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西の森7

 魔力の残量が減った事で、視る間にリャナンシーの攻撃の威力が弱まっていく。
 リャナンシーの攻撃は全て精霊魔法だが、精霊魔法は精霊と魔力を合わせて魔法を発現させて攻撃する魔法だ。それには、精霊と術者が同調して同量の魔力で同じ魔法を編み上げる必要がある。
 同量の魔力が必要になるという事は、どちらかの魔力量が減ったら精霊魔法が使えなくなるという事。もしくは、威力を落とした魔法にするしかない。
 現状のリャナンシーは、魔力量を減らして魔法の威力を弱めているよう。それでも周囲のエルフよりは威力があるのだが、差がかなり縮まってしまっている。
 という事は、相手の削れる魔力量もその分減っているという事になるので、その時点でエルフ側の負けで勝負が決した。

「まぁ、相手の魔力量を七割以下になるまで減らせたのは頑張ったんじゃない? このままだと六割ぐらいまでは減らせそうだし」

 いくら最初からリャナンシーが参加していたとはいえ、それでも約四割削ったのは大戦果だろう。正直これを最初からやっていれば、集落を棄てるどころか被害が軽微なままに終わった事だろう。
 もっとも、視た限りリャナンシーは責任ある立場になっているようだから、尖兵のような真似は出来ないのだろうが。
 結果論だが、最善はそれだったという訳だ。しかし現実は敗色濃厚、ではなく確実で、後は出来るだけ被害を抑えながらナイアードの下まで逃げて、助けを請う事しか残されていない。
 そして、先にナイアードの下へと逃がした者達だが、そろそろ到着しそうだ。移動が遅いのは数が多いのもだが、老若男女問わず一緒に移動しているから。戦士以外は最低限しか鍛えていないのだろう。
 それでもナイアードへ連絡を取る為に派遣した戦士達は戻って来ているようなので、ナイアードは受け入れを許可したという事かな。
 意識をリャナンシー達に戻すと、そろそろ十分時間を稼げたと判断したのか、包囲を緩めて徐々に退き始めている。

「その前に戦闘は終わるようですね」
「そうだね。時間は十分稼げたし、被害がより深刻になる前に退いた方がいいだろうさ。それでも少し判断が遅かった気もするけれど」
「相手の移動速度や攻撃範囲を勘案しましても、少々警戒のしすぎのようですね」
「被害が大きすぎて弱気になっているんだろうね。それにしては判断を誤ってばかりだ。まぁ、判断というのは難しい事ばかりだが」
「相手は単騎。最大戦力はあの頭領のエルフ。それも他より圧倒的。早い段階で他のエルフでは勝てない事が判っていた。これだけ揃っていましたら、どう動くべきかは判断出来たかと」
「ふむ。早い段階で彼我の差を調べなかったの?」
「調べてはいませんでした」
「そっか。それが判れば、ナイアードに助けを求めるべきか否かも判断出来ただろうに」

 ナイアードでも手に負えないのであれば、住処を変えればいい。簡単な話ではないのは分かるが、まだ移住したてだし、西のエルフは南のエルフのように特定の条件下でしか力を発揮出来ないという訳でもないのだから。
 情報収集の重要性を理解していなかったのかな? それとも、ボクの場合はプラタ達が居るけれど、普通は情報収集は大変そうだから人手が足りなかったとか?
 何にせよ、既に過ぎた事。相手の攻撃をいなしながら撤退を始めたリャナンシー達を観察しながら、これから起こる事について考える。
 といっても、リャナンシー達はこのまま撤退に成功するだろう。満身創痍だが、攻撃がリャナンシーに集中していたおかげで、攻撃の余波で少々数を減らしたぐらいで被害はそこまで大きくはない。
 今も攻撃はリャナンシーへと向いているので、近づきさえしなければ他のエルフ達の撤退は問題ないという事だ。リャナンシーも消耗しているとはいえ、防御に集中すれば撤退までは問題ないと思う。
 その後はナイアードの下へと移動して、先に避難したエルフ達と合流する。
 合流後は傷を癒しつつ敵が来るのを待つ。
 敵が来たら、ナイアードがそれを倒して終わりだろう。
 流れは見えたが、現実は何が起こるかは分からない。ないとは思うが、ノーブルが何かしないとも言い切れない。
 そんな事を考えていると、周囲のエルフの撤退が粗方終わる。それを確認したリャナンシーも、戦いながら離れていく。
 しかし、エルフの攻撃が緩んだのを察知したからか、相手の攻撃はより一層激しくなる。視界に映るそれは、攻撃に力を集中させているからか障壁を張っていないようで、今が攻撃をする好機。
 とはいっても、他のエルフの撤退は済んでいるし、リャナンシーも苛烈な攻撃を防御しながら撤退を優先させているので、そこまで余裕が無いようだ。
 程なくして、距離を取ったリャナンシーは、一気に速度を上げて更に距離を取る。
 速度の差で撤退は成功したが、折角攻撃をする好機だったというのに。まぁ、そんな余裕はなかったか。つくづく判断が裏目に出ている気がするな。

