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第11話 お嬢様、パーティーに行く。(中編)

「え!? 魚ってこの状態で泳いでるんじゃないの!?」
「なんじゃアリシア、お前知らぬのか? 魚というのは元々ちゃんと頭と尻尾があり悠々と海を泳いでおるのだぞ?」
「まさに目から鱗だわ……」
「まったくこれだから世間知らずは困るの~」
「引き籠りに言われたくはないわね」

 姑息なジャンケン対決を終えたエリザベートとアリシアさんはテーブルに並べられた魚料理を話のネタに一息入れていた。
 とりあえずは御三家最後のご令嬢を待つ方向らしい。
 2人の使用人である俺とキャスカさんはそれぞれ主の横に立って話を聞いているのだがこうして友人と語らっているエリザベートは見ていて何とも微笑ましい。
 たぶんそれは向こうも同じなのだろう、だってほら、キャスカさんもこんなに笑ってる。

「ふゥ~。お嬢様、可愛い。早く家に帰ってお風呂にいれたい、ふゥ~ふゥ~」
「……」

 銀髪の後ろに鼻息の荒い変態がいるが見なかった事にしよう。

「はーあ、それにしても家督を継いでから忙しいったらないわね。エリザベート、アンタはちゃんと仕事してる訳?」
「まあボチボチじゃな」

 あのエリザベートさん? 大阪人みたいな返しをしている所悪いのですけど。貴方まったく仕事してくれませんよね。
 雑務はほとんど俺がしてますよね、貴方は俺が出した書類に適当な捺印してるだけですよね!!
 とは言えないのでここは一応黙っておく。俺って偉いな~。

「最近なんか異国の奴隷商人グループが瀕死の状態で逮捕されてさ、(うち)も治療やら取り調べやらでてんてこまいよ」
「それはご愁傷様じゃのお。まあフローレンス家は代々続く騎士の家系、仕方あるまい」
「まあそうなんだけど」

 アリシアさんが当主を務めるフローレンス家は1000年以上続く騎士の家系であり、警察組織や帝国軍に多大な影響力を持っている。
 独自に動かせる兵隊は2000人以上、今日の会場警備を統括しているのもフローレンス家だ。
 まさに帝国の矛と言っても差し支えない。
 そんな家のご令嬢を世界征服の同士に引き入れようというのだがら苦笑いをせずにはいられない。

「そういえば奴隷商人達が倒れていた山で大きな爆発があったらしいけど、あの山ってエレオノール領だったわよね。アンタの屋敷は大丈夫だったの?」
「…… あ~ うん、大丈夫大丈夫」
「なんでいきなり口調が崩れるのよ……」
「問題ない。それよりもサクラは遅いの~ 早くせねば王族達が来てしまうというのに」

 強引に話を逸らすエリザベート。
 まさかアリシアさんも奴隷商人達を半殺しにした犯人と大爆発を引き起こした犯人が目の前にいるとは思うまい。

「でも確かに遅すぎるわね、いつもならもう着いてるのに……」

 懐中時計を見て心配そうな表情を浮かべるアリシアさん。
 確かにこのままだとプログラムにある恒例の御三家挨拶に間に合わないという事もあり得る。

「それなら心配ありまへん。お嬢もワイも今し方到着したんで」
「うおッ!?」

 突然俺達の前に現れたのは狐の面を付けた和装の人物。
 あまりの神出鬼没さに俺はつい声を出してたじろんでしまった。

「皆はん変わらずお元気そうでなによりどすわ」

 この胡散臭い似非方言を話す人物はツバキさんと言ってサクラさんの付き人だ。

「ツバキか、今宵は随分と遅かったのお」
「いやぁご心配お掛けしてえらいすんまへん。ちょっとトラブルがありましてな」
「トラブルって何よ?」
「いやぁ~ それが来る途中でおかしな連中に絡まれましてな。処理してたらこないな時間になってもうて……」

