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西の森6

 そう思いながら観察を続けるも、リャナンシー達が敵と交戦した地点から集落まで軍勢を率いて移動しても、早くて一日近く必要だ。
 その間にプラタと会話するにしても、限度がある。まぁ、話す事は色々あるので問題ないだろうが。
 とりあえず立ったままなのも何なので、木の上に移動して足下に空気の層を敷いた後、幹に寄りかかるようにして枝の付け根に腰を下ろす。プラタも寄り添うように隣に腰掛けた。
 そこそこ大きい木の枝なので、二人で並んで座っても少し余裕がある。それでも油断したら落ちそうな感じもするが。
 相変わらずこちらを見ているプラタに目を向ける。
 改めて見たプラタは、以前よりも更に人っぽくなった気もする。髪の艶など作り物という感じではなくなってきた。
 手を伸ばして撫でるように髪に触れてみると、滑るように手が動く。どう表現したらいいのか分からないが。以前とは違う気がする。
 そのまま手を滑らせて頬にも触れてみると、より人肌に近い感触。これで温かかったら、作り物とは思わないだろう。そう思うだけの質感であった。
 それに驚いている間も、プラタはこちらをジッと見上げながら、されるがままだ。

「ああ! ごめん」

 つい勝手に触れてしまい、手を離してそれについて謝罪する。

「いえ、何も問題はありません。ご主人様の御心のままに」

 以前にもやってしまった様な気もするが、学習しないものだ。プラタの言葉を耳にしながら、そう思う。

「ありがとう。それにしても、益々人間っぽくなってきたね」
「そうでしょうか?」
「うん。後は体温があったらもう人間と変わらないと思うよ」
「そうですか」

 そう言いながら、プラタは小首を傾げる。自分では分からないのだろう。まぁ、自分の変化は分かりにくいか。元々妖精は身体を持っていなかった訳だし、余計に。
 とはいえ、それから少し話を聞いたところ、髪が伸びるなどの生理的な変化は無いらしい。新陳代謝まではしていないだろうから、当然といえば当然か。そこまでいけば、もうその身体は人形ではなく人間だろうし。
 それにしても不思議なものだ。そう思いながら話を聞いていく。リャナンシー達はまだ移動中だ。
 リャナンシー達を追っている相手は流石に足が遅いので、更に一日掛かるかもしれない。大体リャナンシー達がその敵の倍ぐらいの速度だからな。
 まぁ、リャナンシー達には途中で少しは休憩が必要だが、その敵には休憩は不要らしい。その休憩している間の差も在るから、もう少し両者の距離は縮まるかも。
 観察しながらそう思うも、それでもまだ時間は掛かる。リャナンシー達ですらまだ到着していないのだ、敵まで到着する時間を考えれば、まだかなりある。その間、プラタと話をしながらのんびり待つ。
 色々な話を聞いていると、影の中からフェンが姿を現す。

「お久しぶりで御座います。創造主」

 影の中に居るのは認識していたが、こうして実際に会うのは六年生に進級してから西の門へと列車で移動した時以来か。

「久しぶりだね。どうしたの?」

 列車の中以外でフェンが自ら姿を現すのは珍しい。なので、もしかしたら急用なのかもしれない。

「はい。以前伝え忘れた事が御座いまして」
「伝え忘れた事?」
「はい。創造主にはあまり関係のない話でしたので失念しておりましたが、ユラン帝国に何やら不穏な動きが在るようです」
「不穏な動き?」
「はい。まだ水面下の話のようですが、どうも創造主の知り合いの姫の命を狙っている勢力が在るようです」
「ペリド姫の命を、ねぇ。誰が黒幕か分かる?」
「はい。間に幾人か人を挿んだり、幾つかに分割して事を成したりと、極力痕跡が残らないように巧妙に細工をしているようですが、黒幕は枢機卿のようです」
「・・・ふむ。奴隷売買に関わっていた人物か」
「はい。その関係で命を狙っているようです」
「うーむ・・・・・・確か、ペリド姫達はまだそれを調べていたんだったか」
「はい。関係者を洗って粛清しているようです」
「なるほど。その辺りか。それについてプラタは知っていた?」
「はい。把握しております」
「・・・そう」

 相変わらずだが、ボクに関係ないと教えてくれないからな。しかしまぁ、面倒な事になったものだ。以前にもそのような話をしていたが、皇帝に次ぐ権力者から命を狙われるとはね。
 とはいえ、ペリド姫側も備えはしているようだし、変に手出しする必要もないだろう。

