バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

影法師と人形遣い2

 自室に戻ると、プルプルと震えて部屋の隅で縮こまっているタシと、その傍で無表情のまま立っているプラタが居た。

「えっと、何してるの?」
「御帰りなさいませ。ご主人様」

 その様子に戸惑いながら問い掛けると、プラタがこちらを向いて頭を下げる。
 プラタの挨拶に挨拶を返すと、もう一度この状況について尋ねてみた。

「それで、これはどういう状況?」

 以前にも軍の訓練に参加したタシが幾度かこんな感じになっていたが、軍の訓練とはそんなに厳しいのだろうか?

「軍の訓練を終えた後、帰ってきてからずっとこの調子です」
「何か理由が?」
「いえ。私には思い当たる事は何も」
「そうか」

 プラタに訊いても不思議そうな顔をするだけなので、よく分からない。これは本人に直接訊くしかないかな。

「タシ、どうしたの?」

 ボクの問い掛けに、タシは顔を上げると。

「・・・・・・主、オカエリ」

 今ボクを認識したようで、駆けてきて脚に縋りつくように滑り込む。
 そして脚に捕まると、そこに出来ている影に入っていく。
 一体何事かと思うも、指導の成果かタシの影に入る速度も随分と上がったので、直ぐに影の中に入って――。

「ご主人様が問われているでしょう? 何を逃げているのですか」

 影の中に入ったタシを、いつの間にか傍に屈んでいたプラタが影に手を突っ込んで引き上げる。
 その光景を唖然としながら眺めている内に、タシは影の中から完全に引きずり出された。タシはプラタよりも身体が大きいはずなのに、そんな事はお構いなしだ。
 突然影から引きずり出されたタシは、予想外の出来事に困惑しているようで、プラタの言葉を前にしきりに周囲を見回している。

「おや? 今度は私も無視ですか?」

 がしりと頭を両手で挟まれたタシは、強制的にプラタの方に顔を向けさせられる。

「もう一度だけ言いましょう。ご主人様が問われていますよ?」

 一切の感情の見られないその平坦な言葉は何だか懐かしい。昔はプラタの声音に起伏はなかったからな。
 まあそれはそれとしても、タシが先程以上に震えているので、そろそろ助け船でも出した方がいいだろう。

「タシ、何か訓練で恐い事でもあったの?」

 ボクは軍の訓練内容を知らないので、タシが一体どんな訓練を受けてきたのかは知らない。それでも軍の訓練を受けに行った結果、毎度こうなるのだから、何か原因があるのだろう。訓練に向かう時は普通なんだけれど。
 そうタシに問うと、プラタがタシの顔をボクの方へと向ける。

「さぁ、答えなさい」
「・・・・・・プラタ、恐イ」
「えっと・・・そうか。他には?」

 プラタの言葉に、タシは震える声でそう訴える。それは今の状況について言っているのか、それともその前の問いについて言っているのか。

「・・・・・・プラタ、恐イ」
「・・・そうか。えっと、プラタ離してあげて」
「畏まりました」

 タシは再度同じ答えを返す。耳を澄ませば、小声でもプラタ恐イ、プラタ恐イと呟いている。
 とりあえずプラタにタシの顔から手を離すように言うと、直ぐに手を離す。
 拘束が解かれたタシは、直ぐに後退りボクの後ろに隠れる。それと同時に影の中に入っていった。その途中でもプラタ恐イを連呼していたが、一体プラタはタシに何をしたのだろうか。
 タシが影の中に入ったところで、プラタに何かしたのか尋ねてみる。

「えっと、タシに何かしたの?」
「いえ、特に何も。訓練時に指導したので、そのせいではないかと」
「どんな訓練を?」
「他の兵士と同じ訓練です。一番軽い訓練にしたので、それほどきつくはなかったはずですが」
「そうなのか」

