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それぞれの日常2

 そんな事を思いつつ、話を終えて移動を再開させる。
 周囲より派手な二階への扉を過ぎて暫く歩くと、廊下を遮る壁が見えてきた。その壁の一部が扉になっていて、そこを開いて行き来するようだ。
 壁と同色のその扉は、取っ手に気づかなければ存在に気づけないかもしれない。
 その扉をプラタが開く。扉が動くと、ギギギと嫌な音が周囲に響いた。
 まるで錆びついているかのようなその大きな音に、扉を開けたプラタの方へと視線を向ける。するとそれに気がついたのか、扉の向こう側へと足を踏み入れたプラタが、こちらに振り返った。

「これは防犯の為の警報です。今回は事前に通知していまずのでこの音だけでしたが、この扉の音以外にも兵舎の方に通知がいっていますので、本来であれば事前に通知をしていない開閉の場合には、兵士達がここへと駆け付ける手筈となっております」
「そうなんだ」

 ここに来るまでに窓のようなものはなかったし、ここは扉以外は壁だ。二階の様子は分からないが、一階のみで考えれば、こちら側はここを通らなければ往来は不可能だろう。
 もっともここまでしているのだ、二階にも何かしらの仕掛けは在ると思うが。
 こちら側はこの壁が在るが、反対側はどうなっているのだろうか? 地下から出た後の廊下には、こちら側とは反対側にも廊下が続いていた。なので、向こう側にも何かしらあるのかもしれない。
 まあとにかく、こちら側は容易には入って来られないらしい。勿論壁もかなりの強度を有しているので、壊すのはほぼ不可能だろうが。
 説明を終えたプラタは、背を向けて歩き出す。その後を追って扉の先へと行くと、後ろで扉が自動的に閉まった。
 閉めなくていいのかとも思ったが、こういう事か。それに少し驚くが、まあこれぐらいならばそこまで驚くほどでもないか。もっと凄い魔法道具を散々見てきたしな。
 プラタの後に続いて廊下を進む。先程の扉の近くには沢山の人が集まっている場所が在ったが、おそらくあれは兵舎の一つなのだろう。確かに通知が来たら直ぐに駆けつけられるようになっている訳だ。
 それにしても、壁の先に出ると急に人が増えたな。全員部屋の中なのだが、壁の向こう側だといまいちこれが感知出来なかったので、あの壁には魔力を乱す力でもあるのだろう。
 色々と発見は在るが、今はとにかくプラタについていく事だ。多分外まで案内してくれると思うのだが。どうなんだろう? 一応外に出たいと言って案内を頼んだ訳だしな。
 まあ色々案内したい場所があるのかもしれないし、今は大人しくついて行く。
 建物内を見て回っているだけでも楽しいからな。勉強にもなるし。
 あの壁から大分離れると、廊下にも窓が設置されているのが目に入ってくる。おかげで魔法道具とは違った明るさが廊下を満たしているが、元々魔法道具でも十分明るかったので眩しいというほどではない。
 それにしても、もう昼過ぎぐらいだろうか? 外の明るさ的にはそんな感じ。長い事歩いたからな、移動だけで結構時間が掛かっている。
 という事は、今日のところはもう外には出ないのかな? 転移魔法を使えば、翌日に続きから直ぐに始められる。本当に転移魔法は便利なものだ。ここでなら転移装置を設置するとかも出来るだろうし、何処かの部屋でなら確認しなくとも転移魔法を使えると思う。
 まぁ、どうするかはプラタ次第だろう。特に急ぐ用事も無いし、ここは案内人に任せるとするか。
 そう思いながら廊下を歩いていると、大きな扉が目に映る。どうやら外に出る扉のようだ。閉まっているが、緻密な装飾が施されているのが離れていても分かる。
 その扉の前に移動すると、プラタは足を止めた。

