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破滅を齎す者4

 別世界に赴く事以外での次の候補は、この世界を直接見て回る事。
 オーガストは現状の世界の確認だけはしているので、現在世界で何が起きているのかは把握していた。しかし実際に目で見るとなると、また違った見え方をするかもしれないので、何か新しい発見があるかも知れない。
 それも選択肢には入るのだろうが、オーガストは少し考え却下する。幾つか顔を見せてもいいかと思える場所はあるが、必要ないだろう。
 他にも幾つか候補が浮かぶも、そのどれもを却下していく。

(何かを創ったところで意味も無し。そもそも創るモノもないからな。見たいモノも無いし、やはり別の世界に遊びに行ってみるか)

 暫く考えた後、オーガストは玉座から立ち上がった。その行動に視線が集中する。

「如何なさいましたか? 我が君」

 めいの言葉に、オーガストはそちらに目を向ける。現在めいの半身に戻っているヘカテーは、闇となってめいの半身で蠢いていた。

(最適化か)

 本来名前を与えるというのは、そこまで大事ではない。しかし、今回は幾つかの要素が重なった結果、強力な意味となってヘカテーを変化させていた。このまま世界にヘカテーという名と存在を定着させるには時間が掛かる。大体一日から三日といったところか。
 そして、オーガストが呼ぶところの最適化が済むと、ヘカテーはかなりの強者へと変貌を遂げている事だろう。おそらくめいさえも超えるほどに。

(・・・・・・愉しみだな)

 それから先の成長次第では、現時点でのオーガストに届く可能性も在るだろう。そうであれば、必要に応じて契約までしてもいいとさえオーガストは考えていた。それも支配関係ではなく、対等な立場での契約を。いつか自分を超えてくれることを願って。

「い、如何なさいましたか?」

 黙ってめいを見詰めているオーガストを不審に思っためいが、頬を赤らめながらも問い掛けた。

「いや、何でもない。それよりも、僕は次に行くよ」
「も、もうですか?」
「ああ。デスも帰ってきたようだしね」
「デス・・・ですか?」
「ああ・・・・・・そうか、めいでも視えないのか」
「え?」

 オーガストは足下に目を向けた後に、めいの方に視線を戻す。その目の動きで、足下に何かが居るという事が判る。しかし、目を凝らしてみても、めいには何も映らない。
 その事に悔しそうな顔をするめい。

「こればかりはしょうがないか。ん? ああ、今行くさ。少し待ってくれ」

 会話の途中で視線を足元に向けたオーガストは、そこに居る何かに声を掛けた。

「めいもいずれ視えるようになるさ。といっても、これはそうそうお目にかかれるものでもないから、時間は掛かるだろうがね」

 軽く肩を竦めたオーガストは、「それじゃあまたいつか来るよ」 という言葉を残して、返事も聞かずに姿を消した。
 忽然と姿を消したオーガストが立っていた場所を見つめながら、めいは思案する。

(転移でもなく、かといって私の魔法とも違う。今のは移動したというよりも、消失したとの表現の方がしっくりきますね)

 流石は我が君と、めいは創造主の姿を思い浮かべながら心の中で賞賛を送る。さきほどオーガストが行使した転移は、今のめいでは行使不可能な方法であった。

(まだまだ遠いですね・・・・・・それよりも、もっとゆっくりされてもよかったと思いますが)

 オーガストが立っていた場所を見つめながら、めいは心底残念そうな顔をする。とても寂しそうなその表情は、見ている方も悲しくなってくるほどだが、オーガストが立っていた方向には誰も居ないので、それを目にした者は居なかった。
 暫くそうしていると、めいはオーガストが言っていたデスという謎の存在について思い出す。

(あそこには我が君以外には誰も居なかったはずですが・・・)

 それでも、オーガストが何かを見ていたのは確かだろう。わざわざめい達を騙す為にそんな事をする様な人物でもないし、その理由も無い。という事は、確かにあの場にはもう一人何者かが居たという事。
 めいは考えてみるも、直ぐに判るようであればあの時に見えていただろう。手がかりも無いので、地道に探っていくほかない。
 その事に小さく息を吐くと、めいは振り返り未だに跪いたままの者達の方へと顔を向ける。