「さて、これで相手に集落まで到達された訳だ」
「はい」

 撤退を成功させたリャナンシー達から意識を相手に向けると、それは移動を開始していた。
 集落を囲む柵を破壊しながら集落の中に侵入していった相手は、集落の中ほどまで進み立ち止まった。

「ふむ?」

 暫く様子を見てみるも、集落に侵入した相手は立ち止まったまま動こうとしない。

「何をしているんだろう?」

 視界で相手の動きは捉えているが、何をしているのか細かくは分からない。プラタなら直接見ている様に目線や仕草まで判るのかもしれないが、ボクの場合は相手の形を捉えているだけのようなモノだから、流石にそこまでは不可能。いつかはそれが出来るようになりたいが、今はそれのみに情報を絞って世界の眼を使えばなんとかいけるかも? 程度だ。
 つまりは出来たとしてもかなり先の話という事になる。今は動きがあるまで待つか、プラタに状況を訊くしか方法はない。
 ああ、一応フェンやセルパンと五感を共有して、偵察に向かわせるという方法もあったか。機会が無くて全然使っていないので、その存在をすっかり忘れていたが、あれもかなり有用な方法だろう。
 フェンとセルパンが行える影移動は、一回で移動出来る距離にこそ制限が在るも、その範囲内に限っては、いちいち転移先を確認しなければならない転移よりも手軽で速い。使い勝手も転移よりも上だろうと個人的には思っている。
 その影移動の正確な効果範囲はボクには分からないが、少なくともボクの視界よりは広いだろう。
 つまりは、エルフの集落で立ち止まっている相手の動向を調べるのは今すぐにでも可能という事。移動に要する時間も、瞬きするよりも短い。
 ただ、相手の近くに移動するので、その分危険も伴う。二人は強いのでそう簡単に倒されはしないだろうが、それでも心配になってしまうのはしょうがないだろう。これでも一応創造主な訳だし。
 まぁ、今回の相手はその心配はしなくても問題ないだろう。それでも心配だが・・・プラタにばかり頼るのはやはり思うところが在るからな。

『フェン』
『如何なさいましたか? 創造主』

 魔力を通して呼びかけると、返事と共に影の中からフェンが姿を現す。

『ちょっとあの死の支配者が創り出した存在の様子を確認したいから、ボクの目になってくれない?』
『畏まりました』

 頭を下げると、フェンは影を移動する。それとほぼ同時に共有した視界にエルフの集落と、そこに佇む異形の存在が映し出される。
 その異形の者は、おそらく膨れ上がった頭と思われる部分を動かして、周囲の様子を確認しているようだ。
 しかし、どこもかしこも限界まで膨れ上がった身体をしているので、頭を動かしているのがほとんど分からない。分かるのは、多分そうだろう程度。
 飛び出している眼球が動いているのは一応分かるから、周囲を見渡しているのは合っていると思う。その様子は、何かを探しているようでもあり、ただ周囲を確認している様にも見える。

「んー・・・・・・」

 その様子を眺めながら、動く気配が無いようなので、何をしているのか考えてみる。
 といっても、相手の情報はほとんど無い。
 見た目でエルフを核に、爬虫類の鱗を持つ何かと、触手を持つ何かを組み合わせているのは判る。しかし膨れ上がっていて、細かいところまではよく分からない。もしかしたらこの膨れているのも、別の何かの特徴なのかもしれないが。
 そんな見た目から、現状の予測を何かしら立てるとなると・・・。

「・・・あのエルフが何時生きていたエルフかは分からないが、集落があの位置に出来たのは最近だから、里帰りという訳ではないだろうし・・・そうだな・・・同胞を求めて・・・は、最初の接触の時点で果たされているか。なら、探しているエルフでも居るのかな?」