「こちらが正面玄関です」

 示したその大きな扉は、高さ二メートル以上在るようで、玄関だけ天井が高い。ここだけ吹き抜けになっているようだ。
 両開きのその扉は、両側合わせて幅が三メートル以上は在るだろう。城門とまでは言わないが、それでも家の扉にしては大き過ぎる。いや、既に建物の大きさ自体がボクの知る家ではないのだが。
 そんな巨大な玄関扉は、縁を精緻な金細工で装飾され、扉の中央付近を太めの銀色の帯が走っており、そこにも何かの絵が繊細に彫られている。その絵が何を表しているのかまでは分からないが、幾つもの場面を繋ぎ合わせているようだ。何処かの歴史だろうか?
 取っ手の部分は、銀とも金とも見える色合いをしている。光の加減で色は変わるが、薄い赤みがかった黄色といったところだろう。
 硝子の様な物は嵌め込まれていないので扉から外は見えないが、随分と豪華で立派なものだ。そこに在るだけで威圧するようでいて、気品を感じさせる存在感を放っている。
 こんな物がボクの家に在っていいのだろうかとも思うのだが、それと共にこれをどこから調達してきたのだろうかと疑問に思う。創ったという可能性も在るが、職人技のような凄さを感じてもいる。多分だが。

「これはまた凄いね」

 正直これを玄関扉とは思えないが、実際玄関扉なのだろう。何処かの拠点の門という訳ではない・・・ああ、ここは一応拠点として造ったのだったか。

「正面扉は建物の顔の様な物ですので、見栄えよく造らせました」
「造らせた?」
「はい。移住してきた者達の中に、こういった細工が得意な一団が居りますので」
「そうなんだ」

 プラタの話に頷くと、改めて扉の方に目を向ける。そこには相変わらず素晴らしい出来の細工が施された頑丈そうな扉が在った。
 威圧感と気品が備わったその扉を改めて確認した後、ふと先程のプラタの言葉を思い出して、プラタの方に顔を向けて問い掛ける。

「これが正面扉という事は、裏の扉も在るの?」
「はい。ここほどでは御座いませんが、ご主人様の御威光を知らしめるには十分な造りの扉で御座います」
「そ、そう」

 裏口が在るのは別におかしくはないのだが、そこもこんな感じに立派な扉が在るらしい。それは何というか、凄いな。もう考える事を止めた方がいいような気がしてきた。

「そちらも御案内致しますが、今は別のところへ御連れしてもよろしいでしょうか?」
「うん。それは任せるよ。ボクはこの建物の事を全く知らないからね」
「では、次はこちらへ」

 プラタの案内で廊下を歩き出す。玄関扉から先は直線で、先が霞みそうなぐらいに遠い。本当に、この建物はどれだけ広いのだろうか? おそらくだが、この建物だけで人間界の門前に展開していた駐屯地よりも広いだろう。
 廊下の道幅も何人一緒に通れるんだってぐらいに広いし、もう最初に考えていた、少し広めの家なんて跡形もない。大家族どころか、親族みんなで暮らしても余裕がありすぎるだろう。それでも顔を合わせない人とか出てくるだろうし。
 もう広さについても考えるのをやめておこう。考えるだけ無駄な事だ。在るがままを受け入れる方が精神的に楽だし。
 最近驚きっぱなしで疲れてきたので、そういう事にする。ボクの感覚と周囲の感覚が違い過ぎて、慣れるのが大変だ。それもこれも実力差がありすぎるのがいけないのだろうな。あとは視野の広さか。
 玄関扉から先は少し趣が異なっているようで、廊下に装飾が目立ち始める。
 床には絨毯も敷いてあるし、壁には絵が掛けられている。他にも廊下の端には彫刻が置かれていたり、ちょっとした細工なんかが壁に施されているのが確認出来た。
 何の絵や彫刻かは知らないが、綺麗だし見事な作品だ。芸術には疎いからそれらの価値は分からないが、なんか凄そうな感じ。
 天井や壁に設置されている明かりを灯す魔法道具も装飾が施されている。天井に何かの絵が描かれているのは、いつかの謁見の間を思い出す。
 何というか、こちらは今までと打って変わって豪奢といった感じだ。客人でももてなす場所という事なのだろうか?
 並ぶ扉も明るい色で彩られていて、見ていてわくわくしてくる様にも思えるが、個人的には今までの質素な感じが好きだな。そちらのほうが落ち着く。
 そんな廊下を歩くも、やはり誰にも会わない。それはそれで緊張しなくていいのだが、どこまで歩くのだろう。
 絨毯のおかげで足音さえ響かない静かな時間が流れる。これはこれでいいのだが、少し退屈なのでプラタに声を掛けてみる。