「この事はペリド姫側は?」
「完全にではありませんが、概ね気づいてはいるようです」
「そう。ならまぁ、いいか」

 気づいているというのであれば尚の事。変に手出しして想定を狂わせてしまったら申し訳ないからね。

「何か進展があったら教えて」
「畏まりました」
「お任せ下さい」

 二人は頭を下げる。
 その後、フェンは一言断ってから影の中に戻っていった。
 それにしても、知らない所で有用な情報が集められているというのは凄いな。ボク一人ではこうも手広く情報収集は出来なかっただろう。プラタ達には感謝するばかりだな。
 プラタ達に対する感謝の念が強くなると、残り二人の事が気になった。といっても、フェンは影の中に居ないので、現在何処かしらで情報収集でもしているのだろう。
 ではシトリーはというと、こちらはよく分からない。そもそもボクは四人の動向は把握していない。
 フェンとセルパンに関してはボクが創造した魔物なので、繋がりを辿れば動向は分かるのだが、プラタとシトリーに関しては全くと言っていいほど知らない。
 特にシトリーは、模様の魔法についての報告はあるのだが、それ以外ではたまに語学学習などで会話をする程度。それもプラタと比べれば頻度は低いので、四人の中では一番動向が判らない相手だろう。
 そんなシトリーなので、今何しているのか想像もつかない。とりあえず、知っているかもしれないプラタにシトリーの動向を尋ねる事にした。

「今シトリーって何しているの?」

 ボクの質問に、プラタは考えるように少し小首を傾げる。

「世界の様々な場所を移動しているようですが・・・詳しい事は不明です」

 何か一瞬言い淀んだ気もするが、気のせいだろう。しかし、シトリーは世界中を回って何をしているのだろうか? まぁ、詳しい事が判らないのであれば、それも分からないか。

「そうなんだ。何をしているんだろうね」
「そうで御座いますね。シトリーの事ですから、ろくな事ではないかもしれません」
「ははっ。まぁ、大丈夫だろうさ。シトリーも優秀だから」
「・・・そうで御座いますね。どう転ぼうとも、ご主人様を裏切るような事はしないでしょう」
「その期待を裏切らないように精進するよ」

 肩を竦めてそう告げる。
 実際、プラタ達はボクの事を敬うが、ボクはそんな大層なモノではない。正直フェンやセルパンはボクが創造した存在だから分かるものの、プラタやシトリーは強さや役割を考えても、ボクよりも遥かに上の存在だろう。
 そんな存在に敬われるのは堪えるものがある。自分の矮小さは嫌というほど知っているのだから。
 なので、冗談めかして答えたが、内心では複雑であった。これが兄さんであれば納得出来るんだが。

「ご主人様でしたら問題ないかと」

 少しも疑っていない声音に、思わず苦笑してしまう。
 プラタはどこまでもボクを信じてくれるが、果たしてボクはどこまでそれに応えられているのだろうか?
 その事を疑問に思いながら時を過ごす。
 自問自答というのはたまにやるが、今回の問題は中々に重い。そして難しい。
 考えながらプラタと話をしていると、気づけば一日経っていたようで、リャナンシー達は既に集落に到着していた。現在は何処かに集まって何かしているが、おそらく今後の方針について話し合っているのだろう。
 敵はまだ離れた場所に居るが、それでも着実に近づいてきている。
 それにしても、やはりいくら探してもノーブルは捕捉出来ないな。まだ何処かに居ると思うのだが。

「プラタはノーブルの位置は捉えてる?」

 ボクよりも探知能力の高いプラタにノーブルの事を尋ねる。といっても、プラタでも捕捉は難しいらしいが。

「いえ。あの者は気配を消すのが得意なようで、何処かへと移動してからは捕捉出来ておりません」
「そっか。やはり死の支配者の関係者は捉えにくいのか」
「はい。ですがそれも、ある程度強い者に限りますが」
「まぁ、確かに」

