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それぞれの日常

 先程プラタから連絡が入った。どうやら拠点の構築が終わったらしい。
 これで外に出られるが、もう少し地下に籠ろうかな。あと少しで区切りがいいと思うし。
 現在世界の眼は、今居る階層の範囲内であれば修得したと言えるぐらいには上達した。
 水練の方は一応泳げる様にはなったが、他を知らないからどれぐらい泳げるのかは分からない。
 魔法開発の方は、いまいち。一応魔法は完成したが、長時間は難しい。お風呂で試しただけだが、それを基に考えると一時間継続出来ればかなりいい方。おそらく実際に使用するならその半分ぐらいが目安だろうな。
 その魔法の改善をもう少ししたかったので、それに手を加えていたところであった。もうちょっとで若干魔力消費量が改善できそうな感じなので、それを終えてからでもいいだろう。地下に籠って結構経っているから、今更急ぐ必要もないし。
 そう思って魔法の開発に注力して時を過ごす。プラタから連絡があって約一日が経過したところで、改良が終わった。

「とりあえずこんなところでいいかな」

 まだまだ完成というにはほど遠いものの、それでも区切りとしては丁度いいところだろう。そう思い、地上に出る事にした。まあその前に、ひと眠りしよう。という訳で、目を閉じる。
 次に目を開いた後、着替えたり食事をしたりしてから外に出る。その前にプラタに連絡するとしよう。

『プラタ』
『如何なさいましたか?』
『そろそろ外に出ようかと思うのだけれども?』
『では、そちらに参ります』
『うん。よろしく』

 プラタとの会話を終えると、直ぐに扉を叩く音が響く。

「どうぞ」

 誰かは訊くまでもないので、そう声を掛ける。そうすると、静かに扉が開いてプラタが入ってきた。

「御迎えにあがりました」
「ありがとう」

 プラタの許へ近寄ると、一緒に部屋を出る。それからプラタの案内で上階を目指して移動していく。
 最初に拠点が完成したとの連絡を貰った際に、プラタから転移で地上へ送るという提案を受けたのだが、自分が住んでいる場所の構造ぐらいは知りたいと思い、転移ではなく徒歩で地上に向かう事にした。
 それでも地上部の建物内までは不明だが、とりあえず地下だけでも分かれば十分だろう。まあ構造が分からないので、こうしてプラタに案内してもらっているのだが。
 上層への道は知っているので、そこまではいい。そこから先は未知の世界。
 階段を上りきると、新たな階層に到着する。自室があったのが地下二階なので、ここは地下一階だ。
 もう一つ上に行けば地上に出られるが、この地下一階は罠満載の階層らしい。
 見た目は地下二階と同じ。プラタに尋ねると、構造自体は地下二階と然程変わらないらしい。ただ、この地下一階は全体的に魔力を乱す魔法道具が組み込まれているらしいので、魔法の発現がしにくく、魔物に対しても効果があるとか。

「じゃあ、ここにフェンやセルパンが来たら危ないという事?」
「いえ。あの二人でしたら、多少弱体化するだけでしょう。それでも、居心地は悪いでしょうが」
「そうなんだ。それは影の中に居ても?」
「はい。外に出ている時よりは幾分か軽減されているでしょうが」
「ふむ、なるほどね。それならば、あまりここには来ない方がいいのかもね」
「転移装置を使う事を推奨いたします。地上にも別に設置するといいかもしれません」
「そうか。因みに、プラタは大丈夫なの?」