「皆大儀でした。これからも我が君の為に精進するように!」
「「「はっ!!」」」

 その場に集った者達が一斉に頭を下げる。今回集まった者達は一定以上の実力者のみ。
 オーガストにとっては取るに足らない者達だが、この世界で見れば、一人で容易く国のひとつやふたつを亡ぼせる実力者ばかり。
 そんな実力者が十数名ほど。玉座から入り口へと道を作るように綺麗に二列になって並んでいる。
 そんな者達の返答を聞き、めいはひとつ頷く。この場に居る者達は確かに強いのだが、更なる高みを目指さねばならない事は今痛感したばかり。とはいえ、現在色々準備をさせているので、それだけに集中させる訳にもいかない。
 少し考えためいだが、たとえ片手間でも並行させて事を進めるしか方法はなかった。今はせめて自分だけでも強くなればいいかと考えながら。





 郊外に偏光ガラスが並ぶ背の高いビルが在った。
 外観は洗練された様子ながらも、外からは看板一つ見当たらない。中もとても奇麗で、まだ新しいビルである事が窺える。
 そのビルには商社を中心に複数の会社がテナント契約しているが、その中の一社、七階全てを借りている会社が在った。
 幾つかのオンラインゲームを運営している会社で、最近すっかり普及したフルダイブ型のVRに対応したオンラインゲームを主に製作している。
 その会社の一室では、議論が紛糾していた。原因は幾つか在るが、一番の原因はテストプレイヤーが製作中のゲーム内から戻ってこない事。こちらから連絡しても繋がらず、最終集団の強制ログアウトも機能しなかった。
 テストプレイヤー達は現在昏睡状態で、点滴を打ったり電気治療で筋肉を維持させたりなどして何とか生命を維持させている状態。機器への電力供給も気を配らなければならず、気を抜けなかった。
 そして、この事はまだ公表されておらず、これからどう対応していくのかが現在の議論の中心になっている。

「もう彼らがゲーム内に潜って三ヵ月が過ぎたのですよ!? 外部に助力を頼むにしても、まずは公表しなければなりません!!」
「公表せずとも助力は乞えるであろう? 公表は全て終わってからでも遅くはあるまい?」
「それでは遅すぎます! それに彼らの家族などの親しい者達から何度も問い合わせが来ています。流石にもう誤魔化しきれませんよ!」
「そんなもの長期的化してるとかなんとか言って適当に誤魔化せるだろう? 元々長期の予定だった訳だし」
「長期と言いましても、当初の予定では最長で一ヵ月程度です! その三倍を超えている以上、流石にもう誤魔化しきれません!」
「だが、ゲーム内から戻ってこないというのは前例がない。そんな事を最初に起こした会社となれば、世間の評判が・・・」
「公表が遅れた方が、発覚した時に不味いかと」
「むぅ。そんなモノか?」
「はい。世間は隠蔽を嫌いますから」
「・・・しかし、まだ連絡がつかないだけだぞ?」
「その認識が間違っております。そもそも、元々は長くとも数日おきには必ず戻ってくる予定でした。それでもギリギリなのです。本来は日に何度か戻ってくるはずだったのですから。それでも念の為にと生命維持に必要なモノを用意していたので現在は何とかなっていますが、それもそろそろ苦しくなってきました。早い内にちゃんとした医療設備の在る場所に移した方がいいのは確実です。しかしそうなると、どうしても何処からか情報が漏れてしまうでしょう。そうなってから慌てて公表しては遅いのです」
「しかし・・・・・・分かった。任せよう」
「ありがとうございます!!」

 数人がかりで時間を掛けて説得して、やっとお偉方が折れたところで、その声は室内に静かに響く。

「随分とのんびりした対応だね」

 何処からともなく響いたその声に、その場にいた者達は驚き、声がした方に目を向ける。
 目を向けた先には、何処から入ってきたのか黒髪の少年が立っていた。
 その少年を確認した者の一人は扉の方に目を向けるも、開いた様子は無い。というよりも、鍵がかかっていたはずだ。鍵は限られた者しか開く事が出来ない電子ロック。
 社員証でもあるカードの他に指紋と静脈、それに加えて八桁のパスワードも必要なのだ。そのパスワードも日替わりで変わっている。
 窓も在るには在るが、一枚ガラスが嵌め込まれただけで開閉出来る物ではない。天井と壁の間に空調設備があるも、人が通れる大きさではないし、そもそも映画や小説ではないのだから、そんな場所は人が通れる様にはなっていない。
 では、少年は何処から入ってきたというのか。
 扉以外の場所に出入りできる場所は無いし、当然だが、床にも壁にも天井にも隠し通路のようなモノは存在しない。

