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異世界落下中



「わ、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 落ちていた。
 本当に落ちていた。
 ジャンプして穴に飛び込んだら、本当に現在進行形で落下している。
 一体地上から何千メートルなんだろうか。
 バチバチとした黒い雲の中を、すごい速度で落ちている。
 寒いような、痛いような。
 これは普通死んでるやつではないか?

「な、んだあの、蔓!」

 黒い空。
 雷が所々で起きていて、忠直が落ちている空もそうだった。
 そんな黒い雲を通り抜けると、真下に空へ一直線に伸びる蔓が立っているのが見える。
 それは、あまりにも大きい。

「っ、ショコラ、大丈夫か⁉︎ ちゃんとくっついてるな⁉︎」
「きゃうぅ〜!」
「よし、絶対離れるなよ! ……っ……」

 ここから見えるだけでも四本の木にさえ見える絡み合った極太の蔓。
 青々とした緑色のそれはそれぞれ空へ向かって伸び、その先端は雷雲に届くか届かないか。
 なんだ、あれは。
 まるで蔓が空を突いて雷雲を起こしているかのようだ。
 忠直が落ちる先にも……他よりは小さいがその巨大蔓がある。
 そして、間もなくその先端に到達するだろう。
 見れば下は森、森、森。
 人工物は何一つ見当たらない。

「ジ、ジーーク!」
『早ぇな。なんだもう地面に着いたのか?』

 サポート、と叫ぶと腕時計に四角い箱が現れた。
 薄い水色のその四角い箱の中でジークが面倒くさそうに『まだじゃねーか』と現状に不満を漏らす。
 こっちはそれどころじゃない。

「うっわあ!」
「きゅう!」

 葉に当たった。
 そして、ボンっと跳ね上がりまた落下が始まる。
 それからも度々、巨大な絡み合った大木のような蔓の葉に体が当たった。
 あの落下速度を思えば、葉に当たっただけで体のどこかが折れそうなものだがそれもない。
 とても柔らかく、落下のスピードを和らげ、クッションのようになってくれた。
 しかも下へ落ちるほど葉は大きく、あちこちに生えている。
 気が付けば地上に近い場所の葉に乗っかって、空を見上げていた。

「あ……いってぇ……ショ、ショコラ、無事か……?」
「きゅううぅ……」

 さすがに衝撃は……ものすごかったが。
 頭がクラクラする。
 上半身を起こすと、ジャケットがショコラの力と爪でズタズタになっていた。

(まあ、しゃーねーな)

 ジャケットは諦め、腰に巻き付ける。
 腕時計を見ると、先程の半透明な四角いウィンドウは消えていた。
 もう一度呼びかけると、ジークの顔が現れる。

「つ、着いたようだ」
『なかなか斬新な界渡りだったな』
「あ、ああ、やっぱりそうなのか……まあ、そうだろーな……はは……。……で、こ、これからどうすればいいんだ?」
『…………。それはテメェが決めればいいんじゃないか? 俺はあくまでサポートだ。異界情報の収集なら、この腕時計をかざして情報を読み取れば自動的にこっちで鑑定、精査して金額を提示する』
「そ、そうか……なるほど……うん、じゃあ、とりあえず地面に降りて……ショコラの親を探すか……」

 改めて人の腕時計かなにやら変なものになっているような?
 いや、今更だが。
 そう思いつつ、ショコラを抱え直して葉っぱをジャンプして降りる。

「ぐっ、おっさんには堪えるぜ……いてて……」
「きゅぅ……」
「大丈夫だ、きっとお前の親を探して見せるさ。……とはいえ、どこから探したらいいものか……」

 ようやく地面に降りると、少し色の悪い地面と雑草。
 数十メートル先には、上から見えた森があった。
 不思議なのは、この超巨大な蔓の側には何もない事。

「?」

 そして、周囲の木々は腐り落ちている事。
 後ろを振り返って、超巨大な蔓を見上げる。
 これは、なんというか、あれだ。

「ジャックと豆の木……だったか? なんかそれを思い出すな……」
「きゅう?」
「ああ、童話だよ。あれ、どんな話だったっけ? 豆をまいたらこんな感じの蔓が空に伸びていって……それを登って……うーん、忘れたな? ……あ、そうだ、これをかざすと鑑定出来るんだったか? ジーク」
『…………』
「? おい?」
『……ああ、まあ、出来るけどな……。それはしなくてもいい。なんだか知っている』
「そうなのか? なんなんだ、これ?」
『自分で見てみたらいいんじゃねーの。金にはならねーぜ』
「?」