 移動しながら尋ねる。プラタは妖精だ。妖精も魔力の塊のようなモノだと聞いた気がするので、それを問い掛けてみた。

「問題ありません。しかし、あまり長時間は滞在したくないですね」
「そっか」
「はい。ここは魔物に限らず、生き物全般に厳しい環境ですから」
「そうなの?」
「はい。生き物は少なからず魔力を内包しておりますので、ここに居る間はそれが乱されるという事になりますから」
「そうか。だから・・・ここに居ても大丈夫なの?」
「短時間であれば問題ありません」
「そうか・・・ん? でもそうなると、この空間自体は大丈夫なの? 壁や床や天井にも魔法は組み込まれている訳だし、それらは常にその影響下に在る事になるのだけれども?」
「それに関しましては、影響を受けないように保護しておりますので問題ありません。魔力を乱す波長に連動して変動する、ここだけでしか役に立たない防壁を展開しておりますので」
「なるほど。でもそれは、それと同じ事が出来た場合は、ここの影響は受けないという事?」
「そうなります。ですが、波長は常に変化しておりますので、それを見極めるのは非常に難しいかと」
「プラタでも?」
「はい」
「そっか。ならそうなんだろうね」

 魔力にもっとも敏感な存在であるプラタがそうなのであれば、他の者では不可能であろう。
 しかしそうなると、地下一階の構造が地下二階と似ているというのが気になってくる。

「それで、ここは地下二階と同じで色々と部屋があるけれど、この部屋って使っているの?」
「兵を詰めさせようかとも考えましたが、防具に同様の防壁を組み込んだとしましても完全とは言い切れず、また盗まれた時を想定しますと、それも諦めました」
「じゃあ?」
「部屋内部はこの空間の影響外ですので、倉庫にするのが現在の第一候補でしょうか。重要なモノや食糧庫として使用してもいいかもしれません。それとも、ご主人様の居室として使用されますか?」
「いや、下の階層だけで間に合っているよ」
「そうで御座いますか。魔法道具作製の工房やその置き場、もしくは訓練部屋としてもいいかと存じますが」
「そうなの?」
「はい。この空間に漏れ出た魔法は威力が弱まりますので、新たな防壁としても機能致しますから」
「ふーむ。なるほど」

 魔力を乱すのであれば、それもそうなのかもしれない。もしもそうなのであれば、結構魅力的な提案かもしれないな。安全性はなにより重要だろうから。
 そう思い、少し考えた後に口を開く。

「じゃあ、何処か一部屋を訓練場として用意してくれる? 危険がありそうな修練や実験はそちらでやるから、第二訓練部屋として使用しようかと思うんだけれど」
「畏まりました。直ぐに用意致します。移動には転移の魔法道具を使用しますか?」
「そうだね。その方がいいかも」
「では、そちらも一緒にこちらで用意しますが、よろしいでしょうか?」
「お願い出来る?」
「御任せ下さい」

 軽く頭を下げてプラタは快諾する。今は移動中なので、地上に出た後にでも用意してくれるのだろう。急ぎではないので、ゆっくりでいいのだが。
 それにしても、プラタ特製の転移装置か。自分でも転移装置は創ったが、プラタの魔法道具であれば参考になるだろう。それも楽しみだな。

「設置場所は如何いたしますか?」
「ボクの部屋でいいんじゃない? 場所は余っているし」
「しかし、防犯面を考慮しますと、ご主人様の自室とは別の場所が良いと愚考致します」
「うーん。でも、その転移装置にも何かしらの仕掛けを組み込むんでしょう?」

 正直自室以外に置くと移動が面倒というのも在るが、そこまでしなくとも問題ないと思う。地下自体が簡単に入れないようになっているのだから、そこに入れる時点で別の場所に設置するぐらいでは防げないだろう。

「はい。ご主人様以外には使用出来ないようにする予定です」
「なら、そこまで必要ないんじゃ?」
「これは私の安心の為です。御聞き入れ願えませんでしょうか?」

 じっとこちらに顔を向けたまま、心からそう思っているという声音でそう告げられると、流石に断り辛い。というか、断るほどの理由も拘りも無いので、断る必要もないのだが。

「そういう事なら、分かったよ」
「ありがとうございます。それと、この階層に用意します訓練所には、こちらで設置します転移装置以外では出入り不可と致します」
「どういう事?」
「出入り口を無くす予定です」
「なるほど。四方を壁で囲むだけということ?」
「はい。扉や窓といったモノは一切設けません。換気につきましては転移装置を使用しますが、よろしいでしょうか?」
「ん? うん。構わないよ。別の部屋に設置するという話だったし、問題ないでしょう」

