バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

影法師と人形遣い3

 真っ暗闇の部屋の中、玉座に深く腰掛けためいは、ボーっと中空を眺めていた。その表情は虚ろで、まるで魂が抜けてしまったかのようだ。
 そのまま力なく玉座に腰掛けたまま数時間が経過したところで、何の前触れもなく瞳に光が宿る。

「・・・・・・」

 玉座に深く腰掛けたまま、めいは視線だけで周囲を確認すると、深く深く息を吐き出す。
 まるで安心するかのようなその姿は、普段と違ってめいをか弱く見せた。
 しかしその部屋には誰も居ないので、めいのその貴重な姿を見た者はいない。

「また面倒な事になっていますね。あれの始末は優先すべき事柄でしたか。全く、今度は何を考えているのやら・・・いや、あれの考えは最初から変わっていないのでしょうが。それはそれで面倒な話です」

 力なく玉座に腰掛けたまま、今度は疲れたように息を吐くめい。

「あれの討伐は行うとしましても、世界の修復も行わなければなりませんか。世界の根幹に傷を付けるなど、普通は出来ないのですがね」

 困ったようにしながらも、その瞳には多分に呆れが含まれている。

「修復の方は私でなければ難しいですね。ヘカテーでも出来なくはないでしょうが、確実ではないですし。となると討伐の方にヘカテーを回しますか。現在何やら行っているようですから、話だけは先にしておかなければならないでしょうが」

 面倒そうに首を振ると、めいはぽつりと「仕事がまた増えますね」 と小さく零す。現在めいがこなしている仕事量だけでも膨大だというのに、これ以上仕事が増えるというのは気が滅入るばかり。それでもまだ対処可能な量なうえに放置も出来ないので対処するのだが。
 ただ、それでもやる気というのは別枠なようで、中々動く気力が湧いてはくれない。
 それは、今し方世界の管理から隣接する世界の観察など、色々と一気にこなした事の弊害かもしれない。それでも世界を管理している者としては必要な事なので、手を抜くわけにはいかないのだ。特に最近は、内外で不穏な動きがみられるのだから。

(その筆頭にして、現に世界を傷つけている問題児。それの監視と対処に余力の大部分を割かねばならないのが本当に厄介ですね)

 最近の様子を思い出すだけでも更に力が抜けていく気がする。それほどまでに厄介な相手なのだが、一番厄介なのがめいの嫌がる部分をしっかりと把握して、そこを着実に押さえているところだろう。本来であれば、めいもここまで疲弊したりはしない。
 それほど厄介な相手なだけに、めいも早く対処したいのだが、的確に急所を押さえられるぐらいに情報を得ている相手なだけに、中々上手くいってはいない。あと一歩というところで手が足りていなかった。
 そして、それは相手の思惑通りというのもめいは理解している。

「はぁ。本当に面倒な相手ですね。我が君が少し顔を見せてくださるだけで簡単に解決するのですが」

 もっとも確実かつ短時間で済む方法を思い浮かべ、現実味が無いなと自分の発言に呆れたように首を振る。それだけではなく、自分の弱気な発言に気づき顔を顰めた。

「これは随分と疲れているのですね。少し休んだ方がよさそうです。ヘカテーが何かしている間は討伐も頼めませんし、話だけして、待っている間は休ませてもらいますか・・・修復の作業があったのでしたね」

 のそりと玉座の間から立ち上がっためいは伸びをして目を覚ますと、緩慢な動きで部屋を出ていく。

「さて、まずはヘカテーの居場所ですが・・・えっと、何処でしたっけ?」

 部屋を出たところで足を止めためいは、現在のヘカテーの居場所を思い出そうとして失敗する。

「あー、そういえばまだ今日の予定を聞いていませんでしたか」

 やれやれと頭を掻いためいは、ヘカテーが居そうな場所を思い出して足を向けていく。
 途中で誰かに会えればと思うも、皆出払っていて人が少ないので、そう都合よくはいかない。
 それでも世界を軽く探ってみたところ発見出来なかったので、別の世界なのだろう。
 現在めいが管理している世界は二つある。それは死者の世界と生者の世界。二つは厳密には一つなのだが、連なりながらも互いに独立しているので、別々の世界と言っても過言ではない。しかしそうなると、死者の世界である死後の世界は更に細かく分岐していくのだが、それも含めて死後の世界という事なのだろう。
 ヘカテーが生者の世界に居ない以上、そのもう一つの世界である死後の世界に居るのだろうと当たりをつけためいは、その場から向こうの世界へと転移する。二つの世界を何処からでも行き来出来るのは、管理者のみに許された特権。
 到着したのは、白の世界。少し先に白亜の城が見える。
 死後の世界に到着したところで、めいはまず死後の世界全体を軽く調べてみる。そうすると、ヘカテーの居場所が簡単に発見出来た。

