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第20話 魔法書

 翌朝、朝食前にピエールと話をした。
 実際に話したのはピエールだけじゃなく、【星の家】の子供達も何人か混ざっていた。
 ピエールを呼ぶと、それを見て心配した子供達が寄って来たんだ。俺は安心させるためにも追い払わずにピエールと話をした。

「ピエールってスラム街に住んでたんだよな。どんな感じの所なんだ?」
「……思い出したくないけど、イージさんには世話になってるから教えてあげるよ」
 少し間があったが、笑顔を見せて話してくれた。

「僕が住んでた所は、何も無い何でもありの所だった。お金が無いのはもちろんだけど、仕事も無いし食べるものも無い。それでいて、どんな犯罪でもやる人が揃ってたよ」
 ピエールの話からすると、窃盗、強盗、傷害、殺人、放火、誘拐、強姦、売春、詐欺、盗品売買、人身売買など、なんでもやるそうだ。自分達で自主的にやる時があったり、安い報酬で依頼されたりだそうだ。

「でも、一つだけルールが決まってて、スラム街の他人の部屋には絶対に入らないんだ」
 スラムの人同士では空き巣や住居侵入はやらないって事ね。
 それをやってしまったらスラムにもいられなくなるから最低限のルールって事かな?

「仕事が無いって言ったけど、仕事があればスラムも無くなる?」
「無理だね、やる気も無いから」
 本当に何も無いんだ。どうやって生活してるんだ? 聞くのが怖いよ。

「ピエールはどうやって生活ができてたんだ?」
 他のスラムの人の事を聞くのは怖いからピエールの事について聞いてみた。

「僕は……盗み専門。いつも上手く行くわけじゃないから、残飯もよく漁ったよ。それでも三日ぐらい食べられない時なんかよくあったよ」
 食べるためには仕方が無いとはいえ、過酷な生活をしてたんだな。
 でも、これって犯罪鑑定水晶で犯罪者認定されてしまうんじゃ。

「ピエールって犯罪者になるのか?」
「そうだね、なると思うよ」
「じゃあ、町の出入りは……」
「一人じゃ出来ないかもね。今まではイージさんと一緒に元奴隷のお兄さん達と出入りしてたから何も言われなかったけど、お兄さん達って奴隷じゃ無くなったんだよね。僕だけじゃもう町には入れないかも」

 かなりヘビーな事を言ってる割に、結構あっさりとした口調で話すね。
 今までの生活がもっと過酷だったからなんだろうな。

「姉ちゃんに会えないのは寂しいけど、ここなら仕事を手伝えばご飯は食べられるし、#皆__みんな__#といれば楽しいし、イージさんに付いてきてよかったと思ってる。これでも感謝してるんだよ」
 ずっと明るく話してくれるピエールを見てると、こっちが申し訳ないって気持ちになってくる。
 しかし、これだけ賢いのに、どうしてあんな無謀な事をしてたんだろう。

「あの奴隷屋から付いて来たんだったな」
「あの優しい貴族さんのとこだね」
「優しい? あれだけ殴られたのに?」
「あー、あれは周りにそう見せないといけないからやってるんだ。本来なら僕は突き出されてるか殺されてるね」
「それならなんで……」
「初めは態と突き出されようとしたんだよ、もう三日以上食べて無かったから、牢屋に入れられれば食事は出るからね」ハハハ
「……」
 俺には笑えない……。

「それで、あの優しい貴族さんは最後にいつも食べ物をくれるんだよ。殴られた傷も派手に見えるけど、あれぐらいなら大した事無いしね。最後の方は姉ちゃんをダシに食べ物のために行ってたんだよ」へへへ

 ……だから俺には笑えないって。

「奴隷達についても人の良さそうな人にしか売らなかったみたいだね。ちゃんとは見てないけど、酷い目に合わされそうな人には売ってなかったみたいだし、イージさんに付いて行けって言ってくれたのも、あの優しい貴族さんなんだぜ」

 ! マジか……

「金を持ってるお人よしのバカだから当分食べさせてもらえるよって、あ! これは言っちゃいけないやつだった」
「……」
 どうせ俺はバカですよ! 術中に嵌るお人よしですよー!