 自室であっても問題なかったとは思うが、実験で異臭でも発生してしまったら事だからね。それを思うと、別室に設置するという案になって良かった。

「では、そのように致します」
「うん。よろしく」

 丸投げではあるが、最早今更である。自分でやってもいいのだが、任せた方がプラタも安心出来るだろう。

「もうすぐ一階への階段に到着致します」
「分かった。階段の位置は下と違うんだね」
「はい。基本的には地下二階と造りは同じですが、部屋の配置や広さなどは微妙に変えております」
「へぇ、そうだったんだ。部屋の広さまでは気がつかなかったよ」

 配置が微妙に異なっているのは移動していて分かったが、部屋の広さまでは気がつかなかった。
 世界の眼でも使えたら分かったかもしれないが、ここは魔力が乱されるので、この環境で使えるほど習熟していない。
 それから少し歩いた先で、階段に到着する。
 地下二階に在る階段は磨いたように綺麗な石で出来た階段だったが、ここの階段は切り出した石をそのまま積み上げたような武骨な見た目をしている。なんとも簡素なものだが、階段としては機能しているのだから、それで十分なのだろう。
 それにそれを言ったら、地下一階と地下二階では構造は似ていても、見た目の瀟洒さが異なる。
 地下一階は地下を掘った後に形だけ整えた感じではあるが、地下二階はその後に仕上げをして軽く装飾まで施していた。この違いは、居住区かどうかなのだろうな。
 そんな事を考えている内に一階に到着する。途中で二度折り返しの在る階段だったが、そこまで長くはなかった。
 一階に上がると、石壁と木の板が張られた床が目に入る。それと目の前に頑丈そうな金属製の扉が在った。どうやら階段があるのは個室の中らしい。
 周囲を見回してみても階段以外は何も無いので、ここは階段の為に用意された部屋なのだろう。広さも大した事はなく、二人ぐらいが休憩すれば階段へ赴く妨げになると思われるほど。そして、この部屋には誰も居なかった。
 気配を探ってみれば、扉の先に誰かが立っているのが分かる。門番みたいなものだろうか?
 魔力妨害は階段の途中まで効果があった。しかし今は階上に到着しているので、ボクの位置は効果範囲外。なので、その事にも気がつけた訳だ。

「扉の先に居るのは警備の人?」
「はい。拠点の新しい住民の一人で、ここの扉を護る仕事に就いてもらっています。交代制ですので、そう長い時間立っている訳ではありませんが」
「そうなのか。新しい住民ね」

 拠点に住民というのも大袈裟な気もするが、プラタ達が築いている拠点の大きさを思えば、住民ぐらい居てもおかしくはないだろう。問題は数だが、それはおいおい判明するだろう。知りたくはないが。
 とりあえず、初の住民との接触だ。相手は人間ではないだろう。それを思えば緊張してくるが、変な印象を持たれないようにしないとな。人付き合いが大事なのは、何処の世界も一緒だろう。ましてやこの共同体で暮らす仲間なのだから、それなりに付き合いは大事だと思う。
 慣れない人付き合いに緊張しながら扉へと近づくと、プラタが前に出て扉を開けて先に外に出た。
 金属製の頑丈そうな扉が、やけに響く甲高い悲鳴を上げながら重々しく開くと、その先は廊下であった。
 木の板が床に並べられ、壁には独特な模様の陶器製の薄板が張り付けてある。天井も壁と似たような見た目。模様は違ったが。
 プラタに続いて廊下に出ると、ちらりと扉の近くに誰かが立っているのを捉える。これが視界に映っていた守衛の人か。
 守衛は身長が二メートルほど在る男性で、顔は人間と似たつくりだ。身体も同じようだが、そこに付いている筋肉の量がおかしい。
 肥大した筋肉は、こちらを威圧するかのように大きく盛り上がり、上腕だけで成人した人間の男性の胴体ぐらいある。首から下が全体的にそうなので、頭が随分と小さく見えて、とても奇妙な見た目をしていた。
 そんな小山にも思える大男が、部屋から出てきたプラタを確認するや否や慌てて平伏する。その直前に浮かべていた表情は、驚愕の他に畏怖だろうか? 随分とプラタは畏れられているのだな。
 そんなプラタの後に出ると、プラタが一度こちらに視線を向けた後に、平伏している大男の方に顔を向けた。

