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第360話 転生死神ちゃんは毎日が幸せだったのDEATH

 祝福の声に包まれながら、十三は花嫁をお姫様抱っこして第三死神寮から出てきた。フラワーシャワーを受けながら花嫁を下ろして横に立たせると、十三は花嫁と二人で今までお世話になった人々に笑顔を返した。その際、うっかり親指をどこかに引っ掛けたようで、〈元の姿に戻ろうリング〉の効果が切れてしまった。つまり、十三は死神ちゃんへと姿を変えたのだ。しかもご丁寧に、服装も新郎タキシードから可愛らしいウエディングドレスへと変化した。愕然とした表情で死神ちゃんが硬直していると、周りから「(かおる)ちゃんらしいや」といった声とともにドッと大笑いが起きた。
 最後の最後でミスをやらかしショックで震えていると、死神ちゃんは新婦に抱きかかえられた。しかし、その新婦の姿も先ほどまで身にまとっていたウエディングドレスではなく、新郎タキシードへと変化していた。どうやら、アクシデントを見越してファッションリングを身に着けていたらしい。死神ちゃんは申し訳なさそうに表情を暗くすると、新婦の顔を覗き込んだ。


「お前、ウエディングドレスを着るのが夢だっただろう。それなのに、いいのか?」

「ええ。ちゃんと夢は叶ったし、それに、薫ちゃんのパートナーとして不自由なく、横に並んでいられるということのほうが大事だから。――抱っこしたまま移動するなら、パンツスタイルのほうが楽でしょう?」


 死神ちゃんは心なしか不機嫌そうにムスッとしながらも、何となく嬉しそうな表情を浮かべた。すると、花嫁――マッコイはニッコリと笑い返した。

 死神ちゃんがともに家庭を築きたいと選んだ〈最も大切な人〉は、マッコイだった。それを知って驚いた者の反応はというと〈相手、オカマさんだよ?〉だった。マッコイも〈中身おっさんとはいえ、見た目幼女だよ?〉と散々言われたらしい。しかし、二人はそれに笑顔で〈見た目なんてものは、自分たちにとっては全く意味をなさないものだ〉と答えた。死神ちゃんにとってマッコイは誰よりも可愛らしい素敵な女性だったし、マッコイにとっての死神ちゃんはお茶目で真摯な素敵な殿方だった。二人とも、見た目(ガワ)ではなく中身しか見ていなかったのだ。
 二人に対して見た目通りの認識と扱いをすることなく、人となりで判断をし、〈一人の人間〉として接してくれていた人たちは、二人が夫婦となることをすんなりと受け入れてくれた。もちろん、そうでない者からは奇異の目で見られたし、そもそも死神ちゃんやマッコイの存在を知らない者――この世界に住まう全ての人がテレビや新聞を見ているわけではないので、当然〈知らない〉という人もいた――からは、夫婦ではなく〈お母さんと娘〉と認識された。しかしそんなことも二人にとっては大したことではなく、それで二人の幸せが(かげ)るということはなかった。

 二人はどこにでもいるような、ごく普通の夫婦として、ごく普通の生活を送った。その〈ごく普通〉が、普通を知らぬままこの世界へとやって来た二人にとっては、とてもかけがえのないものだった。特にマッコイにとっては〈オカマのマッコイさん〉ではなく〈小花マコという女性〉として日々を送るということが、この上ない幸せのようだった。毎日を幸せに満ちた笑顔で過ごす彼を眺めながら、死神ちゃんもとても幸せな気持ちで満たされた毎日を送った。
 そんな二人が〈再転生〉を意識し始めたのは、ケイティーがこの世界を去ったことがきっかけだった。彼女は転生資金が貯まると、一年間だけ死神ちゃんたちの家で過ごした。彼女は天狐の城下町にある道場で子供達に護身術を教えながら、マッコイの姉として過ごした。当初、彼女は〈二人の貴重な一年を奪ってしまって申し訳ない〉と肩身が狭そうにしていたが、死神ちゃんにとってもケイティーは〈特に大切な友人〉の一人であり、家族のようなものだった。二人に迎え入れられたケイティーは〈マコの姉〉として充実した一年を過ごし、最期は今までにないくらい幸せに満ちた笑顔で去っていった。

