バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

変わりゆくモノ5

 真っ暗な空間に、そこを照らす魔法道具。明るさは結構なものだが、それでも早朝ぐらいの優しい明るさだ。
 大木の中から地下へと掘り進んだ場所に在るその地下室は、扉が閉められ厳重に施錠されていた。
 地下室の中には大きな机と椅子。それと何に使うのかもわからないような見た目の機材が幾つも置かれているし、隅の方には何に使うのか等身大の人形なんて物まで置かれている。
 その為、地下室自体はそこそこ広いはずなのに、人が活動するには狭い。
 そんな地下室には一人の少女が居た。名はソシオ。元妖精で、現在は特定の何かとは言えない未知の存在へと成った者。
 見た目は十代半ばほどの少女で、中性的な顔だちをしている。背丈は百六十センチメートルあるかどうかといったところで、高くもなく低くもない。
 そんな見た目のソシオは、現在弾むような面持ちで置いている機材を弄っている。
 カチャカチャという何かを動かす小さな音をかき消すように、ギャーギャーという悲鳴のような音が響いているが、ソシオの他に生き物らしい影はない。ソシオが機材を弄りながら手にしているのも、その辺りから根っこごと引っこ抜いてきたような背の低い雑草が少しのみ。
 現在地下室には机や椅子、機材などの他には、丸太や蔦の束などの植物が縄で括られて置かれている。それらは実験の材料なのだろう。

「ふふふ♪」

 ソシオは楽しげに笑いながら、雑草を押し込めた機材を起動させる。
 その機材の見た目は、球形を四角い台座に乗せただけで、高さも数十センチメートルほどで大きくはない。
 グゥイングゥインと音を立てて、球形の内部が回転している。それを取り付けてある覗き窓から確認したソシオは、扉の近くに纏められている植物の方に目を向けた。すると。

「%&$#*+*‘¥?」

 まるで錆びた金具が擦れて立てるような不快な高音が植物から鳴る。
 しかし、ソシオはそんな音など気にも留めずに植物の方へと近づいていく。その間も不快な高音は尚も続く。それもソシオが近づくごとに数を増して。

「ふふふ。君達が悪いのだよ」

 顔に呆れたような困ったような笑みを浮かべながらも、ソシオは楽しげに植物へとそう告げる。

「ろくな強さもないし、文明もそこまで発展もしていない。それでいながら身の程を弁えない。言葉だって通じないし、傲慢すぎて理解力もない」

 五十センチメートルほどの長さの丸太を両手で挟むようにして持つと、机の前まで持っていく。太さは直径三十センチメートルほどだろうか。
 その丸太を机に置くと、その重さで頑丈に造られた机がギギィっと大きく軋む。見た目以上にその丸太は重いのかもしれない。

「それでも役立ててやろうというのだ、むしろ感謝して欲しいぐらいだよ・・・まぁ、言葉が通じないから理解出来ないだろうけれど」

 縄でぐるぐる巻きにされているその丸太を机に置いたソシオは、少し離れた場所に置いていた、長く刃がギザギザとしている刃物を手に取る。

「さて、まずは使いやすいように刻むとするか」

 無感情にそう告げると、ソシオは無表情のままに丸太を二三センチメートル幅ほどに切っていく。
 輪切りにされて段々と短くなっていく丸太だが、不快な高音を止むことなく発し続けている。
 それでもソシオは手を止める事なく動かし、ニ三十分ほどで五十センチメートルほどの丸太を全て二三センチメートル幅の輪切りにしていった。
 今し方輪切りにした木を手に取り、数えるように机に平積みで並べていく。途中で机に空きが無くなって重ねていくが、程なくして全て並べ終えた。

「全部で二十個。ギリギリ足りるだろう」

 未だに不快な高音を発している木を見下ろしながら、指折り必要数を数えていたソシオは問題ないかと小さく頷く。
 その後に改めてじっくりと積み重なった木を眺めて、ソシオはじゅるりと小さく口元から音を出す。

