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Confianza

重い空気が流れる中、エマヌエルが沈黙を破った。

「ほう………兄ちゃん、やるな………"自分の命"を差し出すってか。」

「ああ、そうだ。こやつは"金属板で形質変化する"逸物だ。俺が負ければくれてやるぞ。人間なら誰しも"自分が優位になる便利な道具"が欲しいだろう。」

キャメロンが形質変化させているメディジェイトを袖から取り出して見せつける。

「言ってくれるじゃなねえか!!そう来なくちゃな!!おい!誰か二つ(エスパーダ)を用意しろ!!決闘だ!!」

突然の引導で周りがざわつき始めた。

「おい。アイツ、本気なのか?」

「さあな。エマヌエルさんに挑むなんて馬鹿じゃねえの?」

そんな組合のくだらない愚痴をよそに、

「キャメロン………本気……なの………?」

「俺は冗談を言わない主義だ。取引も決闘も引き受ける。だが明確なのは………」

「……………?」

「"必ず"こちら側が有利になる。」

「どうしてそう言いきれるん?まだ始まってもないんやで?」

「それは決まっているだろう。何故なら………"俺が勝つ"からだ。」

「は?何、言うてんの、アンタ?死亡フラグ立てとんのか?」

「……………??」

花菜とオハナはキャメロンの"その"理念が全く理解できなかった。
しかし分かっているのは、彼には余裕があるということ。一体どこからそんな自信が?

「貴様らにはまだ理解できんだろう。今から始まる決闘で分かる。見ておけ。それとな………」

キャメロンが羽織と着物、マフラーを一気に脱ぐ。手袋は脱がず。着ているのは白いシャツと黒のズボン。

「これらを預かってくれ。邪魔になる。」

「あっ………うん……………」

メディジェイトが着物の中に入っているせいか、花菜の腕が震える。

「嬢ちゃん、危ないから受付の姉ちゃんと一緒にいな。」

花菜がいかつい鎧を着ている男性に担がれて、受付の椅子に座らされる。

「……………僕、男の子………なんだけどな………」

「何でこうにも勘違いされるんや………」

「え!!君、男の子だったの!?可愛い………!ぎゅーってしてもいい!?」

「うにゅっ」

受付の女性に頭を撫でられたり、身体を抱きしめられる。そのせいか、変な声が出たり紅潮した。
そうしている間にテーブルや椅子が端に片付けられる。

「おう、兄ちゃん!剣を受け取れ!!」

エマヌエルが投げた剣がキャメロンの足元近くに刺さる。キャメロンがその剣を手に取って確かめる。

「ふむ、素材は悪くない。」

キャメロンが自分の髪の毛一本を引き抜いて、刃先に触れさせる。

「切れ味もよろしいようだな。」

「だろぉ?難関ダンジョンで手に入れた素材で造った代物なんだぜ?ハハッ!!」

自分の技術力を褒められて嬉しいのか、エマヌエルが高らかに笑う。

「とはいえ、貴様は鎚を扱う職業のはずだ。何故剣で戦おうとする。」

「何故ってそりゃあ………」

エマヌエルが剣を構える。

「俺のサブ職業が剣士(エスグリミドール)だからよぉ!!」

「なるほど、理解した。」

キャメロンも剣を構える。しかし片手で持つ。

「おいおい、良いのか?そんな甘い体勢で?」

「"一瞬でトドメをさす"というのに体勢など関係あるか。」

審判はおらず、ただただ重い空気が流れる。お互い目を合わせる。
その静寂の中に一枚の葉っぱが、ゆっくりと風に乗って二人の前を通った。
その一瞬、キャメロンが"軽く"一振りをした。
すると─────