 さらに〈再転生〉をしようと決定づけたのは、無事に〈復活〉を果たした住職とおみつの間に子供ができたことだった。生まれてきた小さな赤ん坊を抱かせてもらったマッコイは、幸せをお裾分けしてもらったような気持ちになって心が満たされた。それと同時に、ものすごい羨望に駆られた。結果として、彼は家に帰ってからボロボロと泣いた。死神の体では子供を成すということなどは望めないし、そもそも〈復活〉をしたところで体は男のままである。どうあがいても、彼が最愛の人の子供を産むということはできないからだ。
 女性でも、出産しないまま、最大限に幸せになって一生を終える人はたくさんいる。子供のいない夫婦生活でも、幸せを謳歌することはできる。――そんなことはマッコイも理解してはいたが、彼はどうしても〈愛する夫の子を産む〉ということがしたかった。
 その様子を見ていた死神ちゃんは、迷うことなく「お金が貯まったら、一緒に再転生をしよう」と提案した。灰色の魔道士は死神ちゃんをこの世界へとスカウトする際に「無事に勤め上げた暁には、ぬしの望む未来をくれてやっても良い」と言っていた。だから、〈生まれ変わっても、また夫婦に〉と望んで一緒に再転生するのが最善かつ最良だと死神ちゃんは思ったのだ。それに、最期の瞬間まで一緒というのは、とても幸せなことである気がしたのだ。マッコイも同じように思ったようで、死神ちゃんの提案を笑顔で受け入れた。

 貯蓄額を元に計算をし、二人が〈再転生〉をすることになるであろう年が割り出されると、死神課の同僚たちが〈せっかくだから、送別会の代わりに結婚式をやろう〉と提案をしてくれた。死神課の者がこの世界を去る際は課総出で送別会を行うのだが、二人が結婚式をしていないことを知っていた同僚たちは〈二人を同時に明るく送り出すなら、それが一番いいのでは〉と思いついたらしい。二人は喜んで、その案を受けることにした。
 当日の衣装デザインは、美術家としての腕を活かしてアイテム開発へと異動していた三班クリスが買って出てくれた。式の中で奏でる音楽は、音楽家としての腕を活かすべく広報部に異動していた一班クリスが担当してくれた。ウェルカムボードは、夫婦がそれぞれに所持しているクマのぬいぐるみに当日二人が着る衣装と同じデザインのものを着せて、それをボードの代わりに飾った。クマ用の衣装は、サーシャとおみつが縫い上げてくれた。

 細々としたアイテムはアリサが不器用ながら一生懸命に作った。彼女は最も大切な二人のためにと慣れない工作や針仕事を頑張ったが、同時に〈最も大切な二人が一度にいなくなる〉という寂しさで何度も「考え直さない?」とマッコイに訴えていた。マッコイは優しく微笑むと、アリサの頬を両手で包み込んで言った。


「アンタはこれからまだ数百年は余裕で生きるでしょう? それに〈世界〉を渡っていける力もある。だから、アタシたちを見つけて、そして会いに来て」

「見つけるって、どうやってよ……」

「アタシね、姉さんと〈次に生まれてくるときは、本物の姉妹になろう〉って約束してるじゃない? 姉さんが残してくれたこのネームタグが導いてくれて、ちゃんと約束が果たせるって信じてるのよ。同じように、この指輪が導いてくれて、ちゃんと薫ちゃんと再会できるって信じてるの。――魔道士様の計らいも、きっとあるはずですし」


