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2-1「戦艦の中に喫茶店があるとは思いませんでした」

 学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』。

 全長3402m、全高650m。超大型の同艦は、その名の通りその内部に一つの学園都市さながらの設備を持ち、それを維持運用するための乗組員数を誇っていた。

 学園都市型超弩級宇宙戦闘艦に分類される艦は、地球連邦内に3隻存在し、『つくば型』と呼称されていた。

 学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』は、つくば型宇宙戦闘艦1号艦であり、3年前の宇宙歴3499年に就航している。

 同じく姉妹艦であるつくば型宇宙戦闘艦2号艦『けいはんな』、及び、つくば型宇宙戦闘艦3号艦『こうべ』も、同宇宙歴3499年に就航、これらつくば型宇宙戦闘艦は『第四世代型人類』学生の育成と、将来的に成熟した同学生を乗組員とし外宇宙探査を目的としていた。

 第四世代型人類は、ナノマシーンを生成するための人工臓器を遺伝子的に有する人類である。

 現在の地球連邦の主流は第三世代型人類であり、第四世代型人類は大きく2つの方法で生成された。第三世代型から後天的に施術を受け第四世代型人類となったもの、元より第四世代型人類となるために遺伝子からデザインされて誕生した『フォースチャイルド』と呼ばれるもの達である。

 今『つくば』艦内には上記の方法以外で誕生した第四世代型人類が2名存在していた。同艦の艦長であるタイラーと、彼が身元引受人を引き受けた人物、九朗である。

 慟哭し、憔悴しきった九朗を連れ、タイラーとパラサ、ルウの三人は『つくば』艦内の艦長室へと来ていた。

 『つくば』の艦長室はタイラーの自室を兼ねた空間であり、全体的に喫茶店のような内装をしていた。完全にタイラーの趣味である。

 客席は全部で12席もあり、カウンターまで存在している。それ以外に、応接用のソファーが1セットとサイドテーブルが置かれた一角が部屋の隅に存在していた。そこに九朗は座らされていた。

「どうだろう、少しは落ち着いただろうか」

 九朗の向かいのソファーへ深々と腰をかけたタイラーは、九朗に問う。

「ご迷惑を、おかけしました……」

「なに、あの行為を迷惑だと感じるほど、私は人間性を捨てていないつもりだ。安心してほしい」

「ブレンドコーヒーでよろしかったですか?」

 サイドテーブルを挟んで向かい合う二人に対して、ルウは器用にトレーに乗せたコーヒーセットをそれぞれの座る前へと置いた。

「「ありがとう」」

 九朗とタイラーは同時に感謝の言葉を述べるが、九朗はコーヒーの注がれたコーヒーセットを持ちながら、今更自分が喫茶店のような場所に連れてこられていると気が付いた。

 温かいコーヒーが寒空の下を移動し、体力を消耗した九朗の体を静かに内側から癒していくかのようだった。

「戦艦の中に喫茶店があるとは思いませんでした」

 九朗の素直な感想に、タイラーは仮面の下の口元で微笑み、タイラーの後ろに立って控えていたパラサは笑みを噴き出した。

 思わずおなかを抱える姿勢を取ったパラサの動きに合わせて彼女の長い金糸の髪が揺れキラリと輝く。

「あははは、初めて来た子にも言われてますよ、艦長! タイラーカフェ、好評で良かったですね!!」

「ふふ、パラサ。私が自室をどのようにしようとも私の勝手だと思わないか? 表の艦長室という無機質な表示も、私はいずれタイラーカフェに改めようと思っている」

 お盆を胸の前で持ちながらにこやかに笑うルウは、タイラーへ釘を刺す。にっこりと笑うその蒼い髪から覗く琥珀色の瞳が笑っていない。

「絶対に許しませんからね。本当に、絶対許しませんからね! 大事な事なので二回言いました。艦長なら本当にやりかねませんので。艦長、自室だからこそ許しているのです」

 ルウは念入りに釘を刺した。タイラーの奔放ぶりには彼付のルウにとって厄介極まるものだった。まるでルウを翻弄するかのように、タイラーは仕事の合間の自由時間を利用しては様々な『思い付き』を実行する悪癖があった。

 どうやら、ここは本当にタイラーの自室であるらしい。ぐるりと辺りを見渡して九朗はどう見てもアンティーク調のカフェにしか見えないと思った。

「驚かれましたよね? 本当にここが艦長室なんですよ。私が目を離した隙に艦長があっという間に改造してしまって、ちなみにカウンターの奥の食器棚の裏が艦長ご自身のプライベートスペースになっています。ベッドと小さな机しかないんですよ、もう!」

