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21-1「どうしてこうも緊張感が無いのかしら」

 宇宙歴3502年2月15日1000時。この日、火星の連邦会議所では歴史的とも言える条約の調印が執り行われていた。

 その会場のはるか上空、火星の衛星軌道上に『つくば』及び『けいはんな』、そして地球連邦軍宇宙戦力の主力艦隊が、マーズ共和国主力艦隊と向かい合うように停泊している。

 ここ、火星衛星軌道上は既にマーズ共和国の勢力圏となるため、連邦軍旗艦『けいはんな』に乗艦し護衛されていた連邦政府内閣総理大臣ダイゴロウ・タチバナ、及び臨時外務大臣レアンドロ・デルは、あらかじめ『けいはんな』に同時に乗艦していたSP(シークレット・サービス)と実務者を伴って、ホスト側となるマーズ共和国旗艦『ニライカナイ』へ衛星軌道上で乗り換え、そのまま火星の連邦会議所へと降下していった。

 その時からずっと、地球連邦軍とマーズ共和国は向かい合ったまま硬直しているという訳である。

 今、地球連邦艦隊は『けいはんな』をその中心に円錐陣形を敷いており、対するマーズ共和国側も円錐陣形であった。地球連邦軍艦隊は総数250万隻。対するマーズ共和国側も150万隻にマーズ共和国側に与する事となったスペース2所属の元地球連邦艦隊100万隻を加えた250万隻である。

 マーズ共和国側の円錐陣形は厳密に言えば単純な円錐陣形ではない。マーズ共和国軍の150万艦隊は一糸乱れぬ円錐陣形ではあるが、その前方、彼らの射線を遮らない形で、元地球連邦艦隊100万隻が円の外周のように配置されていた。つまり、彼ら地球連邦軍から造反した艦隊は完全に信用された訳では無いという訳である。

 彼らは何かが起こった時に盾として背後のマーズ共和国主力艦隊を守ると共に、地球連邦軍主力艦隊の矢面に立たなければならないという訳である。

『ふふふ、こうなってしまうと第二艦隊も動きにくいだろうな。なんともまあ、いい様だ』

 その様子を見ながら『つくば』真後ろに控える『けいはんな』から通信越しにタイラーに話しかけるのはオーデル・リッツ元帥その人である。第二艦隊とは、スペース2に在中していた地球連邦軍旗下の宇宙艦隊の総称であり、今まさにオーデル達と相対している元地球連邦軍の艦船達である。

「まあ、ここまでは織り込み済みでしょうね。問題はどのタイミングでどの様に仕掛けるか、ですが……」

『そこまで露呈しているとは、まさか敵も思っていまいよ。我々としては、後はあの100万隻の中にどれだけ敵が含まれているのかを発見すればいいだけなのだからな』

 言いながら、オーデルはモニター越しのその円をぐるりと眺めた。『通常であれば大混乱。阿鼻叫喚の地獄絵図が始まるのだろうなぁ』とぼやきながら。

「今回はヨエル大尉を始めとするマーズ共和国軍の情報部隊と、我々の諜報班の連携が見事にはまってくれましたからね。なかなかここのような事はありません」

 タイラーはそう言いながら、今も艦外での活動を買って出てくれた諜報班の面々を思う。

 この火星衛星軌道上に到着してから、彼らは自前で調達したシャトルで合流していた。ヴィレル・スチュアート中尉を中心とした、艦外で人員を増やしていた諜報班は総勢60名を超えていた。

 報告は逐一受けていたし、ルウを始めとする既存の諜報班によって彼らの身元の調査やスクリーニングは済んでいるため、彼らの中に敵方の勢力に属する者はいない。

 それにしても、その規模は最早『つくば』の一部署にも匹敵する規模である。彼らにはこのまま保安科か戦術科に編入してもらう事になりそうである。

『ああ、タイラー大佐。悪いんだが、ちょっと諜報班を『けいはんな』にも分けて貰っていいか? あと『こうべ』にも必要だろう』

「おおっと、そうですね。彼らの希望も聞いて、逐一人員の再編成をした方が良さそうだ。しかし、ランドル・スチュアート中尉と、ヴィレル・スチュアート中尉は再三申し上げましたがお譲りする事は出来ません」

 それはここに来る道すがら、オーデルが何度もタイラーに懇願している事案であったが、タイラーはここに至るまでついに首を縦に振らなかった。それを聞いたオーデルは酷く嫌な顔をする。