「丁度いい。貴方にも拝謁の栄を授けましょう」
「拝謁の栄、で御座いますか?」

 大男は平伏したまま、不思議そうに言葉を返す。プラタ以外に誰か居るのは気がついているのだろうが、顔を伏せたままなので、それが誰かまでは分かっていないのだろう。まぁ、ボクと彼とは面識がないので、たとえ顔をこちらに向けていたとしても、ボクが誰かは分からなかっただろうが。
 ・・・というか、プラタも大袈裟だな。確かにここはボクの拠点という名目で築かれているので、ここの家主はボクという事になる。しかし、そんなどこぞの王にでも会うかのような仰々しさは要らないと思うのだが。
 そう思っている間にも二人の会話は進む。

「ええ。ここに御座します方が、この地を統べるジュライ様です。特別に面を上げる事を許しましょう」
「はは! ・・・おぉ! この方が!!」

 プラタの許可に顔を上げた大男は、プラタの隣に立つボクを目にして、感動したような声を出す。そんな反応するほどだろうかと思うが、ボクが地下に居る間に何かあったのだろうか? そう勘ぐりたくなるほどに大袈裟な反応だった。

「この扉は我らが主の居住地へと続いています。これからもしっかりと扉を守護するように」
「は! この命に代えましても護ってみせます!!」

 大袈裟に頭を下げた大男に、プラタは満足げに頷いた。

「それでは引き続きここを任せました」
「御任せ下さい!」

 そう言うと、プラタはボクに先へと進むように手振りで促してから、前を歩き出す。
 大男はまだ平伏したままだが、小山のような大男が平伏していても問題なく横を通れるほどに廊下の幅は広い。
 廊下を歩きながら周囲に目を向ける。
 木の板が並べられた床や、陶器製の薄板が張られた壁や天井は変わらず。だが、壁の上部や天井に、明かりが灯る魔法道具が一定の間隔ごとに設置されている。
 今のところ廊下に窓や採光用の隙間なんかは見当たらないので、魔法道具の明かりだけが廊下を照らしている。それでも十分なまでに明るい。
 この魔法道具は周囲の魔力を使用しているようだが、それにしても明るさの割に使用している魔力量が随分と少ない。余程効率よく魔力を収集して変換しているのだろう。
 この辺りは流石はプラタの魔法道具といったところか。ボクでは少し劣った魔法道具を作製するのが精々だろう。変換効率が違うからな。
 勉強になるなと思いながら観察しつつ、プラタに置いていかれないように気をつける。
 それにしても数分ほど廊下を歩いたが、守衛以外の住民に出会わないな。建物の中には他にも誰か居るのは察知しているが、近くには居ない。それ以前に、プラタがどこに向かっているのかも分かっていない。
 廊下を右に曲がったり左に曲がったりと迷路のような道を進む。見た目も同じなので、視覚に頼っていたら進んでいるのかどうか不安に思うほど。もしかしたら同じ場所をぐるぐる回っているとさえ思うだろう。
 そんな同じ見た目の廊下をプラタの後について行きながら進む。多分出口を目指しているのだろうが、まだ続くのだろうか? 既に結構な長さの廊下だが、この建物はどれだけ大きいのか。
 それから暫く歩くと、直線の廊下に出る。奥に曲がり角が見えるが、それでも直進に結構な距離がある。

