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西の森2

 エルフの事はまあどうでもいいか。どうせ近くまでやってこないのだ、気にするだけ無駄というもの。
 今はのんびりしながら、プラタと一緒に休憩する。

「世界の方はどう? 死の支配者に何か動きがあった?」

 森に入って直ぐの頃は何も動きは無かった。しかしあれから一月近くが経ったのだ、そう考えればのんびりとした歩みなものだが、それは今はいい。大事なのは死の支配者の動向の方だ。

「大きな動きは御座いません。しかし、死の支配者側の者と考えられる存在でしたら幾つか確認出来ました」
「そうか。次の犠牲者はまだ出ていないの?」
「はい。しかし、新たな犠牲者が出ました・・・」
「新たな犠牲者?」

 少し言い淀むような物言いを不思議に思いつつ、その新しい犠牲者についてプラタに問い掛ける。

「・・・いえ、あれが新たな犠牲者かどうかは正確には不明です」
「どういう事?」
「はい。実は、ドラゴンの王が滅ぼされているのを発見いたしました」
「ドラゴンの王が!?」

 最強と畏れられたドラゴンの頂点たる王が滅ぼされた。それもプラタ達に気づかれる事なく。
 そんな事が出来るのは、死の支配者達だけだろう。もしかしたら迷宮都市を亡ぼす前にもう討伐されていたのかもしれない。

「はい。ドラゴン達の様子がおかしかった為に調べてみたところ、ドラゴンの王が消滅しておりました」
「ドラゴンの王って強いんだよね?」
「はい。死の支配者の前では物の数ではありませんが、それでもその辺の生物に比べれば断然強いです。少なくとも南の森のエルフ程度であれば、森ごと含めても一日と保てずに消滅するでしょう」
「なるほど。それは強いね」
「しかし、滅ぼされてしまいました」
「まあね。相手については分からないんでしょう?」
「はい。痕跡を探ってみましても、少数であったと考えられる程度です」
「やはり強いな」
「そうで御座いますね。痕跡が残っていたのが巣穴とその周辺でしたので、ドラゴン側も王一人ではなかったはずです。しかし、戦闘跡もろくに残されていないほどに圧倒的な力で蹂躙されたようです」
「ふむ・・・つまりは本腰を入れて攻めてきたと」
「迷宮都市の件も在りますので、おそらくはそうであると予想出来ます」
「・・・・・・ん?」

 プラタの話を聞きながら、ふと湧いた疑問について問い掛けてみる。

「ドラゴンの王が討伐されたのは、迷宮都市が亡ぶ前? それとも後?」
「おそらくは前ではないかと」
「ふむ。じゃあ、何で迷宮都市はあんなに派手に吹き飛ばしたのに、ドラゴンの王は密かに処理されたんだろう?」
「迷宮都市が広域に点在していたというのもあるのでしょうが、あれをドラゴンの住まう山に発現した場合は山が吹き飛びますので、それを考慮したのでは?」
「そうかな?」

 首を傾げながら考える。
 プラタの言葉は正しいのかもしれないし、間違っているのかもしれない。個人的には、死の支配者がそこまで環境に配慮するとも思えないが。

「ご主人様はどう御考えで?」
「そうだね・・・迷宮都市の方はわざと派手にしたんだと思うんだよ」
「どうしてでしょうか?」
「うーん・・・そうだね。開戦の狼煙、みたいな感じかな?」
「そうでしたか。しかし、あれから平和なものです。次はどこを攻めると御考えでしょうか?」
「え? えーと・・・ボクは世界には詳しくないからね。そこまでは分からないや」
「左様ですか。では、何故ドラゴンの王は人知れず処理されたのでしょうか?」

 答えては次々に質問してくるプラタ。やはり外からの意見というのは大切なのかもしれないな。
 ボクはプラタからの問いについて考えながら、ついそんな事を思ってしまう。
 それから少しの時間思案すると、プラタの問いに答える。

