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取締役と商人



「ん? おお、ワズじゃあないか。早速新しい住人に商売か?」
「うん。でもだいたい話はまとまってるから」
「ああ、近いうちに訪ねるよ」
「まいどあり! 待ってるねー!」

 手を振って去っていくワズ。
 うーん、可愛い。
 しかし、気になる事も言ってたんだよなぁ。

「じゃあ、荷物を載せたら早速牧場に戻るか!」
「いや、あそこ俺たちの家であって牧場じゃないよな?」
「そ、そうね? 牧場には少し興味はあるけど……ゲームみたいで」
「なんて?」
「な、なんでもない! と、いうか! なにをもって『牧場』と定義づけるのかしら!」
「……そうだな?」

 俺の認識だと牛や羊で肉や乳製品、羊毛を生産するところ、なんだけど……うん、うち確実に牧場じゃない。
 まあ、残念ながら今後牛や羊は飼いたいと思ってるから、それに近いものになりそうではあるけど。

「まあまあ! ……あ、そうだ! だが、その前にクーロウに会ってくれないか!? この町の取締役だ。正式に越してきたなら挨拶はしておいた方がいいだろう」
「!」
「え、クーロウ、さんって……」

 ラナと顔を見合わせる。
 ああ、タイムリーすぎるな。
 ワズが言っていた人だ。

「…………」
「どうした? ユーフラン」
「いや。……分かった、行こう」
「フラン、あの……挨拶くらいなら私だけでも……」
「いや、一応家長になるから、俺が」
「……そ、そう……」

 心配してもらえるのは嬉しいけどな、女……というより嫁一人に任せるとか恥ずかしい。
 俺別に人見知りとかではないし。
 ただ、初見の人には基本信用されない性格なだけで。

「うん? よく分からないけど行こうぜ!」
「……………………」

 もういっぺん殴ってやろうか。
 睨みつけながら思ったけど、効果はなさそうなので諦めてカールレート兄さんについて行った。
 馬車に乗り込み、大通りを西の方に進む。
 ものの五分ほどで、大きな屋敷に着く。
 ここは——……。

「クーロウはうちの……ドゥルトーニル家の方で委託してこの町の管理を任せている男だ。色々便利だから、一応男爵の爵位を与えられている」
「! という事は、一応貴族……」
「そうなるな。今のお前たちでは、身分が上の相手という事になる」

 元貴族と現貴族。
 元の家の爵位ならば俺もラナも上だが、母国から追放、実質貴族の爵位も失っている今の俺たちは平民という身分だろう。
 当然元貴族と現貴族では天と地ほども身分さがある。
 いくらこの辺一帯の領主であるドゥルトーニル伯爵家の遠縁とはいえ、ご機嫌を損ねたら厄介だな。

「安心しろ! 職人気質で情に厚い男だ!」
「ああそう」

 救いなのはこの国が『アルセジオス』ほど身分にこだわりがないところだろう。
 でも、俺のこの髪色目の色は『色』に吉凶を求める『セルジジオス』の人間にとっては不吉。
 はーあ……帽子、買っておけば良かったな。
 シュシュ用の布の余りでパッチワークでもして作った方が早いかな?
 ああ、いや……女向けのファンシーな布しかないから地獄を見るわ。やめよ。

「今は隣の作業場だろう。こっちだ」

 カールレート兄さん、勝手知ったる他人の家だなぁ。
 門の前に駆けつけた使用人に馬車を預けて、兄さんの案内で屋敷の隣にある大きな建物……倉庫のようなところへと向かう。
 そこは木の香りが漂っている。
 いや、おお?
 デカい……マジにデカい倉庫……いや、作業場か。
 貴族のお屋敷一つ分ぐらいありそうな広さの屋根つき壁つきの作業場なんてあるんだなぁ。