「君は誰だ? 一体どうやってここに入った?」

 何人かが周囲の状況を確認していると、少々横柄に椅子に腰掛けている男が不機嫌そうに問い掛ける。

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名はオーガスト。ここへは壁を突き抜けて入ってきたんだよ?」

 壁を手のひらで示しながら何処か冗談っぽくそう言うも、少年の能面の様な表情は変わっていないし、声音も平坦なまま。

「オーガスト君。冗談はやめて本当の事を話しなさい。我々は大事な話をしている最中なのだ。そもそも君は部外者だろう? 君みたいな社員は見た事が無い」

 諭すようでいて詰問するような口調で問う男の横で、周囲の状況を確かめていたインテリっぽい見た目の男性は、少年の方に改め目を向けて眉根を寄せた。
 その少年は、社員であれば誰もが首から下げている社員証を所持していない。それにいくら服装が自由といっても、何処かの学校の制服みたいな服で出社する者は居なかった。
 しかし男性が引っかかったのはそこではなく、少年が身につけている制服のような服装の方。
 そのまま男性が服装を凝視していると、自分が何に引っかかっているのかに思い至る。

「ああっ!」

 当然男性が上げた声に、その場で少年を警戒していた者達が男性の方に目を向ける。

「どうした? 急に大きな声を出して」
「君、君はどうしてその服を着ているんだい? 何処かで買ったのかい?」
「おい?」

 突然の男性の変な質問に、周囲の男達は困惑の色を浮かべるも、今はそんな事に構っていられないとばかりに男性は少年へと視線を固定させている。

「いいえ。これは確か、学校の制服でしたね」
「その学校の名は?」

 ごくりと唾を飲み込んだ男性の質問に、その質問の意図を既に察していた少年は、僅かに唇と目の端を動かして口を開く。

「ジーニアス魔法学園」
「ジーニアス魔法学園? 知らん名だな。というよりも魔法学園? 今は冗談を聞く気分ではないのだが?」

 少年の返答を聞いた男は不機嫌そうにそう言うも、少年に問うた男性はすぐさまその意味を理解して、困惑の表情を浮かべながらも「ありえない」 と小さく呟いた。
 それを耳にした周囲の者達の中に少年の顔を知る者が居たようで、明らかに挙動不審に顔を動かしている。

「どうした?」

 それに隣から心配する声が掛けられると、その者は小声で言葉を返す。

「あのオーガストという少年の顔、それにジーニアス魔法学園という名と制服。私の記憶が正しければ、議題に上がっていた例のオンラインゲーム内に居るNPCの一人と同一なのです」
「そんな馬鹿な!」
「ええ。もしそうであれば、ゲーム内のキャラクターが現実に出てきた事になりますし、誰かのコスプレであれば、情報が外部に漏れている可能性が極めて高い」
「ゲーム内のキャラクターが出てくるなどそんな事がある訳ないだろう。まだそんな技術は確立されていないはずだ。それに情報が流出していたとして、わざわざコスプレして顔まで似せて訪ねてくる意味が分からない」
「それは承知しているのですが・・・」

 そう言いながら、少年の方へと窺うような目を向ける。

「冗談? 流石は現状の認識が甘い人間は面白い冗談を言う」

 少年は男の方に目を向けて、何処か馬鹿にする様にそう告げる。無表情で抑揚も無い声音だというのに、不思議とその意図が全員に伝わっていた。

「はっ! 子どもの戯言はいい。それよりも早く本当のことを話せ! 直に警備の者がやって来るぞ!」

 逆に馬鹿にする様にそう返すと、男は少年へと払うように手を振った。

「事実なんだが、まあいいか。どうせ死ぬ人間に理解させても意味ないものな」

 少年は肩を竦めると、興味が失せたと言わんばかりに視線を切る。しかしその発せられた言葉は不穏なもので、未だに少年へと馬鹿にする目を向けている男以外は状況を理解して顔を青ざめさせる。