「うーん。迷宮都市が開戦の狼煙だとすれば、その前に行われたと思しきドラゴンの王の暗殺は・・・ドラゴンの王が邪魔だったから、かな? いや、死の支配者にとってはドラゴンの王でも取るに足らない存在だろうから、それをわざわざ秘密裏に屠ったというのには意味があるはず・・・」

 答えたところで、新しい疑問が湧く。
 小さく疑問を口にしながら、それを新たな方向に導いて思案していく。

「屠られたドラゴンの王についてはよく分からないけれど、もしかしたら山の景色が気に入らなかった、とか?」

 あり得ないと笑い飛ばせればよかったのだが、そんなくだらない理由だとしても、死の支配者は真面目にそれに取り掛かる。その結果として、死の道が出来上がる訳だが。

「・・・そういえば、現在のドラゴン達はどうなっているの? 王が消滅したのであれば大変な事になっていると思うけれど?」
「はい。それでしたら、何かが居ました」
「何か?」
「はい。新たにドラゴンの頂点に立った何かが居りました」
「ふむ。何かは分からないの?」
「はい。見た目はドラゴンですが、中身は違う何かでした」
「なるほどね。死の支配者側の何か、て事かな?」
「おそらくは」

 それはまた厄介なものだと思いつつも、同時に、わざわざ次の王を派遣したのだろうか? と疑問を抱いた。
 しかし結局、よく分からないままに新しい情報が次々と入ってくる。
 それを消化出来ないのは、何とも気持ちが悪い。しかし、それを分析するには材料が足りていないから、推測で考えるしかない。

「わざわざ秘密裏に頭を挿げ替えたという事は、ドラゴンの山が重要なのか、それともドラゴンが重要なのか・・・もしくは見つからない事が重要?」

 推測なので答えは出ないし、思いこんでもいけない。それでも予想を立てる事には意味があると思う。

「不明ですが、その中でしたら見つからない事が重要なのではないでしょうか?」
「ふむ。そうだね。それか気まぐれかだけれど、合図が迷宮都市。ドラゴンはその前の小手調べと言ったところか」
「その辺りかと」

 面倒なモノだが、しかし迷宮都市の次がまだ来ない。次の標的が何処かは知らないが、人間界でない事を祈ろう。

「さて、そろそろ休憩を終わろうか」
「はい」

 立ち上がると、プラタも続く。片付けを済ませて森の奥を目指して歩みを再開させる。
 まだ天上は暗いままだが、気にしない。寒さは魔法で何とかしているから大丈夫。
 正直このままの速度では、森の往復を六ヵ月で行うのは難しい。しかし、一度森と荒野の境界まで行っているので、そこに転移は可能だ。一応転移先は事前に世界の眼で確認するが。
 帰りも同じで、転移が可能。なのでのんびりしているのだが、目的なく彷徨うのも少し飽きてきたな。
 そんな事を考えつつ森の中を進む。プラタが一緒に歩いているというのに、結構襲ってくる敵性生物は多いんだな。これは統治者が居なくなったからだろうか。