「おーい、クーロウ! ユーフランとエラーナを連れて来た!」

 ……なぜ両手を必死にブンブンと振るう?
 子どもか。
 溜息が出る。
 いや、兄さんがそういうちょっとめんどい人なのは知ってたけど……んん、木材がたくさん。
 そして、その奥には人もたくさん。
 やや傷みのある家具が並んでるところを見るに、ここは修繕なんかを行なってるのかな。
 きちんと切り揃えられ、整えられた木材の保管。
 それに、未使用のドアや窓枠なんかの家の一部。
 はーん……職人って、木工大工か。
 多分、廃牧場の調整をしてくれた人なんだろうなぁ。
 そう考えるとちゃんと挨拶しねーと今後改築する時に適当な仕事されそう。
 やだねぇ、俺本当、初対面の人間にはいい印象持たれないんだけどな。

「アァ?」

 …………。
 そして一際でっかいゴッリゴッリのスキンヘッドマッチョが立ち上がる。
 いや、ここで働いてるっぽい人たちは全員ゴッリゴッリのマッチョばっかりだけど。
 いや、体格よすぎませんかねぇ?
 あの付近、気温が明らかに上昇してるよなぁ?

「クーロウ! この()()が俺の親戚ユーフランだ!」

 ははは。
 今のはぶん殴っても文句言えないよな、こいつは?

「こちらの麗しいお嬢さんがその妻のエラーナだ!」
「は、初めまして」
「…………。ほほう? 本当に美しい緑色の髪と瞳を持ったお嬢さんなんだな? ふむ、そのクソ赤毛野郎にはもっっったいねぇ! 美人じゃねーか」

 いや、初対面でその言いようはさすがに失礼では?
 いいけどさ別に…………アンタ見る目あるし!
 俺もそう思う!
 俺にはもったいない美人だよな! うん!

「おいおい、ユーフランは天才なんだぜ! こう見えても!」

 こう見えてもは余計じゃねえ?
 あと過大評価やめろ。
 底辺の好感度がマイナスになる。

「アァ! あのやっやこしい『ドライヤー』とかいう竜石道具の設計者なんだろう!? クソ食らえだ! あんなもん! あんっな複雑なもんどーやって作れっつーんだ! アァ!?」
「……複雑? 竜石にエフェクトを刻み込むだけだろう? そんな複雑なものは作ってない」
「…………。は!?」
「?」

 なんだ?
 なんで驚く?
 この場のゴリマッチョが全員口を開けて固まった。
 な、なんだこの空気。

「あらやだびっくリ〜。噂には聞いていたけド、本当に自覚がないのネ」
「…………?」

 なに?
 ゴリマッチョだが、他のよりもえらく小綺麗な奴がいる。
 いや、おっさんはおっさんだけど。
 化粧してるんだよなぁ、このゴリマッチョおっさん。
 そしてなにより、唯一服をちゃんと着ている。
 着ているんだが……クーロウさん、より胸板厚くない?
 女のように胸元の大きく開いた服は、胸板が入らないから?
 そして、とても独特の髪形。
 左右は刈り上げられているのに、中央は編み込まれてる。
 でかい編み込みというか、三つ編み。
 んん、わけ分からん人だ。
 それと、うん、多分この中で一番立派な筋肉が全身についている。
 俺が男として泣きたくなるレベルの筋肉だ。
 無理、物理的に勝てる気がしない。

「アタシはレグルス。この町で商人をやってるワ」
「! ああ、さっき町の子に聞いたよ。やり手の商人さんだって。なんでも商会まで立ち上げたとか」
「ええ、そうヨ。ドゥルトーニル様のところの商人さんたちじゃあ、頼りないんですもノォ。でも、ウフフ、ちょうど良かったわァ……貴方に会ってみたかったノ……」

 ゾワっとした。
 背中がね、なんか、ゾワって。
 艶めかしく指先をぽってりとした唇になぞらせ、低い声色で囁くように言う。
 目を細め、にんまりと微笑みながら腰を前後にわざと動かしながら歩み寄ってくる。
 あ、あ……あ、圧が……っ。

「なにしろこーんな複雑な命令(エフェクト)をこーんな複雑に設計した道具(アイテム)に組み込むなんて、普通出来ないもノォ」
「?」
「あらやだ、この子本当に分かってないのネェ」
「…………っ!」
「!? ラナ?」

 カッ、と靴音を響かせて、ラナが俺の前に出る。
 まるでレグルスと俺の間に割って入ったようだ。
 俺は、レグルスがなにを言いたいの分からなかったんだけど、ラナには分かったのだろうか?