「全く、何処の子どもだ? お前は問われた事を正確に答えればいいんだよ」
「ははっ。強さと権力を混同するか。無能なぶたは、とりあえず死んでおけ」

 呆れたように少年がそう言うと、言い終わった頃には男の首が胴から離れて床に落ちていた。しかし、何故か血は一滴も流れない。

「これでやっと静かになるか。しかし、この世界はハズレだな」
「・・・き、君は」
「ん?」
「・・・げ、ゲーム内のキャラクターなのか?」
「そちらから見ればそうかもしれないけれど、こちらから見れば君達と変わらないさ」
「ど、どうやって現実に!?」
「現実? 現実とはなんだい? この世界が現実かい? ははっ。まさかまさか。君達風に表現するのであれば、この世界もゲームの世界だろう?」
「何を言っているので?」
「もしかして、この世界が唯一の世界で、他は自分達が創った空想の世界だと言いたいのかな?」
「・・・・・・」
「それは違うとも。この世界もまた、創られた世界。君達が創造主を気取っている滑稽で空虚な世界。まぁ、君達があの世界を創ったのは事実だが、それだけだ」
「だが、それが事実だとしても、君はどうやってこちらの世界に来られたんだ?」
「君達はこちらの世界に来られるというのに、こちらの世界からは君達の世界には来られないと? 何故そう思えるんだい?」
「それは――」
「創られた世界だから? 電脳空間に構築した虚構の世界だから、現実世界であるここへと来る事など不可能だと?」
「あ、ああ、そうだとも」
「だが現実として、僕はここに居る。ならば君達が間違っていたという事だろう?」
「そんな、事は・・・」
「まぁ、正直そんな事はどうだっていいんだよ。君達はここで終わるし、実際に僕はここに居る。それが全てだし、それだけで十分だ」

 そう言うと、少年はクスクスと笑い声を零す。それはここにきて初めて感情が乗った少年の声だった。

「君は、何がしたいんだ?」
「そうだね。死にたいんだよ」
「死にたい?」
「そう。僕を消せる相手を探しているのさ」
「それはどういう意味だ?」
「長ったらしい説明は面倒だ。だが、最期の手向けに教えてあげよう。君達でも理解しやすく説明するのであれば、僕はバグなのだよ。それを修正できる存在を探している」
「見つけて、殺してほしいと?」

 男性が問うと、そこで少年はとても凶悪な笑みを浮かべる。

「殺せるかどうか確かめたいのだよ。可能なら終われる。不可能であれば、世界を壊し続けるだけさ」

 少年がそう告げると、その場にいた少年以外の者の首が全て床に落ちていく。

「くだらないな、これが創造神か。まあ安心しろ。死ぬのは君達だけではなく、この国、この世界、全てだからさ」

 クスクスとおかしそうに笑うと、少年は隣の何も無い空間に目を向けて告げた。

「もういいよ。あとは君の好きなようにすればいい。今まで通りにね」

 愉快そうにそう告げた後、少年は窓の外に目を向ける。

「無限に広がる世界。さて、最初の神は何処に身を隠しているのやら。君の痕跡だけは追いにくいんだよね・・・つまりはそれだけの存在という事だろう? いまから会える日が実に愉しみだよ」

 そう言うと、少年はただただ愉しそうに嗤うのだった。





 何処まで行っても何も無い世界。光も無ければ闇も無い。そんな中でもオーガストの姿ははっきりと浮かび上がっているというのに、周囲は何も無いまま。
 光も闇も何もかもが混在しておかしくなったその世界で、オーガストは小さく嗤う。

「やはりこの瞬間は良いものだ。世界が崩壊する前の虚無。滅びゆくモノの最期の足掻き。美しいものだ・・・そうは思わないかい?」

 オーガストは虚空に問い掛けるも、そこには相変わらず誰も何も居ない。しかし、オーガストはやれやれとばかりに肩を竦めた。

「阿鼻叫喚もまた良いモノだとは思うが、僕はこちらの静かな方が好きだな」

 手を広げて世界に目を向けたオーガストは、何処か楽しげに声を出す。僅かではあるが感情の籠ったその声音は、オーガストが本当に楽しんでいるのが窺い知れる。
 そうしてオーガストが世界の崩壊を眺めていると、声を掛けられたのか、顔の向きを先ほど向けていた虚空へと動かす。

「ん? そうかい? そうだね・・・僕はもう少しこの終焉を眺めてから行くとするよ。だから君は先に行っているといい。訪問先では君の好きなように振るまってもいいよ。僕は次の虚無が見られれば、それで十分だからね」

 それだけ言うと、オーガストは再度世界に目を向ける。そのまま世界が消滅する直前までオーガストは世界を見届けたのだった。





 迷宮都市は荒野を抜けて少し進んだところに在った・・・らしい。

「んー、まあ確かに、何か大きなものが在ったような跡はあるけれど・・・」

 目の前には、何も無い広大な地面。まるで大きな石を除けた後の様に、少し先と足元の地面とでは色が異なっている。
 草なども生えていないようで、遠くに大きく抉れた地面も見て取れる。それは明らかに異常な光景。

