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8-3「教育的指導だからな?」

 宇宙歴3502年1月13日けたたましいアラームと共にクロウは目を覚ます。クロウが目覚めたのはクロウとシドの相部屋の自室であった。まだ眠気の残る頭を振って、クロウは寝付くまでの記憶を振り返る。

 クロウはタイラーとの対談の後、結局映画館へと戻ったのだった。

 なんだかんだでクロウもあの作品は大好きなのである。見られるのであれば見たいし、劇場のスクリーンと音響で楽しめるという環境は控えめに言っても最高であった。

 一作一作のエンディングを迎えるたびにゼンブン会の会員たちはその覆面からにじむほどに涙を流し、精一杯の拍手を画面に向かって送り「ブラボー!!」と歓声を送っていた。

 なんと、毎回スタンディングオベーションである。中には覆面を取り払っている者さえいた。途中退席していた様子のシドがそれであった。隣の席には最近クロウが見かけていないパラサも居た。クロウは二人に取って何か良いことがあったのだろうとその雰囲気で察した。

 作品の合間には休憩時間もあり、VR空間のロビーではゼンブン会の会員たちが独自にポップコーンや飲み物の屋台まで設置していた。

 当初目撃したよりゼンブン会の会員数が明らかに増えている。クロウはその把握できないゼンブン会員の勢力はこの艦においてどの程度なのであろうかと考えたが、ロビーで買ったVRポップコーン(腕のリスコンのバーチャルウォレットから簡単に購入できた)を手に取って戻ると、劇場はゼンブン会員の黒装束で埋め尽くされていた。

 覆面部分を取り払っている者も半数ほどいる。クロウは見知った顔が何人かいる事に気づいた。航空隊のケルッコやマリアンもその内の一人だった。

 二人は並んで座っていたが、クロウの姿に気づくと手を振って来た。見れば彼らの周りには他の航空隊も全員集まっていた。ただし、レイプ魔のユキは営倉に入れられているためここには居ない。

「やあ、クロウ。楽しんでいるかい? 君が提供してくれたこの作品のおかげで俺たちもDX-001をどう動かせばいいのかイメージが湧いてきたよ」

 ケルッコは言いながら、手元のバスケットの中からVRチェロスを一本取り出してクロウへと渡した。

「意外だね、僕はケルッコが『ゼンブン会』に所属してるようには見えなかった」

 クロウはマリアンの隣の空席に座りながら、ケルッコから「ありがとう」とチェロスを受け取る。クロウの持ったポップコーンを一つかすめ取りながらマリアンは言う。

「もひもひ、美味しい! いくら食べても太らないんだからVR空間は最高よね!! 元から『ゼンブン会』に所属していたのはミーチャ中尉とユキ中尉位よ? あれ、トニア少尉もだっけ?」

 そう言う彼女の金色のウエーブ髪の頭の背後から手が伸び、ごつんとミーチャがゲンコツを落とした。

「プライバシー保護違反だ。いいかマリアン教育的指導だからな? 以後気を付けろ。クロウ、私も少しポップコーンを貰っていいか?」

 クロウは自分の背後へとポップコーンの入ったバケツを向ける。瞬間複数本の腕がバケツに群がり、山盛りに入っていたクロウのポップコーンのバケツはあっと言う間に半分ほどになってしまった。

 ミーチャに加えて、トニア、そしてヴィンツまでもがそれを口いっぱいに咀嚼していた。

「私、も。貰っていい?」

 そのバケツを見て思わずげんなりするクロウだがいつの間に隣に座ったのか、アザレアがそう話しかけて来た。

「ああ、よかったら全部あげるよ」

 航空隊の面々が口々に言う。

「あ、くそ。バケツごと貰うって手があったか!」
「アザレアちゃんが自分から話しかけるなんて珍しいわね」
「少尉! 自分も、自分も欲しいっす!」

 この航空隊はどれだけ食い意地が張っているのだろうか。ともあれ、あまりに騒ぐのでケルッコとクロウがロビーと座席を何往復かし、全員分の十分な食料を確保してようやく黙らせた。