「・・・うーん」

 薄曇りの夜空に視線を向けながら、そろそろクリスタロスさんのところへ行ってみようかなと考える。最近の変化は雨がたまに降るぐらいだからな。

「如何なさいましたか?」

 思案げな声を漏らしてしまったところ、隣でプラタが可愛らしく小首を傾げて問い掛けてくる。

「ああいや、そろそろ一度クリスタロスさんのところへ行ってみようかなと思っただけだよ」
「あの天使のところへですか? 何か御用がおありで?」
「ううん。ただ、訓練所を借りたいなと思っただけだよ」
「左様ですか」
「うん。そろそろ魔法の研究もしたくなってね」
「研究・・・最近ご主人様が御使いになられている、少し離れた場所で魔法を構築させる魔法ですか?」
「そう。あれをもう少し洗練させた後に次の段階に進めたくてね」
「次の段階、ですか?」
「魔力で攻撃したいんだよね」
「・・・なるほど。流石はご主人様で御座いますね」
「まあでも、上手くいっていないんだけれどもね」
「そうなのですか?」
「うん。魔力に殺傷能力を持たせるのに苦戦してる。属性も乗せられないからね」
「そうでしたか。魔力というモノはこの世にあって存在しえぬモノですので、それ故かもしれませんね」
「ん? そうなの?」
「はい。ですので、形を持たずに形を持つことが出来、距離も時間も関係ないのです」
「ふぅん。・・・ならば存在させれば攻撃が出来ると」
「はい」
「だけれど、その場合は既に魔法じゃ?」
「そうとも言えますね」
「ふむ?」

 プラタの物言い的に、魔法というモノもまたボクの認識とは異なるのかもしれない。しかし、それがどう違うのかは分からないが。
 まあ折角だから、その辺をプラタに訊いてみよう。

「そもそも魔法ってのは何?」
「魔力をこの世界に顕現させた姿です」
「なるほど。じゃあ、魔力をこの世界に存在させたら魔法と言う事?」
「はい」
「じゃあ、幽霊は魔法?」
「広義で申しますとそうなりますね」
「ふむ」
「広義で申しますと、生物も含めてこの世界そのものが魔法ですが」
「ん? どういう事?」
「そのままの意味で御座います。全てではありませんが、この世界は魔力により構築されております。ですので、魔力が実態を持った姿という意味でしたら、この世界は魔法という意味で御座います」
「・・・なるほど」
「ですが、この世界を魔法と称するには少々特殊ですので、実際には魔法ではないでしょう」
「ふ、ふむ」

 段々と難しくなってきた。まだ言わんとする事は理解出来るが、妙な方向に向かっている気がする。

「では魔法はといいますと、この世に顕現した魔力ではありますが、この場合は魔法としての性質が与えられた魔力と言い表した方がいいでしょうか」
「魔法としての性質?」
「ご主人様が魔法と認識されているモノで御座います」
「う、うん?」

 魔力がこの世に顕現したら魔法。
 魔法は魔力を精製して属性を付与して構築したものだと思っていたけれど、それを魔力に与える? 段々頭が痛くなってきた。

「そうして魔法として生み出された魔力が魔法なので御座います。その理屈で申しますと、ただ顕現させただけの魔力は魔法とは言えないので御座います」
「そ、そこは分かった・・・多分」

 つまりは、魔力をただ魔力としてこの世に顕現させれば、それは魔法ではないという事だろうか? ・・・何だか屁理屈みたいになってきたな。
 そんな話の後もプラタの魔力講義は続くが、だんだんと怪しく、また高度になってきて理解が追い付かない。それでも以前よりは魔力と魔法への理解が進んだような気がした。
 折角なので、魔力を魔力としながらも攻撃の特性を付与してみる。

「む、むむ? むむむ!?」

 そうして試してみるも、上手くいかない。やはり理解力が足りていないのか、それともいきなり出来るものでもないのか・・・両方かな?

「むー・・・難しい」
「ご主人様であれば、直ぐに修得可能です」

 プラタの何の疑いもない全幅の信頼を寄せる声に、小さく苦笑いする。その信頼があまりにも重いと感じて。
 とはいえ、それに応えたいとも思うので頑張りはするが、過度な期待はあまりしないで欲しいな。

「だといいけれど」

 プラタにそう応えてもう一度挑戦してみる。しかし、結果は同じ。

「ふぅ」

 話を聞いている内に緩めていた歩みを元に戻す。やはり研究はクリスタロスさんのところでしよう。
 そんな風にしながらも、森の奥を目指して進んでいく。途中で休憩を挿んではいるが、一日の大半を移動に費やしているな。