「近くに何人か居ますね・・・代行者達?」

 ヘカテーの近くに何者かが居るのを察知しためいは、それを調べて首を傾げる。代行者とは、めいの名代としてこの世界を管理している者達の事である。
 死後の世界は広く、そこに住まう者の数も膨大なので代行者はそれなりの数が居るのだが、その内の何人かがヘカテーの傍に集まっていた。その事を不思議に思いながら、とりあえずめいはそちらに向かうことにした。





 ヘカテーが居たのは、白亜の城から離れた場所であった。

「ここで何をしているのですか?」

 その場所に到着しためいは、ヘカテーにそう声を掛けながら近づいていく。

「おや? これは珍しい」

 振り返ったヘカテーは、めいの姿を確認して少し目を見開くも、いつの調子で声を掛ける。
 しかし近くに居た代行者達は、己らの主の突然の登場に慌てふためきながらも、膝をついて頭を垂れた。
 めいはそんな代行者達など目に入っていないようで、ヘカテーの許まで歩み寄る。

「貴方を探していたのです」
「そうか。それはわざわざすまなかったね」
「それで、ここで何を?」

 自分がここに来た目的を伝えためいは再度同じ質問をすると、ちらと傍らの代行者達に視線をやった。
 直ぐに視線をヘカテーへと戻したものの、その一瞬だけで代行者達は心底恐怖する。頭を垂れているので視線は地面に向いているというのに、何故だか一瞬見られたのは理解出来た。
 代行者達はこの世界の住民でもあるのだが、それは即ち既に死んでいるという事。だというのに、今の一瞬だけで死を覚悟させられた。それほどにめいの存在というものは大きい。何気ない視線だけで途轍もない重圧があるほど。
 そんな存在と平然と会話をしている相手も異様だと代行者達は内心で怯えるが、それでも平然とめいと話しているヘカテーが相手の場合は、差を理解して恐縮してしまうが、その程度で済んでいる。
 ふとそれが気になったが、主従関係かどうかの違いだろうと、深くは考えなかった。
 しかし実際はそうではなく、代行者達がそう感じてしまうのは、めいが管理者だから。
 管理者とは、その世界の絶対者だ。世界によっては神と崇められるだけの理由がある。なにせ管理者は、管理している世界と根幹で繋がっているのだから。
 なので、管理者とは即ちその世界と同義とも言える存在。そのはずなのだが、めいが管理している世界は何処か壊れているのか、一部に例外が存在していた。
 今でも普通に会話をしているヘカテーもその一人。いくらめいから生まれた存在とはいえ、管理者ではないので世界そのものとは異なる個体であるはずなのだが、何故だか世界の影響をあまり受けてはいなかった。もっとも、影響が少ないだけで世界の住民であるのは変わらないようだが。

「まぁ、信用してますので貴方の好きにしてもいいですが、討伐の方は忘れないでくださいね」
「了解した。ちゃんと準備を整えておくさ」

 話を終えためいは、小さく息を吐いた後に去っていく。それから暫くして、代行者は少し力を抜く事が出来た。そこに居る。ただそれだけでもめいの存在感は力を持つ。
 そんな代行者達の様子を眺めていたヘカテーは、こればかりは仕方がないかと思う。というよりも、めいが管理者である以上これは必要な事だ。

(死後の世界の代行者といっても、側近ほどの強さはないからな)

 ある程度の強さがあれば、めいの存在感もとても緊張する程度まで緩和出来る。ヘカテーはそれとは別なのだが、めいの側近達はそういった存在である。

(だからこそあれはおかしいのだが。ま、あの方の影響だろう。私程度ではその深淵なる御心は理解出来ないが、何か意味はあるのだろうな。今回の討伐もその一環といったところか)