「ここは全体的に豪華だね」
「はい。何があるか分かりませんので、この辺りは見栄えよく造りました」

 話し掛けたプラタは、顔を横に向けて視線だけをこちらに向けながらも、危なげなく先へと進む。
 これについては見慣れたものだ。今までもこちらに顔を向けながら、森の中だろうと洞窟の中だろうと平然と歩いていたのだから。

「ここは来客向けなの?」
「その予定です。ですが、ここに通すほどの誰かが訪れるとは考えられませんので、あくまでも念の為に造っただけですが」
「そうなの?」
「はい。客人が訪れた場合は、別に造りました迎賓館の方に通す予定です」
「そんなものも造っているのか」
「はい。客人が訪れる事はそうないでしょうが、これもまた念の為です」
「そうか。色々気を配ってくれてありがとうね」

 もしもボクが考えていたら、確実にそこまで気が回らなかっただろう。

「勿体ない御言葉です」

 ボクの感謝の言葉に、プラタは幸せそうに微笑む。その反応に、いつも心の中で申し訳なく思ってしまう。ボクはそこまで大層な存在ではないのだから。
 いつかプラタ達が胸を張って自分達の主だと言えるような存在になりたいが、直ぐには無理だろう。これでも頑張っているのだが、成長は遅い。途中で兄さんの身体とこの身体を入れ替えたりしたけれど、それはいい訳にならない。
 何処かで急成長したいところだが、相変わらず発想が貧弱だしな。早くこの身体にもなじまないと。全てはそこからでもあるが。
 この身体の潜在能力は決して低くはない。これはボクの予想だが、しっかりと努力して才能を開花させれば、現在のプラタやシトリーでさえも霞むほどに強くなると思う。
 それぐらいこの身体は恵まれている。それが解るほどに力を感じるので、やはり努力とそれを扱う才能次第か。身体の能力が高くとも、その中身であるボクの才覚がそれに追いついていないというのが問題だと思うし、これはどうにかなるのかな? どうにかなると思いたいが。
 まぁ、今はそれはいいか。それは修練する時にでも考えれば。今は身体と感覚を馴染ませる事の方を考えるか。これであれば話ながらでも出来る訳だし。
 先を歩くプラタを視界に収めながら、自身の体内の魔力に意識を向ける。魔力の流れを意識しながら、それを自分の意思で早めたり遅くしたりしていく。そうして体内の魔力を掌握して、末端まで魔力を意識して行き届ける。これはまぁ、基礎も基礎だが、基礎は大事だ。
 体内の魔力を掌握出来たならば、自分の感覚の体内と実際の身体の大きさを合わせていく。
 これが直ぐに出来れば、大分感覚が馴染んできた事になるのだが、今はやや時間が掛かってしまう。早くこれにも慣れたいものだ。
 まだ感覚が馴染んでいないが、それでも世界の眼の修練などを行っていたからか、以前よりは大分よくなってきてはいる。そう遠くない内に感覚と実際の身体の大きさが合致するだろう。これが出来れば、身体中の魔力を無駄なく活用出来る。
 戦闘においても自分の背丈だけではなく、手足の長さまで把握出来ていなければ上は目指せない。勿論、得物の大きさも把握しているのは当然の事だ。
 それは何も剣士に限った話ではなく、魔法使いだって同じ事。自身の身の丈や魔力について理解しているなんて基礎も基礎だ。それこそ、基礎の確認で飛ばされる事もあるほどに出来て当然の部類。
 だが、今のボクはこれが完全には出来ていない状態。正直これはかなり不味い。まぁ、身体が変わったという特殊な状況だが、言い訳している場合ではないだろう。
 本来は長い時間を掛けて馴染ませるはずのモノではあるが、今のボクであれば問題なく出来るはずだ。
 プラタに建物を案内してもらいながら思案するも、微妙に違和感があるだけ。これは身体が変わったからだと思っていたが、違うのだろうか? そんな訳ないよな。
 廊下に設けられた窓から差し込む光は、いつの間にか月明かりになっていた。
 それだけ長い時間案内されても、未だに一階を回りきれていない。本当にこの建物はどれだけ広いんだ?
 夜になって少しした頃に、プラタがボクを広い部屋に案内する。

