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「よし、じゃあ早朝練習はこれぐらいにして、ばあさんとこで朝飯ごちそうになろうぜ」緑髪はひきつづきえらそうに、全員に指図した。
私たちはぞろぞろと、森を出た。
歩きながらもアポピス類の人たちは、私にキャビッチスローについてあれこれ質問してきたり、逆に私の知らなかった新しい情報を教えてくれたりして、私もだんだんこの人たちの話に興味を持ちはじめた。
やがて祖母の丸太の家が見えてきた。
「ほら、ここだ」ユエホワがさも知ったふうに指さす。「これが、伝説の魔女のすみか」
「おお」
「すばらしい」
「へえー」
三人はそれぞれに感動した――がその直後、なぜか三人は同時にぴょーんと上空たかく飛び上がっていった。まるで、はじけとぶ火花のように。
「うわあーっ」三人の悲鳴はすぐに小さくなり消えた。
「あ」私とユエホワはぼう然と、飛んでいく三人を見送ることしかできずにいた。
「あらまあ、ごめんなさい」祖母が目を丸くしながらテラスに出てきた。「うっかり、家に言いつけるのを忘れていたわ。ポピー」テラスにたてかけてある箒を取り上げながら、私を呼ぶ。「急いで彼らを連れもどしに行きますよ」
「え」
祖母はさっさと箒に乗り、アポピス類の飛んで行った方向へぎゅんっと発進した。
しかたないので、私も口をとがらせながらツィックル箒にまたがり飛んだ。
「なるほどなあ」なにに納得しているのか知らないが、ユエホワもそんなことを言いながら飛んでついてきた。
三人のアポピス類たちは、森の木の梢にそれぞれ引っかかって泣きそうな顔をしていた。
祖母は三人それぞれに「ごめんなさいね」と言って回り、それからケイマンを箒のうしろに乗せた。
私はサイリュウを、箒で下から持ち上げるようにして梢からはずし、箒に乗せた。
ユエホワはルーロを助ける係になっていたけど、彼を梢からはずす作業をしているとちゅうでなぜか「うるせえな、少しだまってろ」と文句を口にしていた。たぶんルーロがなにかつぶやきつづけていたんだろうけど、私にも祖母にも彼がなにをつぶやいていたのかはまったく聞こえてこなかった。
「みんな、お帰り」丸太の家につくと、ハピアンフェルが明るい声でむかえてくれた。
三人のアポピス類は、びっくりしてあたりをきょろきょろ見回していたけど、彼らはもちろん、私たちにもその声の主の姿はすぐには見えずにいた。
「うふふ」祖母が楽しそうに笑い「妖精さんの声よ。さあ、中に入りましょう」と手まねきする。
「妖精?」
「おお、すばらしい」
「ほんとにいるのか妖精って」
三人の魔法大生がそんなことを口にするのを聞いて、私は少しふしぎな感覚をおぼえた。
この人たち、自分と同じアポピス類が、その妖精を使って悪さをしているってこと、本当に知らないんだな――
「ユエホワソイティ」私は緑髪鬼魔の名前――すてきな、ながい――を呼んだ。
「う」呼ばれたムートゥー類はひとことだけうなったかと思うと、にっこりと、朝のさわやかな空気に似つかわしい微笑みを浮かべた。
「えっ」
「おお」
「なに」三人のアポピス類たちは、こっちがおどろくほどちぢみ上がってびっくりした。
「うるせえ」ユエホワソイティは微笑んだまま悪態をついた。「呪いだよ」
「呪い?」三人はふたたびおどろいた。「笑う呪い?」
「ユエホワソイティって呼ぶと、なんかカイラクをおぼえるんだって」私は説明した。「それで、四日以内に私がピトゥイをおぼえて、この呪いが解けるようになりたいんです」
「おお」
「なんと」
「へえ」三人は目を丸くして、
「三日な」ユエホワソイティは微笑みながら訂正した。
「解かないほうがいいんじゃねえのこれ」ルーロが早口で意見をいった。
「ああ」ケイマンがうなずく。「俺もそう思う」
「そうですね」サイリュウもうなずく。「このままのほうが幸せかと思いますです」
「ああ」私も思わずうなずいた。彼らの気持ちは少しわかる。
「ふざけんな」ユエホワが怒りの表情になった。
「ユエホワソイティ」全員が同時にその名前を呼んだ。
たちまち、ふんわりと優しい微笑みがユエホワソイティの顔にもどった。
「さあさあ、今日は朝からとってもにぎやかな食事になって、わくわくするわ」祖母が言葉どおりわくわくしている風な声をかけてきた。「みんな、いらっしゃい」
「お邪魔します」ケイマンが頭を下げながら言い、他の二人もぺこりと頭を下げて食事のテーブルにつく。
「ようこそ、ガーベラの食卓へ」祖母は椅子のそばに立ったままであいさつした。「どうぞ楽しんでね」それから椅子にすわりつつ、指をぱちんと鳴らす。
すると、ふわっと甘ずっぱい香りがただよい、テラスの方から咲きたてのミイノモイオレンジの花たちが飛んできて、テーブルの上の方でくるくると回りだした。
「うわあ」私も、ハピアンフェルも、アポピス類たちもユエホワも、全員がそれを見あげ感動の声とため息をもらした。
「これは、ツィッカマハドゥル?」ユエホワがといかける。
「そうよ」祖母がうれしそうにウインクする。「覚えていてくれてうれしいわ、ユエホワ」
「あはは」ユエホワがてれくさそうに笑い、三人のアポピス類たちがいっせいにそちらを見る。
「呪い?」
「おお」
「すげえな」三人はふたたび感動の声をあげる。
これはちがう、と思ったけれど私はだまっていた。
食事をしながら、アポピス類なのに赤き目を持たないこの三人の生い立ちや、いま現在人間の大学で学んでいること、そして赤き目を持つほうのアポピス類がいまやろうとしていることなど、私たちの話はつづいた。
「そうか、ピトゥイで妖精たちをアポピス類の体から離してしまって、光の作用で姿を隠すのをできなくさせるという、ねらいなんですね」ケイマンが確認する。
「そう」祖母とユエホワが同時にうなずく。
「それで、あなたたちのピトゥイはもうすでに、本当に呪いが解けるところまで、できているの?」祖母がつづけて三人にきく。
「――」三人の食事の手が止まる。
「まだ、試したことは、ない?」祖母がまたきく。
「――はい」ケイマンがうなだれる。「呪われた人が、近くにいなくて」
「俺がいるよ」ユエホワが小さくささやいたけれど、みんな聞こえないふりをしていた。
「じゃあ、こうしましょう」祖母が軽く両手を打ちならす。「ルドルフにもういちど頼んで、あなたたちにも何か呪いをかけてもらい、お互いにピトゥイを使ってそれが解けるかどうか、試してみましょう」
「おお」
「え」
「――」三人は一瞬感動しかけたけれど、すぐに絶句した。
「わあ、おもしろそう」私だけがわくわくして声に出した。
「これ、遊びでやるのではありませんよ。真面目に考えて」祖母が注意する。
なんで私だけがしかられるのかな。
私は不服に思ったけれど小さく「はい」と答えた。