 代行者達が元に戻るまでの間、ヘカテーは先程までめいと交わしていた会話について思い出す。
 内容は至って簡単で、とある人物の討伐。対象は一人なので普通なら簡単なのだが、めい曰くタガが外れたらしい。なので、いくらヘカテーとはいえ楽は出来ないかもしれなかった。

(さて、あれから随分と盛大に狂ったらしいが、何が目的なのやら)

 世界への損傷。本来出来ないはずのそれを行った相手に、ヘカテーはどう対処するべきかと思案する。
 そもそも世界へと損傷を負わす事が出来る存在は二種類しか存在しない。
 一つは管理者。根幹で世界と繋がっているだけに、そこを害する事が可能ではある。だが、世界は自身でもあるので、そんな自傷行為とも言える事を普通はしない。それどころか誤って破壊までしたら自殺行為となる。なので、管理者は世界に手を出す事は出来るが、普通は逆に守護者となるものだ。
 そういう訳で、世界を害する存在としてもっとも多いのが、二つ目の異分子。
 こちらは外からの来訪者に多い存在ではあるが、皆が皆世界へと攻撃する事が可能という訳ではない。異分子の中でもとりわけ強力な存在でしか不可能だ。
 そして今回の場合だが、元が住民なだけに世界から外れた存在になったという事になる。つまりは狂ったという事なのだが、今回は意図的に成された事だろう。

(あの方の模倣でもしようとしているのか・・・)

 ヘカテーが知る中で、件の人物以外で唯一知っている異分子が居た。それは偶然に偶然が幾重にも積み重なった結果、自然発生的に生まれ存在で、ヘカテーの生みの親たるめいを創造した人物。
 あまりにも枠外の存在だが、結局世界を調べただけであまり深くは手を入れずに去った存在。何がしたかったのかはヘカテーには預かり知らぬ事だが、今回の討伐対象が行っている事は、ヘカテーの目にはそれをなぞろうとしているように思えてならなかった。
 それは不遜な行いのように思えるが、それでもヘカテーには一定の理解も出来た。それぐらいの事をしなければ、そもそもが理解出来ない領域の話なのである。

(そもそも存在としての格が違うというのに、あれからどれだけ中身を弄ったのやら)

 ヘカテーが思い出すのは、前に分体で戦った時の事。その時も随分と強くなっていたけれど、それでも世界の根幹にまで手が出せるほどではなかった。
 そこまで考えたところで、代行者達が持ち直す。
 全員顔色が悪いものの、ヘカテーは直ぐに相手は全員死者なので顔色を考える必要はないだろうと思い直す。
 若干ふらつきながらも立ち上がった代行者達を確認した後、ヘカテーは視線を遠くへと向ける。

「しかし、討伐ねぇ」

 めいが来る前に行っていた事を思い出しながら、同時にめいの依頼の方もどうしようかと考える。現状の彼我の差を推測するに、策も無しに単騎で赴くのは危ういかもしれない。
 かといって、ヘカテーでも厳しい相手に数だけ揃えても無駄であろう。それは現在の実験でも証明されている。
 連携を取れる相手がいれば勝率は上がるのかもしれないが、ヘカテーが危ういかもしれないと思う相手と戦う戦場でヘカテーと連携を取れるような存在は、それこそめいぐらいしか思い当たらない。めいの側近達も強いのだが、それでも圧倒的に強さが足りていない。
 だが、わざわざヘカテーに討伐を頼むほどなので、めいは世界の根幹の修復に掛かりきりになるのだろうから手助けは頼めないだろう。しかし、ならば討伐を修復後まで待てばいいかと言えば、そうはいかないだろう。

(これ以上何をしでかすか分からないから放置は下策。かといって単騎で行く以外には手の打ちようもない。援軍を連れていったとしても、精々が数秒の時間稼ぎが出来るだけだろうな。そもそも他の人形にも勝てないか。そちらも考えないといけないな)

 討伐対象は一人ではあるが、相手は人形遣いでもあるのでそちらの対処も考えなければならなかった。人形自体もかなりの強さを秘めているので、少なくとも側近以上でなければ、こちらも僅かな時間稼ぎが精々だろう。
 状況的にはかなり厳しい。しかし放置も出来ない。それではどうするかだが、それを考えているところであった。

(実験はもう少し掛かりそうだし・・・)

 視線の先で白い光が一瞬輝くと、そこには大勢の人物が現れる。種族はバラバラだ。

(やはり数だけでは無理か。それでも魔力を蒔くことは出来た)