「こんなお菓子があってもいいかもな。焼き上げて積み重ねたお菓子の上から蜂蜜をとろりと・・・うーん、これが終わったら何か作ってみるか」

 グゥイングゥインと音を立てて内部が回転していた機材が静かになると、気を取り直したソシオは、まずはそちらの方に近づいて中身を取り出した。

「思ったよりも破砕されたな。やはり内部で最初に凍らせたのがよかったのか」

 取り出した物の中身を近くに置いてある容器の中へと全て投入する。すると、容器の中に入っていた液体が一瞬淡い白色に輝く。
 しかしそれも一瞬の出来事で、直ぐに輝きを失った液体は代わりとばかりに、まるで沸騰している様にポコポコと内部から小さな気泡を浮き上がらせる。
 それを満足げに確認したソシオは、少し場所を移動して輪切りにした木の前で立ち止まると、その木を一つ手に取った。

「うーん、もう少し厚みが無い方がいいかな?」

 手にした木を何度か裏返しながら少し考えたソシオだったが、まあ問題ないかと判断して、木を一つ手にしたまま先程の液体の前まで戻ってきた。
 それからその木を、慎重な手つきで液体の中へと沈めていく。
 ジュウジュウと酸で溶けるような音を発しながら液体の中へと消えていった木を確認した後、液体に変化が無いのを確かめて、ややホッとしたようにソシオは息を吐いた。
 その確認を終えた後、ソシオはもう一つ木を液体の中に沈める。
 それから大きな深い容器を用意してその中に新しく手に取った木を一つ置くと、別の容器に入っていた粘着液をその木の上に垂らし、その木の上に別の木を重ねていく。
 そうして粘着液を付けて幾つも積み重なった木が固定されたところで、上から先程の木を溶かした液体を垂らす。
 ジュウジュウと音を立てて木を溶かしていた液体だが、粘着液と反応して途中途中で緑色の発光をしている。それも木が全て溶ける頃には、黄緑色の発光に変化していた。
 積み重なっていた木と粘着液を完全に溶かし終えた後、そのまま少し時間を置くと、溶かし終えた直後は緑の色合いが強かった深い容器の中身は、今では濃い青色の液体で満たされていた。
 清涼感さえ感じるその液体だが、残しておいた木をまとめて幾つか投入すると、相変わらずジュウジュウと音を立てて木を溶かしていく。ただ、容器を移す前に比べると溶かす速度は遅い。
 それを確認したソシオは、机に切り分けて重ねていた木へと視線を動かして残りを確認する。

「・・・残り三つか。十分かな」

 それを確認し終えた後、材料の植物が置かれている場所に移動して、蔦の束から蔦を幾つか切り取る。その時に鳴き声が一際強くなった気がしたが、それはこの地下室にはずっと鳴り響いている音なので気にもならない。
 ソシオは切り取った蔦を大分木が溶けた液体の中へと少し放り込み、しっかりと溶かす。
 その後に蔦を取り扱いやすい長さに切り分けていく。
 それが終わると、奇妙な文様が刻まれている長い棒を取り出して、木や蔦が完全に溶けた液体をかき混ぜる。
 十分ほどゆっくりと混ぜ終えると、液体はそのまま放置して、蔦をこれでもかと細かく刻んで処理済みの雑草に混ぜ合わせた。
 蔦と雑草を混ぜ合わせたそれを、機材に入れてゆっくりと温度を上げて温めていく。
 その間にソシオは、用意した容器に氷雪華の液体を満たす。

