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第359話 さよなら、第三死神寮。新居へお引っ越し!

「いや、本当に、あとこれ運ぶだけだから大丈夫だよ」

「本当に? 荷解きだって何だって手伝うぜ?」

「それもほとんど済んでるんだよ。契約してから毎日少しずつ、嫁さんと手分けしてやったものだから」


 お昼過ぎ。死神ちゃんは借りてきた荷台につい先ほどまで使用していた日用品や寝具などを積み上げながら、苦笑いで同居人たちにそう答えた。すると、同居人の一人がニヤニヤとした笑みを浮かべて死神ちゃんをからかった。


「うっわ、幼女が〈嫁さん〉だって! お前が嫁さんじゃあないのかーい!」

「……はい、一名様、自室にお帰りです。ありがとうございましたー」


 死神ちゃんがムッとした表情でそう言うと、同居人は必死に謝った。

 本日は死神ちゃんのお引っ越しの日だった。二年半ほどを過ごした寮を出て、〈嫁さん〉と二人、庭つきの一戸建てでの生活が始まるのだ。
 死神ちゃんは見た目は幼女であるものの、中身はおっさんのままだった。そのため、死神として働きアイドルとして活動する合間にも、ひとりのおっさんとして〈嫁さん〉に恋をし、密かにお付き合いをしていた。そして去年の夏に第一班に所属していた大先輩がこの世界を去った際、死神ちゃんは〈長いようで短い時間をいかに悔いなく、充実して過ごすか〉と考えるようになった。結論として、死神ちゃんは〈最も大切な人と家庭を築こう〉と決めたのだった。

 死神ちゃんは生前、諜報員を経て殺し屋として活動していた。訳あって物心づく前から諜報員としての訓練を受けていて、組織の歯車として任務を遂行し続けることが己の存在理由だった。その過程でいくつかの感情が壊れてしまい、幸せや愛というものを感じることができなくなっていた。
 それでも、任務の一環で興味もない女を抱くということがあると、そのたびに嫌悪感を覚えていた。きっと、無意識にでも〈そういうことは愛ある者と致したい〉と思っていたのだろう。その嫌悪感がネックとなり活動に支障が出た死神ちゃんは、殺し専門の部署に異動をした。得意の銃を用いての暗殺は、標的と顔を合わせずとも達成できたため、諜報活動よりも気が楽だった。それでも、そんな稼業についているわけだから、ごく普通の人並みの感情が戻ってくるということはなかった。
 組織から独立をして活動を始めてしばらく経ち、その業界の中でも〈死神〉として認知されだすと、当然ながら命を狙ってくる者も現れるようになった。結果として、死神ちゃんは命を落とすこととなった。幸せや愛など、暖かな感情を知ることなく人生を終えたのだ。

 ところが、もう一度生き直すチャンスを死神ちゃんは与えられた。こちらの世界に降り立つにあたって歪んだ性格と感情を〈幸せな家庭でごく普通に成長したら、きっとこうなっていただろう〉というものに矯正されていたおかげで、楽しいことや嬉しいことを見つけられるようになった。
 暖かく明るい気持ちはどんどんと膨らんでいき、気がつけば他人を愛おしいと思えるようになっていた。おかげさまでたくさんの友達に恵まれ、大切だと思える人が何人もできた。また、そのうちの一人には恋愛的な意味でも大切だと思うようになり、交際するようにもなった。そしてそれは、さらなる幸せを渇望することへと繋がった。


「まさかさ、死んでから幸せを知ることになるとは思いもしなかったし、愛したい、愛されたいと思うようになるとも思わなかったよ。ましてや、家庭を持ちたいと思うようになるだなんて、それこそ生前からは想像もできなかったな」

「手違いで幼女にされなかったら完璧だったのにね」

「本当だよ! おかげで、毎日が憂鬱だったよ! ――まあ、それでも、楽しかったがさ」


 荷台をゴロゴロと押しながら、死神ちゃんは苦笑した。そばを歩いていた同居人はうなずくと、にこやかな笑みを浮かべて言った。


「ていうか、うちらもまさか死神課から所帯持ちが出るとは思わなかったよ。だってほら、うちらって子供も作れないし、再転生して去っていく存在じゃん? だから、何となくだけど、そういうのはみんな、漠然と諦めてたっていうか」