 現れた者達は、ヘカテーの実験の為にある場所へと殺されに攻め入った者達。勝てれば最上の結果ではあるが、そんな事は起こりえないので最初から期待はしていない。
 彼らの使命は、殺された際に周囲に仕込まれた魔力を微量に放出する事。それと共に可能であれば相手を侵食する事ではあるが、こちらはいまいち上手くいっていない。現状では多少相手の事が調べられたぐらいか。
 指定した魔力は少ないながらも目的の場所に停滞しているが、目的を果たすにはまだ足りていない。

(上手くいけば少なくとも弱体化は出来そうだが・・・うーん、それでも微妙なところか)

 ヘカテーは代行者達に還ってきた大量の死者の手続きを指示しながら、討伐の件を思案する。実験が上手くいけば、討伐対象でもある相手を少なくとも弱体化させる事が出来る。まだ確実な話ではないが。
 それが上手くいけば討伐も楽になるのだがと思いながら、ヘカテーは次の指示を出していく。





 眠い。そう、眠いのだ。夜更かししないように気をつけなければと考えたのはいつの事だったか。そんなに昔の事ではなかったと思うが、正確な日数を思い出せないのだからしょうがない。
 自分で勝手に考えた事なので言い訳は必要ないのだが、そんな事を自分に言い聞かせつつ寝台の上で横になる。

「・・・・・・」

 眠いはずなのだが、目を瞑っても意識が落ちない。
 現在は既に朝。今から寝ると午前の修練は確実になくなるだろう。

「・・・・・・眠れない」

 眠いのに寝れない。目蓋は重いのに頭は冴えている。そんな感じの状態だ。
 このままゴロゴロとしていても眠れる気がしなかったので、しょうがなく上体を起こす。

「まぁ、頭がまだ冴えているのであれば、魔法は使えそうだが・・・」

 そうは思うも、それで何か事故が起きては事だ。であれば、別の何かが望ましいが・・・。

「魔法の研究・開発でもしていれば眠れるかな?」

 再び横になると、目蓋を閉じた状態で魔法の研究・開発を脳内で行っていく。これであれば万が一も無いし、気がつけば寝ているという状況もあり得るだろう。
 そんな淡い期待を込めて行っていくが、中々眠りには落ちていかない。それにはっきりとしている意識部分で、考えが上手く纏まらない事にも気づいている。
 ああ、これは本格的に不味いな。そう思いながら曖昧な思考を揺蕩させていると、気づけばゆっくりと意識が沈んでいった。