 少なくとも、リャナンシー達が戦っている敵は補足出来ているからな。

「それにしても、エルフ達はどう動くつもりなのだろうか? まだ話し合いをしている感じだけれども」
「現在は、集落を棄ててナイアードの下まで避難するという意見が優勢のようです」
「なるほど。ナイアードならあれにも勝てそうだね」
「はい。湖で直接戦うのであれば、負ける事は無いでしょう」
「ふむ。やはり住む場所を限定していると強いものなんだね」
「その分存在を強化していますので、限定的な場においては強い存在感を発揮できるのです」
「なるほど。あの湖でのナイアードはどれぐらい強いの?」
「後先考えないのであれば、中位のドラゴンぐらいかと」
「そんなに強いの!?」
「はい。しかし、その場合は短時間で消滅してしまいますので、ほぼ一撃に全てを掛ける形になるかと」
「・・・なるほど。それは使えないね」
「はい。ですので、普通に戦う場合は下位のドラゴンにも及びません」
「ふむ? じゃあ、あの敵と同じぐらいの強さって事?」
「やや上回っていると思いますが、その通りかと」
「でも、ナイアードの負けはないんでしょう?」
「はい。長期戦には向きませんが、それでも少し力を籠めて戦うぐらいは出来ますから」
「その時の強さは?」
「下位のドラゴンとでしたらいい勝負をするかと」
「ほぅ。それなら確かに負けはないか」

 視たところ、あの敵は魔族の将よりは強いぐらい。それも自己修復や自己治癒込みでの強さ、というよりも厄介さなので、それをさせない力でねじ伏せる事が出来るのであれば、負ける事は無いだろう。それだけの力が在るのであれば、あの敵の攻撃を防ぐぐらい容易い事だろうから。
 それにしても、ナイアードがそこまで強いのには驚いた。いや、別に弱いと思っていた訳ではないが、それでも圧倒的な強者の気配は感じられなかったので、そう思ってしまったのだろう。しかし、考えてみればあの時の基準は、精霊ではないが近しい存在である妖精のプラタだったから、そう感じてしまったのかもしれない。
 それでも本気を出せばドラゴン並だったのか。弱点は長期戦みたいだが、ドラゴン並の力があればここら辺の敵なんて一発で余裕で倒せてしまうだろう。
 十分過ぎる力。近くに南のエルフなんて勢力が無ければ、この辺り最強だったろう。湖から離れられないとはいえ、だ。

「・・・ん?」

 そこで思い出す。前に南の森の話になった際、エルフに力を貸している南の森の上位精霊が居る事を聞かされたが、確かその存在であるアルセイドは、ナイアードよりも更に限定的な存在であるが故にナイアードよりも上の存在であるのではなかったか?

「ということは、アルセイドはもっと強いって事?」
「はい。深い森の中でのみではありますが、その強さは通常で下位のドラゴン並、もしくはそれ以上です」
「へぇー。じゃあ、エルフでドラゴン並って話だったけれど、アルセイドだけで既にその域という事か」
「はい」
「なら、アルセイドが全力を出した場合はどれぐらいの強さなの?」
「アルセイドに有利な条件が全て整っている状況で、後先考えずに全力で攻撃したと想定した場合ですと、瞬間的とはいえドラゴンの王をやや超えます」
「!! それは凄いね!」
「しかし、こちらもナイアードと同様に一撃のみの攻撃。一般的に指す、ある程度の余力を残した状態での全力という意味での本気ですと、中位ドラゴンが倒せる可能性が出てくるぐらいかと」
「・・・それは十分過ぎるほどに強いと思うんだけれど」
「左様ですね。この辺りでは過ぎた力かと」
「まぁ、ドラゴンさえろくに来ない場所だからね」
「はい」

 それでもその力はどうなんだろうか? いくら限定的なうえに色々壊れているとはいえ、それでもかなり強い。それを知っては、ナン大公国は愚かどころの話ではないな。
 実力者というのは存外近くに居るようだが、ナイアードは西の森の湖、アルセイドは深い森の中からは出てこないので、手を出さない限りは脅威というほどではないのだが。
 とはいえ、やはりドラゴンというのは別格なのだろう。種族として既に強いのだから。

「しかし、それだけ強いというと制限が凄そうだね」

 色々と話は聞いているが、実際に会った時はそれでも驚きそうだな。

「そうで御座いますね。しかし、行動範囲はナイアードよりは広いですね」
「まあ全域ではないが、南の森の中だからね」
「はい。エルフの支配地域がそのままアルセイドの行動範囲と言ってもいいですから」
「やっぱり森の中は暗いの?」
「はい。全く光が差さないという訳ではありませんが、それでも普通の人間では何も見えないと存じます」
「なるほどね。そんな中でエルフ達も見えているんだよね?」
「はい。問題なく」
「ふむ。それは視力が退化してそうだな」
「御高察の通りで御座います。しかし、エルフも精霊も眼が優れていますので、目で見る必要はありません」
「まあそうだね。直接見る方が何かと不便だから」

