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第60話 ドキドキ★お料理行進曲(デスマーチ)

 調理台の上に置かれた銀色のスティックハンドブレンダーとそのアタッチメントがピカピカと光を放つのを、マッコイとサーシャは興味深げに見つめた。その横で、アリサも|爛々《らんらん》と目を輝かせていた。
 楽しげな彼らとは裏腹に、死神ちゃんは良からぬことが起きる気しかせず、げっそりとした顔で肩を落とした。



   **********



 死神ちゃんが共用のリビングに顔を出すと、マッコイがウキウキとした調子で〈お知らせ掲示板〉に何やら張り紙をしていた。死神ちゃんは飛行靴でふよふよと浮かび上がると、その内容を見て顔をしかめた。


「……何だ、俺のレプリカと試作銃の第三回目テストの知らせか」

「やだ、|薫《かおる》ちゃん。ちゃんと下まで見てよ」


 マッコイは死神ちゃんに笑いかけると、張り紙の下の方を指差した。そこには〈スティックハンドブレンダー体験会のお知らせ〉と書いてあった。
 〈アイテム開発・管理部門〉では冒険者向けのアイテムだけではなく、裏世界で使用される品々も作成している。今回のこの〈スティックハンドブレンダー〉はダンジョン用ではなく、裏世界専用アイテムとして開発されたもので、調理関係の部署の効率化を図るために導入される予定だそうだ。なお、お料理好きの社員のために一般販売を行うことも検討がなされてはいるという。そこで、最終調整のためのモニタリングと〈購買層がどれだけいるのか〉という調査を兼ねて体験会を開催するのだとか。


「天狐ちゃんが泊まりに来るようになって、アタシ、よく料理するようになったじゃない?」

「おう、おかげさまで、いつもうまい飯が食えて、俺も嬉しいよ」


 死神ちゃんがニコニコと笑ってそう言うと、マッコイは照れくさそうに謝辞を述べた。そしてもじもじとしながら話を続けた。


「そうやって手料理を喜んでもらえたのって、アタシ、初めてで。すごく嬉しくて、幸せだなって思ったら、もっとお料理がしたいと思ったのよ。――でね、こういうのがあると便利だし、場所も取らないから|寮《うち》のミニキッチンでも使いやすそうだなって」

「じゃあ、販売開始されたら、俺、買おうか? その代わり、これからもいろいろと作ってくれよ。お前が作る飯もおやつも、どれも本当に美味いから――」


 死神ちゃんがさらりとそう言うと、マッコイは顔を真っ赤にした。何故恥ずかしがっているのだろうと思い、死神ちゃんは話途中で言葉を切って顔をしかめた。すると、マッコイは勢い良く首を横に振った。


「駄目よ、駄目、駄目。その気持ちだけで十分嬉しいから、買ってくれなくて大丈夫」

「いや、でも――」

「それに、買うなら寮の経費で、備品として買うから」


 恥ずかしげにまごついていたマッコイは、急に真顔になってそう言った。死神ちゃんは呆れ顔を浮かべると、低い声でボソリと返した。


「意外とちゃっかりしてんのな」

「みんなでピザパーティーをしたときに、お料理サークルを寮内で作ったのよ。それ以前に、これからも〈天狐ちゃんのお泊り〉は定期的にあるから。何が何でも、絶対に経費で落とすわよ。――まあ、そんなことは置いといて。この体験会、良かったら薫ちゃんも一緒に行かない? 見学だけの参加も全然OKだし、作ったものはみんなで食べるんですって」


 ちょうど死神ちゃんも、その日は非番だった。美味しいものにありつけると聞いて、死神ちゃんは二つ返事で了承した。――しかし、それが|地獄の行進曲《デスマーチ》の始まりになろうとは、死神ちゃんは知る由もなかった。



   **********



 体験会当日、社内中のお料理好きがたくさん会場に集まった。誰も彼もが新作のハンドブレンダーに興味津々で、実物を手にとって眺めたり取扱説明書を熟読したりしていた。会場で鉢合わせたサーシャとキャアキャア言いながら楽しそうにしているマッコイを眺めながら、死神ちゃんは横にいた天狐に声をかけた。


「珍しいな。お前が直々にこういう会に参加するだなんて」

「ふっふっふっ。かような〈美味しい催し〉を、わらわが見逃すはずがなかろう!? しかも、マッコが参加するとあってはの。マッコの料理は本当に美味しかったからの、食べたいに決まっておるじゃろう!?」


