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第4話 天中殺

その日は美奈代の姿が無かった。
「休みなの?」
「一日ぐらい別にいいじゃん!」
「真由美、今からお見舞いにいくわよ!」
「学校は?」
「一日ぐらい別にいいんでしょ?」
美奈代に電話しても出ない。
「取り越し苦労だといいんだけど!」
真由美の言う様に一日ぐらい休んだとてどうという事は無い。
美奈代とは解りあえたはずだ。
自殺なんて馬鹿な事はもうしないだろう。
「馬鹿な事ね!」
「また怒られるわね!」
不運な人は大勢いる。
事情も理由も解る。
それでも晴華は自殺は馬鹿な事というスタンスは変えない。
美奈代がただの病欠か別の理由があるかがはっきりしない為。
二人は学校を出て美奈代の通学ルートを使い。
美奈代の家に向かう事にした。

「見つけた!」
学校から一キロも離れていない所で真由美が何かを見つけた。
「ブラックホール?」
それは道路上にぽっかりと空いた穴だった。
「蓋の空いたマンホールね!」
「まさかそんなお約束な!」
真由美は周囲を見回すと美奈代がいつも鞄に付けていたマスコットが落ちているのを見つけた。
真由美はそれを拾うと晴華に渡した。
「うわ!」
「いつ見ても悪趣味ね!」
マスコットはある特殊層に人気の首つり君だ。
このキャラクターはメンタルが弱く、すぐ首を吊るが不死の薬を飲んでいるのですぐ生き返る。
晴華のスタンスとしては許容出来ないキャラクターだった。
金具からチェーンではなく本物の縄を贅沢に使い。
首つり状態でぶら下がっている。
「まだ、わらわらちゃんのがマシね!」
わらわらちゃんとは、藁人形をモチーフにしたマスコットキャラである。
ともあれ美奈代が通学途中にマンホールに落下したのは間違いなさそうだった。
それにしても嫌な予感がする。
「マンホールの蓋はどこへ行ったの?」
晴華は周りを伺うが蓋は見つからない。
「よし!」
晴華は携帯電話を取り出し真由美にかけハンドフリーにして胸ポケットにしまった。

「え!」
「ちょっと!」
「ここに居るのに何でかけてくんの?」

「いいから!」
「このまま通話状態で降りるから!」
「よく聞いて判断して!」

「う、うん!」
真由美は自分のスマホをしっかりと持ち直した。

晴華はマンホールの梯子を一歩ずつ降りて行く。
すると。

「わ!」
「何これ!」
真由美は突然引っ張られ思わず声をあげた。
「命綱?」
真由美はスポーツ派のためポーチ等をよく使う。
今は学校帰りのためセーラー服だったが、くせで腰にカラビナは付けていた。
今はその先には何も付けていないはずだった。
だが、その先には命綱があった。
綱の先に居たのはもちろん晴華である。
「あんた!」
「何してんのよ!」

「大丈夫よ!」
「梯子が腐ってて落下したけど!」
「これのおかげでダメージはゼロよ!」

「良かった良かった!」
「じゃなくて!」
「先に言いなさいよ!」
真由美には武道の心得がある。
スマホを落とさない様にしっかりと持ち直したが。
それだけでは無くしっかりと立った。
普通なら真由美まで落ちていただろう。
しかし晴華は悪びれもせずに動く。

「美奈代!」
「美奈代!」
「いたわ!」
「でも酷い怪我!」
「マンホールの下敷きになっている!」
「嫌な予感は当たったけど嬉しくないわね!」
美奈代は意識が朦朧としていた。
そして助けに来たのが晴華だと認識出来たかどうかは定かでは無かったが。
一言だけ発すると気を失ってしまった。
「天中殺、逃げて!」


「真由美、あなたはもう帰りなさい!」

「何を言ってるの?」

「今はもう何をしても駄目!」
「明日の朝になったら来て!」

「ふざけてるの?」
真由美は自分に付いている命綱の端をその辺に結び付け降りようとしていた。

「駄目よ!」
「美奈代は天中殺で!」
「この世ならざる力が働いているの!」
「マンホールの蓋が下に落ちているのを見れば解るでしょ?」
「天中殺が終わるまでは上がれないわ!」