「ここは?」

 入った部屋は落ち着いた色合いの広い部屋で、大きな机がデンと一つ置かれていた。
 机の大きさの割には椅子が少なく、多分三十も無いぐらいだと思う。その倍在ってもゆったりと座れると思うのだが、まあいい。
 その広い部屋だが、椅子と机以外には何も無い。
 天井や壁には廊下に在った物と同じ魔法道具が取り付けられており、それらが明かりを灯しているので部屋は明るかった。
 しかし室内には誰も居ないので、ボクとプラタだけで寂しい。いくら大きな机が部屋を占領しているとはいえ、それでも半分ちょっとぐらいだ。
 部屋の中に入ったプラタは、奥へと進んでいく。その後に続くと、椅子の前で立ち止まったプラタが椅子を引いて、そこに座るように手のひらでこちらに示す。
 それに従って椅子に腰掛けると、部屋の扉が開いてシトリーが入ってきた。その手には大きめのお盆を持っている。

「?」

 何事かと思っていると、シトリーが近づいてきて、いい匂いが室内に漂う。どうやら食事を持ってきてくれたようだ。
 それに気がつくと、思い出したようにお腹が鳴る。そういえば何も食べずにずっと歩いていたんだったな。
 食事を持ってきてくれたシトリーは、お盆の上の食事を目の前の机に並べてくれる。全体的に量は少ないが、久しぶりにご飯を見た。
 ご飯の他は、肉を甘辛く焼いた物と野菜の炒め物。・・・ん?