 得意気に胸を張る天狐に笑顔を向けつつ、死神ちゃんは視線をマッコイ達へと戻した。そして、凄まじくぎょっとした顔で固まった。視線の先のマッコイも同じような表情で固まっており、不思議に思った天狐が死神ちゃんとマッコイを交互に見ながら首を傾げた。


「お花、一体どうしたのじゃ? マッコも同じような顔で固まっておるのう。何か、問題でも起きたのかえ?」

「起きた。凄まじい問題が起きた。やばい、すごく帰りたくなってきた」


 死神ちゃんは、正確にはマッコイではなく〈その隣にいる者〉を見て固まっていた。それに気がついた天狐は、首を逆方向に傾けて不思議そうに眉根を寄せた。


「そういえば、アリサ、〈料理は好きだけど、予定が合わない〉と最初は言っておったのに、お花が参加すると知って急に参加を決めておったのう」

「つまり、俺が参加しなければ、あいつも参加しなかったというわけか……」

「でも、|何故《なにゆえ》、マッコはアリサに話しかけられて頬を引きつらせておるのじゃ? お花も、何故――」

「いいか、てんこ。自分の身は自分でしっかりと守れよ。危ないと感じたら、攻撃行動に出てもいいから」


 死神ちゃんは天狐の言葉を遮ると、まるで言い聞かせるかのような口ぶりでそう言った。死神ちゃんがいつになく真面目な顔付きであることに、天狐は不思議に思いながらも頷いた。

 そうこうしているうちに、調理参加者が三人一組となって用意された調理台へと散っていき、楽しいお料理タイムが始まった。ハンドブレンダーは一台で七役もこなせる優れものだそうで、どのグループからも感嘆の声が上がった。しかし、一組だけ雲行きの怪しいグループがあった。――マッコイのグループである。
 マッコイはサーシャとアリサとの三人でグループを組むことになった。ブレンダーの使用手引き付きのレシピ集にはスープ類やおかず類、スイーツ類だけでなくパンのレシピも載っていた。それを見て、彼らは一通りのものを分担して作ってみようと決めたらしいのだが、早くもアリサがやらかした。

 ブレンダーのアタッチメントを替えることによってフードプロセッサー的な使い方ができるだけでなく、粉ふるいなどもできるようで、マッコイとサーシャはサラサラになっていく小麦粉に歓心の眼差しを向けていた。その横で、アリサが何やらゴリゴリという激しい音を立てながらビシャビシャと何かを飛び散らせていた。その音にぎょっとしたマッコイは慌ててアリサに声をかけて、彼女の動きを止めさせた。


「ねえ、何で、普通のボウルを使ってるのよ」

「だって、このブレンダー、肉塊からミンチが作れるんでしょう?」

「そうだけどもね、それ専用のアタッチメントがあるでしょう? 何でそれを使わないの?」

「え? ミンチになれば、何でもいいでしょう?」

「そんなわけないでしょう! 周り見てみなさいよ! めちゃめちゃ飛び散っているじゃないの! それに、何かあったら危ないでしょう!? 下手したら、肉塊じゃなくてアンタがミンチになるわよ!」


 アリサが渋々頷いて専用のアタッチメントを見繕い始めたのを確認して胸を撫で下ろしたマッコイは、再び自分の作業へと戻っていった。そして、細切れの玉ねぎが隣から飛んできて頬にピシピシと当たるのに溜め息をつくと、彼はアリサに再び声をかけた。


「だから、ちゃんと専用のアタッチメントを使って! ていうか、お肉! なんで途中で諦めてるのよ!」

「だって、どれが専用のものなのか、よく分からなかったんだもの」

「ちゃんと説明書を読んで! どうしてIT製品は裏ワザまで熟知して使いこなすのに、電化製品はそんなに雑なの! お願いだから、せめて説明書を読んで!」


 やり手で通っている統括部長がガミガミと怒られて不服そうに口を尖らせているのを、どこのグループの者も呆気にとられて見ていた。既に天狐も表情を無くしていて、彼女は死神ちゃんのほうを見ることもなくポツリと言った。