「そういえば、まだ部屋が見当たらないね」

 廊下を直進していると、奥の方に扉らしきものが目に入ってきたので、プラタにそう声を掛けてみる。

「直ぐそこに部屋がありますが、この辺りから部屋が増えてきます」
「そっか」

 建物のつくりについてもまかせっきりなので、分かっていない。
 それでも結構長いこと廊下を歩いてきたと思うのだが、何で部屋が無かったのだろうか? 何か理由があるのかもしれない。例えば・・・曲がりくねった廊下を作ったから部屋を作る余裕がなかった、とか?
 何でもいいか。今ボクがするべきなのは、建物の構造を把握する事だろう。せめて転移を使わずとも一人で地下に在る自室に戻れるぐらいには構造を把握しておきたいな。まぁ、ここまで一本道だったけれど。
 それから少し歩いた先に在った扉の前で足を止める。

「中に入られますか?」

 一度扉に視線を向けてから、こちらに視線を向けたプラタが問い掛けてくる。先程部屋の事を話したからこその問いだろう。
 その問いに少し考え、首を横に振る。部屋のつくりは多少気にはなるが、それでも部屋の中には大して興味は無い。
 ボクの答えを見たプラタは、軽く礼をして承諾した旨を伝えてくる。
 その後に歩き出すと、その先の曲がり角を曲がる。出入り口が何処かは知らないが、まだ廊下は続くよう。というか、階段すら見当たらない。上階も在るのは上に誰か居るから分かるのだが。
 まぁ、ボクはプラタに大人しくついて行くだけだ。歩く度に木の板を踏む軽い音が響くが、これは地面の上に木の板を並べているだけなのか、軋む音はしない。
 もしくは新しいからかもしれないが、それはどうでもいい事か。
 相変わらず等間隔に並ぶ魔法道具の明かりのみが廊下を照らす唯一の光源。換気もどうにかして行っているのだろうが、不思議な構造だ。まるで地下に居るような気分になってくる。
 この辺りまで来ると、扉も左右の壁に並んでいる。中には誰か居る部屋もいくつかあるので、仕事部屋か、もしくは住居なのか。
 それにしても部屋の中から気配はするというのに、廊下には誰も居ない。最初に会った大男との会話を思えば、もしかしたらプラタが規制しているのかもしれない。
 まあ今はそれよりも、何時外に出られるかだ。
 長くうねった廊下ながらも、一本道なので迷う事はない。なので、もしかしたら徒歩で来る必要はなかったかもしれないと考えてしまう。
 そこそこ長い事地下に籠っていたので、運動は大事だろう。とりあえず、そう思う事にした。
 大して会話も無く廊下を進む。前を進んでいるので、今回はプラタもこちらを向いてはいない。
 そうして歩いていると、他とは変わった扉を見つける。
 見つけた扉は周囲の扉よりもやや大きく、色は明るめ。簡単ながらも装飾が施されており、その存在を主張している。目立たせているのだろうが、この先は何だろうか?
 魔力視の視界には、この先に空洞があるのが分かる。それも他の部屋と違って、細長い感じ。この感じは・・・。

「プラタ、そこの目立っている扉の先から二階に行けるの?」

 やや魔力の流れが不自然な気がするが、それでも階段の感じに似ているので、前を歩くプラタに確認してみる。
 それにプラタは足を止めると、こちらを振り返った。

「はい。そこの扉の先に二階へと上がる階段が在ります」
「そうなんだ。なんであんなに目立たせているの?」
「口頭で説明しやすいようにです」
「なるほどね」

 確かに他と比べて異彩を放っているのだから、説明もしやすいだろう。探す方も、あれなら見つけやすい。

「二階は何があるの? 以前の説明通りに居住区?」
「はい。ですが、居住だけではなく仕事も出来るように、住む場所と仕事場が半々ぐらいです」
「そうなんだ。じゃあ、この階は?」
「罠を設置しております。他は兵舎ですから、兵士の一部がこの階に住んでおります」
「兵士は大丈夫なの?」
「問題ありません。兵士達には大体の罠の位置と種類をまず叩き込みますから。後は巡回する経路を決められた通りに進めばいいだけですので」
「そうなんだ」
「はい。それでも事故が起きた場合は自己責任です。それは彼らも理解しております」
「・・・・・・そ、そう」