「それで、迷宮都市を形成していた巨大生物はどうなったの?」
「跡形もなく消滅いたしました」
「なるほど」

 プラタの説明にボクは頷く。あの抉れた部分が攻撃跡だったのであれば、それも納得出来た。むしろ、あの程度で済んでいるのが凄いとさえ思うほど。
 巨大生物が消滅するほどなのだから、どう考えても、ここいら一帯が吹き飛ばされていてもおかしくはないと思うのだが、一体どのような魔法だったのやら。
 それが気になったので、重ねて問い掛けてみる。

「その巨大生物を迷宮都市ごと消滅させた魔法はどんな魔法だったの?」
「詳しくは分かりませんが、周囲のモノを全て吸い込んだ後に、暴風を周囲にまき散らしながら消滅いたしました」
「? よく意味が分からないんだけれども・・・」
「最初は高密度の魔力で出来た球体で、両手で包み込めるほどの大きさでしたが、それが放たれ迷宮都市に落ちた瞬間に周囲の全てを吸い込み大きくなり、山の様に大きくなったところで割れる様にして崩壊。その瞬間に中に溜め込んだ魔力を吐き出すように暴風が起きたのです」
「吸い込んだ物はどうなったの?」
「吸収した際に消滅しておりました」
「ふむ。なるほど・・・」

 だから結果に比べて被害が少ないのか。しかしそうなると、巨大生物を吸収できるほどの威力となるな。そんなモノを防ぐ手立てはあるのだろうか? 単純にその魔法以上の障壁を張るしかないのだろうが、それが難しいから困っている訳だし。

「それにしても、巨大生物が居たと思しき範囲が広いね。予想以上だ。こんなの何処から出てきたのやら」
「詳しい事は判っておりませんが、巨人の森にその巨大生物と似ている生き物が生息しておりますので、もしかしましたら、それの変異種かもしれません」
「それの大きさは?」
「人間の権力者が住む家屋一軒分ほどかと」
「・・・それはまた大きいね」

 それでも都市を幾つも築けるほどの大きさではない。仮にその生き物と同種だとしても、突然変異でここまで変わるモノなのだろうか。
 見渡してみるも、果てが見えない巨大生物が居た跡。これ、少なくとも国一つか二つ分はあるんじゃないだろうか? 荒野で見た異形種の巣穴よりも大きい可能性が在るな。あれもかなり大きかったんだが。

「その巨人の森で生息している生き物も、背中に迷宮が出来ているの?」
「似たようなモノが。それで相手を誘い惑わせ捕食していますので」
「そうなのか。身体が大きいと維持も大変そうだね」
「かなり稀にですが、巨人も捕食されます。その場合は子どもですが」
「うわぁ。確か巨人ってプラタ達妖精と同じ観測者だったっけ?」
「はい。ドラゴンと戦える存在です」
「それを捕食するのか・・・」
「あくまでも小さな子どもをですが」
「・・・巨人の子どもってどれぐらいなの? そもそも巨人の大きさが分からないんだけれども」

 それでも巨人というからには大きいのだろうが、それも限度は在るだろう。

「当然ですが個人差が在ります。なので、大人ですと大体三メートルから十メートルぐらいでしょうか。捕食される子どもですと、おおよそ一メートルから二メートルといったところですね」
「へ、へぇ。そうなんだ」

 プラタの説明を聞いて、想像以上に巨人が大きくて驚いた。確かにそれであれば巨人と呼称される事だろう。巨人という名に偽りはなかったようだ。
 そして、稀にとはいえそんな巨人を捕食する存在・・・色々と次元が違い過ぎるな。

「森の中で動かないので、近づきさえしなければ脅威ではありません」
「触手の様なモノは?」

 確か迷宮都市を構築していた巨大生物は、上空を飛ぶ者を触手で捕獲してしまうという話ではなかったか。であれば、もしかして似た生き物であるそれも触手か何かを備えていて、近くを通る者を捕獲してそうだが。

「御座いますが、そこまで長いものではありません。誘い込まれた獲物が逃げないように捕縛するのが主な使い方の様ですね」
「ふむ。やはり力は強いのか」
「はい。それに絡みつかれれば、大人の巨人でも振り解くのは容易ではないようです」
「それはまた凄いな」

 大きさというのは、そのまま力と直結している場合が多い。なので、身体の大きな巨人はそれだけ力も強い事だろう。そんな巨人を捕縛出来てしまう触手の強度はおそろしいほど。巨人の森に人間が足を踏み入れる事はないだろうが、人間ではまず対処不可能だろう。

「それは擬態しているの?」

 巨人に限らず獲物を誘って捕縛している以上、何かに擬態しているか魅力的な香りか何かを発しているのだろう。もしくは幻惑魔法でも使用しているとか?

