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19話 走馬燈で夜巳がえる記憶 その1


傷口から血が流れ、砂地に染み込む、意識は少しずつ遠ざかっていく。
かすむ目で見る、空に浮かぶ黒いエネルギーの塊・・・

そうだ、エネルギーなら奪えるかも? そう閃いた俺は、右手を天に向けて、エネルギー吸収の準備を始めた。

(……無駄だ、我が存在の一部となり、我が記憶の一部になるがいい)

頭に直接響く声、今まで感じた事のない念話(テレパシー)の響きが、重く頭に響き渡った。
恒星のエネルギーを取り込んだ時と同じ要領で、力を開放していった。しかし、力はあれに届いているようだが、変換ができない。ついに右手を上げている力が無くなり、砂塵を起こしながら、腕が落ちた。

「千年も生きたが、あっさり終わったな」
(……この力、お前は・・・)

目の前が暗くなる・・・

……


暗闇の中を泳いでいる感覚、前方に光の穴が見える、意識はそこに吸い込まれた。
光を抜けると森が眼下に広がった、森の中央に社が見えた。

これが、走馬燈と言うやつか・・・この景色は視たことある、熱田神宮だ。
視界は突然拡大し、森の中に入っていった。2人の男性が会話しているのが見えた、一人は若い姿をした俺、もう一人は・・・誰だったかな? 俺は対面する2人を見下ろし眺めていた。

「兼次、すまんな呼び出して」
「話とはなんだ?」

「実は、これだ・・・」と男は、懐に手を入れ赤い紙を取り出し広げて見せた。
「召集令状か…そうか、戦地に行くんだな。で、最後の別れと言う事か?」

「お前、口の悪さは相変わらずだな。確かに、現在の戦況は悪い……帰ってこれないかもな」
「こんな場所で話すのもなんだ、酒でも飲みに行こう。奢るぞ、じっくり語り合おうじゃないか」

「ところで兼次、白井夜巳って女を知っているか?」
「知らないな・・・お前の恋人か?」

「忘れたのか・・・」
「何を言ってる? 行くぞ、鶏鍋でいいか?」

2人は鳥居に向かって歩いていった、俺はそれを後ろから見ていた。
思い出した、確かこれは第二次大戦の時だったな。
しかし、なぜここで夜巳の名前が出てくる?

2人を後ろから眺めていると、前方に見える鳥居の先は、白く光っていて先が見えない。その光は俺の方まで届き、見えていた風景を一瞬で掻き消した。
眩しさで手で目を覆う……

……


光が消えて新しい景色が少しずつ広がっていく。

瓦屋根の木造平屋の家が建ち並んでいる、道は土で舗装されておらず、所々に小石が落ちている。周辺を見渡すと、ひときわ大きな建物が目に飛び込んできた。
周辺の建物は高くても2階建て、多くは平屋だ、周りが低いから巨大な建造物は、より大きく見える。

那古野城(なごやじょう)か、走馬燈とはいえ木造の那古野城を、見るのは久しぶりだ。
この風景は、確か江戸時代だったかな・・・色々と思い出してきた。
視界が下がり、狭い裏路地で2人の男性が会話しているのが見えた。

「兼次、知ってるか?」
「どうした? そわそわして」

「ついに那古野(なごや ※1)に遊郭が出来たって」
「知っているぞ、行くんだろ?」

「でも・・・懐具合が」
「俺に任せろ」

「ところで兼次、白井夜巳って女を知っているか?」
「遊郭の看板か? なら会わねばな」

「忘れたのか・・・」
ちゃっと(※2)行くぞ、直ぐ回し(まわし ※3)をしろ! 場所は西小路だったな?」

2人は大通りに出ると、人ごみに紛れ消えていった。
あの男、見覚えがあるが名前が思い出せん。しかし、また夜巳の名前がでた。
なんだろう、何かを思い出そうとしているのか?

強い光の霧に包まれる、包まれると同時に光の霧は晴れ上がり、一周に暗闇になった。
前方に見える光のトンネル、意識が吸いこまれる。

……


晴上がった光の霧、眼下には陣幕(じんまく ※4)を張り、甲冑(かっちゅう ※5)を置いた男たちが、酒盛りをしている。松明の明かりに照らされた下部にて、5人組の男たちが賑やかに酒を飲んでいた。男たちの中央に鎮座していたのは、俺だ・・・

酒を飲んでいる、俺の側に男が寄ってきた。

「兼次様、お話が・・・陣の外にお願いします」
「わかった」

2人は陣を潜ると、他の酒盛り集団を避けながら、木が立ち並ぶ人気のない場所に、進んでいった。

「どうした? 一人で(かわや ※6)に行くのが怖いのか?」
「ちがう、半刻前に占った。・・・今川が負ける」

「ほう、確かにお前の占いはよく当たる。しかし、此方は2万、尾張は2千がやっとのはず。
負ける要素が思い浮かばないが?」
「奇襲だ、もうすぐ雨が降る。雨音に紛れて、信長がやってくる。
そして義元様が討たれる。信じてくれ、離脱しよう」

「確かに今までに、何度もお前の占いに助けられたな。よし、逃げるか」
「尾張に行きましょう、そこで藤吉郎と言う名の足軽が、足軽頭に出世します。
そこに仕官します。そうすれば暫らく安泰です」

そう言って男は、背を向け歩き出した。そこで何かを思い出したように、振り返った。

「ところで・・・白井夜巳って女ご存知ですか?」
「どこかで、聞いたことのある名だな・・・俺好みの女か?」

「覚えてないんですか・・・」
「なんだよ、お前の嫁候補か?」

「はぁ~、とにかく急ぎましょう。雨が降る前に桶狭間を抜けます」
「ああ、案内は任せた」

外から見ている自分自身、そのままついて行く。木々の陰に隠れ徐々に暗くなる、そして完全に暗闇になった。

長生きすると、走馬燈も長いようだ・・・まだ続くようだ。

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※1:現在の名古屋市
※2:「早急に」と言う意味、名古屋弁
※3:「支度する。又は、準備する」と言う意味、名古屋弁
※4:戦国時代などの戦において陣地を作るための幕
※5:胴を守る鎧と、頭部を守る兜からなる、日本古来の武具
※6:トイレの意味

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