あっけなくエマヌエルの剣が細かくバラバラになった。

「嘘………だよ、ね?………軽く……振った…………なの、に……………」

「……………はっ?」

そして彼の視界からキャメロンが消える。

「だから言っただろう。」

次の瞬間、エマヌエルの首に剣尖を近づける。

「一瞬でトドメをさす、と。」

「う、ぐ……………!」

「どうやら体勢が甘かったのは貴様の方だな。」

「ぐ………ぬっ……………!!」

キャメロンが剣尖を相手の首元ギリギリまで近づける。

「さあ、どうする。貴様には戦う武器は無い。そしてこうやって窮地に立たされている。白旗を上げるか。」

「し、白旗を上げるま、前に、少し聞いても、良いか、兄ちゃん。」

「……………何だ。」

「に、兄ちゃんは、どこで、その技をお、覚えた?サブがけ、剣士の俺はま、まだ教えてもらってすら、ないんだぜ?兄ちゃん、な、何者だ!?」

初めてこの状況を体験するのか、エマヌエルが涙ぐみそうになる。キャメロンがため息をついて、こう言った。

「名前と顔は覚えていないが、強制的に教えられた技だ。俺の武器もそやつから貰った。他にも武術を覚えているが、試してみるか。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!要するに、兄ちゃんは"ただ者"じゃねえってこったあ!!分かったよ!!分かった!!俺の負けだ!!」

エマヌエルが手を上げて後ずさりする。そんなにも怖かったのか、大量に汗をかく。
周りの組合の輩がひそひそと話し始める。

「アイツ、エマヌエルさんを降参させたぞ!」

「まさか上には上がいるとはな………怖え……」

「軽く振っただけで剣が粉々に………すげー…………!!」

そしてあのエルフの少女も心の中で、

(え、どういう事ですの?もう決着した、というのですの?凶兎様が私にあの男を相手にしろ、と?む、無理ですわああああああああぁぁぁ!!)

世間知らず。これだから人間は落ちぶれている。相手を知る前から決めつける。どうしたものか。

「キャメロン………!」

「ああ、何だ。」

花菜がキャメロンの服類やメディジェイトを持ったまま駆け寄ってくる。彼の眼は輝いていた。普段の、闇を抱えていそうな眼ではなかった。

「キャメロンって………本当に………何でも……………できるんだね……………!!」

「何でも………」

何でもとは何だ。俺が完璧だと言いたいのか。
花菜から自分の荷物を受け取った。着物と羽織を着付ける間に、

「兄ちゃん、ほらよ。俺の大切な大鎚を触らせてやるよ。だが、壊すなよ?」

エマヌエルが大鎚の頭部を下にして床に置いた。その大鎚には、ラベンダーの刻印がなされていた。少々焦げ臭いのと獣臭いのと。

「"アレ"を使うとするか。」

袖からゴーグルに似た物を取り出した。色自体は薄い水色で、番部分に小さな電源ボタンが付いている。
その横で花菜とオハナが「あの着物の構造はどうなっているのだろうか」という顔をしていた。
キャメロンが電源ボタンを押し、ゴーグルが空間でアナウンス。キャメロン以外は見えない。

「《物質の性質及び物質量を測定します。測定する物質を三秒間見つめて下さい。》」

血の付いている部分をじっと眺める。するとすぐ画面に【獣血:98%、人血:2%】と表示される。

「獣を殺したか。」

「つっても、獣人じゃないぜ?普通に鹿や野牛とかの食用の動物を狩ってんだぜ?」

「ふむ、ならば人は切ったか。」

「人殺しだとぉ!?俺を何だと思ってんだ!?」

「ああ、すまない。俺達はこの近くの村の殺人事件を調査をしているのでな。」

キャメロンがゴーグルを外して、そう言った。

「この村の近く………って、ノーチェ村じゃねえか!!」

「何だ、知っているのか。詳しく話を聞かせてもらおうじゃないか。」

キャメロンがエマヌエルの顔にずいっと近づいた。

「わーったから!!兄ちゃん近えよ!!」

話すと長くなるからとエマヌエルが言っていたので、椅子を用意して、事のあらましを語ってくれた。





─────二時間後。キャメロン一行は村の食堂でくつろいでいた。食事代に関しては花菜のために出した。花菜はパンケーキを食べている。

「キャメロン……………食べないの………?」

「俺は食べない。」

「断食………みたいな事……………しているの………?」

「……………………」

キャメロンが頬杖をつきながら、何かを考えていた。聞くにしろ、二つ返事か無言のどちらかである。

「無視しとき。どうせあの事件のこと考えてんやろうから。」

ジッパーを開けて不気味な手を出しながら、オハナがそう言う。花菜が食べているパンケーキを盗み食いする。

「あー!!うんまい!!」

「ちょっと………!勝手に………食べないでよ……!」

「別にええやん!!うちかてお腹空いたもん!!」

と、"仲良く"争っているのを他所にキャメロンは、

(あやつの言っている事が事実であれば、ヒジリの殺害目的が理解できる。だが………目撃者がいない。でないと、証明できない………!)