「・・・・・・ん?」

 そうして森の中を木を避けながら適当に蛇行して進んでいると、視界に妙なモノを捉える。
 異質な魔力を内包する、それなりに大きなそれは、ゆっくりとした動きで進んでいる。そのまま真っ直ぐに進めば、いずれはナイアードが住まう湖に到着しそうだ。
 ボクが反応したのに気がついたプラタが、肯定するように一つ頷いた。

「あれは?」

 プラタが頷いたのを確認したところで問い掛ける。

「詳細は不明ですが、死の支配者が遣わしたモノかと」
「それは、次の標的はここって事?」
「その可能性も御座いますが、おそらくは違うかと」
「違う?」
「はい。まず感知している反応ですが、以前死の支配者が人間界に攻め入った時に連れていたモノ達と酷似しておりますので、死の支配者側のモノであると推察出来ます。しかしながら、攻め滅ぼすつもりであれば、戦力的に心許ないかと」
「ふむ。それでも強そうだけれど?」
「エルフ達のみであれば単独でも問題ないでしょうが、エルフ達の住まいの近くにはナイアードが居ますから、確実に殲滅するにはもう少し戦力が欲しいかと」
「なるほど。それで次の標的ではないって事か」
「はい。迷宮都市やドラゴンの王の件を考えれば、あまりにも温い攻めです」

 そのプラタの言葉に、なるほどと頷く。
 確かに視界に捉えている何かは強い。しかし、多分ボクでも倒せる程度の強さでしかないので、圧倒的とはいえない。今まで見知った死の支配者の言動を思えば、殲滅するなら確実性を持って圧倒的な戦力で殲滅に取り掛かるだろう。なればこそ、今回は別口と考えるべきだろうな。プラタ曰く、死の支配者側である事は間違いないようだし。
 しかし、死の支配者は既に世界に対して攻撃をしている。それも小手調べというか、死の支配者側にとっては遊びの様な攻撃。もっとも、攻撃を受けた側は冗談では済まされない被害を出しているのだが。
 その遊びの様な侵攻の際に、この森も攻撃を受けた。それはエルフ達とナイアードが協力して退けたらしいが、視界に捉えている相手は、おそらくその時ぐらいの強さなのだろう。つまりは既に済んでいる過程。
 まるで周回遅れのような出来事に、これは死の支配者は関係していないのではないかという考えすら浮かぶ。
 しかし、死の支配者の駒を死の支配者に無断で使うとは考えられないし、視界に捉えているのは間違いなく死の支配者側のモノだ。

「どういうつもりだろうか?」

 つまりは、少なくとも死の支配者はこの事を認知しているという事になるが、では何故こんな二番煎じみたいな事を? 駒を動かすのは知っていても、使用用途までは知らなかったとか? まさかね。あの油断ならない絶対者に限ってそれはないだろう。

「分かりませんが、迷いなく進んでいるところから、標的はエルフかナイアード。もしくは両方であると考えられます」
「うん。でも、これは前にやったよね?」
「はい。それで、如何致しますか?」
「ん?」
「このまま放置なさるのか、確認に行くのか、はたまた手を貸されるのか」
「ああ。そうだね・・・」

 この場合はどれが正解なのだろうか? 今のボクに確固たる目的は存在しないので、時間はある。しかし、エルフとナイアードにはあまり関わりたくない。
 エルフは人間を嫌っている。それこそ親の仇の様に憎んでいるので、前回は命を狙われたほどだ。大した脅威ではなかったけれど。
 それは魔族の軍を追い返すのに力を貸しても変わらなかったのだから救いようがないぐらいだ。
 そんなエルフほどではないが、ナイアードも似たようなモノ。
 つまりは助ける価値も無ければ意味も無いという事。それに、一度撃退しているのだから問題はないだろう。それでも、気にはなる。