 それを、火器管制席で見ていたルウは思わず吹き出していた。

『なにもルウお嬢ちゃんを寄越せと言っている訳じゃ無いのに、タイラー大佐のケチ!!』

 そう言って、オーデルは一方的に通信を切ってしまった。

「ああ、お爺様も『つくば型』のノリにどんどん毒され始めている……」

 それをわき目で見ていたパラサは、溜息を吐くしかない。余談ではあるが、ここ最近『つくば』と『けいはんな』を頻繁に行き来するオーデルを指して、『つくば型』乗組員達は彼を『校長先生』というあだ名で呼び始めた。

 当のオーデルは、その『校長先生』という呼び名を酷く気に入った様子で、最近では自ら元帥と名乗らずに校長と名乗り始めている始末である。

 彼らからすると、パラサの母であるルートは『教頭先生』で、タイラーは『副校長先生』なのだそうだ。パラサはもうその頭痛の種について半ば諦めている。

「どうしてこうも緊張感が無いのかしら、この『つくば型』の乗組員達は……」

 パラサの隣に座るルウは、パラサを諭すように声を掛けていた。

「逆に悲壮的になるよりはいいではありませんか、パラサ。みな、明日がある事を信じています」

「ま、そうね。私達は私達なりのベストを尽くすしかないもの。必死でそれをやるよりも、楽しみながら出来るというのはありがたくもあるわ。ただ、悪ふざけが過ぎるクルーが最近多すぎる気がする……」



 一方その頃、航空隊員達は各機体の中で待機中であった。既に彼らは状況中という扱いになっている。

 それは彼らに限った話ではなく、現在『つくば型』は戦闘配備ではないものの、限りなく戦闘配備に近いものとして人員を配置していた。

 クロウも専用機ウインドの中で待機である。

 真後ろの席にはミツキも座っている。正確には真後ろと言うよりも後ろやや上と言った座席の配置である。ミツキの両足の先端が今クロウの首の真後ろにあった。

 待機に入ってからおおよそ30分といった所か、先ほどからクロウはミツキが足でリズムを取り始めているのが気になっていた。何しろ彼女の足先は首の真後ろである、そのステップに足を叩く音は直接頭に響いてしょうがない。

 因みに、クロウはそろそろだろうなと感じていた。このおしゃべり好きの航空隊員達がこんな狭いコックピットに押し込められて、訓練も無しに落ち着いて待っていられる訳がないのだ。

「ねえ、ミツキ……」

 と、クロウが言いかけた瞬間である。ウインドの全天周囲モニターにマリアンの顔と声が滑り込んで来た。

『っもうダメです!! 何ですかこの我慢大会!! なんで誰も喋らないでいられるんですか!?』

 ああ、思ったよりもった方だな、とクロウは思っていた。

「へぇ、マリアン。いきなり全方向通信とは良い度胸じゃない。丁度私もイライラしていた所だから、今からそっちのコックピットに行っていいかしら?」

 そのマリアンの声を聴いたミツキは、何処か嬉々とした声でそんな物騒なセリフを吐く。ともかく彼女は暇で暇でしょうがないのだ。因みに、ミツキは先ほどまでクロウとしりとりをして遊んでいたのだが、つい10分ほど前にそれにも飽きていた所だった。

 瞬間である。ウインドの全天周囲モニターが航空隊員達の顔で埋め尽くされた。

『おい、ミツキ。言っておくけど今コックピットから降りたら命令違反だからな?』
『ミツキ先輩、僕からも言っておくので、どうかここは抑えて欲しいっす!』
『何? お前らずっと黙って我慢してたの? ぷっ! ウケる!! 真面目か? 俺らずっとリィンとライネとでだべってたぞ?』
『ちょ、おまっ!?』
『エロワパイセン! さらっとチクるの止めて貰っていいですか!? もう、恥ずかしいな』
『すまんな、そのエロワ達の会話を脇から聞いて、コメディ代わりに笑わせて貰ってたわ』
『今丁度、トニア先輩と帰って来たらケーキを焼こうってお話ししてました。皆さん苦手なフルーツとかありませんよね?』
『ああ、エリサ! サプライズが……』
『因みに私も手伝う。女子力興味ある』
 声を出した順番に、ミーチャ、ヴィンツ、エロワ、ライネ、リィン、ケルッコ、エリサ、トニア、アザレアである。

『あれ? ユキはどうした?』

 そんな一同の中に唯一ユキだけが居なかった。それに気付いたミーチャが慌てて通信を繋げていた。

羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶(ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか)……』

 ユキはひたすら般若心経を唱えていた。彼女には未だ航空隊員達の声は届いていないようだった。

『誰が通夜やれって言った!! お先真っ暗感演出するんじゃねぇ!!』

 そんな中、ミーチャはその光景に黙り込む航空隊員達を代表して叫んでいた。

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