「だって全員買っちゃうんだもんな。しかも買った後の目的も無いし、なんの見返りも無く『奴隷抜け』させるし、店も持たせるみたいだし。俺だってイージさんの事はカモだと思ったもん。あ、今は違うよ! 本当に感謝してるんだからね」

 カモですか……ピエールにまでそう思われてたなんて。元奴隷の人達もそう思ってるんだろうな。ここの子達も? まさか院長先生も? いや、そんなに疑ってたら何もできなくなっちゃうよ。
 元々自己満足で始めてるんだ。そう思われたっていいと思えるほど腹は座ってないけど、今の皆が幸せそうにしてるんならいいじゃないか。
 お金はあるんだ、お人よし上等!

「答えはこれでいい?」
 脳内で盛り上がってた俺に解決できたか聞いてくるピエール。
 趣旨が変わっちゃってた。スラム街がここの子に好影響を#齎__もたら__#す事があるかの確認だった。

「いや、まだ……ここの子達で炊き出しとかしたらダメかな」
 何言ってるんだ、俺は。スラム=炊き出しって、【星の家】は教会じゃないんだから。
 スラムだったら治安も悪いんだし、この子達に何かあったらどうするんだ。俺だっていきなり襲われたじゃないか。

「炊き出しですか? いいですね、やりましょう」
 別のところから急に声が掛かった。声のする方に全員が振り向く。
 院長先生だった。
 朝食ができたので、呼びに来てくれたみたいだ。こういう時って態々院長先生が来るんだよ、他の子供達に任せると帰って来ない時があるからなんだってさ。

「昔はよくやったんですよ。最近はめっきりしなくなりましたけど、今はイージのお陰で余裕も出てきましたし、久し振りにやりましょうか」
 嬉しそうに話す院長先生に、楽しそうな雰囲気を感じ取った子供達が喜んでいる。

 楽しいものじゃないと思うよ、君達。
 でも、昔はやってたんなら慣れたものか。孤児院とスラム、貧乏繋がりで意外に仲がよかったとか?

「それは後で話しましょう。今は朝食を食べますよ」
『『はーい!』』

 朝食が終わると、炊き出しが決まったら教えてもらう事にして、俺は元孤児院に移動する。
 元孤児院に着くと、食事も終わってたようで、ケーキを焼く練習に入るところだった。
 今日もクラマとマイアは付いて来ている。

「確か、魔法が使える人がいたよね」
 俺の問いかけに十八人中、七人が手を上げた。
 高価だった五人と、女一人、男一人で七人だった。

「あのさ、魔法書を持ってるんだけど、どうやって魔法を覚えるか分からないんで教えて欲しいんだ」
 皆の顔がエッ! ってなってる。今更この人は何を言ってるんだという顔だ。
 確かにそうかもしれない。衛星の力を何度か見せてるからね、魔法だと思ってるだろう。
 でもね。ケーキ作成を実演できる魔法なんか無いんだよ。そんな魔法書があるんなら持って来てくれ。

「エ・イ・ジ様、それは契約の事でしょうか」
 一人の女性が言った言葉に、皆がああって顔になった。何人かは分かってないようだけど、半分以上は納得顔だ。
「あ、ああ、そ、そうだね」
 全力で知ったかぶりです。
 でも、魔法の覚え方を何人か知ってるみたいだ。これは何としてでも教えてもらおう。

「さすがはエ・イ・ジ様です。そんな贅沢な使い方ができるのは余程のお金持ちか上位の貴族様だけですから」
「そ、そ、そうだったかな」
 贅沢な使い方なんだね、知ったかぶりはツライ。

「どんな魔法書なんですか? エ・イ・ジ様が使う魔法ですからさぞかし珍しい魔法なんでしょうね」
 いきなりハードルが上がった?
 えーと、珍しいものですか。これなんかどうかな?
 アイリスがくれたたくさんの魔法書の中から一冊の魔法書を出した。