 夢の中というのは解りやすい。と言いたいところだが、そもそも夢を認識出来た時ぐらいしか夢だと解らない訳だから、その考えもおかしいのだろう。何百何千回と夢を見て、一度ぐらいはそう思うといったところだろうし。
 さて、そんなどうでもいい事は横に措いておくとしてだ。現在の状況はそういう事だ。
 いや、現状を正しく認識する為に、もう一度周囲を確認してみよう。もしかしたら寝ぼけているだけかもしれないし。
 そう思い、再度周囲に目を向ける。
 現在ボクが居るのは、暗闇の中だ。これだけであれば、自室の明かりが完全に消えたとか、何か顔に載っているとか予測は出来る。
 記憶に在る就寝場所である地下の自室は、寝る時には薄っすらと明かりを点けている。仮にこれが消えたとしたら真っ暗闇になるだろうが、今は必ず傍にはプラタが居るので、それを放っておくとは思えない。なのでこの考えはありえないだろう。
 次に顔の上に何か載っている。もしくはうつ伏せに寝ているとかだな。うん、これもないだろう。息苦しく無いし、顔に何か触れている感覚も無い。
 ・・・そう、感覚が無いのだ。仮に明かりが消えていたり、何かしらが顔に載っているかうつ伏せに寝ているのだとしてもだ。それでも触覚から何かしらの情報は得られるはずだろう。
 だというのに、現在ボクは宙にでも浮いているかのように何かに触れている感覚が無い。それどころか、身体にも触れようとしたがそれも出来なかった。
 身体を動かしたという感覚は少しはあるので、実に不思議なものだ。それでいて、身体は発光しているかのようによく見える。
 音は何も聞こえない。においも無いな。移動しようと思って足を動かすも、前にも後ろにも進んでくれない。跳んでみようとしたが、その場で膝を曲げ伸ばししたような感覚しかなかった。
 さて、ここまで確認すれば流石に認めるしかないだろう。これは夢だと。幻覚の可能性も疑ったが、魔力の流れを調べた感じ、多分違う。だって、魔力の流れが分からなかったからな。
 幻覚の場合、自身の魔力の流れがおかしくなっているのだ。なので、幻覚に気づいて自身の魔力の流れを調べた場合、その魔力の乱れが分かるはずなのだが、それが無い。魔力そのものを感じられないので、そもそも現実とは思えないし。
 試しに魔法を行使しようとしてみたが、無理だった。自身の魔力だけではなく、周囲に魔力すら無い。やはり夢なのだろう。
 では、どうやれば目を覚ますのだろうか? こんな何も無いところで独りで居ても何も得るモノは無いしな。
 夢だというのなら、もっと面白くして欲しいものだが。そう思いつつも、とりあえず両手で頬を挟むようにして叩いてみた。
 しかし、結果は効果無し。いや、叩けたという事は進展したのか? これはここに馴染んできたという事だろうか?
 次は起きろ起きろと願ってみたが、やはり効果がなかった。
 他に何かないかと考え、頬や腿をつねったり自分を殴ってみたり瞑想してみたり叫んでみたりと、思いつくままに色々試してみたが、全て意味がなかった。
 そもそも、自分で自分を触ってみても感覚がかなり鈍いので、いまいちよく分からない。痛みもほとんど感じなかったし、殴った時の衝撃も同じようなもの。
 血だって出ないし、それどころか叫んでみても声が出なかった。眠くなる事も無いし、お腹も減らない。さて、どうしたものかと途方に暮れていると、突然小さな光が奥に浮かぶ。
 何だろうかとそちらを見るも、ただ何かの光が見えるだけ。近づこうと思っても近づけないし、手を伸ばしてみても届かない。
 光を眺めながら考えてみるも、何か思い浮かぶ事もなかった。しかし、暫く眺めていると、何処か懐かしいような気がしてくる。
 その感覚に、何だったっけなと首を傾げる。思い出せそうで思い出せない。多分以前にもこれを見た記憶があるのだが。
 そう思って眺めていると、ふっと身体が軽くなって浮くような感覚がする。それとともに、ああ時間切れかと思うのだった。





 目を覚ますと、いつも通りの自室の天井だった。

「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。プラタ」

 起きて直ぐにプラタと朝の挨拶を交わす。
 うん。やはりあれは夢だったのだろう。何かを眺めていた気がするが、何も覚えてはいない。
 夢なんてそんなものだと思い直し、上体を起こす。どうせ直ぐに夢を見ていた事さえ忘れるのだから、考えるだけ無駄だろう。
 そう思い頭を切り替えると、さっさと朝の支度を終えて朝食を食べ終わる。今日は午前中にタシの指導をして、午後は魔法の修練だ。タシへの指導も、今回でボクが教える分は終わるかな。その後はプラタに託す。午後からはプラタが軍の方に連れていくらしいし。
 食休みを終えて第一訓練部屋に移動してタシへの指導を行う。
 割と楽しいのだが、タシとボクでは感覚が違うところが多いから教えるのが難しい。その点プラタは的確に指導しているんだよな。
 今後の勉強にはなったが、次は出来れば魔物ではなく人だといいな・・・次の指導相手って居るのだろうか? その辺りはプラタと相談しないとな。





 この世界の住人には役割がある。いや、正確にはあっただが、それとともに限界というモノも設定されていた。
 その為、仮にどれだけ鍛えたとしても、定められた強さ以上は得られないようになっていた。その定めは種族という括りであったり、地域という括りであったりと様々だが、個別に設定されていた事も珍しくはない。

