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第一話 ハットリさん、現代の罠にはまる

 皆さん、”忍者” と言うものをご存知だろうか。

 それは隠れ潜むもの。

 なにから隠れ、潜むのか。
 世間からの目である。

 どうして隠れ、潜むのか。
 成し遂げるべき任務があるからである。

 私ことハットリは、現代の忍者だ。
 日中は大企業、商社に努めてお客様相手に頭をさげ

 夜半にはそのお客様の企業の内部へと侵入して、データを盗み取る。

 脱税の証拠収集はまだかわいい依頼。
 中にはその企業を失脚させるためだけの依頼もある。
 しかしそのどれもが、日本と言う国の未来を憂いた者たちからの依頼。やっている事は完全に犯罪なのだが、私は同時にそこに誇りも感じていた。

 一昔前までは、それはそれは困難多き仕事だった。
 会社に侵入するのはさほど難しくはない。
 しかし当時、私たちが持ち帰らねばならないものは書面であったり、巨大な金庫であった。
 私はその時代の、最後の忍者と言えるだろう。

 今は、と問われれば、データだ、で済む。
 我々忍者に成り代わり、スーパーハッカ―と呼ばれる頭脳集団が脱税の証拠を集め、企業を失脚させる内部情報を盗み取る。
 デジタル忍者とも呼ばれる彼らの登場により、この仕事を行うのも仲間の中では私で最後になった。


 そんな私にも、最後が訪れる。
 引退の時だ。

「最後にまた大きな仕事を持ってきたものだ」

 エージェント。
 何者かは分からないが、私に依頼を持ち込む者。
 その者からの最後の依頼は、あるIT企業のデータベースを内部から侵入し、データを盗む事。
 ネットワークが独立しており、外部からのアクセスは不可能。
 新開発の無線クラッキングツールは、まだテスト段階で信頼に値しない。
 そう言った諸々の事情により、私に出番が回ってきたらしい。

「ここを、こうして……」

 現代忍者には工学的な知識も必須だ。
 だが元々忍者と言う者は化学に精通している。遥かな祖先たちでさえ爆薬を現地で作るくらいは朝飯前なのだ。
 意外に思うだろうが、忍者は割とインテリジェンス寄りなのである。

 忍者自慢が過ぎただろうか。それなりの時間が経過していた。
 気付けばセキュリティを突破し、開いた扉からデータセンターと呼ばれれている一室へと無意識に身を潜り込ませていた。

 内部に侵入者撃退用の設備はない。
 事前に入念にチェックをしているので間違いはなく、その調査結果が是であると示すように、私は無事に入室できた。

 順調だった。
 しかし当然だった。
 潜入任務とは、事前調査で成功の九割九分が決まる。
 最後の依頼ともあって念の入れようは過去最高。私の最後を飾るに相応しい結果を出すべく、今日この日に挑んでいる。事前の調査は過去に類を見ないほどだ。

 だが……

「これは、予想外だったな」

 部屋の内部を見て思わず漏らす感想は、百聞に一見はしかず。そんな言葉を彷彿とさせる光景だった。

 部屋はがらんどうだった。
 二十畳ほどある部屋は四角く、ごくありふれたビルの一室である。暗がりでもよく見える忍者アイに映るは、日中であればクリーム色をした壁紙と、同色の床。
 窓はなく、出入り口は先ほどの一か所のみ。
 大企業の重要なデータを扱うサーバー室なのでこの殺風景さに違和感はない。ゴテゴテと複数の機械が並ぶ一般社員が扱うサーバー室は別にあるのだから、この部屋がシンプルなのはかえって予想通りだった。

 しかし様々な事態を想定していた私にも、これは予想が出来なかった。

「これが本当に目標なのか……?」

 部屋の中央、ターゲットたるサーバーらしき物体。高さは十センチにも満たない円柱。
 茶缶めいた金属柱がチョンと置かれている。
 部屋の大きさやここまでのセキュリティの強度に見合わない、なんともちっぽけな標的だった。

「しかしこれが、大企業がありとあらゆる情報を仕舞い込んだ究極のウルトラコンピューター」

 そのウルトラさは、現代忍者の頭脳をもってしても理解がしがたい。
 いかに記録媒体の技術進歩があり、日進月歩で小さく、大容量になっているとは言え、これはいくらなんでも小さすぎる。
 一瞬、これは巨大コンピューターの端末装置で、本体は別にあるのではないかと危惧を覚えた。
 よくよく観察すれば、それは独立した物体であり、この茶缶めいたものが何かの端末ではないと分かった。
 と言うか、床に置いてあるだけで簡単に持ち上がった。接続する為のケーブルも、電源もない。しかしほのかに暖かく、これが生きているのは理解できた。

「これの存在そのものが企業秘密だな」

 事前に調べたスペックからすれば、ナサが管理しているスーパーコンピューターをこれ一台で遥かに上回る。それどころか、世界中のコンピューターを寄せ集めても、この一台の性能には遠く及ばない。
 惑星の軌道計算から明日の天気、はたまたDNA鑑定もお手の物。
 現代忍者の現代機械の知識を動員した結果、この世あらざる神の御業とも呼ぶべき性能であると断言できる。それがこの茶缶だった。