 プラタの様に世界の眼で世界を視ているような存在だと、特にそう思うだろう。直接目で見てもそこまで遠くが見える訳でもなければ、遠くの物がはっきり見える訳でもない。しかし世界の眼で見た場合、制限を設けないのであれば、どんなに遠くても対象の材質まで一目で判るほど。
 そんな眼を持っていたら、直接見る必要もなくなるだろう。おそらくだが、精霊も似たような眼を持っているだろうし、エルフも持っている可能性が在る。まぁ、持っていたとしても流石に同じ性能の眼ではないだろうが。
 魔力視だけでも結構色々と視えるものだからな。そう考えれば、本当に西のエルフと南のエルフは別物なんだな。

「南の森は本当に特殊な場所で・・・おや?」

 プラタと会話をしていると、エルフに動きがあった。
 どうも集落の者達を纏めているようなので、ナイアードの下へと移動する事にしたらしい。先行して使者を複数名出しているようだし。
 その間の敵はというと、まだ移動中。大分近くなったが、距離が離れているので避難する時間は在るだろう。

「時間はあるけれど、全員の移動までは難しいかな?」
「はい。戦士は迎撃と時間稼ぎの為に残るようです」
「そっか。戦士も大変だねぇ」

 他人事なので軽い調子でそう口にする。

「はい。肉の盾というのは大変そうな仕事です」
「そ、そうだね」

 もう少し言葉に気を遣って欲しかったが、これもプラタらしいといえばらしい、かな? そういうことにしておこう。

「まぁ、集落を盾にするのは思いきったね」

 集落の各所に移動していくエルフ達。
 エルフの家は基本的に樹上に造られているので、そこから攻撃していく。
 一応木で組み立てた柵が周囲に張り巡らされているので、防壁としての機能も有している。とはいえ、あの相手にそれは意味ないだろうが。
 そういう意味では、集落で戦う必要もない気がするのだがね。
 ただ集落を犠牲にするだけで、あまり意味を成さない気もする方法を採ったリャナンシー達の様子を窺いながら、もう一度リャナンシー達の敵の方へと意識を向ける

「それにしても、リャナンシー達ももう少し頑張ればよかったのにね」

 相手の状態を視ながら、プラタに声を掛けた。

「はい。連戦による連戦によって大分弱らせる事に成功していましたから」
「リャナンシーのあの一撃でかなり弱ってたのにね」

 相手は自己治癒を使っているが、勿論それには限界がある。あれは体内の魔力を使用しているので、体内の魔力が枯渇したら使用できなくなるし、同時に魔法も使えなくなるので、かなり弱体化する事になる。
 リャナンシー達が撤退した時の相手の残存魔力は、開戦当初の二割を切っていた。
 元々の保有魔力量が馬鹿みたいに多かったので、それでもそれなりに在るのだが、自己治癒には結構な魔力を消費するので、あのまま続けていれば、後数時間ぐらいで倒せただろう。防御にも魔力使っていたので、魔力が枯渇すれば他のエルフの攻撃も通ったと思う。
 しかしそれも、撤退したことで無に帰した。
 現在の相手は移動しながら魔力を回復している。体内から回復する量も多いが、周囲の魔力を自分の魔力として取り込めるようなので、回復速度が異様に速い。
 戦闘中は周囲の魔力を取り込む余裕が無かったから体内の回復だけだったようだが。それも回復量は減っていたので、消耗の方が勝っていたようだ。
 多大な犠牲を払ってそこまで追い詰めたというのに、現在の相手の魔力量は八割近くまで回復してしまっている。このままいけば、集落到着時は九割ほどまで回復している事だろう。
 つまりは、もうリャナンシー達に勝機は無くなったという事。あとはナイアードに頼むしかない。

「減った魔力はかなり回復して、欠損は無し。相手の状態は振出しに戻っても、エルフ側の被害は回復しない。それどころか更に被害は拡大していくから、集落の規模はかなり縮小するな」
「戦士の数も激減したのも問題でしょう。今のままでは生き残っても集落の自衛で精一杯になるかと」
「まぁ、今も似たような状況だけれどもね」
「それもそうですね」
「それでも、集落の周辺警戒ぐらいは出来るでしょう?」
「集落が襲われない程度の範囲では可能かと」
「それだけの周囲を警戒出来れば、集落に危急を報せるのも問題ないだろうさ」