「何が攻めてきているのか確認してみようか。その後に様子を見るかどうかは後で決めればいいし」
「畏まりました」
「ま、助ける気も協力する気もないけれど」

 進路を視界に捉えている何かに変更しつつ、そう付け加えた。

「それでよろしいかと。あの者共は礼儀を知らぬ愚か者達。自衛出来ぬのであれば、亡びて当然かと」

 前回の事をしっかりと覚えていたようで、歩きながらプラタが同意してくる。
 それに小さく笑う。エルフ達が亡びても構わないという気持ちはボクも同じだった。
 ナイアードはまぁ、プラタが気にしていないようなので、エルフと同じ扱いでも構わないだろう。そんな事はボクが気にする様な事でもないのだから。
 プラタと共に視界に映る何かを目指して森の中を進んでいく。
 最初に捉えたのが視界の端であったので、間には結構な距離がある。
 それを歩きながら感じて、自分の視界も広くなったものだと改めて認識すると、我が事ながらに感心した。
 まあそれに加えて対象も移動しているというのもあるが、対象の移動速度は遅く、またこちらから逃げるような軌道でもないので、それはあまり関係ないか。
 それを捉えつつ、その進行方向、つまりはエルフ達の様子も確認する。
 ナイアードが住んでいる湖から少し離れた場所に居を構えているエルフ達は、大部分が現在もそこで生活を営んでいる。しかし、一部は周辺の警戒に集落を離れて行動しているようだ。
 その周辺を警備しているエルフ達の姿もこちらからしっかりと捉えている。それが全てかどうかは分からないが、今はそれなりに戦力が居ることが判ればそれでいい。あっさり滅ぼされてもつまらないからな。
 両者の距離はまだ数十キロメートルは離れている。何かの移動速度を思えば、エルフの集落へ到着するのは明日か明後日といったところか。
 もっとも、エルフ側が周辺を警備しているので、警戒している範囲も考慮すれば、両者が接触するのは明日で間違いないだろうが。

「さて」

 その前には何かの姿を拝みたいところだが、彼我の距離はエルフ達との距離よりも離れているので、急がなければ先にエルフ側が発見してしまう。

「少し急ごうか」
「はい」

 ボクの言葉にプラタが頷くと、一気に速度を上げる。
 ペリド姫達では置いていってしまう速度でも、プラタなら難なく付いてくる。というよりも、二人で全力で移動した場合、転移を使わなくともボクよりもプラタの方が遥かに速いことだろう。
 実際に見た訳ではないが、何故か確信があった。それは多分、未だにボクがプラタに追い付いていないからだろう。それでも何となくではあるが、背中ぐらいは見えてきた気がする。ま、それでも遥か彼方ではあるが。
 そんな風に自分の成長を少し感じながら森の中を駆けていくと、すっかり辺りが暗くなったところでそれを視界に捉える。

「・・・趣味の悪い」

 離れたところから視界に収めたそれは、辛うじて元々は人型だったのではないかと予想出来る姿をしているも、頭部や胴体、手足を無数の虫に刺されて最大限まで腫らしたような姿をしていて、突くどころか触れるだけで破裂しそうにも見える。
 そんなボコボコと肉が盛り上がっている何かの頭部には、黄色のような金色の糸の束がそこかしこの肉の合間から飛び出しているが、おそらくそれは髪の毛なのだろう。
 顔の方は片方の眼球が飛び出しており、目元部分にぶら下がっている。もう片方も飛び出しているが、こちらは腫れ過ぎて眼窩に収まりきらなかった感じだ。
 鼻や口は肉に埋もれてよく見えない。ただ、耳は僅かに尖端が顔を出していた。

「うーん・・・もしかして、あれはエルフなのか?」

 尖った耳の先を見てそう思うも、首から下は人型ではあってもエルフかは微妙なところ。
 そもそも人間と比べて、耳以外でエルフに身体的特徴は無いと言える。やや線が細いが、それも確実ではない。
 まあもっとも、手が触手の様になっているのはエルフではないだろうし、盛り上がった肉に鱗の様なモノが生えているので、別の何かも混ざっているのは確実だろう。

