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第61話 死神ちゃんと死にたがり②

 死神ちゃんは〈|担当の冒険者《ターゲット》〉の背後からそろりそろりと近づいていった。そして、モンスターを前に膝をついた聖騎士と思しき女の突然の|痴《し》れ|言《ごと》に、死神ちゃんはビクリと身を縮こまらせた。


「騎士の名折れ! くっ、殺せええええ!」


 彼女はそう叫びながら勢い良く立ち上がると、目の前のモンスターを力の限り叩き切った。そんな彼女に、死神ちゃんは思わずツッコミを入れた。


「殺せって叫びながら殺しに行くって、もはや何が何だか分かんねえよ!」


 女は死神ちゃんのほうを振り向くと、笑顔で顔をほころばせた。そして死神ちゃんに駆け寄ると、死神ちゃんを抱き上げて嬉しそうにクルリと一回転した。


「うわあ、死神ちゃん、お久しぶり~!」

「……お前、俺が死神だと理解してて自らとり憑かれに来るとか、馬鹿か?」

「ハッ、しまった! くっ、殺――」

「いや、だから、それはいいから」


 死神ちゃんは呆れて目を細めると、聖騎士の額にチョップをお見舞いした。すると彼女は死神ちゃんを抱きかかえたまま「ひどい~」と言いながら瞳を潤ませた。
 まるで死にたがっているような台詞が口癖の彼女――通称・くっころ――の腕から解放された死神ちゃんは首を傾げさせると、彼女を見上げて不思議そうに言った。


「この前みたいに、職場でのストレスを抱えてやって来たっていう風には見えないんだが、もしかして冒険者業一本に絞ったのか? それとも、会社でのセクハラはなくなったのか?」

「ううん、あの馬鹿息子、まだ息してるよ。セクハラもエスカレートしててさあ、もういっそのこと錬金術士にでも転職して、薬のアレコレを勉強しようかなって思うくらい」


 嫌悪感たっぷりに顔をしかめたくっころは、少し拓けた場所にやってくると壁にもたれかかるようにして腰を下ろした。そしてポーチから軽食を取り出すと、半分に割った片方を死神ちゃんにお裾分けした。
 死神ちゃんはそれを受け取りながら、首を傾げさせて彼女が続きを話すのを待った。すると彼女は暗い笑みを浮かべながらくぐもった声でボソリと言った。


「どうすれば、アシがつかない形で|殺《や》れるかな……。錬金術士の扱う毒なら、上手いことやれると思うんだよねえ……」

「それ、ダンジョンの外でやったら普通に犯罪だろ」

「やっぱそうだよねえ!?」


 死神ちゃんが呆れ口調でそう言うと、彼女は盛大にがっかりとしながらうなだれて頭を垂れた。死神ちゃんはスコーンをかじりながら、眉根を寄せて言った。


「ていうか、どうせ錬金術士の薬の知識を活かすなら、暗殺じゃなくて転職活動にでも活かせばいいじゃないか。例えば、薬剤師とかさ。――ところで、このスコーン、美味いな」


 死神ちゃんはそう言うとスコーンを再び口に運んだ。心なしか嬉しそうにもぐもぐとスコーンを頬張る死神ちゃんにニヤリとした笑みを向けると、くっころは隣に座る死神ちゃんに少しだけ身を寄せた。


「それね、私が作ったんだよ」

「へえ、すごいな。お前、転職するなら調理系とかもいいんじゃないか? それで〈冒険者としての経験を活かして〉っていうなら、錬金術士よりも使用人のほうがいいかもな」


 聖騎士はより一層ニヤニヤとすると、もったいぶって「実はね」と言った。死神ちゃんが首を傾げると、彼女はデレデレとした浮ついた表情でもじもじとし始めた。


「あまりの社畜っぷりに私生活がカッスカスに乾燥しきって、セクハラのストレスを発散しにこんな泥臭い場所でモンスターを相手に剣を振り回してるのも相まって〈女子らしさ〉を失いかけていたこの私に、このたび春がやってきまして! カッスカスだったのが今、とても潤っておりましてですね!」

「ああ、うん、そう……。それなのに、どうしてまたダンジョンなんかに――」


 くっころのハイテンションに気圧された死神ちゃんは、少しばかり身を仰け反らせて頬を引きつらせた。彼女はそんな死神ちゃんを気にすることもなく、両頬を包み込むように手のひらを宛てがって身をくねらせた。