「何それ!」
「わけ解んない!」

「何事も理解出来ない低能な脳筋!」
「得意の体さばきでも遅れを取る無能!」
「足手まといなのよ!」

「じゃあ、もういい!」
真由美は激昂してその場を後にした。
「なんなのよいったい!」
でも、晴華は明らかに狙いがあって私を怒らせた。
それはなんとなく解る。
でもそれでも腹は立つ。
「なんなのよいったい!」
「よくもああピンポイントに私の怒りゲージを上げられたものね!」
「絶対性根は悪いわ!」

真由美がやってきたのは古びた神社であった。
「さよ様、実はご相談が!」
真由美は事の経緯を説明した。
「フム!」
「わらわが教えてしんぜよう!」
「天中殺とは一生でもっとも運気が下がる日の事じゃ!」
「酷いものになるとそれだけで命を落とす!」
「この世ならざる程の悪運の持ち主が天中殺になれば!」
「なるほど!」
「その娘の申す事もあながち間違いではないぞよ!」

「マンホールの方はどうでしょうか?」

「フム!」
「その様な物はわらわの時代には無かったのう!」

「では、お聞きしても無駄ですね!」

「たわけ!」
「この近くにもそのマンホールなる物はあるぞよ!」
「そこも又わらわの聖域の一部なり!」
「知らぬわけがなかろう!」
「よいか娘よ!」
「マンホールが丸い理由が解らぬか?」
「四角では駄目なのじゃ!」
「丸ならばどう落ちようと幅は同じじゃ!」
「穴が壊れぬ限り絶対に下には落ちんのじゃ!」

「あっ、ああ!」
「それで朝まで待てば助かるのでしょうか?」

「無理じゃな!」
「明らかに、この世ならざるものの力が強すぎる!」
「二人とも朝までは持たんじゃろうて!」

「そんな!」
「お願いします!」
「二人を助けてください!」

「なるほど!」
「それでわらわの所にまいったのかの?」
「この世ならざるものにはこの世ならざるものというわけじゃな?」
「わらわに助けを乞うか?」

「はい!」

「娘よ!」
「この世ならざるものに助けを求めるという事が!」
「どういう事か解っておるのか?」
「この現世でも金子を借りる時は担保というものが要ろう?」
「お主はわらわに何を差し出せると申すか?」

「この身ですか?」

「そうじゃな!」
「この世ならざるものの狙いは大抵そうじゃ!」
「そして利子も暴利じゃ!」
「トイチどころの騒ぎでは無いぞよ!」

「トイチって!」
「十日で一割とかいうあれですか?」
「でも、法律違反ですよね?」

「たわけ!」
「この世ならざるものに!」
「法律など無いわ!」
「ともかく!」
「命がけなのじゃ!」
「友を助けるためにお主が死んだとて!」
「その二人は喜ぶと思うか?」

「つっ!」
「だって、だって!」
真由美は深呼吸をすると先程の動揺が嘘のように落ち着きを取り戻した。
「さよ様!」
「私のしてる事が良い事なのか!」
「悪い事なのか!」
「正しい事なのか!」
「間違っているのか!」
「それは解りません!」
「でも!」
「晴華や美奈代!」
「そしてさよ様と出会って!」
「これが運命なら!」
「今の私に出来る事は!」
「これくらいしか無いけれど!」
「それでも!」
「こんな運命は嫌だから!」
「無責任かも知れないけれど!」
「馬鹿な娘かもしれないけど!」
「後の事はどうなってもかまいません!」
「今困っている私達を!」
「どうかお助けください!」

「ほんに馬鹿な娘よの!」
「亡者どものカモだぞよ!」
「さすればわらわのカモにしてたもう!」

そして、ここは近くのマンホールの中。
「ここは!」
「普通の下水道!」
「でも、普通じゃない!」
嫌な臭気はまったくせず、汚水さえも澄んでいる。
「ここが本当に下水なの!」