「復活を選んで、他の課に転属してから職場結婚したっていう人がいるっていうのは聞いたことあったけど。死神のまま所帯持ちっていうのは初めてのはずだよ」

「お相手の人も、薫ちゃんが死神っていう時点で、そういうことは諦めてたんじゃあないの?」

「ああ、うん。本人も夢にも思ってなかったみたいだよ。だから、プロポーズした途端に泣き崩れて、これはお断りされたってことなんだろうかって一瞬悩んだよ……」


 死神ちゃんも、死神である以上は多くは望めないのではと最初は思っていた。だから実は、プロポーズ前に〈四天王〉ウィンチのもとに相談をしに行っていた。すると彼は、咎めるどころか心の底から喜んでくれたのだった。


「ウィンチ様が言うには〈この世界に住まう誰しもに、幸せになる権利はある〉だそうだ。もちろん、それは死神課に属する者も例外ではないってさ。むしろ、幸せを知らないまま死んだ者が多い死神課のメンバーにこそ、幸せになってもらいたいって思っているそうだよ」

「前世はもちろん、今の職務自体も殺伐としているしね。やっぱりプライベートは充実させたいよ、私たちだって。これからは適当な幸せで何となくいいにするんじゃあなくて、(かおる)ちゃんのように全力で幸せ掴んでいこうかな」

「おう、そうしろそうしろ。そのほうが絶対にいいし、毎日が楽しくなるだろうよ。せっかく生き直しをしているんだ、今度こそ悔いないように過ごさなきゃ損だぜ」


 死神ちゃんは快活に笑うと、同居人たちの質問に答えていった。この世界は会社組織として存在するため、社員名簿などはあるが住民票などが特にあるわけではない。そんな中での〈結婚〉はどのように処理されるのか、みんな興味があるようだった。死神ちゃんは〈〈嫁さん〉が自分の籍に入るという形を再現してもらうべく、〈嫁さん〉の名字が名簿上、小花(おはな)に変更される〉ということと、〈名簿の家族構成欄のところに、お互いの名前と続柄が記載される〉ということを教えてやった。


「なんか、本当にきちんと〈結婚〉なんだな。この世界から出ることのできない俺らでも、結婚ができるのかあ……」

「ちょっと、感動だよね。希望も持てたよ! これからの生活に、ますます張り合いがでるよ、これは!」


 また、新居は所属する部門や課に関係なく、好きなところを選ばせてもらったということも付け加えた。では一体どこのエリアの空き家を借りたのかと尋ねられてすぐ、死神ちゃんは新居に到着した。そこは、ウィンチなど〈環境保全部門〉のお役職陣が住まう〈環境保全部門居住区域・中央区〉だった。同居人たちは唖然とすると、庭つきの結構しっかりとした家を見上げて声をひっくり返した。


「はあ!? ここ!? 一等地じゃんか! 薫ちゃん、よく金あるな!」

「ふっふっふ、君たち、ボクがアイドルだってこと、お忘れじゃあないですかね」


 死神ちゃんは腕を組んであごに手を当てながら、得意げにそう答えた。同居人たちはギョッと目を剥くと、興奮気味に捲し立て始めた。


「マジか、アイドルってそんなに儲かるのかよ! ちょっと、俺らも芸人とか目指してみるか!?」

「何で芸人なんだよ、薫ちゃんみたいに歌って踊ればいいじゃないか!」

「同じことやったって、二番煎じで需要ないだろ!? もっと尖ったことしないと……!」

「ま、華の芸能界デビューをしたい人は、広報部に企画を持ち込むか、アリサに直接ネタ披露でもしにいったらいいんじゃあないですかね。――まあ、そんな感じで、ここが新しい我が家です。ここなら、お前らも気軽に遊びに来やすいだろう? なにせ、大扉ひとつ(くぐ)ってすぐだし」


 死神ちゃんがそう言うと、同居人たちは嬉しそうにうなずいた。死神ちゃんは彼らにうなずき返すと「じゃあ、また夜の飲み会で」と挨拶して家へと入っていこうとした。しかし、彼らは声を揃えて「お邪魔します」と言った。死神ちゃんは足を止めると、怪訝な表情で首を傾げた。