「悪いけど、彼の『発明品』の販売権利はわたくしにありますの」
「アラァ」
「交渉ならわたくしが請け負いますわ。彼にはこれからも色んなものを発明して頂くつもりですから? ええ、あなたの思っている通りになる事でしょう。お約束致しますわよ! 彼のもたらす利益! 革命! この町から、この国は変わっていく事でしょう!」
「? え? ラ、ラナ? さん? ちょっと?」

 なんか仰々しい事言い出したな?
 は? なに? どうしたの?
 どうなってんの?
 は?

「……ソウ。ええ、いいわヨォ! それなら貴女と交渉しましょウ。……まずはこの『ドライヤー』! ドゥルトーニル家の奥様に頼まれて一つ作るのでも大変なノ。設計図はもらったけどネ……とてもここの技術者では作れないのヨォ!」
「必要なものはなに?」
「道具はなんとか作れるワ。でも、問題は命令(エフェクト)! 竜石に刻む、竜石道具の核! この竜石核が冗談じゃあないくらい複雑で、竜石職人のアタシの兄でさえお手上げだったノ! だから銀貨五十枚でアタシの兄に、エフェクトの刻み方を習わせて欲しいワ。どうかしラ!」
「あーら、意外ですわね」
「?」

 ……なんか話がわけ分かんない方向に進んでる気がするんだけど、なにこれどういう事?
 えーと?
 レグルスさんの兄貴に?
 俺が?
 エフェクトの刻み方を教える?
 銀貨五十枚で……ほう?
 そんなにもらえるなんてお得……

「たった五十枚()()出せませんの?」
「……」

 ……………………エ……。

「新たに商会を立ち上げる程の方だとお聞きしましたから、もっと価値の分かる方だと思っておりましたが……まあ、おほほ……銀貨……おほほほほ……! たったの五十枚……おほほほほほっ!」
「ラ、ラナ? ラナさん? あのう?」
「その程度の価値しか、ないと思っておいでですの? これが市場に出回ったあとに回収出来る利益、それも込みでなければ呑めませんわ」
「……!」
「っ」

 確かに……ラナはそんなような事を言ってたけど……!
 ええ!? 早速!?
 一瞬目を見開いたレグルス。
 しかし、すぐににんまりと笑みを深める。
 え、なにこれ、なにこの空間、こ、怖い。

「ふ、ふふふ、ふふふふふふ! うふふふふふ! ……あはははははははははは! ……さいっこうじゃあなーイ! いい奥様もらってらっしゃるワァ、ユーフランサン?」
「……ど、どうも?」
「分かったわ。でも、二割! これ以上は出せないわヨォ」
「いえ、一割でいいわ。ここの職人さんたちにはもっとこれからも色々作ってもらわなきゃいけないもの。……道具の方は、ここの人たちが作ってるんでしょう?」
「……あら……ふふふ、ええ、そうヨ。……そう、じゃあ期待しているワァ! 最高の取引ネ! おほほほほほほ!」
「おほほほほほほ!」
「……………………」

 お、俺にはよく、分からなかったんだけど……ええと……なんか、カールレート兄さんも、クーロウさんも、職人さんたちも、もしかして今の会話分かってない感じ?
 俺だけじゃない?
 ……そ、そう。

「ラナ、あの?」
「大丈夫! レグルスさんは話の分かる人よ!」
「…………そう……」

 親指立ててすごいいい笑顔。
 可愛い。
 …………しかし、なんか嫌な予感がしたんだけど、これ俺だけ?
 ……あ、いや……クーロウさんたちも心なしか顔が青い。
 もしかしたら、俺たちは会わせてはいけない二人を会わせてしまったのでは……。
 あとの祭り、だなぁ?

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