「何て言うか、〈だいなみっく〉じゃの……」

「いや、そこは別に、フォロー入れなくていいから。正直に大雑把って言っていいから」


 死神ちゃんも、天狐のほうを見ることなく言葉を返した。死神ちゃんと天狐の視線の先では、珍しく苛立ちを表情に出しているマッコイがアリサに代わって肉と玉ねぎの下準備を行っていた。


「ねえ、マコちゃん。この前の海水浴のときにも、アリサちゃんが鉄板を一枚駄目にしていたけれど。まさか――」

「その〈まさか〉よ。危険と判断したら、遠慮なく防御魔法を張ってちょうだいね……」


 サーシャが表情を暗くしてマッコイにひそひそと声をかけると、アリサのためにハンバーグの準備を行っていたマッコイが苦い顔で返した。サーシャは「えっ、防御魔法……?」と呟くと、頬を引きつらせた。
 気を取り直したマッコイとサーシャは「液体もこんなに滑らかになる」などと言いながら、楽しそうにスープを作っていた。その背後で、アリサは玉ねぎを炒めていた。しかし、飴色を目指して炒めているようなのだが、それはあからさまに焦げていた。そして粗熱がとれる前にミンチ肉の中に玉ねぎを投入し、調味料で味付けをしていたのだが、どうやらその調味料のチョイスも正しくはなさそうだった。


 
挿絵



 滞り無く調理が進む中、アリサが「私ももっとブレンダーを使いたい」とこぼした。マッコイはしばし悩むと、ケーキに使うクリームを彼女に作ってもらうことにした。〈ただ泡立てるだけ〉なら、アリサでも安全に行えるだろうと思ったのである。アリサは喜々として、ブレンダーのアタッチメントを泡立て用に付け替えた。それを見て、マッコイはホッと胸を撫で下ろした。
 アリサは一生懸命、生クリームを泡立てた。不器用な彼女はやはり周りをベシャベシャに汚していたが、今度こそ安全に作業をしている彼女を怒るものは誰一人としていなかった。むしろ、皆が皆、安堵の気持ちで彼女を見守っていた。しかし――

 死神ちゃんが表情を凍らせて身を乗り出すのと同時に、死神ちゃんの異変に気がついたマッコイがすかさず動いた。そして、死神ちゃんが「サーシャ、避けろ」と叫ぶのと同じタイミングでマッコイがサーシャを突き飛ばした。
 綺麗な弧を描いて落ちてきたブレンダーは、マッコイの首筋に直撃した。そしてそのまま彼の体を貫通すると、ブレンダーは床でガタガタと暴れまわった。貫通できなかった生クリームで首元をべったりと汚したマッコイは静かにブレンダーを押さえつけてスイッチを切ると、サーシャを心配そうに見つめて言った。


「サーシャ、大丈夫? 怪我してない?」


 顔を青ざめさせて静かにコクコクと頷くサーシャにニコリと笑うと、マッコイはそのまま後ろをゆっくりと振り返った。しかし、振り返った彼の瞳からはサーシャに見せていた暖かさは完全に消え失せていた。


「えっと、あの、ごめ――」

「何で、ブレンダーが空を飛ぶの」

「え?」


 心配顔でおどおどとしていたアリサが〈理解できない〉と言いたげに口を閉ざすと、マッコイは完全な怒り顔で繰り返した。


「何で! ブレンダーが! 空を飛ぶの!!」


 アリサは押し黙ったまま、やはり〈理解できない〉という表情を浮かべていた。そして眉間にしわを寄せると、はっきりとした口調で当然とばかりに言った。


「いや、飛ぶものでしょう?」

「そんなわけないでしょう! 直撃したのが|死神《アタシ》じゃなかったら、大惨事になっていたわよ! ねえ、一体どういう使い方をしたら、ブレンダーが宙を舞うわけ!?」


 怒り狂うマッコイに、アリサはいまだ〈理解できない〉という顔を向けていた。天狐はそんな彼らを呆然と見つめながら、ポツリと呟いた。


「〈ぶれんだあ〉もやはり、武器だったのじゃな……」

「いや、そんなわけないだろう」

「今日のアリサを見て、わらわはと確信したのじゃ。――料理器具というものは、総じて武器なのじゃとのう」


 死神ちゃんは渇いた声で力なく笑うと、ぐったりと肩を落とした。




 ――――後日、試作武器のテスト会にこのブレンダーも〈剣〉扱いでお目見えしたという。さすがの死神ちゃんもマッコイも、苦笑いすら浮かばなかったそうDEATH。

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