 親兄弟もしくは恋人や友人辺りだろうか。遺恨からという可能性も存在するので、たとえ予想通りだったとしても平和的とは言い切れないが。
 しかし、見た目には知性があるようには見えないんだよな。飛び出している血走った目は、野獣の様な獰猛な光が在るだけのような気もするし。

「それにしても、動かないな」

 周囲を見渡すばかりで、先へ進もうとも戻ろうともしない異形のそれに、少しじれったさを覚える。ずっと観察しかしていないから、そろそろ退屈してきたのかもしれない。
 それでもこちらから手を出すつもりも無いし、ここまでくれば結末まで見届けたい気持ちもある。
 しょうがないので、エルフ側の様子も視てみるか。
 先に避難したエルフ達は、既にナイアードの湖まで到着して、そこで野営の準備を始めている。リャナンシー達ももうすぐ到着しそうだ。戦士の集団だけあり、同じ集団でも先に避難した集団と比べて移動速度が格段に速い。
 ナイアードはそんなエルフ達を少し離れたところで見守っているようで、畔から離れた場所でその存在を捉えている。

「何か、ナイアードとエルフに距離が無い?」

 視ていて何となくそう感じてプラタに問い掛ける。それは物理的にではなく、心理的な距離とでも言えばいいのか。

「はい。以前ご主人様がこの森を訪れた際に、エルフ達がナイアードの言葉を軽んじたのを切っ掛けに、その後も死の支配者が攻めてきた際にも似たような事があり、ナイアードはエルフに協力こそしていますが、現在は距離を置いているようです」
「ああ、そういえばあったね。そんな事が」

 ナイアードが認めたのにも関わらず、ボクを敵視してきたエルフ達の事を思い出す。まあそれだけ強く人間を嫌っているのだろうが、あれが原因でプラタとシトリーとフェンを怒らせたんだよね。危うくエルフとナイアードを森ごと滅ぼすところだった。
 その時の事を思い出し、もしかしたらそれが原因なんじゃないかなと密かに思う。あの時は三人を止めたボクも恐かったからな・・・ははは。・・・はぁ。
 ついつい昔のあまり思い出したくない事を思い出してしまい、小さく苦笑いを浮かべてしまう。
 それにしても、あの辺りの事が起因となってエルフ達とナイアードの仲が悪くなっていたとはな。・・・ああ、そういえばナイアードに招待されていたっけ。まぁ、約束はしていないから別に無視してもいいのだが。
 まあそれでも、ナイアードが協力しているというのであれば十分だろう。ナイアードが手を貸してくれるのであれば、あの異形の敵にも負けない。
 それにしても、話を聞く限りナイアードは寛大なものだ。
 手を貸して種族を救ったうえに長いこと協力して保護してきたというのに、それでも軽んじるような愚かなエルフを助けるのだから。そんな愚か者達は見限ってもいいだろうに。まあ協力するといっても、一定の距離は置く事にしたらしいが。
 エルフ達は湖の畔に大規模な野営を築いているが、結構時間が掛かっている。近くの集落で暮らしていた訳だし、野営に慣れていないのだろう。
 これはナイアード達が合流する方が早いだろうな。

「ふむ・・・まだ動かないか」

 リャナンシー達がそろそろナイアードの住まう湖に到着する頃になっても、異形の敵はその場で身体を揺らすだけで動きはない。
 そろそろ何かしないかなと思っていると、異形の敵の前にノーブルが現れた。
 何をするのかと思っていると、異形の敵の動きが止まる。

「どうですか? 場所は変わりましたが、久しぶりの故郷ですよ」

 フェンの耳を通して、ノーブルの艶やかな声が届く。
 そのノーブルの問いに、異形の敵は何かを答えようとしているのか、あーだのうーだのと、言葉にならない声を発している。
 そんな声を聞いたノーブルは、何を言ったのか理解しているのか、満足そうに頷いた。

「そうですか。それは良かった。その気持ちを忘れては駄目ですよ?」
「うーヴぁ、あーー」
「ええ、ええ、そうですとも。それが理解出来ているだけ、貴方は優秀ですね」

 再度満足そうに頷いたノーブルは、ちらりと視線をこちらに向けた・・・ような気がした。
 いや、多分向けたのだろう。確実にフェンの存在に気がついているだろうから、その先にまで思い至っていても何らおかしくはない。そのうえで何もしてこないで会話をしているのだから、聞かれたところで構わない会話、なのだろう。もしくは聞かせる為の会話か。

