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第二話 城井


 晴海が運転する車は、旧国道150号を西に進む。
 ここは、前世紀から石垣いちごを生産している場所だ。晴海は、窓を開けて外の空気で車の中を満たす。伊豆に居たときは違う潮の匂いが二人の鼻孔を擽る。

「夕花。寒くないか?」

「大丈夫です」

 ここ百年の気候変動で日本もかなり平均気温が下がっている。氷河期が訪れようとしているのは間違いない。しかし、駿河の気候は安定している。地質学的に考えても不思議な場所なのだ。平均気温が下がって琉球州国でも年に数日は雪が降り何年かに一度は積もるような状況なのに、駿河は雪が降っても積もらない。

「あと、15分くらいで到着出来ると思う。道を覚えておいて欲しい」

「わかりました」

 夕花も地図でキャンパスは確認しているが、今日が初めての訪問だ。近くは過去に通ったのでなんとなく解るが、運転して訪ねたことはない。

 晴海の宣言した通りに、15分後に大学のキャンパスに到着した。
 門をガードしているロボットに、晴海と夕花の情報端末をかざすと、門が開いた。晴海の情報端末に案内が表示されたので、指示に従って車を移動させる。

 国が持っている権力が弱まった事で、学校に関する考え方も変わった。
 義務教育が、小学校だけになり年数が6年から8年に延長された。中学校が義務教育でなくなった、以前の高校で教えていたような内容を教えるようになった。高校はより専門的なことを学べる機関へと変わった。中学と高校という名前は残っているが、前世紀のような区分ではなくなっている。その上飛び級制度も導入されている。優秀な者は上で学べるようになっている。
 大学は、研究機関や専門過程の学習をする場所に変わった。

「晴海さん。今更ですが、私たちはどこを目指しているのですか?」

「ん?そうだったね。僕たちが向かっているのは、歴史を専門に扱っている学部だよ」

「歴史ですか?」

 夕花が、晴海の言葉に目を輝かせた。
 晴海は、近代史に興味を持っているが、夕花はそれより前の第一次世界大戦ころの世界史を学びたかった。さしたる理由はないのだが、高校の授業で学んだ歴史に関心を持っていた。大学でより深く研究をしてみたいと思ったのだ。

「そう、学部だけは決めているから、専修は後で決めればいいと言われたよ」

「え?」

「コネと権力は有効に使わないとね」

「・・・」

 指示された駐車スペースに車を停めて、晴海と夕花は建物に入っていく。
 大学は、決まった授業があるわけではない。学部と言っても、興味を持つものが集まって研究をしているだけなのだ。資料などが豊富に集められているので、研究を行う目的を持っているのなら、大学に入学するのがもっとも近道とされている。
 専修している中から選ばれた者がまとめ役となり、専修の方向性を決めていく。合わなければ、専修を変えればいいのだ。

「どうしたの?」

「いえ、晴海さんは、何を専修するのかと思いまして・・・」

「僕は、まずは夕花と同じにしようかと思っているよ。まずは教授に挨拶しておこう」

「はい」

 夕花は少し緊張したが、晴海はそんな夕花の手を握って教授の部屋に向かった。

「大丈夫だ。ここの教授は・・・」

 教授室の部屋をノックしようとした晴海だ。

”バァン”

 大きな音がして扉が開いた。

「晴海坊っちゃん!」

 小柄の女性が教授室から出てきた。
 情報端末を握りしめている状況から、晴海が歩いてくるのを認識して扉の前で待っていたのだ。

「城井さん。いい加減に坊っちゃんは止めてください」

「そうでした。今は、文月晴海さんでしたね。私の学部にようこそ。それから、始めまして、夕花さん。教授の城井貴子です」

 女性が晴海と夕花に頭を下げる。
 晴海は、こうなるのが解っていたので、少しだけびっくりして、驚いただけだったが、夕花は何がどうなっているのか解らなくて混乱していた。