「様々な種族が混ぜ合わさった存在のようです」
「混ぜ合わさった、ね。死の支配者はそんな事も出来るのか・・・流石は死を支配しているとでも言えばいいのか」

 死を管理するというだけでも訳が分からないというのに、その上でそれを混ぜ合わせる事が可能というのは、恐怖でしかない。それに、その結果である視線の先の産物は確かに強力になっている。素体がエルフであったならばだが。

「前回はそれに加えまして、あの混ぜ合わさったモノが使用する魔法は新しい魔法でした」
「新しい魔法?」
「はい。死の支配者が使用する魔法とは似ているものの、違う系統の魔法のようにも感じました」
「ふむ。それは興味深いね」

 以前にも聞いたような気もするが、これからのエルフとの戦いでその新しい魔法とやらを使うだろうから、それを思えば観察が楽しみになってくる。
 それにしても気持ち悪い見た目をしているな。
 周囲が暗い事もあるが、黒っぽい青色の肌はてらてらと艶めかしく光っており、触手の様な腕は地面まで届き、それを引きずっている。
 下半身は人間のモノに似てはいるが、足だけが妙に大きく、安定性はありそうだが森の中では動き難そうだ。
 生理的嫌悪を催すその見た目に、思わず目を逸らしたくなる。
 それでいて、何か革製の服の様なモノが肉の合間から覗くが、意味があるのだろうか? その身体中がボコボコと腫れあがった姿は、全裸でも服を着ていても似たようなモノだと思うのだが。
 そんな事を少し思い、場違い的に呆れてしまった。しかしおかげで、僅かだが気持ち悪さが緩和されたような気がしたので、結果的には良かったのだろう。
 それに、もしかしたら最初は普通の体形だったのを、最終的に死の支配者にあの姿に変えられたのかもしれない。
 ・・・さて、もうじき空が白みだすが、エルフ達との接触は昼過ぎだろうか。少し急ぎ過ぎたようで、まだ時間があるな。





「報告します! 北側より奇怪な姿をした、見た事の無い存在が接近して来ているのを確認!」

 昼が随分と過ぎた頃。遅めの昼食を摂っていたくすんだ金髪のエルフは、駆けてきたと思ったら目の前で片膝をついて有無を言わさずその報告を行ったエルフを怪訝な表情で眺めながら、昼食を摂っていた手を休めて身体の向きをそちらに変えた。

「奇怪な姿、ですか? もう少し詳しく判りますか?」

 くすんだ金髪のエルフは、急な報告に驚きながらも、情報を得ようと冷静に問い掛ける。

「はっ! 膨れた巨大な何かとしか」
「膨れた巨大な何か?」

 報告を受けたくすんだ金髪のエルフは、報告通りの姿を自分なりに頭に思い浮かべ、なんだそれはと柳眉を寄せた。

「はい。それ以上の詳細は不明。我らも初めて見る相手でした!」
「そう。それで、こちらに何か用なのかしら?」
「発見して直ぐに報告の為に派遣されましたので、それは続報をお待ちください!」
「そうですか。監視は継続しているのですよね?」
「はい!」

 くすんだ金髪のエルフの問いに、報告に来たエルフが頷いたところで、新たなエルフが血相を変えて飛び込んできた。

「ほ、報告します!」

 その見るからに緊急事態という様子に、場に緊張が走る。
 そんな中、くすんだ金髪のエルフは変わらず冷静に急いで跪いたそのエルフに手振りで続きを促した。

「謎の存在と交戦を始めました!」
「ふむ。それは今しがた報告にあった奇怪な存在の事ですか?」
「はい! それで間違いありません!」

 容易に想像がついた展開を確認したくすんだ金髪のエルフは、小さく息を吐く。

「詳細を」
「はっ! こちらに向かってくる謎の存在を発見した警備隊が警告を発しようとしたのですが、部隊の者が暴走して攻撃を行い、それで仕方なく他の警備隊も攻撃を開始。それに対して謎の存在は、反撃しながらも足を止める事無くこちらに向かってきています!」
「何故いきなり・・・いえ、それよりも、損害は?」
「警備隊に負傷者が出ておりますが、交代で攻撃を継続。死者や重傷者は出ておりません。また、防壁まではまだ距離がありますので、そちらへの被害は現在のところは皆無です!」
「戦況は?」
「負傷はさせておりますが、移動速度は変わっておりません!」
「なるほど。それで、その謎の存在に心当たりは?」
「ありません」