「野菜?」

 何処かで調達しないとなと考えていた物を目にして、思わずシトリーの方に目を向けた。

「移住してきた種族から調達してきたんだよー。勿論ちゃんと対価を払ってね」

 悪戯っぽく笑ったシトリーは、最後にそう付け加えて片目を瞑る。

「そうなのか。最近肉ばかりだったから、こうして野菜が在るといいね」
「食用の野菜の栽培も始めております」

 後ろに立っていたプラタが、ボクの呟きにそう答えた。それに、「そうなのか」 とそちらに顔を向けると、「はい」 とプラタが短く肯定する。言わなくとも栽培を行ってくれているのはありがたい。
 食卓には他にも赤色の甘い果実や、薄緑色のお茶が並んだ。
 二人にお礼を言った後、早速それを食していく。
 まずは久しぶりのご飯を口に運ぶ。まだ温かく、出来て間もないのだろう。
 やや硬めに炊かれたそれは、噛む度に程よい弾力を返してくれる。粘り気は少ないようだが、甘みが割と強い。噛んでいるとその甘味がより強くなっていき、人間界で食べたご飯よりもこちらの方が美味しい。
 よく噛んで存分に味を楽しんだ後、次は肉へと箸を伸ばす。
 肉は何の肉かは分からない。ここに辿り着くまでにも様々な種類の肉を狩ったし、それに加えて他所から持ってきたのであれば、ボクでは判りようがない。
 食べられれば何の肉でもいいかと思い、持ち上げたそれを口に運ぶ。直ぐに甘辛い味付けが口の中に広がる。と同時に、肉を噛むとそれに負けない肉の旨みが溢れ出てきた。加えて香辛料のやや苦い辛味が味を引き締めてくれる。
 それを感じて思わずご飯に手が伸びていた。肉が口の中にまだ残っているが、構うものかとご飯を一口食べる。
 ご飯に肉の味が絡まり、夢中で咀嚼していく。まさに至福の時だが、自分ではこうは上手く作れないんだよな。何事も精進ということか。
 頭の片隅にそんな考えを浮かばせながら食事を進めていくと、あっという間にご飯と肉が乗っていたお皿が空になっていた。ついでに野菜炒めも。
 いつの間にと思って思い返すと、確かに自分で食べていた。火を通してなおシャキシャキとした野菜の食感が楽しく、味は全体的に苦めだが、噛んでいると野菜の甘さがほんのりしてきて、これはこれで美味しかった。
 最後に甘い果実を口にした後、苦味が強いお茶で口の中を洗い流す。
 お腹も適度に膨れ、それで食事は終了。だが、美味しかっただけにやや物足りなさを感じた。しかし、それぐらいがちょうどいいのだろう。何となくそう思った。
 そうして満足して食事を終えると、食器を回収したシトリーが部屋を出ていく。
 そのまま少し食休みを挿むと、落ち着いた頃合いでプラタが話しかけてくる。

「如何でしたでしょうか?」
「美味しかったよ。あれは誰が作ったの?」

 今までのことを考えれば、プラタ達四人の誰かではないだろう。もしもそうであれば、旅の途中でボクの下手な調理を見かねて、代わりに調理してくれたと思うから。
 であれば、新たな住民というやつだと思う。食材もそこから仕入れたようだし。

「移住してきた者達です。その中でも特に信用の置ける者から料理が上手い者を選んで調理させました」
「そうなんだ。美味しかったし、料理も人間界の物に似ていたけれど、人間と似た食事や味覚の種族なの?」
「はい。採れる食材が人間界に似ていますので、それで近いのかと」
「へえー、なるほど。世界は広いようでいて案外狭いのかもね」

 意外なところで人間界との共通点を見つけて、少し驚く。人間界の外は完全に別世界と思っていた部分が在るから、共通点を見つけて安堵したような、拍子抜けしたような、微妙な気分だ。でも、悪くない気分だとは思う。これも新しい発見な訳だし。

「そうかもしれません。ですが、様々な種族が暮らしていますので、きっとご主人様の御気に召します事柄もあるかと」
「だといいな。ありがとう。それで、これからどうするの?」

 もう夜だ。まだ夜中というほどではないだろうが、それでも外はすっかり暗くなっている時間。以前までの身体であればそれも気にならなかったが、今の身体だとそろそろ寝る事を考えなければならない時間だ。
 それでもまだ少しぐらいは大丈夫なので、プラタが何処か案内したい場所が在るというのであれば、そこへ行ってもいいだろう。それに、休む場所を確保しているというのは安心感がある。

「今日のところはもう時間も遅いですので、屋敷の案内はここまでに致します。ですので、これから地下へと繋ぐ転移装置を設置致します部屋へと御案内致します」
「ああ。よろしく」

 席を立つと、プラタの案内に従って部屋を出て廊下を移動していく。
 転移装置を設置するという部屋は、先程の広い部屋からそう遠くない場所に在った。

「どうぞ」

 扉を開けた後、プラタは横に逸れて手振りで入室を促す。
 それに従い中に入ると、そこは先程の広い部屋とは打って変わって、こじんまりとした部屋であった。
 一人分の寝床でも用意すれば埋め尽くされそうなほどに狭いその部屋は、兄さんの部屋を思い出して何だか落ち着く。寝転がっても手足は何とか伸ばせそうだし、これぐらいの部屋でいいんだよな。
 そんな事を考えていると、背後の扉が閉まる音が小さく響く。