 頬を膨らませながらルウは九朗へと言う。

「言いながら、即日給仕を買って出てくれたではないかルウ。私も立ち寄る乗組員達に特性ブレンドのコーヒーを振る舞えることをうれしく思っている」

「艦長付の士官が、この状況から逃げられるわけないじゃないですかぁ!!」

 ふふ、とタイラーは小さく笑い「そう言いながら、コーヒーの味も上達した」と、彼女が淹れたコーヒーを褒めた。ルウは恨みがましい目でタイラーを睨みながらも、にやけてしまう口元を手に持った盆で隠していた。

「さて、クロウ君。度々で申し訳ないが、私は君の身元引受人として君に二つの選択肢を用意してあげられるのだが、君の意見を聞きたい」

 九朗が十二分に落ち着きを取り戻しているのを確認して、タイラーは切り出した。

「一つは、一旦私たちと別れて、地上で生活してもらうというものだ。勿論私は君の保護者として衣食住を保証するし、希望するなら学校へ編入してもいいだろう。『ロスト・カルチャー』という事実さえ伏せれば十二分に日常生活は可能なはずだ」

 ちなみに、とタイラーは付け加えた。

「君の所有物であるあのコンテナの中身も君の自由にしていい。君には想像も出来ないだろうが、例えばあの部屋の君が学校で使っていた歴史の教科書を数冊売るだけでも数年間生活に困らない程の金額になるだろう。もし、仮にあのコンテナを丸ごと売り払うとなれば、恐らく孫の代まで遊んで暮らしても余る金額になるだろうな」

 タイラーは格納庫から九朗を連れ出す際、厳重に施錠したコンテナを思い返していた。

「それは……」

 言いかけた九朗に対して、タイラーはすかさず言う。

「心配しなくともいい。厳重に施錠してあるし、この艦に人の思い出をどうこうしようという不届きものはいない。君が望むのであれば、しかる場所にそのまま保存することも、この艦で預かるという事も出来る。あのコンテナに関しては君の意思が介入しないまま絶対に余人が触れないことを約束する」

 タイラーは強く宣言する。確固たる意志を持って。九朗はそれだけでもこの人物を信頼に値すると感じていた。

「話の腰を折ったな。もう一つはこのまま我々と行動を共にしてもらうという方法だ」

 タイラーがそこまで言ったところで、パラサが何事か言いかけたが、タイラーはそれを片手で制した。黙っていろという意味だ。

「いいか、クロウ君。この艦はもう説明した通り学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』と言う。ここまで来る道中、軍事基地を通って来たことを見ても察してもらえる通り、我々は軍属であり、戦闘艦と名が付く本艦もその本質は軍事的目標を達成するために存在している。つまり、『戦争』をするためのモノだ。という事だ」

 それはここまで来る道すがらでも、九朗にも容易に想像できた事実だった。

「その事実をもってなお、私は君をこのまま目の届かない所に手放したくないと考えている。これは私のエゴに他ならない」

 言いながら、タイラーはすっと九朗に頭を下げた。仮面の上に彼の金髪がさらりと流れた。

「これは私自身の個人的な目的によるものだ。従って、君にこの提案に従う義務もなければ、義理もないと断言しておく。でもどうか、この艦の乗組員として私の傍で力を貸して貰えないだろうか、もし、君に何か目的があるのであれば、最大限その手伝いもすると約束する」

 九朗は、少し考えてから言葉を発する。少なくともタイラーは嘘を付いていないと確信しながら。

「僕の兄は、軍人でした」

 正確には、僕の国では『軍人』と呼んではいけなかったのだけど、と付け足しながら九朗は続ける。

「だから、何かを守るために戦うという軍人さんを否定するつもりは僕にはありませんし、そんな兄を誇りに思っていました」

 でも、と、九朗は言葉を区切る。

「僕はまだ学生の身分で、17歳という若さです。正直、自分が軍人になるなんて考えたこともありませんでした。だから、ルウ中尉やパラサ大尉と並んで立つことは二人に失礼かもしれない。それでも、それでもいいですか?」

 その九朗の言葉を聞いたタイラーは頭を上げ、その仮面のゴーグル越しに九朗をじっと見据えた。

「クロウ君。差支えなければ、君の目的、君の目標を聞いていいだろうか? ここでルウやパラサと並んで立つことまでを想像した君には強い意志を感じる。それは並大抵の事ではない。ルウやパラサもこの君の発言を聞いて遊び半分や中途半端な気持ちで言っていないことはわかるだろう」