「・・・・・・」

 自身以外が暗いという不思議な暗闇の中、めいは独りゆっくりと闇の中に沈んでいく。
 この世界がかつてゲームだった頃、一部の例外を除き、最終的に最も強くなれる存在はプレイヤーと呼ばれる外の世界からの来訪者達だった。
 しかし、それは個人で最強という訳ではなく、パーティーという少数で連携を取る事を前提に定義されたモノ。単体ではプレイヤーすら凌駕する存在は複数設定されていた。
 とはいえ、それは全て過去の話。その法則全てを破壊して、新たな秩序を構築する道筋を示した者が現れた為に。
 現在ではその道はほぼ完成し、上限などという何者かの思惑は取り払われ、今では自身の能力に見合った限界まで成長出来るようになった。
 もっとも、それも一部の者は裏をかいて更に上を目指しているのだが。
 それはそれとして、この世界がゲームであった頃の住民は、主にその頃の能力をそのまま引き継いでいる。取り払われたのは上限と制限であって、能力に関しては手を加えられていない。その辺りは、道の構築を引き継いで完成させためいの事情による。
 さて、それを踏まえてまだこの世界がゲームであった頃、外界からの来訪者であるプレイヤーの種族は人間とされていた。いずれこれも変化していった可能性もあるが、最初はそうであった。
 そのプレイヤーと同じ種族である人間の中にも、プレイヤーの導き手もしくは仲間と定義づけられた存在が居た。数はそう多くはなかったが、中にはプレイヤーよりも遥かに強くなるように設定されていた存在も居たほど。そういった者は基となる能力が最初から高いのが特徴であった。
 そういった芽が開花する前に人間界は潰滅してしまったので、そうした存在は日の目を見る事なく消えていくはずだったのだが、どうやってか狙ったようにその内の数名は助け出されてしまう。
 もっとも、そうして救い出された者達は、プレイヤーと同格程度の潜在力を秘めているに過ぎないのだが。

(最も厄介なのは最初から枠の外に居ましたからね)

 闇の海に沈むようにゆっくりと移動しながら、めいは世界について考える。
 この世界に於いて、最初に世界の改変を始めたのはオーガストという少年だった。そして、オーガストが世界の改変を始める前に最強へと至れる力を与えられていたのは、ジュライと言う少年であった。
 ジュライはオーガストと双子として設定された存在だが、本来オーガストは生まれることのない命とされていた。しかし、それをジュライとの立ち位置を一部逆転させたことでオーガストは生まれ、代わりにジュライが死んだ。
 それはオーガストという存在が歪みから生まれた存在故の変化だが、それは別の話なので今は横に措く。
 それよりも、本来生まれるはずであったジュライという人物は、その最強へと至れる存在の一人であった。
 その後に色々あり生き返ったが、その際にオーガストはつまらないという理由だけでジュライの能力を弄り、大幅に向上させてしまった。それも最初は上限という天井によって規定値で抑制されていたが、その上限は現在取り払われてしまっている。
 結果どうなったかというと、かなりの成長を急激に行っているという事。だが、それでも世界に属する以上、世界の管理を担っているめいの敵ではない。

(今の問題はそんな事ではありませんからね)

 ジュライという存在は強い。それこそいずれ最強という地位に就けるほどに。だが、それでも世界の管理をしているめいには勝てない。それに、仮にジュライが十全に育ったとしても、世界の根幹までは届かない。だからこそ。

(それを成した存在は私の脅威になりかねない。損傷も結構酷いようですし、どこまで変化しているのやら)

 暗闇の中、めいは周囲に視線を向けて損傷個所を探す。小さな損傷であれば放置していても直に塞がるが、今回の傷は深すぎた。少なくともめいはそう判断して、こうして赴いている。

(それにしても、どうやってこの領域に入ってこられたのか・・・いや、そこまでは不可能ではないか)

 損傷個所を見つけためいは、そこへと移動しながら何が起こったのかを推測していく。
 到着して確認すると、損傷は想像以上に酷いものであったが、それでも時間を掛ければ直せないほどではなさそうであった。
 損傷の修復に取り掛かりながら、めいはどうやれば自分の目を掻い潜ってここまで傷を負わせることが出来るのかを思案する。

(多少中身を変えた程度で監視の目を掻い潜れるとは思えませんが、仮にそれが出来たとしても、ここまでの傷を負わせるのはどうやれば?)

 世界の根幹。それは世界そのものとも呼べるほどに強固な世界の核だ。
 辿り着くだけであれば、かなりの高みに上り詰めた者であれば可能である。しかし、そこを傷つけるとなると話は変わってくる。そんな事が出来るのは、管理者を除けば歪みより生まれたオーガストか、立場上めいと同格である外の管理者もしくはそれに準ずる外の者、それと神と呼ばれる無数の世界を生み出している存在ぐらいだろう。
 しかし、今回はそのどちらでもない。犯人は分かっているが、どうにもその方法については直ぐには分かりそうにはなかった。

しおり