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其の一

 フランソワーズと臨時の主席侍従武官に任じられたランマルが、ヒルデガルド率いるフェニックス騎士団とともに国都を発ち、目的地のノースランド領に到着したのは、先に到着していたガブリエラ率いるタイガー騎士団に遅れること五日目のことであった。
 
 この頃には、第二陣として発ったパトリシアのドラゴン騎士団と、ペトランセルのタートル騎士団もすでにノースランド入りし、四騎士団そろって道中、件の盗賊団とはいっさい遭遇も交戦もすることなく合流を果たすことができた。昨日のことである。
 
 合流後、さっそくフランソワーズはこの地における当面の本拠地と定めた、ノースランド領主グレーザー男爵が所有する屋敷のひとつに向かった。
 
 周囲を深い森林群に囲まれた、碧く澄んだ湖の畔に建つ男爵邸に腰を落ち着けたその日の夜。フランソワーズとランマル、それに四人の騎士団長たちは夕食後、邸内にある広間のひとつに集った。件の黒狼団について話し合うためである。
 
 その黒狼団。

 ガブリエラが麾下のタイガー騎士団とともに国都を発ったのと前後して、それまで領内の村々を襲うなど暴虐の限りを尽くしていたのが嘘のように、まるで霧のように忽然と消えていたのだ。
 
 不審に思ったグレーザー男爵も私兵を使って一党の足取りを追ったのだが、今日に至るまでその消息はつかめずにいた。

「……というのが現在の状況にございます。われわれの動きに気づいたのか、賊たちの動向がまったく不明になりました」
 
 昼、部下の兵士を捜索に出したガブリエラがどことなく気落ちした態で報告すると、フランソワーズが微笑まじりに応えた。

「気にする必要はないわ、ガブリエラ。連中が行方をくらますことは、当初から予想していたことなのだからね。おそらく素性を隠し、領民の中にまぎれこんでこちらの動向をうかがっているのでしょう」
 
 そう言うとフランソワーズは、今度はヒルデガルドに視線を転じ、

「ヒルダ」

「はい、陛下」

「明日にもそなたは麾下の騎士団を率いて領北部帯に赴き、一帯の支配圈を確保しなさい」

「北部に?」
 
 ヒルデガルドが声を呑みこんで目をしばたたくと、フランソワーズは薄く笑い、

「わかるわね? そう、これは陽動よ。ガブリエラ、パトリシア、ペトランセルも同様に私のもとを離れてもらうわ。ここに私が単身でいることを知れば、賊どもはこの機とばかりに姿をあらわすでしょう。そこを待ちうけて一網打尽に、いえ殲滅するのよ」
 
 フランソワーズの一語に、四人の騎士団長たちはおもわず視線を交錯させた。

 その言葉内に隠された女王の狙いを明確に察したのである。

 ひとつ息を呑んでからヒルデガルドが口を開いた。

「つまり、陛下御自らが囮となられて、賊たちをこの屋敷におびき寄せるとおっしゃるのですか?」

「そうよ、ヒルダ。そのためにグレーザー男爵にこの屋敷を提供してもらったのだからね。焼いても壊してもかまわないという承諾つきで」

「焼いても壊しても……?」
 
 フランソワーズの言葉に、四人の騎士団長たちはまたしても視線を交錯させたが、先刻と異なるのは理解の色が面上にあることだ。
 
 女王がこの屋敷を使ってなにを画策しているのか、聡明な彼女たちは明確に察したようである。

 無言の内に意思を疎通させると四人は静かに立ち上がり、一礼して勅命を受け容れたのだった。
 
 ――明けて翌日の昼。

 四騎士団長たちは命じられたとおり、麾下の騎士団をひきつれて屋敷を発ち、それぞれ指定された地域にへと向かっていった。
 
 馬蹄を響かせながら屋敷を離れゆ軍勢の姿を、屋敷内の一室からフランソワーズとランマルが窓越しに眺めていた。

「行ってしまいましたね……」
 
 ランマルの声に不安の響きがあったのも無理はない。
 
 昨日までは二千人の精鋭騎士によって内外を守られていた屋敷が、今では三十人ほどの騎士が護衛として残っているだけ。
 
 もし噂されるように件の黒狼団がミノー国の兵士であれば、この手薄な状況を狙って屋敷を襲ってくる可能性もあるのだから。
 
 にもかかわらず標的にされている当の女王とはいうと、「あとは賊たちが来るのを待つばかりね。ウフフ」と舌なめずりせんばかりにこの状況を愉しんでいる。
 
 剛胆なのか、それともたんに脳天気なのか。ともかくランマルなどは感心せずにはいられなかった。
 
 そのフランソワーズがふいにランマルに問うてきた。

「ところでランマル、例の件はちゃんとやってる?」

「あ、はい。今朝一番に間者たちに命じ、領内のおもだった町や村の酒場を中心に情報を広めさせております。ノースランド領はそれほど広い領地ではありませんので、夕刻までには全域に伝わるものかと思います」

「それでいいわ。あとは連中が<エサ>に食いつくのを待つばかりね。フフフ」

「はあ……」

「さて、準備は整ったし、私はこれから夜に備えてひと眠りするわ。何かあったら起こしてちょうだい、ランマル」

「は、はい、かしこまりました」
 
 上機嫌の態でフランソワーズが部屋から出ていくと、一人残ったランマルは部屋の隅に向かい、そこにある「何か」を覆い隠すようにかけられていた絹作りのテーブルクロスをすこしだけめくった。

「エサねえ……」 
 
 テーブルクロスの内側には、樫の木造りのワイン樽があった。
 
 ワインのかわりに火薬と油がぎっしりと詰めこまれた樽が……。


 

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