「では、ここに転移装置を設置致します」

 そう言うと、プラタは何処からともなく転移装置を取り出す。四人で拠点について話し合っていた時もだが、これはどうやっているのだろうか? ボクが以前使えた情報体とは違う気がするが、もしかして以前に思いついたまま頓挫した、外部での保管と似たようなモノなのだろうか?
 しかしあれは魔法だったからな。流石に物を保管するとなると、何処か倉庫にでも置いておいて転移で呼び出すという方法しか思いつかない。今この場で創造しているという訳でもなさそうだしな。
 ボクがプラタが何処からともなく物を取り出した方法について思案している内に、プラタは転移装置を部屋の中央辺りに設置した。
 設置した転移装置は、一メートル四方の足場を柵で囲んだような物で、柵の中に青白い光を放つ楕円形の宝石の様な物が浮かんでいる。その宝石は足場よりは一回りか二回りほど小さいが、それでも十分大きいだろう。
 転移装置には決まった形はないが、光の球というのはジーニアス魔法学園のダンジョンで共通して転移装置に取りつけてあったな。
 プラタに今日の案内のお礼と別れの挨拶をしてから、その転移装置の光る球体に触れる。実際は柵に触れても足場に触れても転移できるのだが、ついそちらに触れてしまった。
 直ぐに襲ってくる一瞬の浮遊感と意識の漂白。それが収まり世界に色が戻った時には、そこは地下であった。

「ここは・・・ボクが創った転移装置、か・・・・・・ははっ」

 現状を確認しようとして振り返ると、そこには色とりどりの箱を積み重ねた様な見慣れた転移装置が在った。
 それはボクが創って地下に設置した転移装置だが、それと対になる転移装置は背嚢の中。その背嚢は、今回は自室に置いたまま。
 いや、それはいいのだが、問題はそれ以外の転移装置でこの転移装置に繋げた事。
 これでも対となる転移装置以外とは繋がらないように魔法を組み込んでいる。防犯上当然の処置だが、プラタはそれをあっさりと通り抜けたという訳だ。
 これには乾いた笑いしか起きない。本人にはそんな自覚はないのだろうが、ホント、プラタはボクを追い込んでいくな。どれだけ頑張らねばと思って努力しようとも、それでは足りないと言われている気分だよ。

「いや、実際頑張らなければならないのだけれどもさ」

 多分、予想以上に疲れているのだろう。でなければここまで惨めな気分にはならないと思うから。・・・明日も在るのだ、今日はもう、さっさと寝るに限るな。





 翌朝目を覚ますと、伸びをして一息つく。
 気分はそこまで優れないが、それでも悪くはない。
 今日は昨日の続きで上の建物内の案内をプラタにしてもらうが、時間を決めていなかったので、気分転換も兼ねてとりあえずお風呂に入るとするか。昨日は入らなかったし。
 それにまだ朝も大分早い。少しお風呂に入るぐらいの時間は在るだろう。
 背嚢から着替えを取り出してお風呂に向かう。毎度脱いだ後に魔法を使って服を綺麗にしているが、それもたまに面倒に思えてしまうので、洗濯物を綺麗にする為の魔法道具でも創ろうかな? 入れると自動的に魔法が起動して、投入した洗濯物を綺麗にしてくれる魔法道具。

「うーん。魔法で綺麗にするのは簡単だけれども、それは自分でも簡単に出来るからな。それであれば、水で洗ってみるのもいいが・・・それならお風呂場で洗えばいいか。普通に魔法で綺麗にする魔法道具でいいや」

 考えるのが面倒くさくなって、適当に籠の形をした魔法道具を創る。あとはそこに脱いだ服を放り込めば、勝手に綺麗にしてくれるはずだ。
 という訳で、今し方脱いだ服を床に置いた籠に入れてみる。そうすると、籠に服の端が入った瞬間から魔法が起動して、中に入った服を綺麗にしていく。
 次々放り込んでいくと、全てが綺麗になるまで魔法は起動し続ける。