「そんな貴方にご褒美です。まだ時間は在るようですから、もう少し貴方の好きになさい。これから先は暫く貴方のやりたい様に行動する事を許可します」

 艶やかに微笑むと、ノーブルは軽い動作で異形の者から距離を取る。ノーブルが離れたところで、異形の者は動き出した。

「ふふふ」

 ゆっくりとした動きで進んでいく異形の者を眺めながら、ノーブルは小さく笑う。
 うー、あーと呻くように声を出しながら、異形の者はエルフ達が避難していった方角へと進んでいく。
 その背を眺めていたノーブルが、急にぐりんと首の向きを変えてこちらに顔を向けた。

「っ!!」

 それに驚いて息を呑んだ僅かな間に、ノーブルは一瞬で移動してフェンの目の前に姿を現す。
 目と目をくっつけるような、もの凄い至近距離に姿を現したので、視界にはノーブルの眼球しか映っていない。

「覗き見もいいですが、直接見るのもいいですよ?」

 息のかかる距離で、囁くようにノーブルが言葉を掛ける。話の内容から眼前のフェンではなく、その目を介して見ているボクに対して言っているのだろう。
 現在は視覚と聴覚のみを共有しているので、その他は判らないはずなのだが、ぴりぴりとしたものを直接肌に感じている気がする。
 もしかしたら五感を共有していなくとも、フェンが感じているモノがこちらに伝わっているのかもしれない。
 正直、今のフェンにはなりたくない。眼前にノーブルが居るとか悪夢だろう。

「ふふ。それにしても、良い魔物ですね。貴方には勿体ないぐらい・・・ふむ。まぁ、別に返事を望んでいる訳ではありませんが、何か喋ってもいいのですよ? 喋れるのでしょう? その程度は出来てもらわなければ困りますし」

 身体を離したノーブルは、微笑みながら声を掛ける。しかし、相変わらずその目は冷たい。先程も真っ暗な虚でも覗いているような、魂ごと吸い込まれそうな本能に呼びかける感じの恐怖があった。
 おそらくだが、それはこちらに何の価値も見出していない者の目。そこに微量に負の感情が混ざっているようにも思えるが、それは兄さんに関連した件が影響しているのだろう。
 そんな相手に話し掛けるというのも度胸がいるが、折角の分かりやすい挑発なのだ、多分これは乗らなければならないやつだろう。そんな気がする。

「これからエルフをどうするつもりですか?」

 フェンの声を借りて話し掛ける。そうすると気のせいかもしれないが、今までの口の端を持ち上げていただけの様な張り付けた笑みとは違う笑みを、僅かにだが浮かべたような気がした。
 それを目にした瞬間、判断を誤っただろうかと、背中に嫌な汗が浮かんだ。

「エルフを、ですか。別にどうもしませんよ?」
「しかし」
「ああ、あれの事ですか。確かにあれはめい様が創造されたモノではありますが、今回は別に関与していませんよ? ただ休暇を与えて里帰りさせただけですから」
「里帰り・・・」
「おや? あれがエルフを素体にしている事ぐらい気づいているのでしょう?」

 何を今更とでも言いたげなノーブルの言葉。

「ええ、まあ・・・」

 それに頷いて言葉を返す。頷いたのはフェンだが、それはボクの意思だ。

「では、何か問題が? ただ里帰りしただけなのに攻撃されるとは、悲しい話ですね」

 目元に手を当てて泣いているような仕草を見せるノーブルだが、声音は変わっていないので、演技する気もないらしい。

「それにしては、追い詰め過ぎだと思いますが?」
「そうですか? あれはただ攻撃されたから防衛しただけですよ。それとも向こうからいきなり攻撃されたというのに、抵抗せずに大人しく死ねと? ・・・貴方は随分と酷い人間なのですね? いえ、それとも人間らしいといえばいいのでしょうか?」

 冷笑するような響きが僅かに滲む声音でそう言うと、ノーブルは優しげに微笑んだ。

「そこまでは・・・」
「では、どういう意味で? 反撃しかしていないのですが、それを止めろというのであれば、死ねと言っているのと同義ですよ? それとも、先ほど覗き見しておきながら、あれがまともに喋れるとお思いで?」
「・・・・・・」
「ふふ。相変わらず都合が悪ければだんまりですか。・・・しょうがない方ですね。それでしたらそちらへ赴くとしましょう」