 そう言ってマッコイは、首にかけていた〈ケイティーが勤務中に欠かさず身につけていた軍用ネームタグ〉にそっと触れ、結婚指輪にも優しく触れた。


「だから、アタシたち三人は、きっと来世でも一緒にいるはずよ。よく見知った魂が三つ同じ場所に在ったら、魔力の高い吸血鬼族のアンタなら簡単に見つけられるわよ」


 アリサは必死にうなずくと、涙で顔をグシャグシャにしながら親友に抱きついた。

 結婚式当日の牧師役はソフィアが引き受けてくれた。すっかり大人となった彼女は豊穣神であるらしい羊のララちゃんの背に乗り、世界中を旅して回っていた。彼女は喜んで、二人のためにわざわざ帰ってきてくれた。
 結婚式中に子供が花を撒くという演出を行ったのだが、それは天狐とおみつ・住職夫妻の子供が担当してくれた。天狐は死神ちゃんとマッコイが夫婦として生活をし始めてしばらくしてから、死神ちゃんの父であると思っていた人物が実は死神ちゃん本人であると何となくではあるが理解したようで、結婚式も二人のためにと一生懸命に勤めてくれた。
 新郎新婦の親のポジションは、ウィンチとビットが名乗りを上げた。ウィンチは住職が結婚をするという際にも、披露宴にて新郎父親役を買って出ていた。そのときもボロボロに泣きはらしていたのだが、今回も彼は誰よりも涙で顔を濡らしていた。
 披露宴で行うような映像での振り返りやパフォーマンスは、エルダとピエロが総力を上げてやり遂げてくれた。いつの間に撮ったのだろうという写真や動画が流れてきた際には、死神ちゃんもマッコイも慌てふためいていた。そんな二人を眺めながら、参加者は楽しそうに笑い、料理を堪能した。


「私は、誰もが笑顔で生きている優しいこのダンジョンの裏側の世界で、楽園のようなこの素晴らしい世界で、愛すべきこの二人と出会いました。私は二人からたくさんの〈愛〉を学びました。愛とは力であり、誇り。春のように清らかで暖かな喜び。美しいハーモニーで奏でられるメロディー。愛には、他にもたくさんの形がありますが、その全てが魔法であるのです。それは、幸せを呼び寄せる魔法なのです。――この世界にはその魔法が必要だと感じ、今、私は旅をしています。そしてお二人も、これから旅に出られることと思います。私はお二人から頂いたたくさんの〈愛〉を、この世界中で育んでいこうと思っております。ですからどうか、お二人も素晴らしい旅、そして素晴らしい〈愛〉を……」


 そろそろ別れの時が近づいてくると、ソフィアは二人にそのような言葉をかけた。二人は嬉しそうに微笑むと〈自分たちもこの世界に来ることでたくさんの愛を知った〉ということ、そして〈この世界でこれからも生きるみんなも、たくさんの愛で満たされますように〉ということを感謝の言葉とともに伝えた。


「小花薫よ、時が来たら迎えに行くからな」

「ハムやちてきんには悪いが、次の人生が終わるまでに〈筋肉神教会〉が廃れているように願っているよ」

「私、絶対にあなたたちを見つけて、会いに行くから……!」

「ええ、楽しみに待ってるわ」


 死神ちゃんとマッコイは一人一人に丁寧に返事をした。そしてそれが落ち着くと、集まってくれた全ての人たちを見渡した。そして最後に天狐を見つめると、二人はニッコリと笑って正面に視線を戻した。


「じゃあ、またね」


 二人はそう言って満面の笑みを浮かべると、転生の巻物を使用した。光に包まれた二人は互いの顔を見つめ合いながら、仲睦まじく寄り添った。
 二人が姿を完全に消すと、アリサがグズグズと鼻を鳴らしながら笑った。


