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37話 文化祭の出し物について

 最近、刀祢は朝からの剣術の訓練を朝6時からと遅めにして、訓練メニューを減らしている。その分、朝の6時まで睡眠時間にあってている。

 そのおかげで、昼休憩は相変わらず寝ているが、授業中に居眠りをすることがなくなった。授業中は目を覚まして、しっかりと授業に耳を傾けて、ノートへ書き写す、刀祢の姿が見られるようになった。

 成績が下降線を辿っていた刀祢は、今は自分の勉強の遅れを取り戻すことに必死だ。刀祢が勉強に取り組んでいる姿を見て、先生達は顔をほころばせている。


「刀祢も真面目に授業を受けてくれて私、とてもうれしい」

「別に心寧を喜ばせるために、授業を真剣に聞いてるわけではないからな」

「それでも私は嬉しいの」


 心寧と付き合い始めてから、徐々にクラスの皆が刀祢に対する雰囲気が変っていった。今までは刀祢のことを怖がっていたクラスの者達も、今はそれほど刀祢のことを怖がっていない。

 刀祢への疑いが晴れたことと、何かあれば、心寧がストッパー役になってくれると思っていることが大きい。

 直接、刀祢に話しかけてくる者は少ないが、クラスの雰囲気は常に和やかだ。刀祢と心寧が付き合うことで、こんな影響が出るとは思ってもみなかった。

 直哉、莉奈、杏里の3人も刀祢とクラスの皆との距離が縮んだことを喜んだ。

 今日は1限目から授業はなく、今年の文化祭について皆で話し合われている。

 クラスの男子達はメイド喫茶を強く推したが、女子の強力な反発に遭い、敢え無く、男子達のもくろみは崩れ去った。

 直哉が、悔しそうに大声で叫んでいる。


「なぜ、女子達は、俺達の熱い心を理解してくれないんだ!」

「そんな男子の欲望を理解するはずないじゃない!」

「直哉―! 私なら、直哉専属のメイドになってあげるー!」


 杏里が嬉しそうに直哉を慰めている。

 男装喫茶、執事喫茶、仮装喫茶など、色々な案がだされたが、男子と女子がそれぞれに反対したため、喫茶店という案自体が不採用となった。


「私、演劇が良いと思いまーす!」


 杏里が大きな声で演劇を提案する。それに対して戸惑うクラスの皆。


「だって、演劇だと、出なくて良い人も多いんだよ」

「それだったら、俺達も賛成だ。演劇、バンザーイ!」



 杏里のその言葉を聞いた、クラスの皆は、演劇に参加しないなら、手伝っても良いという感じで、演劇を推す者達が多くなり、今年の文化祭は演劇に決まった。


「私、シナリオと脚本を書きたいでーす」


 ギャルである杏里の隠れ趣味は、小説を書くことだという。意外な隠れ趣味である。クラスの皆も刀祢も、杏里の隠れ趣味を聞いて驚いた。

 杏里は刀祢と同じくらい、学校の成績はギリギリだ。しかし、杏里は国語の点数だけはずば抜けて良かった。それには、この隠れ趣味が大いに拘わっているようだ。

 どういう内容の劇にするかとクラス内で話し合っている時に、心寧、直哉、刀祢の3人が同じ道場に通っていて、剣術を習っていることに白羽の矢が立った。


「劇に出るなんて、俺はできない。俺は無理だから」

「そんなワガママは通らないのでーす!」


 刀祢は嫌な予感がして、自分の意思を皆に伝える。

 杏里は即興で刀祢達を見て、タイトルを思いついたようだ。


「タイトルは『2人の佐々木小次郎』でどうかな?」

「それはどういう内容なんだ?」


 刀祢はタイトルに不吉なものを感じ、杏里に答えを求めるが、杏里は笑顔で刀祢をスルーする。

 杏里は即興で考えたストーリーをクラスの皆に話す。クラスの皆は、自分達が役者として出ないで良いと安心して、杏里の話しを面白そうに聞いている。


「刀祢は宮本武蔵役が良いと思うんだ」


 杏里がここへきて、刀祢を名指しで指名してきた。それまで傍観していた刀祢も、名指しで指名されたことで動揺する。


「俺に役者は務まらないぞ。声を出したくない」

「剣術ができたら大丈夫だよー! 後はクラスの皆に任せれば良いからー!」


 刀祢は人見知りであり、照屋の恥ずかしがり屋だ。自分から目立つことなどしたくなかった。


「では、声は声優役の生徒にやってもらいましょうよ」

「それは良いな。声を出さなくても済む。それだけで恥ずかしくないぞ」


 直哉は気軽そうに刀祢に話しかける。刀祢はパニックになっていて、直哉の言葉が聞こえない。

 莉奈がサラリと声優という配役を提案する。声優であれば顔を出さなくても良くて、声だけで参加できる。クラスの皆は声優と聞いて興奮する。

 莉奈の提案で、刀祢はますます、逃げられなくなった。

 杏里は熱を帯びたように、自分の考えたストーリーを語っていく。文芸が好きな者達は杏里のストーリーに肉付けを行って熱く話し合っている。

 杏里は皆の意見を参考にして、良いストーリーに練り直して、明日にでも発表すると熱のこもった視線で語っている。

 普段は何でも、やる気のない杏里としては意外な一面である。


「俺は役者はできないって、言ってるじゃないか」

「刀祢、何でも最初は初心者だよー! 挑戦あるのみー!」


 杏里は刀祢の姿を見て激励する。

 興奮して熱くなっているクラスの皆には、刀祢の反対する声は聞こえない。

 直哉は諦めた顔で、軽く、刀祢の肩を叩く。心寧は刀祢の隣へやって来て、優しく刀祢の手を握って、優しく見つめる。


「心寧、皆を止めてくれ。俺に舞台なんで無理だ」

「刀祢、もう、皆を止めることは無理だと思うよ」


 心寧は優しく、刀祢を労わるように呟いた。

 段々とクラス内で、配役や担当が決められていく。クラスの担任は面白そうに生徒達を見守り、演劇に協力するという。

 佐々木小次郎(本物)ー直哉
 佐々木小次郎(偽物)ー心寧
 宮本武蔵ー刀祢
 佐々木小次郎(本物)に助けられる街娘ー杏里
 佐々木小次郎(偽物)に助けられる村娘ー莉奈
 監督・脚本・シナリオ・杏里

 などの配役が黒板に書かれていく。声優役は顔を出さなくても良いということで大人気だ。

 直哉、心寧、刀祢だけでは、剣劇をしたとしても迫力に欠ける。しかし素人に木刀や竹刀を持たせるもは危険だ。

 その結果、剣道部にも声をかけ、参加してもらうように呼び掛けることとなった。

 こうして、今まで刀祢が経験したこともない文化祭の準備が始まった。

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