 いつも通り不思議そうに答えるプラタ。その様子は、プラタも何故あそこまでタシに恐がられているのか本当に分かっていないようだった。
 なので、しょうがないのでこれ以上の追及は止めておく。したところで進展はなさそうだし。
 軍での訓練の様子は分からないが、ここでの指導の様子は知っている。それで判断するならば、プラタは多少厳しいような気もするがそれだけで、行き過ぎる指導はなかった。なので、これはボクも謎である。やはり先程の影から引きずり出されたのが恐かったのだろう。プラタはボク関連になると少し行き過ぎるところがあるからな。
 とりあえず話が終わると、そのままお風呂に入ることにする。時間的にはもう朝と言えるので、朝風呂か。
 朝風呂を終えると、太陽が地平線から顔を見せ始める少し前ぐらいの時間になった。それでも今は少しは寝ておきたいので、プラタと就寝の挨拶を交わした後、寝台の上で横になり眠る事にした。
 寝る時間がかなり遅いので、明日、というか今日は少しいつもより遅く起きるとしよう。修練時間は誰が決めた訳でもないので、それぐらいは許されるだろう。あまりにも眠いようならもう少し寝ればいい。
 それにしても結果だけで判断するのであれば、早く寝た方が修練に使える時間が増えそうだな。今後は夜更かしは出来るだけ自重しよう。・・・自信はないけれど。





 翌朝目を覚ましたのは、ギリギリ朝と呼べるだろう時間であった。
 いつもであれば既に修練を開始している時間まで寝ていたというのに、就寝が遅かった為に未だに眠い。
 頭に血がいっていないのか、気を抜けばそのまま意識が遠のきそうな眠気の中、気合いで身体を起こして寝台から降りる。

「おはようございます。ご主人様」
「・・・おはよう。プラタ」

 鈍い頭でプラタに朝の挨拶を返すと、ふらつく足で顔を洗いに部屋の中を移動する。
 その間も頭の中では、寝たい寝たいともう一人の自分が騒いでいるが、頭を振ってそれを振り払うと、無理矢理目を覚ます。
 しかしそれも一瞬の事。直ぐに目蓋が重くなってくる。今なら立ったまま寝る事が出来そうだ。
 そのまま何とか洗面台まで到着すると、顔を洗って眠気を覚ます。しかし、お湯では中々眠気が覚めてくれない。

「しょうがないな」

 漏らした言葉を他人の声のように感じながら、魔法で冷えた水を発現させる。
 魔法の発現は散々行ってきたので、まだろくに機能していない頭でも問題なく発現させられた。それでも、あまり階梯の高い魔法は流石に発現は難しいが。
 そうして発現させた冬の湖のようにキンキンに冷やした水で顔を覆う。

「ッ!!」

 その身を切るようなあまりの冷たさに、一瞬で目が冴えた。
 毎日こんなに冷たい水だと洗顔は続かないが、それでもこんなに眠たい時には役に立つ。もっとも、効果はそこまで長くは続かないが。
 それでも効果が発揮されている間に色々と作業をこなしていき、何とか頭を切り替えて目を覚ます。
 目が覚めた頃には、プラタが朝食の用意をしてくれた。まぁ、もう昼になろうかという時間ではあるが。
 そんな朝食を終えると、昼までの少しの時間に昨日の続きをする事にした。つまりは魔力の見極めだ。
 今日は第一訓練部屋へと移動する。第二訓練部屋よりもちょっとだけ近いので、今日は第一訓練部屋だ。
 プラタには移動する道中で今日の修練内容について伝えているので、直ぐに修練を行えるだろう。
 昨日と同じように訓練部屋の床に座り込むと、魔法を発現させていく。

「こうして視ていると、魔法によって魔力の流れなんかが微妙に異なっているんだなと、改めて解ってくるね」

 魔法を形成する魔力の流れ。それは魔法の種類や術者によって少々異なってくる。
 例えば魔力の循環速度。これは瞬間的な威力が高い魔法の方が速い傾向にあるも、その分魔力の消耗が増すようだ。
 他にも魔力の流れ。これは魔法の内側での魔力の流れについてで、魔法の形に沿うように全体が流れている魔力もあれば、魔法内部で荒れ狂うようにそこら中で魔力が渦巻いている場合もある。もっとも、どの場合でも大枠で見れば魔法を形成するように魔力が流れてはいるのだが。
 それはさておき、この流れは無駄なく全体が魔法の形に沿うように規則正しく流れている方が魔力消費量は少ない。だが、荒れ狂う流れの魔力の方が威力の高い魔法になる場合が多いのもまた事実。
 そういった魔力について視ていくと、魔力の動きが荒々しいほどに威力が上昇し、それに伴い魔力消費量が増しているというのが解る。
 逆に穏やかなほどに魔法は威力が減少し、魔力消費量が低減していた。やはり安定している方が魔力は保たれるようだ。