少し歯ぎしりをして、小さな"苛立ち"を見せていた。

「キャメロン………どうしたの……………?怒って………いるの……………?」

花菜の言葉でキャメロンがはっと

「俺が怒っていた、だと。」

「うん………凄く…………気難しいそうな顔…………してた……」

「………そうか。」

と、二人が話していた時、

「ご機嫌よう、そちらの旅人一行さん。」

フリル襟のシャツと短パンのエルフの少女が、キャメロン一行に近づいてきた。

「組合内での決闘、あれは見事でしたわ。」

猫かぶった笑顔で拍手する。その金色の眼に光がない。

「そういえば貴様も組合内にいたみたいだな。」

「な"っ!!私の事を見ていましたの!?変態ですわね!!」

彼女は顔を赤らめて、そう言った。

「何故俺が変態だと思われなければならないのだ。」

もちろんキャメロンは組合内にいる間、エルフの少女がいた事には気づいていた。しかし、彼女はローブを着ていたので姿が見えるはずがなかった。では、どうやって彼女の姿を確認する事ができたのか?

「それで、俺達に何の用だ。」

「ふふん!!貴方達に殺人事件の目撃情報を提供したいですの!!」

「ほう、貴様が目撃者か。ちょうど良かった。名は何と申す。」

エッヘンとエルフの少女が自分の腰に手を当て、

「私(わたくし)は水蓮といいますの!これでも魔術師ですのよ!!」

「誰も職業など聞いてはいないが。」

「な"っ!!失礼ですわね!!乙女に対してそんな言い方はないですわ!!」

耳をパタパタさせて、頬をプクッと膨らませていた。そんな横目で花菜とオハナは彼女を怪しんでいた。

「それで、目撃者として貴様を"とある"村に連れて行くが良いのか。泊まる事にもなるが。」

「と、とと、泊まるんですの!?」

「そうだが。」

(と、と、泊まるという事はま、ま、まさか……………キャー!!で、でも、私はこの男を捕らえる為に付いて行くのですから、チャンスですわ!!べ、別に変な事は考えてないですわ!!)

水蓮が何かいかがわしい事を想像したのか、さらに紅潮した。

「つ、ついて行きますわよ!!泊まりますわよ!!」

「いきなり怒るとは何だ。」

「怒ってないですわ!!」

水蓮が怒っている間にオハナがキャメロンの耳に近づいて、

「あんた、アホとちゃうか………知らん人をすぐに信用するんは……」

「別に信用している訳では無い。物は試しだ。こやつを存分に証言者として活用しようではないか。」

水蓮がキャメロン一行に加わった。





その頃、ノーチェ村の大倉庫で、

「クソッ!!大鎚に変な焦げ跡がっ!!」

ヒジリが大鎚に刻まれたラベンダーを布で拭いていた。いくら拭いても消えない。刻印が広がっていく。

「何だよこれ!?全然消えねえよ!!まさか村の誰かが焼いたのか!?」

倉庫でかれこれ二時間も証拠を消そうとしている。村の人が来ないように、中から鍵を閉めている。もちろん閂(かんぬき)も置いた。誰も入ることが出来ない。それに村人はみな、明日の夕方に行われる葬式の準備をしている。家で喪服を選んだり、料理を作ったりとまあ、何と呑気なもんだ。

「見つけ次第"この道具"でこの世から消してやるか!やっと扱える日が来たんだな!」

ポケットから赤い宝石を取り出した。暗い倉庫の中でも光が衰えずに輝く。

「異能者用の【強化石】(フォルタレシミエント)。あの組織は何でもあるな。暗殺道具まで取り揃えている。殺し屋ならうってつけだな!!」

宝石を握りしめた。ありったけの"恨み"を込めて。

「楽しみなもんだなあ〜!」

彼は口が裂けるくらいに笑った。

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