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第87回「スワーナ勧誘」

 僕は発言の機会を伺っていた。ここは細心をもって当たらなければならない。プラムが僕を見限ることについては避けたい。彼女がいなくなるのは寂しいし、悲しいことだ。その上、魔王との決裂まで迎えかねない。
 プラムはスワーナと僕の両方に注意を向けている。どちらかが何らかのアクションを起こすまで、待つ姿勢に入ったと見ていいだろう。

「わかった。僕はこれ以上何も言わない。スワーナにはそれで納得してもらいたいが、君はどうする。こういう複雑な事情を抱えているんだが、力を貸してくれるかな」
「情けない男ね」

 スワーナの直言が、僕には嬉しかった。

「慎重な男と受け止めてほしいな」
「でも、あなたが置かれている立場はよくわかったし……プラム、あなたが言いたいこともよくわかった。だけど、あたしがアルビオンの策によって大切な存在をなくしたという事実、これも受け止めてもらいたいのよね」
「承知している。王は、おそらく種を蒔いたのだろう。戦うための種を。それは見事に萌芽しつつある。私はそう認識している。この点について、言葉を差し挟むつもりはない」

 プラムは今なお親魔王派だ。僕としてもその事実を再認識せざるを得なかった。もちろん、僕との旅を通じて、中立的な立場になるとまでは期待していない。その期待はあまりにも相手の心を軽んずる考え方だ。
 彼女の生まれや育ちを考えれば、魔王に肩入れするのは当然である。レイムンド一族がどこまで勢力を持っているかまでは知らないが、現政権の利権側にいることは間違いない。
 しかし、僕はプラム・レイムンドという少女に「揺らぎ」を見ている。彼女は救世主アルビオンの幻想のもとに育ち、また僕に付き従ってきただろう。その果てに見たものは、優秀すぎるがゆえに「悪」の部分も併せ持った魔王の姿だ。為政者としては正しくても、プラムの中で正しいとは限らない。

 僕としては、そういう彼女の戸惑いにつけこみたい。
 このように表現すると、まるで僕が彼女を利用しているかのようだ。でも、それは決して間違いではない。僕にとって、彼女は良き旅の仲間であり、読書友達であり、魔王からのお目付け役である。
 一方で、アルビオンもまたプラムを利用している、と思考するのが自然だ。彼女はそうした思惑の中で懸命にもがいている。苦しんでいる。混乱している。ならば、手を差し伸べたくもなる。

「チャンドリカっていうのは、人間の国と考えればいいのかしら」
「考え方は魔族に近い」

 僕は後ろ手を組んだスワーナに答えた。

「種族の別なく登用し、共に歩んでいくことができる理想郷だ。まだ、生まれてさえいないお腹の中の赤ん坊みたいなものだけど、僕はそれを実現することができると信じているし、そのために行動している。君を迎えに来たのもその一環だ」
「これからどうなっていくか、わからないというわけね」
「ああ。あらゆる侵入者を拒むダンジョンを作るというのは、国家運営上の要塞化の一環ではあるけれど、同時に絶対的な防衛力の可能性を証明するという目的もある。よく作られたダンジョンがあらゆる組織的攻撃をくぐり抜けられるのであれば、この世の戦争はグッと減らせるはずだ。僕はチャンドリカをダンジョンビジネスの一大拠点にしようとさえ思っている」

 これは道々でプラムにしか明かしていない、チャンドリカの未来の姿だった。
 だが、僕はこうした言葉や理論の中で嘘をついている。絶対的な防御力など、この世には存在し得ない。盾が進化すれば、矛もまた進化する。その矛盾は往々にして、攻撃力たる矛の方が先行することの方が多い。
 嘘はそれだけではない。高い防御力が本当に国家間の紛争を減少させるかといえば、そんなことはないのだ。
 僕の世界で起きた第一次世界大戦は、極めて凄惨な防御力偏重の戦争だった。ヴェルダン、ソンム、ガリポリ。あらゆる場所で多くの命が消えていった。それでも、恐るべき野心を防ぐことはできなかったのだ。やがて第二次世界大戦が生起するころには、小銃、戦車、航空機、あらゆる分野の兵器が発達し、攻撃力を増大させていた。その末にたどり着いたのが、非戦闘員をも巻き込んだ無差別爆撃、そして原子爆弾だ。

 僕がついている最大の嘘は、すでに僕自身が単なるダンジョンを吹き飛ばすほどの圧倒的な攻撃力を備えているという点だった。その片鱗はルテニアのローレンス城の完全破壊という形で証明している。ただ、地下への攻撃力という意味ではまだ不充分だ。ゆえにこそ、スワーナの作るダンジョンの精巧さと堅牢さには期待を寄せている。
 それでも、いつまでその盾の強さが持つかどうかはわからない。僕の世界の兵器でバンカーバスターというものがあった。爆弾の一種で、地中貫通爆弾に分類される。その原型はすでに第二次世界大戦で生まれていたが、現代のアフガニスタン戦争やイラク戦争において、地下壕に逃れた敵を仕留めるために積極的に利用された。
 地下貫通爆弾には核弾頭を搭載する計画があり、すでに開発されている可能性が十二分にある。矛は常に盾を追い抜こうとするものだ。
 僕の見立てでは、この世界での魔法力はさらなる増大の傾向を見せ、やがて核爆弾や地中貫通爆弾並みの破壊力を獲得すると確信している。そうした矛の勢いに負けぬように盾を進化させることは至難の業だ。