「同じ魔法でも、形成している魔力の循環速度や流れを変えてやるだけで威力や保持時間を調整も出来るようだし・・・まぁ、そこまで劇的な変化ではないが、それでも長期で見れば維持する時間に差が出るね。威力の方も違いはあるが、最大でも一段階上ぐらいかな」

 それでも十分かもしれないが、それがまた難しい。それに標準的というか、魔法の本来の流れから外れるほどに維持が難しくなっていくので、格上とでも戦わない限りは不要な技術だろう。それも少し上ぐらいまで。

「ま、数パーセント威力を上げる為に持続時間をごっそり減らすのもね。攻撃可能範囲が半分以下になる場合もあるし、使いどころのない技術だな」

 それでも魔法を見極めるには必要な知識だろう。ボクが要らないと思っていても、相手が使ってこないとも限らないし。

「色々考えなきゃならないから大変だなぁ・・・」

 自分で始めたこととはいえ、今更ながらに辟易してきた。それぐらい処理する情報量が多すぎるのだ。
 これ、一瞬で見極めて計算する必要があるから、プラタ並みの処理能力が必要になってくるような・・・。うーん。
 隣で立ったままこちらを見ているプラタにちらと視線を向けた後、まあ別の何かでも役に立つだろうと、とりあえず続けてみる事にした。相手が強大なので、今は対策を暗中模索しているようなものなのだから。
 強くなるというのも言葉にするのは簡単だが、その方法は中々に困難だ。そもそもどうやれば強くなれるかが分からないしな。
 毎度そんな疑問が頭の片隅に浮かぶも、直ぐにそれを追い出す。今はそんな事に意識を向けているのも惜しいのだから。
 意気込み新たに修練に集中する。
 とはいえ、これは修練なのだろうか? ただの研究にしか思えないのだが・・・まあいいか。
 魔力の流れや魔力の減る速度、魔法の構成に魔力が抜ける要因の調査。とにかく思いつく限り行っていると、直ぐ昼になる。プラタが声を掛けてくれなければ気がつかなかったことだろう。

「昼食は如何なさいますか?」
「そうだな・・・」

 プラタの言葉にうーんと考える。朝食を食べてそれほど経っていないし、集中していたとはいえ、ずっと座ったままだ。頭脳労働で少しお腹が減っているが、このままでも夕食までは何とか持ちそうな気がしている。とはいえ。

「・・・そうだな、じゃあ軽く食べようかな」
「畏まりました」

 立ち上がると、プラタと共に自室に戻る。
 腹持ちはまだ大丈夫そうではあったが、それでも念の為に食事はしておこう。プラタに軽くと伝えておけば、心得たもので少量だけ持ってきてくれるので、なんとか食べられるだろう。
 自室に戻る道中、少しでもお腹を空かせようと、伸びをしたり軽く身体を捻ったりしながら廊下を進む。
 そうして到着したところで、プラタは昼食の用意の為に転移する。それを見送った後、椅子に腰掛け息を吐き出した。
 短時間でも時間を忘れて集中していると、頭の中が疲労するようだ。今は何も考えたくないが、午後からはタシへの指導だな。
 それでも考えなければならない事はあるので、指導内容について思い浮かべていく。最近はタシも随分と強くなったので、教える事もそれほど多くはない。

「まぁ、それはボクに限っての話か」

 現在タシへの指導の中心はプラタだ。魔法関連だけではなく、軍の訓練でついでに戦術や戦略についても教えているらしい。プラタはタシを将軍にでもするつもりなのだろうか?
 ボクはボクで体術を学びたいが、ま、それは今はいいか。まだやる事が山積みな訳だし。
 とりあえず、ボクがタシに教えられるのは個人での技能ぐらい。それ以上は手に余る。それでももう教えることが大分少なくなってきたが。

「うーん・・・もうプラタに全て任せた方がいいような気もするな」
「何の御話で御座いましょうか?」

 突然真横から返された答えに、驚いてそちらに顔を向ける。そこでは持ってきた昼食を机に並べるプラタの姿。いつの間に帰ってきていたのか、全く気づかなかったな。

「いや、タシへの指導について考えていたのだけれども、もうボクが教える事も少なくなってきたなと思って。であれば、今のままプラタに任せた方がいいのだろうかと考えただけさ」
「左様でしたか。私はご主人様の御心に従います」