 ノーブルは変わらぬ笑みでそう告げると、フェンの前から姿を消す。しかし次の瞬間には、ボクとプラタの目の前に現れる。

「こんにちは。遊びに来ましたよ」

 先程までフェン越しに見ていた時と同じ笑みを浮かべたまま目の前に現れたノーブルは、欠片も親しみを感じさせない冷えた声音で声を掛けてきた。

「招いた記憶はありませんが?」

 それにプラタが抑揚の乏しい声でそう返す。

「ええ。貴方にではなく、そちらの方に招かれまして」

 そう言うと、ノーブルはボクの方を手のひらで示す。
 それにボクが何か言う前に、ノーブルは言葉を続ける。

「と言いましても、そんな大層な用事でもありませんので、座ったままで構いませんよ」
「その用事というのは?」
「さぁ? そちらの方から面白い意見が聞けそうだったので、直接赴いただけですよ」
「面白い意見、ですか?」

 プラタがノーブルに向けて怪訝そうな声を出す。面白い意見と言われても、ボクにはそんなものは無い。ただ何か喋らないとと思って問い掛けただけだ。それに、エルフを追い詰めているのは事実。その気が無いなら、集落に近寄らないで戻ればよかったのだから。

「ええ。先程そちらの方から、我らは大人しく死ねと挑発されまして」
「それは違う!!」

 ノーブルの物言いに、思わずそう叫んで否定する。挑発など冤罪にもほどがある。

「おや、そうでしたか? 無抵抗で死ねというのは挑発ではないと? それとも大人しくではなく抗って死ねと?」
「そうではなく。私は挑発などしていませんし、そんな事を言った記憶もありません」
「・・・ふむ。記憶力が無いのか、責任感が無いのか。それとも、お調子者なんですかね?」
「私は、攻撃するにしても追い詰め過ぎではないですか? と尋ねただけです」
「そんな事を言いましたか? まあいいでしょう。しかし、追い詰め過ぎも何も、勝手に攻撃して勝手に数を減らしているのは向こうですが?」
「それにしてもやり方はあったかと。それに集落に攻め込むような真似をして、攻撃するなという方がおかしいかと」
「攻め込むような真似、ですか? ただ一人で森の中を歩くことが攻め込む事になるのですか? 人間やエルフというのは大変ですね。では、貴方方は普段どうやって移動しているのですか? 逆に集団で移動すると無害だと主張出来るのですか?」

 不思議そうな感じで問われるも、表情は変わっていない。分かって言っているのだろうが、さてどう返せばいいのか。

「そんな事は。ただ、普段見ない相手を警戒しただけです」
「警戒したら即攻撃。なるほど。それが普通だというのであれば、人間とエルフは蛮族だという事ですね。・・・分かりました。では、そういう認識でこちらも対応させて頂きましょう」
「違います!!」

 このままでは危険な気がして、強く否定する。おそらくだが、そのままにしていたら人間もエルフも直ぐに滅ぼされていただろう。たとえ本当の事を相手が理解していたとしても。

「では?」
「普通はまず何者であるか問い掛けるものです。しかし、あの異形の存在は喋れませんから、意思疎通が行えなかっただけかと」
「なるほど。何も問い掛けずに攻撃した様に見えたのは私の気のせいだったのですね。大変勉強になりました。ありがとうございます」

 まるで感情の感じられない感謝の言葉を告げられるも、ボクはどう返したものか困ってしまう。エルフが接触した瞬間は視ていたが、その場にいた訳ではないので、警告を発したかどうかまではボクは知らないのだから。

「・・・・・・それは本当で?」
「何がでしょうか?」

 笑みを浮かべたまま、白々しい問いを行うノーブル。

「エルフ達が何も問わずに攻撃したという話です」
「それは私の勘違いだった。そういう話ではありませんでしたか?」
「そういう事ではなく・・・」
「そこまで気になるのでしたら、隣のお人形さんにでも尋ねてみては如何ですか?」

 ノーブルは子どもをあやすような口調でそう口にする。
 つまりボクはその程度の存在という事。まぁ、彼我の力量差を鑑みればそれも頷けるが、こうなったのは主に先程までの問答の結果だろうな。