「氷雪華もこれで最後か。これが終われば時間も少しは出来るだろうし、森の奥へ採りに行こうかな」

 氷雪華を使いきったソシオは、名残惜しそうにそう呟く。氷雪華の奇麗な体液は利用の幅が広い。特に特殊な実験には必要不可欠なので、常備しておけるのであれば常備しておくに越した事はない。非常に珍しいとはいえ広大な森の中、探せば一匹ぐらいは見つかるだろう。一匹でも結構な量にはなる。
 そうするかと今後の予定を決めたソシオは、今は目の前の作業に集中しないとと思い直して、一瞬止めていた作業を再開させた。
 氷雪華の液体の準備を終えると、幾つかの材料を煮てすり潰してから練っておいた物を加える。
 その後に軽く混ぜると、そこで中に入れた物が温まった事を機材が音を出して告げた。
 ソシオは温まった蔦と雑草を混ぜ合わせた物を取り出して、先程材料を入れて軽く混ぜた氷雪華の液体の中へと一気に投入する。
 それを時間を掛けて緩く混ぜると、一時間ほどで蔦と雑草だけではなく、練った材料も氷雪華の液体と溶けて混ざっていった。
 やや緑色を帯びた氷雪華の青色の液体を、木を溶かして混ぜてから置いておいた液体に少しずつ棒を伝わせて加えていく。
 氷雪華の液体を全部投入し終えると、棒を一旦片付けてそのまま静置しておく。

「さて、残りをパパっと終わらせよう」

 伸びをしてそう口にしたソシオは、残っていた材料を細かく刻んだり、すり潰したり、煮込んだり蒸したりと、色々と処理していった。
 結構な時間そうして処理したおかげで、全ての材料の処理を終える。
 ソシオが一度液体の様子を確認すると、淡い桃色に変化していた。それを確認したソシオは、残していた木を全て投入していく。他の材料の処理のついでに細かく刻んでおいたが、最初に木を溶かした時のように勢いよくは溶けなかった。
 ゆっくりと表面から解けるように溶けていく様子を暫く観察したソシオは、残った材料も様子を見ながら少しずつ加えていく。
 そうしてどれだけの時間が経過したか。
 煮崩れていくように材料が溶けていく様子を楽しそうに眺めていたソシオだったが、遂には全ての材料が溶けて消えてしまった。
 棒を取り出し暫くぐるぐると液体をかき混ぜてから少しの時間静置した後、ソシオは手を液体の上に持っていき、何処からともなく取り出した短剣で指先を切る。
 切った事で指先からパタタと数滴の血液が液体の中に入っていく。
 自分の血液が入ったのを確認してから、ソシオは傷を瞬時に治す。
 短剣も仕舞ったところで、液体が鮮やかな赤色に輝く。
 それも暫くそのまま観察していると、輝きが赤色から黄色に変化する。

「よし、この辺りでいいかな」

 黄色に輝いている液体の入った容器を高々と持ち上げると、ソシオはそれを見上げるように顔を上げた。

「・・・・・・」

 そのまま液体を凝視するように目を向けていると、黄色に輝いていた液体が一瞬で銀色に変化する。
 その瞬間を見定めたソシオは、容器をひっくり返して銀色に輝く液体を顔から被った。
 液体はソシオの顔を濡らし、そのまま身体も濡らしていく。ただ不思議な事に、飛散した液体が意思でもあるかのように動き、周囲には飛び散らずにソシオに纏わり付いていく。
 一瞬でソシオはその液体を全身に纏う。傍から見れば、銀色に輝く薄い膜を全身に張り付けたようだ。
 全身に液体を被ったソシオは身体が硬直したかのように動かなくなり、そのままソシオの時だけが止まる。
 銀色の薄い膜で覆われたまま、ソシオは微動だにしない。手は上部に掲げられたままだし、顔も上を向いたままだ。
 時間が経っても倒れるような事はないようだが、動く気配も同じく感じられない。
 ソシオを包む銀色の薄い膜は、最初こそ蠢いていたものの、ソシオの全身を包み込んでからは、ただ地下室を照らす光を冷たく反射させるだけ。
 材料は余すことなく使用したので、地下室内は静寂に満ちている。
 動くモノも音を出すモノも存在しない地下空間で、静かに時が過ぎていく。