 つまり異世界情報として、売れるものではない、と。
 しかし、異世界というものが忠直は初めてなのだ。
 ゲームや漫画は嗜まないが、男として持ち合わせる冒険心や好奇心は擽られる。
 やはりワクワクはするものだ。
 腕時計を、巨大蔓へと向けてみる。


界寄豆(かいきとう)
 惑星に寄生し、根付くとその世界の養分を吸い尽くして成長する。
 世界の果てまで伸びた後は、天空に空間の裂け目を作り、更にそこから別な世界に渡り、寄生と成長を続ける。
 養分を吸い尽くされた世界は、塵となり滅びる。


「…………な、んだ、こりゃ……」

 何度か、読み直した。
 読み直したが、文字の意味は同じだ。
 当たり前だが。

「ジ、ジーク、これは…………」
『ああ、その説明書きの通りだ。これは【界寄豆】。世界に根付いて、世界を養分として育つ悪質な侵略植物の一種だな。魔王のように矜持や義務で以って世界を侵略するのではなく、ただ己の生存本能に従って、植物として成長する『意思なき侵略者』だ。まあ、これはまだ成長途中。とはいえ、空間の裂け目の原因はこいつというわけだ。このまま成長すれば俺たちの世界に入り込もうとするだろう』
「⁉︎ ど、どうしたらいいんだ⁉︎」
『どうもしなくていい。空間を閉じて修復すれば、こちらには入ってこれなくなる。別な世界を探すだろう』
「って、待てよ! でもそれじゃあこの世界や、他の世界が危険にさらされるって事じゃねーか⁉︎」
『そんなのこっちの知る事じゃねーよ。異世界事情にそこまで毎度毎度首突っ込んでられねーし。それより、さっさとその世界の情報を収集してドラゴンを親元に帰した方がいいんじゃねーのか?』
「…………っ」

 それは、その通りなのだろう。
 だが、本当にそれが正しいのか。
 そう自問自答すればそれは否だ。
 その選択は正しくない。

「……でもこのままじゃ、このままこの大木みたいな蔓を放置すればこの世界は滅ぼされる、って事だろう?」
『そうなるな』
「そんなの放って置けねーよ! なんとか出来ないのか⁉︎」
『…………。なんとか、ね。……忘れているわけじゃねーだろうが、俺はどっちでもいい』
「?」
『このまま穴を閉じて修復すれば、俺のここでの仕事は終わりだからな。テメェが戻ってこないのなら、金は払わなくて済むしレンタルしてある機具もデータの回収をすればいいだけの事だ』
「!」

 それは、つまり見捨てても構わないという事。
 言葉を詰まらせる。
 ただ歯を食いしばり、睨み付ける事しか忠直には出来ない。

『おっさんが一人行方不明になる。……ただそれだけの事。テメェ一人消えて困る事もない』
「…………」
『それを覆せるものがテメェとその世界に、あるのか?』

 ない。
 いくら考えても、この男を動かす要素は……何一つ。

「きゅうぅ?」
「!」

 だが、ここはショコラの故郷。
 この世界にショコラを残して、契約を解除する。
 そして、自分だけが安全な世界に帰れば……ほんの三日間、変わった夢を見ていた。
 ただそれだけの事、と思い忘れればいい。
 それが出来るか。
 否、出来ない。
 そう、自分にはもう——そんな事は出来ない。

「……じ、人格データ……欲しいとか言ってたな……」
『…………』
「そ、それで……なんとか出来ない、か」
『…………』

 腕を組み直すのが見えた。
 意外と効いたのだろうか。
 自分の人格にこの世界を救うだけの価値が、果たしてあるものなのか……。

『敵性反応が接近している。隠れるか逃げるか今のうちに決めた方がいいぜ』
「?」
「きゅぴいぃ! きゅいい!」
「⁉︎ ど、どうした⁉︎」

「ウルルルルルルルル……」

 ジークの言葉の後に、ショコラが飛び跳ねて忠直によじ登ってきた。
 舌を巻くような奇妙な鳴き声。
 そちらを見れば、顔に巨大な黒いコブを持った……怪鳥が近付いてきた。

「な、なんだこいつ! で、でか⁉︎」
『ほう、なかなか面白いな。生態データを取っておけ。五万くらい払うぜ』
「ぐっ! お、お前はこんな時も……!」
「きゅ、きゅうういぃ!」
「ショコラ⁉︎」