「まさにオーパーツだな」

 百年から数百年の後にはこれも普通に誕生しているだろう、未来に産まれて来るべきだった産物。

 量子コンピューター。

 それこそが、今回のターゲット。

 正確に言えば、あくまでその中身がターゲットだ。
 外身がいくらオーパーツと言えども、現代忍者には関係がない。この量子コンピューターをある国に持ち込めば、一生涯遊んで暮らせる額を得られるだろうとしてもだ。

 忍者はそんなものに興味はない。

 日本の今後を憂い、その量子コンピューターにより計算しつくされた予測未来のデータ。
 それをコピー、消去し、持ち戻って適切に処分するのが任務だ。
 日本の将来をかけた重大な任務。
 もし失敗すれば、日本は、いや、世界は今後このウルトラコンピューターによって支配されてしまうだろう。完璧な予測、完璧な未来の為にと大勢が犠牲になる。
 忍者的に許されざる未来だった。

「人の未来は、いつだって人が握るものだ」

 それが例え、誰かの善意、誰かの悪意だとしても。
 機械なんぞに奪われるよりはマシだろう。
 私はその思いを胸に、作業へと取り掛かる。


 作業は実に簡単だった。
 なんと、端末操作用のジャックが備え付けられていたのだ。

「おそらく、ここまでの侵入を計算していなかったのだろうな」

 この部屋にまず入れさせない。そう言うセキュリティの組み方をしている。
 ならばこの部屋に入ったものは、このコンピューターの関係者しかいない。だから煩わしいセキュリティを排除し、使いやすいようにしてある。
 持ち込んだ無音キーボードと描写端末を操作してコンピューターの内部データをあさる。

「ログインすらガバガバか。ここの担当者は相当な愚か者なのだろうな」

 私のような外部からの侵入者だけではなく、内部にスパイでもいたら一発アウトだろう。あまりのずさんさに泣けてくる。

「こんなものが、私の最後の依頼か……」

 物理的なセキュリティについては申し分なかった。
 忍者の最後を飾るに相応しい難度だった。
 しかし、最後のお宝を開ける鍵、これがいけない。ボタンを押すだけで開錠してしまったのだから、拍子抜けも良い所だった。

 と、そう油断していたのが間違いだった。
 描写端末に使っていたタブレットの画面が突如真っ赤に染まる。
 警告と何度も表示され、異変を知らせてくる。

 私は気付く。

「まさか、侵入させたのはわざとか!?」

 餌に食いついた所を狩る。
 ありきたりだが、それだけに見抜けなかった己の迂闊さを呪う。
 この人を喰ったようなやり方をするのは、間違いない、コウガ者だろう。
 なお甲賀忍者とは関係のない、悪趣味な犯罪集団だ。

 彼らは何かに帰属しない。ただただ、己の快楽の為に犯罪を犯し、世間を騒がせる。
 私にとっての、悪だ。
 その彼らが私に牙を剥いた。

 警戒をする。
 彼らの悪趣味さはよく知っている。何度も敵対し、何度も取り逃がしている。
 それは間接的な出会いであり、互いが互いのターゲットではないのだからと今まで全面抗争になった事はない。その油断が今、この場面で私を追いつめた。

「一体何をするつもりだ?」

 悪趣味な彼らの事だ。今こちらの端末を引っこ抜けば恐ろしい事態となるだろう。彼らは自らが用意した舞台を降りようとする役者に容赦をしない。
 苦しい状況だが、彼らの思惑に乗る方がまだ被害は少ない。
 眉根を寄せたままタブレットを睨むと、データの移送が完了したとの表示を受けた。
 しかしこんなものをエージェントには渡せない。ウィルス感染しているのだから。

 依頼は失敗だ。

 最後の最後に大きな失敗をしでかした私は、せめてこれ以上被害が大きくならないようにと身構える。
 タブレットは明滅し、その後、お決まりの文字が現れる。

『 コ ウ ガ 参 上 』

 彼らが使うシグナルだ。自己主張の激しい、忍ぶ者である私と相いれない価値観を持つ者たち。彼らからのメッセージが紡がれる。

『サラバ トウトキ ニンジャ ハットリ=SAN』

「なんだと!?」

 何故、どうして。
 そんな疑問が頭を回る。
 理解が及ばない。

 彼らに恨まれるようなことをしたのか、と言う疑問ではない。
 どうして私がここに侵入するのが分かっていたのか、と言う疑問でもない。
 どうやって私よりも先にこの量子コンピューターにアクセスしてウィルスを設置したのか、と言う疑問でも、なかった。

 私の疑問はただ一点、その文面にあった。

「どうして、SANだけローマ字なんだ!?」

 混乱の最中、足元が光り、私はコウガ者の罠に落ちた。

しおり