 それからどれぐらいの時が過ぎたか。正確な日数までは不明だが、少なくとも一日や二日程度ではないのは確かだ。
 突如としてうねうねと銀色の薄い膜の表面が蠕動するかのように蠢くと、銀色だった輝きが白色に変わる。それから少しして白から透明になり、中で包まれていたソシオの姿が現れる。
 透明な膜で覆われたソシオは、液体が透明になった事で動きだしたようで、周囲の様子を探るように目だけをギョロギョロと動かす。
 そうしてソシオが周囲の様子を確認し終えたぐらいに、透明な膜は気化するように薄れていき、遂には跡形もなく消失してしまった。
 透明な膜が消えた事で、ソシオは上げていた手を下ろし、顔を正面に戻す。手にしたままだった容器を机の上に置くと、全身を確かめるように動かしていく。

「ん、問題はないな。んん、しっかりと馴染んでいる」

 声の調子を確かめるようにしながら声を出したソシオは、一度伸びをした後に椅子に腰を下ろした。

「これでまた新たな理を手に入れた。あとはこれを独自に組み込んでいけば完成だろう。これで更に上へと進めた訳だ。しかし、手間だったな。向こうの世界に手頃なのが転がっていたからよかったものだが」

 疲れたように息を吐くと、ソシオは立ち上がって片付けを始める。程なくして片付けを終えると、ソシオは地下室から出て地上に戻る。
 久しぶりに上がった地上の様子はあまり変わらない。周辺を調べてみるも、これといった変化はなさそうだ。
 それを確認したソシオは、とりあえず氷雪華を採りに森の奥へと足を向ける。
 巨木が林立する森の中を進むと、身長が高い訳ではないソシオは小人にでもなった気分だ。
 頭上から降り注ぐ明かりは優しく、今がまだ早い時間である事を教えてくれる。
 遠くでは小鳥のさえずりが聞こえてくるも、そのか細く可愛らしい声の主が、実は翼を広げると五メートル程の大きさになる巨鳥だと知っているソシオは、何だかおかしくなってきてしまう。
 ふふふと小さく笑うと、ソシオは進路に立ち塞がっている、体長三メートルほどで牙をむき出しにして威嚇している獣の首を落とす。少し離れていたが、そんな事は関係ない。ソシオが望めば獣の首ぐらい勝手に落ちるものだ。
 ソシオは慣れた足取りで森の中を進む。時折大きな獣や人食い植物などが襲ってくるも、それらは一定の距離に近づけば勝手に息絶えてゆく。今のところ、魔物とは一度も遭遇していない。

「相変わらずここには魔物は居ないねー。浅い部分ならたまに見かけるけれど、ここまで到達出来る魔物は居ないか」

 やや残念そうに呟くも特に気にした様子もなく、倒した相手から必要そうな素材をはぎ取りながら森を進む。
 巨人の森は広大なので、いくら進めど終わりは見えてこない。氷雪華もまだ一匹も見掛けていない。
 ソシオの足で数日進んだところで、一匹の氷雪華を発見する。しかし、その氷雪華の体内には動物が捕食されており、少しずつ溶かされているところであった。おかげで色も透明ではなく濁っている。

「折角大きい個体なのに、あれはだめだな。溶け具合から見て、獲物を捕食して間もない」

 残念そうにしながら、ソシオはその氷雪華を素通りする。氷雪華は個体数がそこまで多くはないので、むやみやたらと狩る訳にはいかない。

「何体か捕獲して飼育してみようかな? ここは土地だけは無駄に広いし」

 氷雪華を探しながら、ソシオはもう少し手軽に手に入るようにするにはどうしたらいいかと考えた末に、家畜にした方が早いかと思い至ったのだった。しかし飼うとなると、それはそれで大変である。