 名前の出たルウとパラサも神妙な面持ちで頷いた。ルウもパラサも、コンテナで九朗が慟哭した時から、彼が他に行くあての無い孤独な身の上であることは十分に察していた。

「お察しの通り、僕には帰る場所も無ければ、この時代の右も左もわかりません。でも、あのコンテナの中の母からの手紙で、僕の『兄』と、『幼馴染の女の子』がこの時代まで冷凍保存されているかもしれない事がわかりました」

 九朗は、意を決して言う。

「タイラー艦長の個人的な目的はわかりません。でも、僕は兄と幼馴染を探したい! 僕のこの目的に協力してくれるのなら、僕はタイラー艦長の目的に協力します!」

 タイラーはゆっくりと確実に頷いた。

「わかった。君の覚悟、そしてその決意しかと受け止める。二人もいいな?」

 ルウもパラサも頷くより他に無かった。だが、同時に九朗という少年は決してその約束を破らないであろうとも確信していた。

「彼の処遇はどうしますか? 我が艦の乗組員になるのだとすれば軍籍が必要ですが」

 言い出したのはルウだ。彼女は首を少し傾げ、深い海を思わせるその髪をさらりとなびかせる。

「実は既に用意してある。クロウ・ヒガシ少尉、私が用意した新型艦載機のテストパイロットという名目だ。『賢人機関』に予め手回しして、この時代に生まれ育ったという偽の経歴の上にその経歴自体を極秘という扱いにしてある。彼が提案を断ったら偽の経歴をそのまま使い、私の所有するセーフハウスの一つから学生として過ごしてもらうつもりだった。その場合、私と彼の関係は表面上赤の他人という事にし、ここで彼が私と会ったという事実も秘匿とするつもりだった」

 答えたタイラーの手腕に九朗は舌を巻いた。この人は自分のためにこの時代での立場まで用意してくれていたのだと。これほどの人が自分の保護者になってくれているという事実は九朗にとって頼もしい事だった。

「承りました。以後そのように。彼は軍人ではなかったという事ですが、我が艦は軍艦である以上一定の規律を保っています。他のクルーの目もありますので、彼のお目付け役が必要であると具申します」

 タイラーの語る九朗の新しい身分について、パラサもその長い金糸の髪を後ろ手に流しながら提案という形で意見を出す。

「私としては、これ以上彼の真実を知る人間を増やしたくはないのだが、ルウもパラサも女性である以上、年頃の男女が四六時中一緒に居る、という環境はお互いの精神衛生上もよろしくはないだろうね?」

 そう言うタイラーに関してルウもパラサも難しい顔をする。ルウもパラサも、九朗がそのような人物であるとは思いたくは無かったが、何しろ出会って数時間の間柄だ、全面的に信頼するにはいささか判断材料に乏しかった。

 彼が同性であったのならあるいはとも思うが、異性である以上、四六時中一緒に居れば艦内に要らぬ憶測を呼ぶのも必定と言えた。

「クロウ君。そこで一人心当たりの人物がいるのだが、多少騒がしくとも君は構わないかな?」

 タイラーは口元を緩めながら言う。その口元はニヤリと表現するにふさわしい表情だった。

「艦長、まさか……」

 パラサはタイラーとは逆に口元を引きつらせながら言う。

「パラサ、クロウ少尉は私が用意した新型艦載機のテストパイロットと言う立場上『彼』とは遅かれ早かれ会うのだ。ならば彼に事情を知ってもらった上で協力を要請するのが合理的だとは思わないかね?」

 声も小さく「それは、そうですが……」と言いながらパラサは口ごもる。

 ルウは心当たりがあるようで、タイラーに確認する。

「シド・エデン軍曹をここに呼べばよろしいですね?」

「ご明察だ、ルウ。頼めるか?」

 言われると、ルウはタイラーカフェのカウンターへと歩くと、カウンターの陰に隠れていたマイクに向かって、「ブリッジ、聞こえますか、シド・エデン軍曹を艦長室に至急来るように伝えて下さい」と声をかけた。

「この時間なら、彼は機密格納庫の中だろう。最近根を詰め過ぎだ。ついでに休憩させていこう」

 言いながら、タイラーは自らカウンターに立ち、飲み物の準備をしだした。それを傍目にパラサは額に手を当てていた。九朗はそのやり取りで、パラサはシド・エデンと呼ばれた人物が苦手なのだと察した。

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