「下水などでは無い!」
「ここもわらわの聖域ぞ!」
「よいか娘よ!」
「このままでは娘らは!」
「二人とも地上に出る事はかなわぬ!」
「しかし、わらわの聖域からならば容易い!」

「つまり!」
「この先から連れてくればいいわけですね?」

「うむ!」

「では行ってまいります!」

「待つがよい!」

「これは?」
いつの間にか真由美は一本のロープを手にしていた。
「命綱じゃ!」
「持っていくがよい!」

「ありがとうございます!」

「娘よ!」
「その命はもはやそなたの命では無い!」
「死ぬ事は許さぬぞ!」

「はい!」
真由美はロープを手に入れた。
そして先へ先へと進んでいく。
やはり聖域から離れると臭気も酷くなり。
水も普通の汚水になっていた。
スマホのGPSで確認しながら進む真由美。
「こっちでいいはず!」
「あとちょっとね!」
「え!」
何か蠢くものの気配を感じた真由美だったが。
次の瞬間、目を疑う光景がとびこんできた。
「ワニ!」
「クロコダイル?」
「メガネカイマン?」
「ナイルワニ?」
目の前には3メートルはあろうかというワニが悠然と構えていた。
「馬鹿な娘だからワニの種類は解らないわね!」
「でも、馬鹿だから出来る事もあるのよ!」
「格闘バカによれば!」
格闘バカとは真由美が好きなマンガである。
主人公の格闘家があまりに強くなり過ぎたため、危険な生物を相手に戦いを繰り広げるというマンガである。

「ワニは口を閉じる力は強大だが!」
「閉じる力は大したことがない!」
幸いにもロープはあるし、閉じてる間に口を縛ってしまえばいい。
真由美はロープを構えワニと間合いを取り、タイミングを計っている。


「きゃあ!」
ワニは突然飛び掛かり真由美に食らいつこうとしたがすんでの所で躱す。
「バシャーン!」
だが、その弾みでワニともども水路の中に落ちてしまった。
下水の水路は狭く、そして浅かったため、余裕で足がつく。
広くて深い川なら人間がワニに勝つ術は無い。
それに関しては幸運だったと言えるかもしれない。
だが、現実問題として。
水の抵抗と水を吸って重くなった衣服。
もはや絶体絶命だった。
「ああ、なんて馬鹿なの!」
ワニが見えた時に距離を取り。
投げ縄にして口を狙うか、地面に輪を広げて置いてワニが輪に入ったときにロープを引っ張れば。
簡単にワニの口を結べたはずなのに。
何をマンガの主人公気取りで立ち向かおうとしてんの?
「あ!」
「馬鹿だから勝てる方法が一つあったわ!」
「でも、馬鹿なだけじゃ駄目!」
「運も必要だけど!」
「でも悲観したら運も掴めない!」
真由美はゆっくりと小さな輪を作り、何時でも結べる状態にした。
真由美はそのままワニを刺激しない様に後ずさりを続け。
複数の水路が交わる合流地点を背にし、後ずさりを止めた。
「これで確率は数倍!」
「ここで待つのが吉!」
「アレが来なければ全員死亡ね!」
ワニは獲物が抵抗を諦めたと思ったのか、ことさらゆっくりと近づいて来る。
「こ、怖い!」
真由美は恐怖心と戦っていた。
ワニは更に進み、もはやいつ襲ってきてもおかしくないほど近づいていた。
「ああ!」
「痛いんだろうな!」
「手足を一本一本!」
「食いちぎってから食べるのかな?」
「ごめんね、美奈代!」
「晴華、さよ様!」
「馬鹿な娘は馬鹿な真似をして!」
「それでも馬鹿を貫いて逝きます!」
その時、真由美の背中に何かがコツンと当たった。
それが何であれ真由美の次の行動は決まっていた。
「おあがり!」
真由美はそれをワニに向かって投げた。

「バクン!」
ワニはすかさずそれを口に入れた。
真由美もすかさず小さな輪をワニの口に潜らせロープで縛った。
ワニは暴れているが、口をしっかり縛られてはどうする事も出来ない。
「生きれた!」
真由美がワニに向かって投げたもの。
それは今となっては何だったのかは解らない。
小動物の死骸か、はたまたワニが動くものに反応して口を閉じただけで食べられないものだったかも知れない。
しかし、バカだろうと何だろうと真由美は一難を退けた。
ほどなく真由美は二人と再会し、無事に三人ともさよの所まで行く事が出来た。