「あんまり動かないし、餌も月に動物一頭ぐらいで済むからいいが、繁殖がなぁ」

 うーむとソシオは首を捻る。氷雪華は普通の動物と異なり雌雄同体なのだが、生み方が少々特殊で、動物でありながら植物の様に土の中で育てるのだ。
 その間親は土の上で動かず、栄養を触腕を介して供給している。その期間は短いが、適した土でしか子育てしないのが特徴。

「まだその辺の詳しい生態は他の者も解っていないらしいが、ぬかるんだ場所らしいのは確かだとかなんとか・・・うーん」

 思わず腕を組んで唸ってしまったソシオだが、氷雪華の生態についてはまだ解明されていない部分が多い。そしておそらく、必要な素材なので情報を集めたり観察したりして調べているソシオ以上に氷雪華の生態に詳しい者は氷雪華本人以外は存在しない。なので、ソシオの問いに答えられる者など、この世界には氷雪華ぐらいしか存在していなかった。
 ただ問題は、氷雪華に言葉を解するだけの知能が無い事か。ほとんど本能で生きているので、近づく者は襲い、腹が減れば狩りをして食事をする。繁殖もそれなりにしているようだが、幼体が地面から出てくるまで育つと後は放置してしまうので、生存率はそこまで高くない。
 氷雪華は強い個体ではあるが、それもある程度育ってからだ。ただでさえ鈍足だというのに、まだ小さい時はそこまでの強さはなかった。

「・・・そうか。生み増やすよりも、子どもを保護して育てればいいのか。そして、育ったところを一部は採取して、残りは森に帰せばいいと。大人の氷雪華であれば、保護しなくても生き残れる可能性は高いだろうし」

 子どもの氷雪華を見つけるのも一苦労ではあるが、不可能というほどではない。それは、まだ解明されていない子どもを生む環境を調べて整えるよりはずっと楽だろう。
 あとは場所を確保さえすれば、保護は容易い。餌も氷雪華の大きさに見合った動物を与えれば問題ないし、およそ月に一頭程度しか食べないので、そこまで頻繁に餌は必要ない。それに氷雪華は同種の個体とは争わないので、一緒に育てても問題ないというのも楽なものだ。

「それでも広さはそこそこ必要だけれど・・・まぁ、ここでなら問題ないか」

 何だったら異世界への扉を設置した広場の一角にでも飼育場所を用意すればいい。何ヵ所か区切って造れば扉を破壊せずとも済むだろう。
 自分の考えに妙案だと頷いたソシオは、奇麗な氷雪華を確保出来た後にでも場所を用意しようと決めた。ソシオが作りたい物の材料として氷雪華の素材は結構必要なのだ。
 そう決めたところで、周囲を探る。大分奥まで来たので、氷雪華の姿を直ぐに捉える事は出来たが、いざ近寄ってみると食事をしている最中ばかり。それだけ野生で奇麗な状態の氷雪華というのは非常に珍しい。
 奇麗な状態の氷雪華とは空腹の状態なのだから、さもありなんといったところではあるが。

「本当、何であんな浅いところに空腹の氷雪華が居たのやら」

 少し前に見つけて素材として使用した氷雪華を思い出し、ソシオは疑問を抱く。浅いといってもソシオが氷雪華を見つけたのは、巨人の森の中ほどよりも少し奥に行ったところ。それでも現在地が森の奥、端に近い場所なのを考えれば、やはり浅い場所なのだろう。
 これだけ深い場所に潜ってみても、氷雪華は見つかっても空腹の氷雪華は見当たらない。そもそもここまで深く潜らなければ、氷雪華自体ろくに発見出来ないのだ。
 それだけ奥地に生息している氷雪華の、しかも貴重な空腹状態の氷雪華が、森の中ほどの深さとはいえ見つかるということ自体普通は考えられない。氷雪華は移動速度は遅いが、それもそこまでくれば餌ぐらい道中で簡単に確保出来ていてもおかしくはないぐらいには強く、また狩猟も下手ではなかったはずだ。
 考えれば考えるほどにやはり不自然ではあるが、実際に空腹の氷雪華はあの場所に居たし、周辺には誰もいなかった。それはソシオもしっかりと調べている。
 氷雪華自体もおかしなところはなかったし、可能性としては、ソシオが通りかかる直前に誰かが空腹状態の氷雪華を置いていったしかないのだが、近づく前も氷雪華の採取後も、周囲には誰もいなかったのは間違いない。

