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72 方針

 話を聞き終えた私たちはひとまずカラムさんにポーションを10個ほど預けると、これからどうするかを話し合うためにリビングへと戻ったが、そこには相談をしていたはずの女性パーティはすでにいなかった。まあ、ミスラさんのイベントは現状、プレイヤーに消費だけを強いるイベントだから仕方ない。

「ウイコウさん、どう思いますか?」
「そうだね……とりあえず異界からの神託通り魔物たちは森の中央から湧いているというのは確認できた。だが、私たちを召喚した彼の望みは魔物を倒してくれということではなかったね」
「はい」

 白い顎鬚をしごくウイコウさんの言う通り、カラムさんの望みは魔物たちを退治してくれではなく、怪我した仲間を助けてほしいだった。

「でも、さっきの奴の言葉じゃねぇけど薬の効果がないんじゃ手遅れなんじゃねぇの」

 アルの言葉は残酷なようだが、この世界観の中ではむしろ当たり前の意見らしい。日本のように医療費を負担してくれるような制度はないのだから、回復の見込みもない人にひたすらポーションを使い続けることなど不可能。
 ただ今回はイベントである以上、なんかしらの解決策はあるはず。

「私はそうは思いません。ミスラさんの症状は多分ですけど、この森にしかない何かが原因だと思います。そして、そうであるなら解決方法もこの森の中にあると思うんです」
「コチさぁんの言う通りだと私もそう思います。実はこの部屋をちょっと見ただけでも、当たり前のようにいろいろな効果付きの道具があるんですけどぉ、ところどころに見たことのない素材が使われていまして生産技術も高いみたいなんですよぉ」
「そういや、外に置いてあった鍬なんかも、素材が独特で作りも悪くなかったな。鍛冶技術自体もまあまあだ。この場所ならではのものがあるっていうのはあり得るな」

 私とは違う視点でこの森の可能性を肯定するファムリナさんと親方。であるなら、森を探索しつつ素材を集めてミスラさんの治療法を探すというのが妥当か。仮に解決策が見つからなくても、集めた素材からポーションを自作すれば手持ちの分と合わせてミスラさんの生命維持に必要な分の薬は十分賄えるはず。

「どうせ助けようって言うでしょ、コォチ。そうと決まればさっさと森の探索に行こうよ」

 ミラもアルと同じで既に話に飽きてきている感がある。この脳筋どもめ。とはいえ、言っていることは正しい。イベントがどうとかは関係なく、助けてあげられるなら助けてあげたい。

「ウイコウさん、それでいいですか?」
「勿論いいとも。戦闘は私たちがしっかりとフォローさせてもらうから、コチ君はしっかりと素材を探すといい」
「ありがとうございます。それでは私は基本【鑑定眼】で周囲を見ながら動きますので、索敵はミラ。前衛は親方、両サイドはウイコウさんとアル。後衛はファムリナさんにお願いします」
「はいな」「おう」「承知した」「任しときな」「はぁい」

 
 全く緊張も気負いもないパーティメンバーの頼もしい言葉を合図に森へと入る。
だが、中に入ってみると、枝葉がかなり密集しているために昼前だというのに薄暗く感じる。幸い木と木の間隔はそれなりにあるみたいなので、移動するスペースはそれなりに確保できそうだけど、足下は膝ぐらいまでの草が生い茂っているため多少の動きにくさはある。日差しがあまり当たらないのになんでこんなに草が生育しているんだとかの疑問はあるが、そこは言っても仕方のない部分だろう。

 【鑑定眼】を使用しながら10分ほど森を歩くが、カラムさんが周辺の薬草を取りつくしたのか、採取できるようなものはない。その辺の樹木の中には雑木として伐採可能なものも混じっているが、雑木自体はまだインベントリに入っているし伐採は必要ない。

「コォチ、来るよ。前方から羽音、蟲系の魔物かな。蟲系は気配がわかりにくいんだけど、数は5ってところ」
「わかりました。ではちょっと下がって、さっき通った少し広い場所で迎え撃ちます。ファムリナさん、飛び回られると面倒ですので範囲を限定するか、地面へ叩き落してください」
「はぁい、わかりましたぁ」

 ファムリナさんがにこりと笑って頷くのを確認してから全員で素早く下がり、比較的スペースのある場所で布陣。するとファムリナさんが大きな果実をぷるんと震わせながら持っていた杖を構え、声に魔力を乗せた精霊語を紡ぐ。