 料理を並べ終えたプラタは、一歩下がって頭を下げる。それにどうしたものかと考える。

「その時は頼むよ」
「はい。御任せ下さい」

 とりあえずそう伝えておいて、まずは用意された昼食を食べる事にした。
 普段よりも量の少ない昼食を食べ終え、それでも満腹になる。思った以上にお腹が空いていなかったのかもしれない。
 食事を終えた後に食休みを取りながら、改めて先ほどのことを考えてみる。
 現在タシへは、結界について教えている。より強固に、魔力効率を良く。を合言葉にだ。おかげで以前よりも硬い結界が張れるようになったが、それでも防げないモノは防げない。
 いやまぁ、それはそれとして、もう結構色々教えている。魔力効率や魔力操作。階梯の高い魔法も幾つか教えたが、こちらは魔物なのでそう苦労しなかった。それに主にプラタがそっちを見ている。
 うん、考えてみても後はプラタに任せてもいいかもしれないな。とはいえ、途中で投げ出すみたいになるし、キリのいいところまでやるが。
 ・・・でもなぁ、誰かに何かを教えるのも勉強になるからな。それでも教えられる項目が無ければ意味はないか。

「はぁ」

 息を吐いて立ち上がる。とりあえず指導を行うとしよう。そこで最終的な判断をすればいいか。
 そう思い、プラタと共に第一訓練部屋に戻ってくる。それからはタシを呼び出し、指導を行っていく。
 夕食まで指導を行った結果、後少し指導を行ったらもう教えることがなくなる。全くない訳ではないが、タシには合っていないからな。
 やはりそれぞれに合った内容というものがあるので、魔物相手だとプラタの方が相性が良かったというだけ。しかしそうなると、プラタよりもシトリー達の方が同じ魔物だから良かったのかな? それも今更だが。
 さて、部屋に戻った後、夕食の前にお風呂に入る。そこでプラタに今後のタシの指導について相談した後、お風呂から上がって夕食を食べた。
 就寝の準備だけして、寝る前の時間は補助の魔法道具の改良に費やす。夜中まで補助の魔法道具を改良した後は、そのまま就寝する。
 今日は中々進んだ気がするが、それでもまだまだ時間は掛かりそうだな。明日は背嚢の解析を朝から行うとしよう。





 ザッザッと大きな音を立てて、一糸乱れぬ動きで深夜の平野を進む千を超える一団が居た。
 その一団は、全員が高性能な深緑色の防具に身を包み、顔は同色の兜を被っているので確認出来ない。それでもそれが何処かの軍隊なのは誰が見ても解るだろう。
 しかし、その一団から発せられている雰囲気は異様としか言えず、もしも何者かが遭遇したならば、遠目からでも逃げ出していた事だろう。それぐらい異様な雰囲気を発していた。

「・・・・・・」

 ただひたすらに無言で歩くその一団。金属の擦れる音はするが、それ以外には何も聞こえない。止まる事もなく、一定の速度で進んでいく。
 その異様な雰囲気の原因は、その一団を近くで観察した者が居れば気づいた事だろう。なにせ、その一団は誰一人として呼吸をしていないのだから。
 目の焦点も合っておらず、それどころか白く濁ってさえいる。まさに死者の一団。
 だが、そんな死者の一団だというのに足取りは確かで、目的の場所があるのが解るほど確かな歩みをしている。

「・・・・・・ふむ」

 その死者の一団を遥か上空から見下ろす一つの小さな影があった。
 頭上に輝く月のように神秘的な瞳でその一団を捉えながら、その影は思案気に腕を組む。
 暫くそうして一団を眺めていた影は、そのまま死者の一団が向かっている方角へと顔を向けた。

「南という事は追加でしょうね。しかし、数だけの一団を追加したところで何の意味が? 他の道からも大量に南下しているようですが、どれも以前よりも質が悪い」

 はてと首を捻ったその影は、死者の一団の方に目を戻して、指揮官のような個体は居ないかと視線を動かす。
 しかし、先程から観察している通り、その一団には際立って強い個体は居ない。部隊が並んでいるだけで、先頭は複数存在している。
 隊列に乱れはないが、気味が悪いだけで脅威は感じない。まさに烏合の衆とでも呼ぶべきただの塊。