(あいつらか? いや、そんな訳はないか・・・)

 ソシオは可能性がありそうな相手を数人頭に思い浮かべるも、それをする動機が思いつかず、その考えを否定する。
 だがそうなると、他に候補が居なくなってしまった。無論、偶然という可能性もかなり低いながらも存在する。氷雪華は足が遅いので、道中捕食した餌をたまたま食べ終えた時にソシオと遭遇したという可能性などだ。
 森の奥地が氷雪華の縄張りとはいえ、そこから絶対に出ない訳ではないので、偶然というのも否定は出来ない。実際、奥から出てきた氷雪華と森の中ほどで遭遇したという経験は一応ソシオも持っている。かなり稀な事例ではあったが。
 それでも確かに存在している以上、その事例に空腹という条件が加わっただけだと考えれば、可能性は低いながらも十分あり得る話だろう。

(疑ってばかりでもしょうがないか)

 そこまで考えて、ソシオはそう思う事にする。何よりあの氷雪華は役に立ったし、素材に使ってもおかしなところはなかった。であれば、偶然の産物なのかもしれない。
 そういう事にして、ソシオは捕捉した氷雪華の方へと進んでいく。しかし、残念ながら今回もハズレであった。
 氷雪華の存在は感知可能なのだが、それが空腹かどうかは非常に分かりにくい。
 意識を集中させて細かな点に注意を向ければ、ソシオであれば判別は可能であるが、その代り時間と労力がそれなりに必要になってくる。感知範囲の一体一体を調べるなど結構大変で、そんな事をするよりも実際に確認しに行った方がずっと楽なほど。
 そういう訳で、ソシオは森の奥地をあっちこっちと何日も彷徨う。見つかる時は直ぐに見つかるが、見つからない時は一月経っても見つからない。そうなった時は、最初に見つけた氷雪華を監視して餌を与えなければよかったと思うものだが、結果など最初から分かるものではないだろう。
 中々見つからない空腹の氷雪華に、ソシオは今後の為に幼い氷雪華を飼育して安定して素材を確保しつつ、氷雪華の数をもう少し増やそうと心の中で誓う。増えすぎても生態系に影響が出てしまうかもしれないのでその辺りの調節は必要だろうが。
 だがその場合、餌が足りないという事で空腹の氷雪華が見つけやすくなりそうではあるが、そういう訳にはいかないだろう。
 そんな風にソシオが今後について考えていると、少し先で氷雪華の反応を捉える。それも二つ。
 氷雪華同士は争わないので、たまたま近くに居るだけかもしれない、であれば、もしかしたら狩場が重なってどちらかは空腹状態にあるかもしれない。
 そう思いつつ、ソシオは反応が在った場所に急行する。数秒ほどで到着したその場所には、確かに二体の氷雪が居た。両方ともに通常よりも大きな個体で、体内には餌となった動物の姿。
 動物を捕食しているので、体内を循環している液体は濁っている。つまりは目的に沿わない相手なので、通常であれば次を探しに直ぐに離れるのだが、その二体の氷雪華は興味深い事に近くの巨木に絡まり、一部が巨木に同化していた。
 それはソシオでも初めて見る光景。
 巨木に巻き付く蔦の如く絡まっている二体の氷雪華。しかしその上部では触腕の先端を巨木と同化しているようで、見ようによっては触腕の先端を巨木の樹皮の間に差し込んでいる様にも見えた。
 何とも奇妙なものだが、同化している部分は巨木と同じ色をしている。