『風精よ、囲い、落とせ』

 同時に木々の間を縫うようにバスケットボール大の蜂の魔物が120度くらいに広がって姿を見せ始める。黒く大きな複眼と現実ではあり得ないサイズの虫というのが少なくない恐怖感を感じさせる。現実にこんなのがいたら間違いなく逃亡一択だ。
 しかも少しは知恵が働くらしく、散開して攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。だが、こっちが黙ってその通りにさせてやる筋合いはない。すぐにファムリナさんの言葉に応じた風の精霊たちが両脇の蜂たちへ風を吹き付けて強引に中央へと寄せてくれる。
 私も【精霊魔法】は教えて貰っているのでわかるが、契約精霊でもない精霊達にあれだけの短い言葉でイメージ通りの効果を出してもらえるのはファムリナさんだからだ。私だと言葉に込める魔力も多くなる上に、長い言葉が必要となってさらに魔力効率が悪くなってしまう。それなら普通の魔法を使う方が便利なのが実情。私が精霊魔法を戦闘の選択肢として加えるには、私個人と契約をしてくれる精霊を見つけてからになるだろう。

「親方は正面、ミラは左から、アルは右から。ファムリナさんは状況に応じて弓で援護、ウイコウさんはお任せします」

 魔物たちがファムリナさんのお願いを受けた風精たちに中央へと集められ、地面へと落とされるタイミングに合わせて前衛陣を前に出す。私の仕事はないと思うが、蜂たちが倒されてしまう前に一応【鑑定眼】くらいは使用しておく。
 モンスター名は『スピンビー』でレベルは10。私ひとりだとやや苦戦するけど、このメンバーなら余裕。戦い自体はまったく問題ないだろうけど…………あれはどういうことだろう。っと戦闘が始まるので考察は後か。

「どっせい!」

 私の指示に応えて、メンバーがすっと動く。風精の風に押されて高度が下がった正面の1体にドンガ親方が戦槌を振り下ろして上から叩き潰す。
 ほぼ同時に左右に展開したミラとアルが隊列の端にいたスピンビーを倒す。ミラは素早い動きで羽を斬りおとしてから頭部刺突。アルは下からの斬り上げで器用に頭部を斬り離している。
 残り2体のうちの片方にはファムリナさんの矢が眉間に刺さり、最後の1体はウイコウさんが刺突に乗せて放った氷の針に撃ち抜かれていた。

 うん……なんというか、知ってはいたけれど私の指示なんか絶対に必要ないな、これ。でも、ウイコウさんはどんなに楽勝な戦いでも絶対私に指示を出させるんだよね。
  
<スピンビーの針×5を入手しました
 EP5を取得>

 ドロップは針でイベントポイントが5か。EPはそのままだけど、ドロップアイテムに関してはここで手に入れたアイテムは持って帰れない。最後にポイントに変換することは出来るみたいだけど、アイテムとして取得できる以上は他にも何かに使える可能性があるはずので後でいろいろ調べてみるか。

「この辺の魔物は問題なさそうだね。なにか気になることはあったかい、コチ君」
「戦闘に関しては特に……あ、でもスピンビーの鑑定結果には少し。よくわからないんですが、鑑定に【汚染】と表示されていました」
「ほう……汚染か。ミラ、アルレイド、君たちはスピンビーと戦ったことがあるかい?」

 私の鑑定結果を聞いたウイコウさんの目が興味深いとばかりに細められ、すぐに戦闘経験が豊富そうなふたりへと問いかける。

「あるわよ」
「俺もあるぜ」
「今と違うところは?」

 即座に頷いたふたりにその時との違いを尋ねると、脳筋組のふたりは首をかしげながらも遠い記憶を掘り起こす。

「そうね……感覚的だけど、前に戦ったときよりほんの少しだけ堅かったかも」
「俺は首を落としたから固さはわからなかったが、そもそも目の色が違ったぜ」
「にゃ? そうだったっけ?」
「あぁ、今日の奴らは目が黒かっただろ。あいつらの目はもっと茶色かったはずだぜ」
「うに? あぁ、言われてみれば確かにそうだったかも」

 自身ありげに語るアルに圧されてというわけではないだろうが、ミラもアルに同意する。ミラの返答には若干怪しい部分があるが、こと戦闘に関することならアルの言葉はあてになる。

「なるほど……汚染状態の魔物は普通の魔物よりも強化されていると考えていいだろうね。それにその汚染というキーワードはここで戦う上で重要な要素になりそうだ。コチ君、魔物たちが出たらこれからもなるべく鑑定をよろしく頼むよ」
「わかりました」

 ゲーム的観点から見たら、おそらく中央で魔物が溢れたことと関係してくるんだろうと思うけど、ゲームの『いろは』なんて知らないはずなのウイコウさんもあっさりそれに気が付いたようだ。

「!」
「ミラ?」

 さすがだなぁとしみじみ感心していると、ミラがいきなり三角耳をピーンと立てて背後を振り返る。どうやら何かを察知したらしい。
 
「悲鳴が聞こえる」

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