「何だよ。手伝うようなことは何もないって、さっきも言っただろう? そもそも、何でこうも大人数でくっついて来たんだよ」

「だって、マコさんも住職への引き継ぎを無事に終えて、とうとう完全異動するじゃない。それで退寮するっていうから、ふた手に分かれて手伝おうかってみんなで話してたら、マコさんはもう運ぶものもなければ片づけも終わってるっていうから」

「だからって、手の空いている全員で来なくても……」

「えー、いいじゃん。新居にくれば、嫁さんの顔も拝めると思ったんだよー! 家の中、見たいよー!」


 まあ、いいけど、と返しながら、死神ちゃんは渋々彼らを家の中へと招き入れた。しかし、玄関にはすでに大量の靴が並んでおり、同居人たちは脱いだ靴をどこに置こうか悩んだ。
 リビングに通されると、そこでは死神ちゃんのハーレムメンバーが寛いでいた。縁側の日当たりのいいところではにゃんこが丸くなって昼寝をしており、ソファーではマッコイ、アリサ、サーシャが腰を掛けて談笑していた。ケイティーがキッチンから紙パックの飲み物を持ってきて、そのまま豪快に口をつけて飲み、ピエロが保存容器に入っている焼き菓子を美味しそうに摘んでいた。


「ちょっと、ケイティー。あなた、ちゃんとコップを使いなさいよ。他の人が飲めなくなるでしょう?」

「いいじゃんか、ケチ。私たちの仲なんだから、このくらい」

「いやいや、ケイちゃん。それはちょっとお行儀が悪いよ?」

「何度言ってもねえ、第二にいたころからずっとこんな調子なのよねえ……」

「みんな家族のようなもんなんだから、いいじゃないか、ケチ! ていうか、私にばかり注意しないでピエロにも注意しなよ! あいつだって勝手にお菓子食べてるじゃん!」

「ふふふ。ふおくおいひいお、こえ」

「もう、口の中に物を詰め込んだ状態でしゃべらないの!」


 女性たちが姦しく言い合うのを眺めながら、第三死神寮の男性陣の一部が真剣な面持ちで硬直した。どうやら、彼らは「一体誰が〈嫁さん〉なんだろう。このうちの一人か? 全員か? それとも、ここにいない誰かか!?」と考えているようだった。実際、そのようなことをポツリと漏らす者もいた。その様子を見て、第三死神寮の女性陣は盛大に顔をしかめた。


「は? いまだにそんなこと言ってるの、あんたら」

「えっ、何で!? お前らは教えてもらってるの!?」

「教えてもらってなんかないよ。でもさ、毎日一緒にいたら何となくは分かるじゃん」

「ええええええ、そういうもんかな……。ていうか、とっとと教えてくれてもいいもんだと思うんだけど」

「いやあ、そんな、ギリギリまでは隠すでしょ。だって、私たちに気ぃ遣うこともあっただろうし。実際、めちゃめちゃ気を遣ってくれてたし。それだって、見てれば分かるもんなんだけど。――まあ、今日の夜の飲み会ではさすがに公表するでしょ」

「えっ、そんなこと、気を遣うようなもんかな!?」


 女性陣は男性陣をじっとりと見つめると「これだから非モテは」とでも言いたげな呆れた表情を浮かべて、ゆっくりと首を横に振った。そして女性陣の一人がとどめのように「彼女欲しいんだったら、観察眼を身につけよう?」と言い放ち、男性陣は打ちのめされた。
 荷物を所定の場所に運び終えた死神ちゃんは、第三死神寮メンバーのもとへと戻ってくると、男性陣がショックを受けてしょんぼりと肩を落としている様子を不思議に思って首をひねった。しかし、今ここで〈どうしたのか〉と尋ねると面倒くさいことになりそうだと思った死神ちゃんは、とりあえず一緒に寮へ戻ろうかと彼らに促したのだった。




 ――――ビジネスのためであれ、友人同士であれ、恋人同士であれ。人との〈お付き合い〉というものには、多少なりとも観察眼を持っていたほうがいいと思うのDEATH。

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