 申し訳なさそうに首を振った伝令に、くすんだ金髪のエルフは僅かに考え、報告に来た二人を下がらせる。
 礼をして退出した二人の背を見送ると、くすんだ金髪のエルフは大きなため息を吐いて、食べかけの食事へと目を動かす。

「食事をしている場合でもないですね」

 くすんだ金髪のエルフは、後ろに控えていた世話役のエルフの女性に食事を下げさせる。

「・・・ああ、後で食べるので、問題ないのであれば取っておいてください」
「畏まりました。リャナンシー様」
「指示を出したら直ぐに戻りますので、そんなにかからないと思いますので」

 困窮するほどではないが、潤沢に食材が在るという訳でもないので、食べ物を捨てる事に抵抗を感じたくすんだ金髪のエルフ、リャナンシーは、そう世話役のエルフに伝えて足早に部屋を出る。

(とりあえず新しい交代要員を送り、防壁の方にも兵員を送らなければならない。物資もだし、周辺の警戒も密にしなければ。陽動の可能性もあるからな)

 移動しながら、リャナンシーはこれから必要な事柄を頭の中に思い浮かべていき、どの順番でどの様に指示を出していくかも急いで組み上げていく。

(意思疎通出来る存在が少ないとはいえ、見知らぬ相手に警告を行う前に攻撃するとは。その事に対する処罰も考えなければならないが、それは後だ。それにしても大集落の長、か。責任は重大だな・・・)

 今後について頭で組み立てながら、片隅で改めて自分が就いている地位について考える。
 まだまだ若輩であるリャナンシーが、西の森に住む全てのエルフを纏めた大集落の長を務めているのには勿論理由がある。
 エルフは西の森の覇者であったのだが、元々はそれなりに数が居る種族であった。しかし、西の森の支配者を決する戦いでその数を大きく減らしてしまい、西の森の支配者になった時には、勢力圏を維持するので精一杯の人数まで減っていた。
 それから勢力圏を維持しながら長い時が経ち、徐々にその数も増えてきていたが、数年前に魔族の大侵攻に遭い、増えた分以上に数を減らしてしまう。
 それだけの対価を支払い魔族を追い払うも、数が減ってしまい勢力圏の維持も難しくなってきていた。
 それに追い打ちをかけたのが、少し前に在った少数での侵攻。
 相手は少数だったというのに、そのあまりの強さにエルフは潰滅的な被害をこうむる。
 西の森に住む精霊であるナイアードと協力してその侵入者は何とか撃退したものの、その結果、種の存続が危ぶまれるまでに数を減らしてしまった。
 その為、今まで通りに幾つもの集落が森の各地に点在しているような事は望ましくないと結論付けたエルフ達は、ナイアードに頼み近くに住まわせてもらう事になった。
 魔族の侵攻から新たな集落を作るまでの一連の出来事を全て指揮していたのが、何を隠そうリャナンシーその人であった。魔族の時は最後だけではあるが。
 そういう経過があったればこそ、各集落の年配の長達を差し置いて、大集落の長なんてものに就任させられた。
 リャナンシー自身は小さな集落ならまだしも、西の森に住まう全てのエルフを統治するなど、経験不足の自分では不可能だと口にしたのだが、いやはや、数の暴力とは時に恐ろしい結果になるのだという事を、リャナンシーはこの時に身をもって知ったのだった。

しおり