 巨大な嘴からよだれを垂れ流す怪鳥は、翼を広げて威嚇しながらゆっくり近付いてくる。
 そんな忠直の前に、ショコラが降り立つ。
 怯えて忠直によじ登っていたのに。
 まるで怪鳥から忠直を守るように、上半身を低くして突進する構え。

「ば、ばか! 無理だ、よせ! 逃げるぞ!」
「ウルルルルルルルル!」
「くっ! ショコラ、右へ避けろ!」
「きゅう!」

 あまり足の長くない怪鳥だが、翼を広げてて突っ込んできた。
 ショコラめがけて突き出された嘴。
 右の頭の上、ほぼ右目が隠れる位置にある黒いコブ。
 だから、恐らく右は見えづらいと思った。
 案の定ショコラが右側へ飛ぶと、怪鳥は一瞬ショコラの姿を見失い、キョロキョロと探す。

「今のうちに……」
「ウルルルルルル!」
「ぐっ、くそ! ショコラ、また右だ!」
「きゅう!」

 奴がショコラを見失うのは一瞬だけだ。
 その間になんとか砂を集める。
 左目に砂をかければ、両目を潰せると思った。

『おーい、生態データー』
「うっせえ! 無理だ!」
『チッ、仕方ねぇな。ドラゴンなんだからベビーブレスくらい使えるんじゃねーの? それでコブを焼き払え。あれは【界寄豆】の『豆』を食ったんだ。生き物が【界寄豆】の豆を食うと寄生されて養分にされる。あのままならあの鳥は死ぬ』
「!」

 あの右目の上の黒いコブ。
 あれがこの【界寄豆】の実……豆を食べた者の姿。
 そして、なんだと?

「……ベビーブレス?」
「きゅう!」
「え⁉︎」

 それは技的なやつだろうか?
 確認しようと口にしたら、ショコラはそれを指示とでも受け取ったのだろう。
 口を開いて、火炎玉を吐き出した。

「な、なにーーー⁉︎」
「ウルルルルルルルル!」

 だか、避けられる。
 素早い動きで、半回転され、掠りもしなかった。
 いや、ドラゴンなのだから……炎も、吐く。
 吐くものなのか。
 まずそこに驚いてしまう。
 だが……。

「…………。ショコラ、右に回り込んで、あの黒いコブにベビーブレスだ!」
「きゅう!」

 素早さはほぼ互角。
 だが、体躯ならばショコラの方が小さい。
 故に片目しかまともに機能していない怪鳥は、ショコラを容易く見失う。
 それは、先の二回の回避で証明済み。
 回り込み、怪鳥が一瞬ショコラを見失った——その瞬間!

「ベビーブレス!」

 ゴッ、と口を開いたショコラの口から放たれる火炎玉。
 それが、右目の上にあった黒いコブに当たる。
 すると簡単にコブは燃え上がり、あっという間に灰になり、怪鳥の頭の上から消えてしまう。

「ウルルルルルゥ……!」

 断末魔、とは些か違うが、怪鳥が倒れ込む。
 気を失った?
 腕時計で『鑑定』してみると——。

【七色鳥】
 七色の羽を持つ美しい鳥。
 雌は地味な茶色。
 卵は美味で、肉は食用になる。

「…………」

 最後の一文は、必要だろうか?
 引きつった笑みで考えるが、とりあえずこれは……雌のようだ。
 七色の羽根らしきものは見当たらないので。
 いや、それよりも……。

「ショコラ! 怪我はないか⁉︎」
「きゅうい!」

 ショコラを抱き上げて、体中をチェックした。
 どうやら怪我はないらしい。
 安堵の息を漏らして、その場に座り込む。
 すると……。

「ん? なんだこれ?」
『なんだ?』

 ショコラの頭の上に何か出た。
 腕時計の、ジークが映るウィンドウのようなもの。
 全くもって難解な、文字化けしたような文字のようなものと、複数のドラゴンの絵のようなものが並ぶ。
 しかし、ジークに見せても『見えない』と言われる。

『……ふむ、もしかしたら……。面白い、通訳魔法のデータを送ってやるよ。腕時計に向かって『通訳魔法展開』と言ってみろ。俺の興味本位からだからサービスしてやる』
「え? あ、ありがとう?」

 通訳魔法なんてものがあるとは、それは驚きだ。
 では、と息を吸い込み、腕時計に向かって言い放つ。

「通訳魔法展開」

 ヴン……。
 まるでPCが立ち上がる瞬間のように、文字化けが消えていく。
 そこに書かれていたのは……。


『ベビードラゴン、ショコラのレベルが上がりました』
『進化先を選択してください』

「…………。し、進化……?」


しおり