「フム!」
「三人とも無事の様じゃな!」

「ありがとうございました!」
三人はさよに礼を言った後、晴華だけが残り、真由美と美奈代は晴華が呼
んだ車で待機している。
二人とも乗り込むやいなや、安心感や怪我や疲労からか眠り込んでしまった。
「娘よ!」
「先の娘は良くやった!」
「上出来と言えるじゃろう!」
「離れてもわらわの加護はしばらくは持とう!」
「じゃが!」
「朝までは持たぬぞ!」
「朝までここに残ってはどうじゃ!」

「それは出来ません!」

「ありがとうございます!」
「お礼はまた改めて!」
さよは尚も食い下がろうとする。

「わらわら荘に向かいます!」

「お主、何者じゃ!」

「ただの頭の良い小娘です!」

「ぬかしよるな!」
「ただ者では無いな!」

「さよ様こそただ者ではありませんよね?」
「物理的に!」


「愉快じゃのう!」
「では、まかせたぞ!」


ここはわらわら荘。
わらわらちゃんとは関係無い。
晴華がわらわらちゃんを知っていたのは名前からここに関係する何かと思い。
調べたからに他ならない。
わらわら荘は何百年も続く老舗の旅館である。
いつからか泊り客からこどもの声が聞こえたとか、こどもの姿を見かけたとかで人気になった。
ざしきわらしに会える旅館である。
数年前に全焼し、燃えたから居ないだろうと悪評が立ち、潰れる寸前だったが。
何故か人気を取り戻し、今またざしきわらしに会える宿として三年先まで予約がいっぱいの。
とある層によっては人気の宿である。
「あれ!」
「ここは!」
「どこかの旅館かな?」
「おはよう真由美!」
「よく眠れた?」
「うん、おはよう!」
「じゃなくて!」
「なんで旅館?」
しかも勝手に浴衣に着替えさせられてるし、やけにさっぱりしてるし。
「勝手にお風呂に?」

「ここは老舗の旅館なのよ!」
「くさいままの真由美をそのままにしておけるわけ無いじゃない!」
「まあ、私が嫌だからだけど!」

次に目を覚ましたのは美奈代だった。
応急処置は済ませてあるが、医者には診せていない。
「おはようございます!」

「おはよう美奈代!」
「どう?」
「病院に行く?」

「いえ!」
「昨日は痛かったんですけど!」
「今朝起きたらどこも痛くありません!」
「それよりここは?」

「わらわら荘と言う旅館だけど!」

「やっぱり!」
「ずっと来たかったんですよ!」

「でも!」
「三年は予約でいっぱいのはずなのにどうして?」

「コネを使ったのよ!」
「今回の件では必要不可欠だったから!」

「あ!」
「真由美ちゃん、晴華ちゃん!」
「ありがとうございました!」

「美奈代!」
「あなたがどんなヤバイ事になったって!」
「私も真由美も凄いコネを持っているのよ!」
「だからヤバイと思ったらすぐ私達に頼りなさい!」

「はい!」

「絶対よ!」
「じゃあ、凄い豪華な朝食を用意してあるから!」
「皆で頂きましょう!」
「その後は温泉よ!」


そして食事中。
「ねえ!」
「そんなにこの宿が好きなら!」
「何で一度も来て無かったの?」

「真由美、あなたね!」

「え!」
「何?」
「何かまずい事言った?」

「いえ!」
「いいんです!」
「今までは三年後も生きている自信が無くて!」
「三年後の予約を取る事は出来ませんでした!」
「でも、これからは取れます!」
「じゃあ、これを頂いたら帰りましょう!」

「え!」
「何言ってんの?」
「やっと来れたんでしょ?」

「三年も待っている人がいるのにそれは悪いでしょ!」
「皆!」
「三年後の今日の予定はどう?」
そして三人は三年後の今日の予約を取ってわらわら壮を後にした。

しおり