 アザレアはその間ももくもくと食べていたので、クロウは新しいポップコーンのバケツとコーラとチェロスと、ついでにホットドックを彼女に与えた。

「なあ、クロウ。アザレアにひいきし過ぎじゃね?」

 とミーチャに指摘されてクロウは初めて気が付いた。

 アザレアは意にも解していないようで、もくもくと与えられた食料を頬張る。アザレアは何でも受け取ってもくもくと一定のペースで食べるのでついつい食料を与えてしまうのだ。まるで、とクロウは思う。

「なんかリスみたいで可愛くてつい……」

 その言葉に周囲の航空隊員たちはアザレアのその表面上動かない顔を見て、たしかに、と頷いた。それからアザレアに隙あらば餌付けするのが航空隊員の密かなブームになるのだが、その火付け役となったクロウはこの時点で無自覚である。

「それにしてもユキ隊長は惜しかったですね、ミーチャお姉さま。この上映されている作品ってユキ隊長がずっと見たがっていた作品ですよね?」

 そう言いながらマリアンが振り返ってミーチャに言う。

「惜しい事があるかよ。襲われかけたクロウを見ろ、あいつはしばらく反省すべきだ」

 そのやり取りにクロウは複雑な表情をする。

「クロウは、ユキ隊長が、嫌い?」

 その表情の変化を見ていたアザレアは、その金色の瞳でクロウをまっすぐに見て問う。

「いや、嫌いとかではないよ。多分。ユキさんは美人だし、好きか嫌いかで言ったら好きだと思う。ただ、あの距離感についていける男はそうとう頭いっちゃってる奴だと思う。ぶっちゃけ、あのまま突き進んでいったらユキさんの将来が心配かな?」

 アザレアは首を傾げた。彼女の銀色のまるでプラチナで出来ているような髪が揺れた。

「じゃあ、私は嫌い?」

 ルピナスと同じ深い金色の瞳にクロウはまるで吸い込まれるような感覚を覚える。

「嫌いじゃないよ。むしろアザレアみたいに静かに隣に居てくれるなら何の問題も無いんだ」

「わかった」

 それだけ言うとアザレアは再びもくもくと与えられた食料を食べ始めた。

「おい、今のどう思う?」

「分からないわ、アザレアちゃんが自分からしゃべる事自体かなり珍しいのよ?」

 後ろの席のミーチャとトニアの会話である。クロウにはアザレアは普通にしゃべる子のように感じる。ただ独特のテンポがあるだけで。

 そうこうしている間に、新しい宇宙世紀の物語が上映され始めた。

 そこまで思い出して、クロウは自分で自室に戻った覚えがない事を思い出した。

 服は通常の常備服である。常備服のまま眠っていたようだ。そうだ、もしかするとゼンブン会なる怪しげな会自体が夢で、クロウはよくわからない夢を見ていただけなのかもしれなかった。

 と、室内に設置されているシャワールームとトイレに繋がる扉が開き、上半身をはだけたシドが室内に入ってきた。

「お、なんだ。クロウ起きたのか。起きたならシャワー浴びておけよ目が覚めるぞ」

「おはようございますシド先輩。今日は朝早いんですね」

「いや、俺は寝てないよ。長時間VRでぶっ倒れたお前を運んで、『ゼンブン会』のお前の分のユニフォームを主計科から貰って、なんだかんだとやってるうちに寝付けなくてな」

 そんな風に言うと、シドはシャワーと一緒に洗ったのだろうか、『ゼンブン会』のローブをハンガーにかけて部屋干しし始めた。

「あ、お前の分の『ゼンブン会』のユニフォームはお前のクローゼットに入れておいたぜ」

 事も無げに言うシドに対してクロウは思わず口に出さずにはいられなかった。がっくりと膝から床に崩れ落ちた。

「夢落ち仕事しろぉおおおおおお!!」

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