのも、ある意味お可哀想なんですよね、リーシャ様)



 ――ガリーナは、ルカのリーシャに対する想いを、よく知っていた。



 彼の想いの始まりを知っているガリーナは、複雑な思いを抱えている。



(常人には、おおよそ理解できない、重たいお気持ちです)



 ルカの気持ちは、重たい。



 それはリーシャが抱えてきた問題も要因になり、余計にルカの想いは―――ガリーナから見て、”狂っている”と評さざる得ない。



(それ故のリーシャ様の誘拐計画ではありますし、リーシャ様はおかげでこの屋敷にご滞在されているのですが)



 長年計画されてきたリーシャの誘拐は成し遂げられ、ルカはリーシャを手に入れることができた。



 彼の長年の暗い夢が、叶ったのだ。リーシャと話している時、この上なく幸せそうにしているのも無理もない。



(――ラザレフ邸にいるよりマシでしょうけれど)



 リーシャは、大人しくしているタイプではないと、この数日間でガリーナは気が付いた。



(いつまで持つのか。ずっとルカ様は閉じ込めておくおつもりでしょうが、どこかで必ず限界はくるでしょう)



 リーシャは弱々しい貴族令嬢ではない。



 平民出身ということも理由の1つなのか、推理小説が好きという一風変わった趣味がある故なのか、彼女を鳥かごの中にずっと閉じ込めておくのは、無理に思えた。



「ガリーナ、1体はできましたよ」

「はい、ありがとうございます。それでは次のものをお願い致します」

「何体も作るものなのですねぇ。目標はいくつですか?」

「できるだけ多くです。できるだけ多くの人々と、スヴィエトを楽しむために、参加する民族人形も多く作るのですよ」

「へぇ、面白い風習ですねぇ」



 リーシャは少しだけ目を輝かせた。初めて知ることを喜ぶ顔つきは、子供のようだと思った。



「できた人形は、ボクが会場に持っていくよ。飾っておけばいいんだよね?」

「お願いします、ルカ様。――リーシャ様が作った人形も、ちゃんと飾って下さいね。こっそり持って行かないでくださいませ。よろしくお願いします」

「ガリーナ、ボクの信用ないね」



 ルカが失笑しつつ、自分達が作った人形を持って行く。彼の喜々とした後ろ姿を見、ガリーナはまた静かにリーシャのことを見た。黙々と彼女は人形を最初から作り始める。



(どうかこの方が、幸せになりますように)



 ガリーナは切に、リーシャの幸福を願った。

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