「ハネムーンに行く感覚で旅立っていくとは思わなかった」

「でも、二人らしいよ、とっても」


 アリサの背中を擦りながら、サーシャとエルダが微笑んだ。そして二人との別れを惜しみながら、その場を一人また一人を去っていく中、天狐だけはいつまでも二人が姿を消した辺りをぼんやりと見つめていた。










   **********



「お前、何だよこれ! ケイちゃんが読んでる漫画のあれだよな? ケイちゃんの真似なんかして、おっませー!」

「ひどいわ、カオルちゃん! 返してよー!」

「返して欲しかったら、取り返しに来いよ!」

「こら、カオル! どうしてそういう意地悪するんだよ。おばちゃんに言いつけるよ! マコに返してやんな! ていうか、お前ら、坂道で走るな! 転ぶよ!?」


 坂道を、ピカピカのランドセルを背負った男の子と女の子が駆け上がっていった。その二人のあとをのんびりと歩きながら、セーラー服の少女が怒り顔で怒鳴り散らした。
 カオルと呼ばれた男の子は、何やらキーホルダータイプのマスコット人形のようなものを手に持っていた。それは、ケイと呼ばれた少女が愛読している少女漫画に出てくるものと同じものだった。
 マコは姉であるケイにその漫画を貸してもらっては、熱心に読んでいた。小学校に上がったばかりの彼女には、中学生や高校生の恋愛というのはまだ早かった。しかし、自分にとっては想像もつかないような〈大人の世界〉は、とても輝いて見え、そして胸のときめくものだった。
 カオルはマコがその漫画を読みながら時おり、登場人物の男子のことをかっこいいと漏らしていたのが気に食わなかったらしい。それで、つい意地悪したくなりマコから人形を取り上げてしまった。マコは半泣き顔で必死にカオルを追いかけていた。しかし追いつくことができず、思い切り転んでしまった。

 火が付いたように泣き始めたマコを起こしてやりながら、ケイはカオルを睨みつけた。


「だから走るなって言っただろ!?」

「だってお姉ちゃん、カオルちゃんが――」

「俺が悪いのかよ」

「悪いだろうが。――知ってるんだよ? お前、ただヤキモチ焼いてるだけなんだろう?」

「そんなんじゃあない!」

「だったら、どうしてとっとと人形を返してやらないのさ。いい加減にしないと、おばちゃんに言いつけるからね」


 ケイはそう言うと、脇にあった神社の階段にマコを座らせた。結構派手に膝を擦りむいていたのだ。その足で階段を登らせるのも大変なので、まずは〈手当をさせてくれないか〉と聞いてくるということで、ケイはマコとカオルの二人を残して階段を登っていった。
 カオルはマコに泣かれるのが大の苦手だった。そして、マコの笑顔が大好きだった。でも、ケイがいる中で謝るのは恥ずかしかった。そのためケイの姿が見えなくなったのを確認してから、カオルはようやく謝罪の言葉を口にした。


「もう泣くなよ。……悪かったよ」

「もう、意地悪しない?」

「しないよ。ごめんなさい」


 マコは泣き止むと、ようやく笑顔を見せた。カオルは心底ホッとして、胸を撫で下ろした。
 少しして、ケイは困惑の表情を浮かべて戻ってきた。彼女と一緒に、見慣れぬ少女がやって来た。その不思議な金髪の少女は二人の前までやって来ると、マコの膝を軽く突いた。すると、まるで魔法のように傷が消えてなくなった。
 三人が驚いていると、少女は獣のような耳と尻尾をポンと出してニコリと笑った。


「おぬしら、久しぶりじゃのう。――わらわともう一度、お友達になってはくれぬかえ?」


 目の前で繰り広げられた驚きの数々に、三人は絶句した。しかし、三人は逃げ出すということはしなかった。何故なら、どうしてかは分からないが、とても懐かしい気がしたのだ。

 ――――そしてとても幸せな毎日が始まる予感を、三人は感じたのDEATH。

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