「教授。ひとまず、部屋に入りませんか?」

 晴海に言われて3人は教授室にはいって、向かい合ったソファーに座った。

「改めて、ご挨拶いたします。城井貴子です。文月晴海さん。夕花さん。私の学部にようこそ。歓迎いたします」

 晴海と夕花も挨拶をする。

「晴海さん。夕花さんに説明をしていないのですか?」

「あぁ城井家が敵かもしれないからな」

 そんな状況では無いだろうと能見から報告は来ている。それでも、疑う必要があった。

「そうね。あの人がしっかりと宣言していないのよね」

「そうだ。市花は明確に宣言して、能見を手伝っている」

「私が宣言しても意味がありませんよね?」

「あぁ当主ではないからな。それに、ここで宣言しても、認められないだろう?」

「はい。もうしわけありません」

「俺と夕花をここに招き入れただけでも感謝している」

 晴海が頭を下げたので、慌てて夕花も頭を下げる。

「求められれば動くのは当然です。城井家ではなく、私は、先代様に多大なるご支援を受けています。研究が続けられるのも、ご支援があったからです」

 この辺りで、夕花にも人間関係がぼんやりとだが解ってきた。
 言葉は悪いが、晴海は研究資金の援助という餌をぶら下げて安全地帯の確保を行ったのだ。

「あっ!晴海さん。夕花さん。ご結婚の儀、おめでとうございます。旦那は知りませんが私は心からお祝いを申し上げます。できれば、夕花さんには、後継ぎを早急」「城井!」

 晴海が話を止める。
 跡継ぎの話が悪いわけではない。ただ、夕花を六条の柵に巻き込みたくないと思っているのだ。

「失礼しました」

 城井貴子は頭を下げる。

 晴海の方を向いていた視線を夕花に移した。

「それで、夕花さん。何を専修するのですか?」

 晴海は、黙って夕花を見てうなずいた。
 夕花の好きにして良いという合図だ。夕花も晴海の意図が解ったので、城井貴子に自分の正直な気持ちを伝える。

 30分ほど二人は第一次世界大戦当時の情勢を話していた。
 晴海もなんとかついていけるレベルで話しが進んだので、会話に時おり参加した。

「ふぅ・・・。晴海さん。素晴らしい奥様ですね。しかし、残念な事に、夕花さんが望まれている内容を研究している場所はありません」

 明らかに落胆する夕花だったが、次の城井貴子の言葉で顔を上げるのだった。

「晴海さんと二人の専修を認めます。研究所の設営に時間は必要になりますが、それでよろしいですか?」

 夕花は、どう返事したらいいのか迷った。晴海は、夕花の手を握った。夕花が晴海を見たので、晴海はうなずいて返した。

「はい。お願いします」

 夕花は、城井貴子にはっきりとした口調でお願いした。城井貴子は、晴海を見るが、晴海もうなずいたので受理された。スポンサーが大丈夫だと言っているので、大学側が断るのもおかしな話しになってしまう。

 毎日ではないが、大学に通うことになった。

 城井貴子は、晴海の前で背筋を伸ばした。そして、今までとは違う緊張した声で晴海に話しかけた

「お館様。少しだけ、私にお時間を頂けないでしょうか?」

「なんだ?」

 能見や礼登と話す時の晴海を知っているので不思議には思わなかった。しかし、今までと違った冷たい響きの声で、夕花は驚いていた。

「お館様。城井家の当主の考えを確認いたします。3日後にチャンスを下さい」

「わかった。3日後だな。チャンスはすでに与えた。次は無いぞ?」

「わかっております。城井家の代表を連れてお館様の前に跪かせ、六条家に変わらぬ忠誠を誓わせます」

「期待している。城井貴子。もし、城井家が六条の名前に背いていたら、城井家を潰す」

「はい。心得ております」

「そのときには、お前は城井家の名前を捨てろ」

「よろしいので?」

「確か、息子が居たな?12だったか?」

「はい。和也は、今年で12歳です」

「新しい名前で家を立てろ。そこに、城井家に行っていた支援を行う」

「はっ」

 城井貴子が頭を下げたので、晴海は話しが終わったと判断して、夕花を伴って部屋を出た。

「夕花。図書館に寄っていくか?時間はまだあるからな」

「はい!」

 晴海は、情報端末を起動して図書館の位置を確認した。夕花は、晴海の腕につかまる形になるが二人で図書館に向かった。

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