 というよりも、そもそもボクがエルフの事を心配する必要はない。正直な話、元々ろくに交流も無いので、エルフが亡んでも何の関係も無いのである。
 それにエルフは人間を嫌っているのだから、人間の助けも求めていないだろうし。

「ま、エルフの問題はエルフで何とかするさ。なんともならなければ亡ぶだけ。エルフ達の性格を考えれば、最後の一人になっても人間には絶対に助けを求めないだろうし、ボクは気まぐれにこうして眺めているだけさ」

 人間を心底嫌っているのもあるが、エルフは基本的に高潔らしい。ただ、無駄に高い矜持の為に亡びそうでもあるが。何処にも助けを求めていないようだし。

「この辺りでエルフを助けそうな勢力ってある?」
「そうで御座いますね・・・ナイアード以外でしたら、異形種かナイアード経由で南のエルフに助けを求める事が可能でしょう」
「ふむ。でも、南のエルフは深い森の中でしか力を発揮出来ないし、異形種は数年前に戦ったばかりだけれど?」
「異形種にとって戦争など日常に近いモノですから、終わった戦争など気にしていません。、ましてや数年も昔の話など。そして南のエルフですが、確かにエルフやそこに住まう精霊は深い森の中でしか力を発揮できませんが、そこから更に援軍を呼ぶ事は可能です」
「例えば? 南のエルフと交流している勢力なんてあるの?」
「他の精霊達です。ナイアード経由でもそれは可能ですが、ナイアードはナイアードの交友があるように、アルセイドにはアルセイドの交友というモノが御座います。それに・・・」
「それに?」
「アルセイドであれば、最終手段として私に助力を頼む事が可能です」
「ほぅ。それは頼もしい。ナイアードはプラタと連絡はとれないの?」
「連絡だけでしたら可能ですが、あちらはどちらかと言いましたらティタ――ソシオ様の方が近しい存在ですので、応援を要請するのでしたらそちらかと」
「ソシオって?」
「以前の名はティターニア。現在はオーガスト様と共に居る妖精で御座います」
「・・・なるほど。それは頼めないね」
「はい。まぁ、今回に限りましたら、ナイアードに応援は不要ですが」
「まあね。必要なのはエルフの方だ」
「はい。ですので、応援を呼ぶ手段は存在し、助力してくれる勢力は存在します。可能性の話でしか御座いませんが、エルフが大した犠牲を出す事なく生き残る可能性は存在しておりました」
「なるほど。それに思い至らなかったのか、それとも矜持故か・・・」

 視界の中で避難と迎撃の用意をしているエルフ達を捉えながら、そんな事を思う。

「前者かと」
「そっか。知識が無いとしょうがないのか」
「いえ」
「ん?」
「それでも、ナイアードに泣き付くという手段は考えられたはずですので、矜持もあったのではないかと」
「なるほどね」

 やはり無駄な矜持というやつか。それとも、最後の意地なのかな? まあ何にせよ、エルフの苦難はまだ続くようだ。
 そういう話をしつつ、時間を潰す。
 といっても、話も大事だ。交流という意味もあるが、プラタ達は基本的にボクに関係ないと判断した情報は、訊かない限りは教えてくれないのだから。
 地道ながらも、そうした情報収集に勤しみながら時が経った。
 そして、遂にエルフと死の支配者側の存在が再度接触する距離まで近づく。

「そろそろかな」
「はい。そのようです」

 エルフ達も相手の接近に気がついているようで、集落の外を気にしだしている。
 相手は歩む速度を変えずに進んでいるので、エルフ達に気づいているかどうかまでは分からない。魔力の方も九割方回復している。
 エルフ達も傷や魔力はある程度回復しているものの、緊張からか疲労の方はそこまで回復していないようで、動きがやや鈍い気がした。