『空間魔法(初級)』を出した。

 おお! っと小さな歓声を上げる元奴隷達。

「この魔法書と契約されるのですか!? なんという贅沢でしょう」

 おっと、やり過ぎたか。初級だからいいと思ったんだけど、皆が驚くほどの贅沢だったとは。
 じゃあ、こっちか。
『水魔法(中級)』を出した。

 やっぱり、おお! っと歓声が上がる。
 これでもなの? 水魔法って結構メジャーじゃないの? 水魔法が使える人もいたよね?
 結局、水魔法(初級)を出しても歓声は上がったので、これにする事に決めた。

「エ・イ・ジ様、この魔法書と契約されるのでしたら、その前にお貸し頂けないでしょうか」
 そう言って願い出たのはピエールの姉さんのピーチさん。
 貸す? 貸すってどういう事?

「ピーチ! 弁えなさい! それは奴隷として過分なお願いです」
 リーダー格のローズさんがピーチさんを窘める。

 奴隷って…君達はもう奴隷じゃないのに。
「いいよ、そんなに怒る事じゃないって。これをピーチさんに貸せばピーチさんが水魔法を覚えられるの?」
「それは、私から説明させて頂きます。それと私達の事は呼び捨てでお願いします」
 諌められてシュンとしているピーチさんに代わって、ローズさんが説明してくれた。
 それに呼び捨てですか……頑張ってみるよ。

 ここにいる人達では、元高額奴隷の五人は何かの魔法が使えたし、他にも何人かは魔法が使える人がいた。
 使えると言っても全員初級魔法だったし、足し算引き算の二位だったアンジェリカさんだけ、水魔法と火魔法の二つが使えたが、後の人達は一つの魔法しか使えなかった。

 ローズさんの説明では、属性を持ってる魔法書を読んで魔法の理を理解できれば詠唱を唱える事で体内の魔力を消費し魔法が発動する。
 属性を持って無ければいくら魔法書を読んでも魔法は発動しないし、属性を持ってても理を理解できなければ魔法は発動しない。
 いくら呪文を詠唱しても無駄なのだ。

 属性は生まれた時から持っているもので、増える事は無い。
 ただ、例外がある。
 それが魔法書との契約。
 契約をすると、属性が無くともその魔法書に書かれている魔法を覚える事ができる。
 ただし! 契約を終えると魔法書は消滅する。なぜ消滅するのかは解明されてないが、理を吸収する事と属性の基盤となって吸収されるためではないかというのが一番有力な説だと教えてくれた。

 契約をすると魔法書が消える。だから贅沢だと言われたんだろうな。
 でも、ピーチさんが読めば魔法を覚える事ができるかもしれないんだな。それってどのぐらい待つ事になるんだろ。
 あ! この魔法書って#複製__コピー__#できないのかな?

《衛星、この魔法書を#複製__コピー__#できない? ……十八人いるし、十八冊欲しいんだけど》

『Sir, yes, sir』

 おお! さすが!

 一つの衛星が魔法書の上で止まる。
『completes scanning』

 これって門で金貨を見た時と同じ言葉じゃない?

 ドサドサドサドサ……

 水の魔法書(初級)が次々にテーブルに出て来る。
 十八冊ある事を確認して周りに目を向けると、#皆__みんな__#呆気に取られている。

「ななななななんですか、この量は! 全て魔法書ではないですか! ありませんありえません! エイジ様! 説明をお願いします!」
 ローズさんが一気に捲くし立ててくる。
 凄い早口だよ。でも、そのおかげでエイジって言えるようになってるね、よかったよかった。

「説明って……あるんだから別にいいじゃん」
「……」
 俺の言葉にまだ反論したいようだけど、必死で耐えてるようだ。目はジト目になってるけどね。
 そのローズさんを代弁するようにアンジェリカさんが説明してくれた。