 地下一階ほどではないだろうが、プラタの罠は強力なので、大抵罠にかかったら死ぬ。捕縛が目的な罠も在るのだろうが、大抵は殺しにかかっている。
 そう思えば、こうしてプラタの後をついていっているので、罠の存在に気づかないほど安全に進めているのだろう。これを一人で来ていたら、何処かで罠にかかっていたかもしれない。それに気づいてしまうと恐ろしいな。

「それで、最初に廊下に出た時に人に会ったきり、誰にも会わないんだけれど?」

 兵士が巡回しているのであれば、何処かで出会いそうなものだが。
 そう思いながら問い掛けると、プラタは不思議そうに僅かに首を傾げた。

「雑兵如きがご主人様に拝謁願える訳ないではありませんか。最初に拝謁した者はここの部隊長ですので、これから先何が在るかも分かりませんので、保険としてご主人様に御目通り願った次第です」
「え、えぇ。そうなの?」
「はい」
「別にボクは気にしないのに」
「ご主人様が寛大な方なのは存じておりますが、これはけじめですので、どうか暫し御付き合いのほどを御願い申し上げます」

 そう言うと、プラタは恭しく頭を下げた。正直ボクにはその辺りはよく分からないが、上下関係をはっきりさせる為にその地の長が気軽に人に会う訳にはいかないという事だろうか?

「そんなものなの?」
「はい。親しみやすい王というのも一つの姿なのかもしれませんが、それでは威厳が在りません。下手をすると舐められ従わない者も増えましょう。ですので、ご主人様にはこの地の王として威厳を持って君臨して欲しいのです」
「王って・・・」

 知りたくなかった現実。それでもある程度予想していたので、絶句というほど驚いてはいない。精々が困惑する程度。

「我らの主として君臨して頂ければそれで。雑事は全てこちらで引き受けますので」
「・・・ま、まぁ、それならばいいけれど、ボクは本当に何も出来ないよ?」

 情けなくはあるが、言っても無駄だろうというのは流石に学習した。とはいえ、本気で嫌がったら考え直してくれるだろうが。まぁ、そこまで言われれば考える。
 ボクは何も出来ないが、ただそこに居ればいいというのであれば、今までとやる事は変わらない。プラタが言っているのはおそらくそういう事なのだろう。

「構いません。ご主人様はただそこに御座しますだけで十分価値在る存在で御座いますので」

 軽くお辞儀した後に柔らかく笑ったプラタに、否を言えなくなる。それはボクが王になるという事が本当に嬉しいのだと伝わってくる笑みだったから。
 とりあえず、何もしないお飾りの存在で良いというのであれば、引き受けても構わないだろう。プラタにはいつもお世話になっているのだから、多少の願いは叶えてあげたいところ。

「んーまぁ、何もしなくてもいいのであれば、善処するよ」
「感謝致します」

 プラタの心からの言葉に少々苦い笑みが浮かぶが、まあいいか。少し演じる程度は覚悟しよう。
 それにしても、流石に王は大げさすぎると思うのだが、一体どれだけの規模の拠点を築いたというのだろうか? 本当に国を築いたわけではないよな・・・?
 ひやりとしたモノを背中に感じながらも、ボクは今更ながらの質問をプラタに行う。

「そういえば、ここの人達は何処から連れてきたの?」

 この建物の中だけでも結構な数が居る。まぁ、巡回などの警備の兵士達なのだから、数が多いのは当然なのかもしれないが。
 それでもここは元々無人だったうえに、巨大生物ごと迷宮都市とその住民は消されたはずなので、ここの出身者という訳ではないだろう。では、それだけの数をこの短期間に何処から連れてきたというのか。