「他の場所も似たようなもの。以前までであればもう少し質もよかったうえに、各軍には指揮官の在籍も確認出来ましたが・・・どういう事でしょうか? 観察していても意図が読めませんね」

 影は困ったように死者の一団を見下ろしていたが、何も得るものはないと判断すると、その場を離れる。

「さて、あの程度であれば仮に進路を変えて襲撃されたとしても問題はないでしょう。見えていないというのに、他の部隊と足並みは揃っているようですが。もう一度遠目に南の方を観察してみるとしますか」

 空を飛んで進みながら、影はこれから何が起きるのかを思案する。情報はそう多くは無いが、全くない訳ではない。
 得ている情報を繋ぎ合わせて、微かに見えてくる絵を脳裏に浮かび上がらせていく。
 暫くすると、完ぺきとはいかないが、それでも朧気な絵は浮かび上がってくる。

「ふむ。方針転換をしたという事でしょうか? 質より量な集団の意図は、元より犠牲にする為? でも何故? 生贄なんて必要ないでしょうに・・・」

 考えてみてもはっきりとした答えは出てこない。まだ新たな流れは生まれて間もないので、全体像を掴みきれていないのだろう。
 影が考えながら飛んでいると、目的の地点に到着する。
 そこは荒野に北側から少し入った場所。影が近づけるギリギリの場所。そこから南へとずっと進んだ場所に在る、周囲を森で囲われた開けた平野に眼を飛ばす。眼は更に離れた場所からでも飛ばせるが、近い方が視界はよく、負担も少ないのだ。
 集中すると、直ぐに目的の場所の様子が脳裏に浮かぶ。そこは平野の中央部分。そこには、散々壊された廃墟が広がっている。それはかつて人間が治めていた地だったが、魔物により攻め滅ぼされた場所。
 影はそこの廃墟を探し、目的の人物を発見する。どうやら今回は三人配置されているようだ。

「・・・少し、性能が上がりましたか? 変わる先が違うだけで随分と質が変化するものですね」

 そこに配された三人。正確には人形が三体。どれもが自律的に動いており、見た目はほぼ同じ。
 その人形の雰囲気は三体ともに荒々しく、また刺々しいように思えた。触れればそれだけで怪我をしそうな、そんな危険な雰囲気。
 以前確認した人形は、荒々しくもまだ静寂が混在していたのだが、今確認している人形は大部分が攻撃的な雰囲気を纏っている。そこまで長いこと放置していた訳ではないので、短期間に一体何があったというのか。
 そう思いつつ観察を続けていた影の視界が突然黒く染まる。

「ん?」

 それに影が何事かと顔を顰めると、次の瞬間には視界一杯に眼が映った。
 魔力の流れにより広範囲を捉えていた視界が奪われ、その魔力の流れが形成した巨大な眼。それは即ち警告。そう判断した影は、すぐさま視界を戻す。

「今回は気づかれるのが随分早かったですね」

 影が零したその言葉の響きは、独白というよりも誰かに話し掛けるかのような響き。
 そしてそれは正しかったようで、影の言葉には返事があった。

「ま、お試し期間は終了という事さ」
「そうですか。それでどのような心境の変化で?」

 やや後方に立っていた相手へ首を捻って視線だけを向けつつ、影は無表情のまま問い掛ける。
 それにくつくつと楽しげな笑いを漏らすと、相手は人差し指を立ててから言葉を紡ぐ。

「一応警告、いや忠告かな? しておくよ」
「何でしょうか?」
「近いうちにぼくとあいつでちょっとした争いをするかもしれないから、そっちも気をつけてね。多分大丈夫だとは思うけれど」
「争いですか? 戦争でも行うので?」
「ん? んーその認識でもいいとは思うけれど、一対無限って戦争と呼べるのかな?」

 不思議そうに首を傾げた相手に、影もどう答えればいいか悩む。
 そもそもそんな差では争い自体が起きないだろうが、それを起きるかもと気楽に言えるというのも、正気を疑う発言だ。