 そう言ったツバキさんの狐面には数滴の血が付いていた。
 恐いよ、ホラー映画みたいだ。 

「はて、その襲われた本人の姿が見えぬようだが?」
「ああ、それならテーブルの下に」
「? 下ってどういう事よ…… ってあああああああ!!」

 円形テーブルの下を覗き込んだアリシアさんは甲高い悲鳴を上げ椅子から転げ落ちる。
 俺もまさかと思ったが、片膝を着いてテーブルの下に視線を下げる。

「!? サ、サクラさん!?」
「うゥ…… 水…… 水をおくれぇ……」

 テーブルの下にはミニスカの黒い巫女服を着た黒髪眼鏡の大和撫子が白目を向いた状態で倒れていた。



「だぁー!! 生き返ったー!!!」

 およそ美少女キャラとして最悪な登場をしたサクラさんは運ばれてきた飲み物を勢いよく飲み干す。

「ほんっと最悪よ最悪!! 何なのあの連中、お陰で3ページ描ける予定だったのが1ページしか描けなかったじゃない!!」

 テーブルをバンバンと叩きながら憤慨するサクラさん。
 どうやら道中何者かに襲われた事で描いていた同人誌のページについて怒っているようだ。
 いや襲われた事自体を気にしろよ。

「災難じゃったなサクラ。まあ(わらわ)程ではないにしろお前もそこそこ顔が広い故気を付ける事だな」
「ていうかアンタ馬車の中でも同人誌描いてるの? どんな執念なのよ……」
「ふっふふ。今年の夏フェスは荒れるよ~ あ、今度エリちゃんとアーちゃんにも手伝ってもらうから!!」

 眼鏡のフレームをクイッと上げニヤつくこの美少女こそ御三家最後のご令嬢にして、超巨大同人サークル《ツクヨミ》の代表、イザヨイ・ヒスイ・サクラノヒメだ。
 彼女はどうも自分の名前のヒメという部分が好きじゃないらしく俺達知り合いには『サクラ』呼びを徹底させていた。
 何故彼女だけ見た目も名前も和風なのかというと、遥かな昔彼女のご先祖様が異世界人(日本人)と恋に落ちた事が原因らしい。
 それが巡り巡ってイザヨイ家の家柄にまで影響を及ぼしたのだそうだ。
 領地名を表すミドルネームはともかく、ファーストネームとラストネームが逆になっているのはそれが理由である。

「にしても御三家を襲うような間抜けというのはどこのどいつなのじゃ?」
「さあ? ツバキちゃんが適当に追っ払っちゃったから正体まではよく分かんない」

 ケーキをモシャモシャと食べながら適当に答えるサクラさん。
 襲われた相手に対する興味が無さすぎである。

「キャスカ、一応警備の連中に警戒するよう伝えてきてくれる?」
「畏まりました」

 アリシアさんの指示でキャスカさんが一旦席を外す。
 すげえ、こんなちっこいのにちゃんと仕事してるんだなぁこの子。

「平民、今失礼な事考えなかった?」
「いえ! 決してそのような事は考えておりません!!」

 何故分かったし。

「アッハハハ、ミコトはんは相変わらず分かりやすいなぁ~ でもワイはミコトはんのそういう所好きやで」
「男に好かれてもまったく嬉しくないです」
「それは残念」

 ツバキさんはお面越しにクスクスと笑う。
 どうも掴み所がないというか飄々としてるんだよなこの人は、まあ数少ない男の知り合いだし仲良くはさせて貰ってるつもりだけど。

「? ツバキさん、仮面にまだ血が付いてますよ?」

 俺はツバキさんの仮面に付着している赤い血痕を拭き取ろうとハンカチを取り出し、彼の仮面へと手を伸ばす。
 しかし――

「止めておけミコト」

 エリザベートがそれを言葉で制した。
 いや言葉だけではない――
 
(な、なんだ。体が動かない!? これもしかしてお嬢様の魔法か!?)

「感謝しますわエリザベートはん。危うく友人の腕を切り落としてしまう所やったさかい」

 そう言ったツバキさんの右手にはどこから出したのか脇差が握られていた。

「気にするな、こちらこそ妾の執事が不作法した許せ」
「ツバキは仮面に触られるの嫌いだものね~ 良かったわね平民、まだ手がくっついてて」

 ニヤニヤとしたアリシアさんの言葉で俺は漸く思い出す。
 そうだった、理由は不明だがツバキさんは他人の前で素顔を晒すことができないんだった。
 
「ツバキさんごめんなさい、俺すっかり忘れてて」
「かまへんよ、だからどうか気を悪くせんでおくれやす」

 相変わらず滅茶苦茶な方言で謝るツバキさん。
 気が付くと俺の金縛りは解け、変な冷や汗だけが額をつたっていた。
 それがエリザベートに魔法を掛けられたせいなのか、それともツバキさんに腕を切り落とされずに済んだ安堵の汗なのかは分からなかったが、

「ミコ×ツバ……アリね」

 サクラさんが今日も元気に腐っているという事だけは分かった。

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