「いえ、周囲の光を曲げて視認し難くしています。それでいて、気づかれ難い香りを放出して自らの許へと誘引します」
「なるほど。それは厄介な存在だね。それを防いだり見分けるには?」
「魔力の流れに注視しますか、ある程度決まった地域に生息していますので、慣れるしかないかと」
「なるほど・・・それはここに居た巨大生物も持っていたの?」
「いえ。その機能は失っていたと推測されます。ですが強いて申し上げますと、丘もしくは山に擬態していたと言えなくもないです」
「大きかったようだからね」

 再度周囲に目を向けてそれを実感する。しかしそれはそれとしても、この巨大生物は巨人の森からどうやってここまで来たのだろうか? 小さい内にここに来て成長したのだろうか? 小さいといっても、目の前の跡を残すぐらいの巨大生物と比べてだが。

「それで、これはどうやってここまでやってきたの?」
「・・・・・・それが分からないのです」
「どういう事?」
「気づけばここに居たのです」
「この大きさで?」
「はい」
「・・・・・・どういう事?」

 首を傾げてプラタを見返した後、シトリーの方に顔を向ける。

「どうもこうもそのまんまの意味なんだよー。かなり昔の話になるのだけれど、ある日突然ここにその巨大生物が現れたんだよ。だけれども、誰もその巨大生物が何処からどうやって来たのかを知らないんだよ。転移してきたとかでもないのは、プラタでも知らない事から分かると思うけどさ。ホント、謎だよねー」

 お道化るように肩を竦めるシトリー。しかし、そんな事があり得るのだろうか? 一体この巨大生物とは何だったのか。それはもしかしたら、死の支配者がどうしてここを最初に消し飛ばしたかに繋がるのかもしれない。





「さて」

 オーガストが死後の世界を訪れて幾日か経過したある日。死後の世界を管理しているめいは玉座に腰掛けながら、眼下に立つ爬虫類を想起させる艶やかな肌を持つ女性に目を向ける。

「そろそろ次の準備は整いましたか?」
「はい。滞りなく」
「そう。この世界を完全に独立させるためにも、楔の一つであったあの生き物を消し去ったまではよかったですが、やはり思いの外難航していますね。最初にこの世界を創造した者共の影響力が未だにそこかしこに残っていますから」
「はい」
「もっとも、それもわざと残されていたのでしょうが・・・これもまた試験なのでしょうね」
「試験、ですか?」
「私がこの世界の管理者として相応しいかどうかのですよ。我が君の願いは強者との邂逅。されども我が君は強くなり過ぎた。故に強者との邂逅から強者の育成へと方針を切り替えられた・・・おそらくですが、我が君はご存知なのでしょう」
「何をでしょうか?」
「無限に拡がるこの世界に己よりも強い存在が居ない事をですよ。・・・私はあの方を愛していますし、全てを捧げる事を少しも厭いません。ですが、正直恐ろしくもあるのですよ」

 めいは少し悲しげに笑うと、悔しげに真情を吐露した。それを女性は静かに、それでいて真剣に耳を傾ける。

「少なくとも、私ではあの方の願いを叶える事は出来ないでしょう。創造されたとて創造主を超えることは出来る。それにこの身体は成長に上限が無い。しかし、それでさえも足りないのですよ。だって・・・それはあの方も同じですから。条件は同じ、ただし成長速度が天と地ほどあるのです。差が開くばかりで、どうやって願えを叶えて差し上げればよいというのか」

 嘆くように、それでいて吐き捨てるように、めいは想いを口にする。他に聞く者は己が半身のみ。それも最近は姿を現さない。どうやらオーガストの名付けの影響があまりにも強すぎたようだ。
 めいは別に答えを求めている訳ではないので、女性は黙って聞くだけ。それでもめいには十分だったようで、何処か陰の在った表情は少し優しげなものに変わっていた。

「・・・まぁ、悩んだところでしょうがないですね。今はやるべき事をやりましょう」

 めいの言葉に、女性は恭しく頭を下げる。

「では、始めなさい」
「はっ!」

 それを確認しためいの号令が下り、女性は粛々と動き出した。

しおり