「出来はこれで十分かな」

 入れた服を綺麗にするだけなので、特に苦労はしない。仕組みも単純なので失敗もそうそうしないが。
 服が綺麗になったところで、勝手に魔法の起動が終わる。全ての服を綺麗にするまで数秒は掛かったが、まあ十分だろう。これからお風呂に入る訳だし、もっと時間が掛かっても問題ないのだから。
 とりあえず綺麗になった服はそのままに、浴場に入る。
 時間の指定はしていないが、プラタを待たせていると思うので、軽くお湯を浴びる程度でいいだろう。
 そう考え、入って直ぐの桶を手にして浴槽に近づく。思えばここにも慣れたもので、途轍もなく広い浴室だというのに、今では普通に使えている。
 もっとも、広い浴場なのだが、使用しているのはかなり限定的な部分のみ。こればかりはしょうがないだろう。大きく使った時など、水練で使用した時ぐらいだ。
 おかげで溺れないぐらいには泳げるようになったが、やはりそんなに広く使う機会はそうそう無い。一人で入るのは贅沢だが、勿体ないな。
 身体を洗って少し浴槽に浸かった後、直ぐに脱衣所に戻る。その後に服を着て、籠に入れたままの服を回収する。

「・・・籠はこのままでいいか」

 服を回収した後の籠を見詰めて一瞬考えるも、そのままにしておく事にした。他に使用するところも無いし。
 脱衣所を出て綺麗にした服を仕舞うと、念のために転移装置の片割れを取り出す。
 用意を済ませてから自室を出て、更に下の転移装置の在る地下三階へと階段を使って下りていく。
 昨日は下の転移装置に転移した訳だし、おそらくもう一度転移装置を起動させると前回転移装置を起動させた場所に戻ると思われる。というか、あれはプラタの転移装置なのだから、それぐらいは出来るだろう。

「・・・・・・」

 未だに思うところは在るが、それは詮無い事だ。気にするだけ無駄だろう。
 それよりも、さっさと転移装置のところへ行って起動させないとな。プラタの事だ、既に待っている可能性が高い。
 転移装置の前に到着すると、一応目的地を確認してみる。といっても、繋がっている方角を視てみるだけだが。
 本体といえばいいのか、大きい方の転移装置からだとその線の確認が出来る。これを弄れば転移先を元の片割れへと戻す事が出来るのだが、今回はその必要はないのでそのまま起動させる。
 というか、本来であれば転移先が変わるなんてこと自体が在り得ない事なんだがな。まあいい。
 転移装置を起動させて一瞬の浮遊感と意識の漂白を味わう。世界に色が戻ると、そこは昨夜訪れた部屋。そして。

「おはようございます。ご主人様」

 既に待機していたプラタが頭を下げてくる。

「おはようプラタ。早かったね」

 挨拶を返しながら、一瞬来るのが遅かったかなと思ったが、まだ太陽が昇って間もない。むしろ早いぐらいだと思う。プラタはいつから待っていたのだろうか? 気になったので、それを問い掛けてみる。

「いつから待っていたの?」
「ご主人様が御戻りになられてから、ずっとここで転移装置の守護をしておりました」
「え? っていう事は、あれからずっとここに居たって事?」
「はい」
「・・・・・・そうか。ありがとう」

 ずっと待機していた事に驚いたものの、相手がプラタだという事を思えば、納得も出来た。今までも似たような感じだったし、何だか今更感の方が大きい。むしろ何故その可能性に行き当たらなかったのか、自分の考えの浅さに首を傾げたくなったほど。
 本当に疲れているのかもしれないなと思いながらも、プラタの先導で部屋を出る。転移装置は部屋を出る前にプラタが回収していた。
 部屋を出ると、廊下を進む。

「今日は何処を案内してくれるの?」

 前を歩くプラタに問い掛ける。今回も建物内の案内で一日が終わりそうだが、今日は何処を案内してくれるのだろうか? そろそろ一階部分ぐらいは一通り回りたいものだ。

しおり