「・・・・・・」

 しかし、隣から怒りの波動とでも言えばいいのか、そんなものを感じるのだがどうしよう。
 だが、その怒りの矛先がが向いているノーブルは全く気にした様子は無く、視線さえ向けていない。ノーブルにとっては、プラタでさえ取るに足らない存在。という事なのだろう。
 そんな状況の中、ボクはノーブルに言われた通り、恐る恐るプラタに確認する。

「それで、えっと、どうだったの? エルフはいきなり攻撃したの?」
「はい。現在の支配地域に侵入する前に発見され、その異形の姿から発見したエルフ達は即座に攻撃を開始致しました」
「・・・それはまた」

 困って言葉に詰まる。無論、蟲など意思疎通が出来ない敵も多いので、そういう事もあるだろう。弱肉強食の世界なのだから当然だ。しかし、よく分からない相手とはいえ、一応人型なのだから声ぐらい掛けて欲しかった。
 まあその場合は奇襲出来ないというのもあるが、エルフ達と接触する前に見た姿からは敵意の様なモノは感じなかった記憶があるのだが。

「あら? どうやら私の記憶違いではなかったようですね」

 プラタの言葉に、ノーブルがそう口にする。

「つまりはまぁ、エルフ達に私達はそこらに居る虫けらと同列という扱いをされたという訳ですね」

 ノーブルの言葉に、どう答えればいいのか困ってしまう。
 実際は違うのだろうが、それでも憶測でしかない。残念ながら、それを否定出来る判断材料をボクは持ち合わせていなかった。
 とはいえ、ここでそれを否定しておかなければ、おそらくエルフは今すぐ滅ぼされるだろう。そこにノーブルの本心など関係ない。ここでボク達が黙認したのであればそういう事になってしまい、それはそのままノーブル達を侮辱した事になるエルフ達に向かっていく。そしてその先には・・・。

「そういう事ではない、かと。・・・ただ、エルフ達も数が減って過剰に警戒していただけでは?」
「・・・ふむ」

 ボクの言葉に、ノーブルが思案するような声を出す。そこに、プラタの呆れたような声が掛けられる。

「・・・・・・それ以前に、貴女方が以前攻めてきた時に似たようなモノで攻めたのが原因では?」
「それが何か?」
「悪夢を齎した敵の再来。そう認識したならば、警告せずに攻撃するのは当然ではないかと」
「おや、小心者ですね」
「それが当然の反応です。一度痛い目を見た相手なのですから、不用意に近づけばどうなるかぐらい理解するべきではないですか?」
「・・・ふむ。なるほど。それは勉強になりますね」

 表情も声音も一切の変化が見られないので本心では違うのだろうが、そう言って頷いたノーブルはお道化たような仕草を見せた。
 おそらくエルフはこれで直ぐに滅びる事は無いだろう。たとえ視界に映る異形の存在がそろそろナイアードが住まう湖に到着しそうでも、そこにはナイアードが居るのだから。

「しかし、それにしては観察眼の無いものです。あれは敵意など始めから持っていませんし、今でも迎撃こそしてますが、そこに敵意はありませんもの」

 やれやれとでも言いたげに首を振るノーブル。
 それについては何も言えない。直接見ていないが、敵意というか害意というか、そういった攻撃の意思は直接見なくとも平時と比べて魔力が乱れるので何となく分かる。
 これは魔法を発現させようとして魔力を動かすから起こる事だろう。なので、隠蔽しようとすれば出来る。というか、基本的にその辺りは無意識に隠すことが多い。
 しかし、意図的に隠したとしても、視るのが得意な者には見破られてしまうのだが。この辺りは欺騙魔法と同じなので、他人事ではない。

「さて、そろそろ接触しそうですね。あそこには精霊が居ますからあれはそのまま殺されるのでしょうが、それでもエルフ達に会う事は叶いそうですね」

 ノーブルは小さく笑うと、その暗い光しか宿さない瞳をエルフ達が居る方角に向けた。
 そのまま数秒そちらへと視線を固定すると、こちらの方に視線を戻す。

「もっとも、死んだところでめい様の下に戻るだけなのですが」

 優しげな笑みでそう告げるも、やはり薄っすら覗く瞳が恐ろしい。それに、その内容も問題だ。
 死の支配者はその名の通りに死を支配している。なので、あちら側の死は振出しに戻るだけで、こちら側の死はあちらの戦力を増やす事に繋がる。
 つまりは最初から勝ち目などないし、戦うだけ無駄。だが、意思ある死というのは非常に厄介だ。それも積極的なので質が悪い。かといって対処のしようがないというのもつらいところだった。

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