 けれど、防衛力によるパワーバランスの均衡化と絶対的な膠着状態を目指すことは、決して無意味じゃない。そう思う。

「わかった。あたしも自分の迷宮師としての力を振るいたい。元々、そういうふうに考えていたの。ノエミが望むなら、コンドンにだってそんな場所を作るつもりだった。穴はいっぱいあるからね」

 なるほど、コンドンは炭鉱都市だ。

「廃坑も利用できそうだ」
「そういうこと。ノエミはそれも見越して、あたしに最高の迷宮を設計するように頼んでくれたし、生活の便宜も図ってくれた。いつも護衛がついているのは困りものだったけどね。でも、あたしのせいでノエミが死んだって思うと、悲しいな」
「ノエミの死が君のせいなら、駆けつけるのが遅れた僕の責任でもあるな」
「あら、じゃあ、半分背負ってちょうだい。あたしには重すぎる」
「いいとも」

 神、とプラムの声が聞こえた。

「ずいぶんと饒舌じゃないか」
「ああ、スワーナがどうやら仲間になってくれそうだからな」
「私が仲間から外れてもいいのか」

 まさか嫉妬しているということはないだろうが、それにしてもつっけんどんな言い草である。僕はつい笑ってしまいそうになった。

「いいや、それも悲しい。みんな仲良くしていこうじゃないか」
「この世にみんな仲良くなんてものは存在しない」
「違いない。仮に誰もが仲良くできる場所があるとしたら、そこは人口が千分の一ぐらいまで減ってからだろうね。人は金も命もあれば使い切ってしまうものだ。魔族も同じようなもんじゃないか。血族同士のいがみ合いで争っていなければ、今ごろ世界はもっと違った形になっていたはずだ」
「そうかも、しれないな」

 プラムはそれ以上の言葉を重ねない様子だったので、僕はスワーナとの会話に移行した。彼女がいかにコンドンの街で過ごしていたか。死んでしまった護衛たちとのエピソードや、僕に彼女の家を教えてくれた服飾店の店員の逸話まで、いきいきと語ってくれたのだ。
 その流れで、ギャリックが残したという迷宮学の遺産の話になった。

「おじいちゃんは昔の魔王に自分の知識を献上したって話してた。だから、あたしは用済みなのかもね。けど、あたしはもっとすごいのを作ってるんだから」
「期待してるよ。でもなあ、不思議だ。いくら魔王が替わったって言っても、君をスカラルドに置いておかないなんてね」
「だから、餌に使ったんでしょ。本当にひどいよね。ノエミの仇を取るためにも、あたし、チャンドリカを最高の迷宮にしてあげる」

 薄々とだが、僕は別の仮説を組み立て始めていた。ヒントはスワーナが与えてくれていたのだ。そう、魔王軍に寝返ったバハドゥール公国の子爵、シスカ・トゥアゾンのことである。彼女が魔導生命体なるものを製造する技術を持ち出し、その上でスワーナの護衛であるゼネブという存在を生み出したのなら、他の活用方法だってできるはずだ。
 例えば、「ここにいるスワーナ・ボロメオの姿をしたものが魔導生命体だった」としたら、どうだろう。オリジナルのスワーナ、あるいはスワーナに準ずるものを守っている限り、彼女を失うことは大きな痛手にはならないはずだ。
 これは発想が先行しすぎている可能性もあるが、そういう考え方もできる。僕の知らない魔法技術が他にもあるとするならば、さらにおどろおどろしい真実が待っているかもしれない。
 反対に、アルビオンがそこまで考えていないパターンだってある。でも、いつだって相手の知恵を高く見積もっておくに越したことはない。石橋は叩いて渡るものだ。

 それでも、残酷な言い方のようだが、僕は迷宮師としてのスワーナを買っている。彼女がそのための能力を有しているならば、オリジナルだろうがコピーだろうが関係ない。問題となるのは、これから大きな戦が起こった際に、どう立ち回れるかという選択肢の幅くらいだ。
 今は魔王に敵対することはできない。かといって、人類国家を敵に回すつもりもない。他方で、乱世は待ってはくれない。上手く泳ぎきらないと、悲惨な結末を迎えるだろう。やはりコンドンでの後処理が終わったら、チャンドリカに急いで帰ろう。転移魔法を使えるのだから、そこまでの手間ではない。資金の確保の方法も考えた方が良さそうだ。
 コンドンの街が迫ってくるのを見つめながら、僕は成すべきことの優先順位について、あれこれと考え続けた。

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