「どうせ転職するなら、いっそのこと〈永久就職〉したいなと思いまして! そう思って、今、絶賛お料理の勉強中なのよ! でね、先日、使用人が冒険者職として実装された際に、調理器具も算出されるようになったでしょう? その中に〈ハンドブレンダー〉っていうものがあるっていう噂を耳にしてね」

「もう噂になってるのかよ、早いな……」

「それがあれば、どんな料理でも一流に作れるようになるんでしょう? そんなの、絶対に欲しいじゃない! 私、ハンドブレンダーを手に入れて、まだ見ぬ未来のお姑さんとの戦争に勝ちたいのよ!」

「えっと、ちゃんと料理に使うよな? それは……」


 死神ちゃんが表情を固めてそう言うと、くっころは真顔で「当たり前でしょう」と答えた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、溜め息とともに疲労を吐き出した。

 そんなわけで、彼女は噂を頼りにダンジョン探索を進めていたらしい。ハンドブレンダーは下層に潜らないと手に入らないらしく、特に仲間のいない彼女がどこかしらのパーティーの〈下層探索〉に加えてもらうためには、もう少しレベルを上げなければならないのだそうだ。だから彼女は〈他の調理器具〉を見繕いつつ、経験値稼ぎをしているのだという。
 休憩を終えたくっころは立ち上がると、死神を祓うべく一階に向かって歩き出した。しかし、少しでも冒険者としての経験値を積んでおきたかった彼女はこそこそと逃げ惑うのではなく、出会うモンスター全てと戦闘をしながら進んだ。その都度お決まりの「くっ、殺せ」を繰り返す彼女の姿を見守っていた死神ちゃんは、何度目かの「くっ殺」の際に思わずイライラとした口調で言った。


「お前、素敵なお嫁さんを目指すんだろう!? だったら、そろそろその〈くっ、殺せ!〉は卒業しようぜ! うっかりお姑さんの前でそのセリフを言ってみろよ。嫁姑戦争が凄まじく血生臭いものと化すだろうが!」

「そんなこと言っても、これが〈わたしのかんがえたさいきょうのせいきし〉なんだもの」

「それは分かるがさ、お前が今目指してるのは最強の聖騎士じゃなくて、最強の嫁なんだろう?」


 くっころは愕然とした表情を浮かべると、肩をわなわなと震わせた。そして小さな声でポツリと言った。


「そうね。不覚を取ってしまった、くっ殺―― 違う違う、そうじゃない! ……確かにそうね、気をつけなくちゃ。でも、そう言えばだけど、最強の嫁ってどんな嫁なの……?」

「お前的には、料理上手がそうなんだろ?」


 くっころは静かにコクリと頷くと、「でも、他には?」と呟くように言った。死神ちゃんは困惑の表情を浮かべると、片手を顎に当てて首を捻った。


「他ぁ? 気立てがいいとか、気遣いができるとか? あとは、一緒にいて落ち着けるとか……」

「あれね! 安心して背中を預けられるってやつね!?」

「ああ、うん、そうだな……」


 死神ちゃんは頷きつつも〈何かが違うような〉と思い苦笑いを浮かべた。しかしながら彼女は何か開眼したようで、剣の柄を力強く握り締めると眼前に現れた強敵に向かって突っ込んでいった。


「やっぱり、まだまだ私は冒険者として強くならなくちゃならないのね! まだ見ぬ未来の家族を守るのはこの私! 家族に手を出すくらいなら、この私を殺せええええ!」

「やっぱりお前はそこに着地するんだな! 分かっていたけどさ!」


 死神ちゃんは思わず呆れ声をひっくり返した。目の前では、くっころが|人間《ヒューマン》タイプのモンスターに首を撥ねられてサラサラと崩れ落ちていっていた。
 死神ちゃんは降り積もった灰と、フードを目深に被り口元を布で覆った〈|馴染みが《・・・・》|ある《・・》|料理上手さん《・・・・・・》〉の顔を交互に見つめた。そして顔をしかめると、何故か不機嫌を撒き散らしながら壁の中へと姿を消したのだった。




 ――――使用人が実装されてから、料理が趣味の街の主婦までもが冒険者としてダンジョンに来るようになったけど。婚活の一環でやって来る人もちょいちょいいるけれど。でも、彼女達が目指す〈さいきょう〉は、ここにあるものとは違う気がするのDEATH。

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