「魔法書というのは凄く希少で高価なんです。私達全員を一括で購入されたエ・イ・ジ様ですから、高価な…そこは…まぁ納得ですが、希少なため入手も非常に困難なんです。それをこんなに沢山所有されてる事に驚いて出た言葉ですが、そういう詮索も本来は私達にはできません。でも、あまりの驚愕からの非礼ですので寛大なお心でお許し頂ければと思います」
 申し訳ございませんと頭を下げるアンジェリカさん。
 一緒にローズさんが頭を下げると、他の人達も全員頭を下げた。

 高価なっていうところは納得なんだね。別に主人がやりたくて買ったわけじゃないのに、ただの衝動買いなんだよ。それをそんな風に対応されたら普通に話しにくいよ。

「そんなの全然気にしてないから、普通に付き合おうよ。ね? 皆の事は奴隷とは思ってないし、実際奴隷じゃなくなったよね? だから皆でこの魔法書で契約してみない?」
「今の私の話を聞いてらっしゃいませんでしたか?」というアンジェリカさんの言葉は、他の「本当ですか! エイジ様!」や「今更嘘だったとは言わないでくださいね! エイジ様!」や「凄いよ! エイジ様! 夢見たいです!」といった言葉にかき消された。
 全員興奮して早口になってるから、エイジって言えてる様に聞こえる。たぶん言えてるんじゃないかな。
 「本当に、本当に、夢でした」と泣き崩れている人もいた。

 これで使えませんでした。じゃ、洒落にならないな。
 頼むよ衛星! ちゃんと使えるようにコピーしてくれたんだよね? 信じてるよ!

 まずは見てみたかったからピーチさんにお願いした。オリジナルではなくてコピーの方で試してもらった。皆はコピーとは思ってないけどね。
 凄く遠慮していたけど、やはり欲望には勝てずピーチさんが水の魔法書(初級)と契約を始めてくれた。

 魔法書を開いてテーブルに置くと、魔法書の一ページ目を開き、そこに描いてある魔方陣に片手を置き、目を閉じ集中する。

「【オベイミー】」

 ピーチさんが目を開くと同時に発する声に反応して魔方陣が光を放ち出す。
 光が大きくなって行き、置いている手からも発光を始めると再び声を上げた。

「【#契約__コントラクト__#】!」

 光が更に大きくなり、眩しくて目を開けてられなくなりそうになった時、急に光が消えた。
 光が消えてピーチさんの手元を確認すると魔法書が無くなっていた。
 焼けた跡は無い、完全に魔法書が消えたようだ。

「……やった」
 小さな声でピーチさんが呟いた。
 目にいっぱい涙を溜めたピーチさんが俺に振り向きお礼を言ってくれた。

「契約できたの?」
 大きく頷いたピーチさんの目から溜まっていた涙が落ちていく。
 声を出そうとしてるが、感無量で声を出そうとする度に涙が溢れている。

 コピーでも契約できる事が分かってよかったー。この状態で偽物だからなんて言ったら、たぶん俺、二度とここへは来れなかったな。いや、その前に無事にここから出られなかったかもしれない。

 その後は、火、土、風の魔法書(初級)と火、水、土、風の魔法書(中級)を衛星に人数分コピーしてもらって出し、全員に配った。
 その後は、喜ぶ彼女らにもみくちゃにされたよ。なにかリミッターを突き抜けちゃったみたいで、もう奴隷が主人がなんて関係なかった。おっぱいの洪水に飲まれた時は命の危険すら感じたよ。もちろん全員服は着てるよ。怒涛のごとく右から左から前から後から抱き付いて来るんだもん。男三人は喜んで見てるだけなのにね、女性とは表現の仕方が違うよね。

 え? クラマとマイア? もちろんいるよ。
 冷ややかな目で見られてたから恥ずかしかったけどね。向こうから抱き付いて来るんだから仕方がないじゃないか。そう、仕方がないよね。シカタガナイシカタガナイ。
 あー気持ちよかった。

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