「世界各地から連れて参りました。勿論、同意の上で移住してきた者達です」
「そう、か」

 同意の上での移住であるのならば、いいのかな? ここはプラタ達が守護しているし、他よりは安全だろうけれど。
 とりあえず、プラタ達がボクに気を遣って同意の上で連れてきたのならば、多分ボクが気にする事はないのだろう。でも、先程の大男の様子を思い出すに、恐怖も混じっていた様な? あれは純粋に畏怖とかそんな感じのやつだけだったのかな?
 んー・・・こればかりは直接様子を見てみない事には何とも言えないか。魔力視で視える者達の魔力の感じは、全体的に穏やかだとは思うのだが。
 今はプラタの言葉を信じるとしよう。それにしても、世界各地からか。

「世界各地という事は、様々な種族がこの地に集ったという事?」
「はい。全ての種族とは到底申せませんが、様々な種族がこの地に移住しております。中には海の種族も居りますよ」
「海の種族? こんな場所で大丈夫なの?」
「はい。疑似的な海を造りましたので」
「海を、造った? ・・・どうやって?」

 見た事はないが、確か海はもの凄く巨大な水溜まりという話だったはず。それもそこに住む種族がいる以上、人間界全土以上の広さが在ってもおかしくはない。
 それをここに造ったとは、どういう事だろうか? 確かに土地は余っていただろうが、水の問題もある。この周辺に豊富な水源でも在ったという事かな?
 色々疑問が湧いてくるも、海に住む種族に会えるのは楽しみではある。

「大きく深く穴を掘りまして、そこを海水で満たしました」
「海水で満たす? この近くに海が在ったの?」

 それは驚きである。もしもそうであれば、一度見に行ってみたいところ。

「いえ。魔法道具を使い、海から海水を持ってきました」
「ほぉ。それは凄い。それで海に住んでいた者達の移住は終わってるの?」
「はい。滞りなく終わり、今では街を造って首都のひとつとなっております」
「おぉ、海の首都! なんかわくわくしてくるね!」
「ご主人様の御来駕を先方に伝えておきましょう。そのうえで準備を整えさせましたら、御案内致します」
「ありがとう。でも、海の中に街ってあるんでしょう?」
「はい」
「水中で大丈夫かな?」

 まだ水中で行動出来る魔法はほとんど完成していない。開発は継続しているが、そう都合よく完成するとは限らない。であれば、長々と街を見て回るほど息が保たないのだが。
 そう思っていたのだが。プラタは問題ないとばかりに笑みを浮かべる。

「それでしたら御心配なさらずとも、こちらで水中でも行動可能な魔法道具を用意しております」
「・・・そんな魔法道具が在るの?」
「はい。対象を水中で生きていけるように一時的に作り変える魔法道具です」
「ほぅ?」

 その考えはなかったが、どういう風になるのだろうか。

「種類は幾つか御座いますが、ほとんどが疑似的なエラとして機能する魔法道具や、それに似た機能を持つ魔法道具です」
「エラ? エラ・・・確か、魚が呼吸するのに使っている器官だったっけ?」
「はい」
「なるほど。そういう方法も在るのか」

 一応知識としては在ったが、その方法は思いつかなかった。あとは水圧だが、この辺りはどうなっているのだろうか。

「それで、水圧は大丈夫なの? 結界を張るにも維持が大変なんだけれども?」
「それでしたら、魔法道具が水圧の調整も担いますので問題ありません。一時的にではありますが、魔法道具を装着した者に水生生物と同等の機能を付与する魔法道具ですので。因みに、一時的に水生生物を陸上生物に変える魔法道具も御座いますが、こちらは海の中から海の種族が出てくる場合に使用しております」
「そうなんだ。流石はプラタだね」
「恐縮です」

 ボクでは思いもよらない発想に、素直に賞賛を送る。その発想があれば、水中で行動する魔法も完成したかもしれないのにな。あとでそれを参考に考えてみるか。

しおり