「こう改めて見比べてみても、絶望的だね」
「はい。エルフの数が足りていません」

 リャナンシーを中心に、集落の防壁の内外で大きな円を描くように待機しているエルフ達。今までと同じように囲んで攻撃するつもりなのだろう。
 あれは確かに効果的なのだが、プラタの言葉通りに数が足りていない。視界に捉えている迎撃する為に位置に就いているエルフの数は多いので数える気は起きないが、それでも推定で百前後といったところか。
 その中で相手に攻撃がまともに通るのはリャナンシーだけなのがつらいところ。他のエルフ達の攻撃も無意味ではないのだが、魔力を削る補助程度にしかなっていない。
 その分リャナンシーの攻撃でかなり魔力を削れるのだが、今は相手の内包魔力量がかなり回復しているので、そのまま戦っても先に魔力が枯渇するのはリャナンシーの方だろう。
 そうなっては、他のエルフ達に敵を倒すだけの力はない。魔力を削るといっても、やはり相手の魔力が回復し過ぎている。

「それにしても、あの相手の魔力量は凄いな」

 魔力量だけであれば、ボクよりも上だろう。今まで視てきた中でも有数の保有量だ。おそらくジーン殿よりも上だろうから、ドラゴン級の魔力量といったところか。ただ、魔力運用があまりにも下手過ぎて、消費魔力量もまたかなり多い。
 大味と言えばいいのか、魔法も魔力量に飽かせての攻撃が目立つ。それ故に脅威とはなり得ないのだが、それもいつまで続くか分からない。魔力運用を覚えられたら、相手するのが大変になってしまう。
 まあもっとも、それでも敵にはなり得ないだろう。説明しづらいのだが、一言で言えば脅威には感じないのだ。
 多分・・・・・・攻撃の幅が狭いのだろう。防御も自己治癒頼みで障壁も脆い。それでもエルフ達にとっては脅威なのだろうが、ボクからすれば弱すぎる。なので、あれは魔力量以外に見るところの無い雑魚といったところ。

「おそらく、あれは色々なモノを混ぜ合わせて誕生したのでしょうが、その際に混ぜ合わせた材料が保有していた魔力量がそのまま加算されたのではないかと」
「なるほど。そう言われれば納得出来る魔力量だ」

 溢れるような量の魔力と、扱いきれていない感じ。それは急激に魔力量が増えた証と言えなくもない。

「視た感じ、四五体が混ざっている感じがするからね」
「はい。しかし、以前視た死の支配者の配下と比較しますと、整合性に乏しく、粗雑な印象を受けます」
「ふむ。なるほど。適当に組み合わせたのかな?」
「可能性はあるかと。ただ、それでも何かしらの指針程度はあったのではないかと」
「指針、ね」

 集落まで近づいてきた相手を惹きつけたエルフ達が、対象を大きく囲んで攻撃を仕掛けたのを眺めながら、その指針とやらについて思案する。

「目立った部分と言えば、魔力量と醜悪な見た目だけれど、その辺りかな?」
「おそらくは魔力量ではないかと」
「魔力量が多いのを基本に? でも、あの核になっていると思われる素体のエルフ? だけれど、大した魔力量ではないのでは?」
「核として最適だっただけなのではないかと」
「ふむ。なるほど。そういう考えもあるのか」

 確かに組み合わせるのであれば、その中心となるモノが必要だろう。それがたまたまあのエルフだっただけか。
 視界では、エルフ達の全力の攻撃を受けながら、相手はリャナンシーのみを標的にして攻撃を行っている。唯一の脅威は忘れていないようだが、そのおかげで攻撃はリャンシーが全て引き受けているような形になっており、周囲の攻撃は自己治癒任せにしているようだ。
 一応障壁を張ってはいるが、攻撃に力を割いている分だけ障壁が脆いようで、あまり意味を成していない。
 そうして徐々に魔力を削っていってはいるが、やはりリャナンシーがもっとも相手の力を削ぐのに貢献している。
 相手に攻撃を行わせるのもだが、リャナンシーの攻撃が当たると、大怪我を負うか貫通するので、修復に大量の魔力を消耗している。
 しかし、それでもやはり足りない。攻撃は直撃していないが、相手が消耗している様に、リャナンシーも消耗しているのだから。
 魔力の消費量で比べれば、相手の方が断然多いのだが、元々に差がありすぎる。
 相手の魔力量がまだ七割ほどあるのに対して、リャナンシーはとっくに五割を切っている。いくら精霊の助けが在ろうとも、精霊と同量の魔力を消費して攻撃しているのだから当然だ。
 それに加えて防御や補助もしているのだから、消費量は必然的に多くなっている。
 リャナンシーは、以前より魔力量も増しているのだが、それでも万全で相手の二割も魔力量が無いので、やはり単体では勝てそうにないだろう。

しおり