「勝つ見込みがあるので?」
「いや、勝てないよ。ここで勝てる訳がない」

 影の問いに、相手は半笑いのような口調で言葉を返す。その内容は笑っていられるものではないだろうが、相手の言葉に悲観も何も無い。そこにはただ呆れのような感情があるだけのような気がした。

「では、何故争うので?」
「はっはっは。争う理由なんて、相手が気に食わないからか、欲しいモノを持っているからかぐらいなものだろう。ぼくの場合は前者だけれどもね。とはいえ、突っかかってくるのは向こうからなんだけれど・・・迷惑なものだよね~」

 ふざけた調子で語る相手は、以前会った時ともまた別人のように思えた。今までも親しみやすい感じはあったが、ここまでふざけたように陽気な相手の姿は見た事がない。
 それに疑問を抱きながら、影は困ったように考える。
 もしも両者が衝突するとして、戦闘が起きる可能性のある場所の一つが現在居る場所だ。
 そして、影が属している国は現在居る場所から離れているが、両者の戦力を考慮すれば十分近いと言える。

(何処に居ても巻き込まれる可能性はありますが、それでも近いですね)

 さてどうしたものかと考えながら、影は話を続ける。

「その争いは回避出来ないのですか?」
「無理じゃないかな。今まで何だかんだで衝突は避けてきて、その結果として今が在る訳だし」
「向こうからという話でしたが、その争いを受けて立つのですか?」
「そうだね。そろそろぼくはこの世界から出ていこうかと思っているから、最後ぐらい別にいいかな~ってさ。所謂思い出作りってやつ?」
「・・・・・・」
「そんな理由で、とか考えてそうだね」
「ええ」
「はは。ま、理由なんてそんなものでしょう。それに出ていく側としては、この世界の事なんて別にどうだっていいし?」
「・・・・・・」
「ふふ。君も大分感情が出るようになったね。昔の何も思わない感じないってのが嘘のようだ」
「・・・貴女もまた変わりましたよ。ソシオさま」
「そりゃそうだ。その為に努力してきた訳だし、これで変わってないとか言われたら虚しいだけだよ」

 飄々とした雰囲気で肩を竦めるその様子は、まるで道化のよう。その芝居がかった仕草が、妙に癇に障った。それでも影は苛立ちを抑えて冷静さを保つ。

「そういえば、君のご主人様は元気にしているかい?」

 突然の話題に、影は内心で困惑しつつも「ええ」 と頷く。

「そうかそうか。随分と成長出来たようだけれど、まだまだといったところだね。あれはまだ手を出す気はないようだけれど、もっと成長を急いだ方がいいよ」
「・・・・・・」
「君もだよ、プラタ。君は後一歩のところまで来ているのだから、早くその一歩を踏み出して一気に成長しないと。でないと、大切なものを失うよ?」
「一歩、ですか?」

 プラタは不快そうに眉根を寄せながらも、ソシオに問い掛ける。

「そうそう。せっかく世界の法則が変わったのだから、今まで抑えられていた成長限界を超えるなら今だよ。まだ少し猶予があるとはいえ、急いだほうがいいと思うよ」
「どういう意味でしょうか?」
「ま、解らないのはしょうがない。とにかく、成長を急いだ方がいいよ。やり方は人それぞれだからぼくには何とも言えないけれど、時は待ってはくれないよ。ぼくがこの世界に居る内に頑張るんだね」
「・・・それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味さ。ぼくが居る内はぼくに注目が集まるからね。もう世界は変わったし、君達は十分な結果を提供してしまっている。もう必要な情報は粗方揃っているかもしれないからね。つまりほら、ぼくの次は君達だよって事さ」

 ソシオはおかしそうに笑いながらそう告げてくるので、それが冗談か真実かは判然としない。それでもプラタは長年の付き合いのおかげで、それがどちらかは理解出来た。

「そうですか」
「そうそう。ぼくにとってはもうこの世界に価値はないけれど、思い出は一応あるからね」

 肩を竦めるようにそう言うと、ソシオは「じゃーねー」 と言って姿を消した。
 言うだけ言って消えたソシオに呆れつつも、プラタは先程の話を脳内で吟味していく。それと共に、急いで帰るべき場所に帰る事にした。そろそろ夜が明けようとしていたから。

しおり