「これはまた、奇妙な光景だな」

 始めてみるその光景に、離れた場所から観察するソシオ。見た限り、巨木に絡みついている二体の氷雪華が、絡みつかせていない触腕を使って周囲を警戒しているようだ。
 通常よりも大きな個体なだけに、その触腕も太く長い。それでもソシオには効かないが、観察するならまずは自然なままの方がいいだろう。そう考えてソシオは気配を消しているので、距離があるのもあってまだ氷雪華はソシオの存在に気づいていない様子。それでも触腕をうねうねと蠢かせているので、ソシオの存在は関係なく周囲の警戒をしているのだろう。

「それにしても、体内に動物を取り込んでいるという事は、栄養は巨木と共有している訳ではないのか? それとも共有はしているが、根からだけではなく氷雪華からも栄養を補わなければ足りないとか?」

 その興味深い様子に、ソシオは本来の目的も忘れて熱心に観察を始める。

「しかし、そもそも氷雪華は動物一匹で大体一ヵ月生きていけるぐらいには燃費がいいはず。それが二体でも植物の栄養では足りないのか? いやそれ以前に、氷雪華は植物の様な見た目だが動物だ。如何な巨木といえど、元々別々に育った植物と動物が一体化出来るモノなのだろうか? とは思うが、目の前で少しとはいえ同化しているからな・・・もしかしたらそう見えるだけで、実はそんな事はないのかも? であれば、逆に何故そこに絡みついているのかが気になる。氷雪華は肉食で、それ以外は余程でなければ食べなかったはずだが・・・ふむ。興味深い」

 うねうねと触腕を動かし、巨木の左右を警戒している氷雪華。どちらも体内には動物が入っており、消化具合から半月ほど前の動物なのだろう。
 ここには何時から居るのか分からないが、見た感じ巨木を侵食しているような感じはしない。

「やはり共生しているのか? 同化しているかどうかは今のところ分からないが、共生というか、あの二体はここをねぐらにしているのは間違いないだろう」

 今まで巨木の根元で待ち構えている氷雪華はソシオも見た事はあったが、触腕を巨木の幹の広範囲に絡めて、完全に住処にしているというのは初めての事例。触腕の先端の色が同じになっているのも見た事はないが、もしかしたら触腕の先だけ透明になっていて、後ろの木肌が透けて見えているだけかもしれない。
 もう少し近づいて観察してみたい。そう思うも、あまり近づきすぎて気づかれても観察の邪魔になってしまう。反応を調べるのはもう少し後だ。

「あれでいて、氷雪華は結構周囲に敏感だからな」

 動きが遅い故か、それとも基本的に待ち伏せて狩る狩り方をするからか、氷雪華は付近の気配に敏感であった。特に触腕が届く範囲よりやや内側では、ソシオでも気配を消すのに気が抜けないほど。
 視線の先の珍しい氷雪華は、大きな個体なのでその分触腕が長い。気配に敏感な範囲は大体その触腕の長さに比例しているので、触腕が長いという事は、それだけ警戒範囲が広いという事を意味している。
 どうしたものかと思いながら、視界を拡大する魔法を使用してみる。これで結構視界が拡大できるが、単純に近づいて見るのとはやはり少し感覚が異なってしまう。
 それでもしょうがないかと、とりあえず妥協したソシオは、そのまま色が同化している氷雪華の触腕の先端部分に視線を向けてみた。
 そうして見た感じ、先端部分はやはり色が巨木と同じになっているようで、透けているという訳ではなさそうだ。
 ただ、どうも細かく見てみると模様が異なっているようで、触腕の周囲の木肌と微妙に模様が違っている。線が少しずれているとか、そういった細かな相違点ではあるが。

「うーん・・・あれは何だか同化しているというよりも、擬態しているといった感じのような?」

 その違いに、ソシオは首を捻る。とりあえず色と模様を真似たようにも思えるので、もしかしたら本当にそうなのかもしれないと思うが、ただそこで問題になるのは、氷雪華にそんな能力は無かったはずという事であった。

しおり