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第一章 小さな歌姫

「出た! 白だ!」
 巨岩の陰から現れたのは魔人の群れ。身長は一メートルくらいで、三日月のように裂けた口からギザギザの歯を覗かせている。口の両端の先には、尖った耳。釣り上がった目の周りや額には深いシワ。頭は禿げている。
 魔人は赤や青、緑や黄色など、虹の七色のどれかに合わせた服を着ている。くすんだ灰色の肌のせいで、余計に原色が目立つ。
 その中に一匹、原則からは外れた純白の服を着た魔人が紛れていた。
 いわゆる『レアモンスター』だ。
「アイリー、頼む」
「うん、お兄ちゃん」
 ピンクのツインテールを腰のあたりまで垂らした女の子が、薄いピンクの手袋を嵌めた手で、手袋と同じ色の魔法の杖を振る。杖の先から激しい火炎が放たれ、魔人たちを焼き払う。
 炎が消え、揺らめく景色の中、一匹だけ姿を残している魔人がいた。その純白の服には、焦げ目ひとつついていない。他の魔人とは違って、白い服の魔人は魔法を無効化する能力を持っていた。
 でも、そんなことはこっちも承知の上だ。
「今度は僕の番だ!」
 白い服の魔人に向かって走る。左手に握った剣を掲げ、振り下ろす。魔人は一歩下がって躱そうとするが躱しきれない。白い服に一筋の切れ目が入り、赤い血が漏れる。
「まだまだ!」
 僕は続けて左腕を振った。二つ、三つと魔人の白い服に切れ目が入り、切り口から血が吹き出す。
「とどめだ!」
 動きが鈍った魔人の腹の中央を、剣が貫く。HPがゼロになった魔人の輪郭が光の粒子となり、消えていった。

 コトッ。
 さっきまで魔人がいた、地上五十センチほどの空間に石が現れ、地面に落ちた。色は白く、円形をしている。コインのような形と大きさだ。
 僕はこの希石(きせき)と呼ばれる石をつまんで拾い上げた。
「じゃあ、これはシェレラのぶん」
 後ろで僕を見守っていた、金髪のショートカットの女の子に白い希石を渡した。ところが、せっかくアイテムを手に入れたというのに、僕に不満をぶつけてきた。
「リッキ、ちょっとはケガしてよね! あたしの出番がないじゃない!」
 得意の回復魔法を使うことなく戦闘が終わってしまったのが気に入らないみたいだ。
「だからって、わざわざダメージ食らうことはないだろ。しょうがないじゃないか」
「ぷんぷん!」
 ほっぺたを膨らませて、僕を睨んでいる。
「ぷんぷん」って、本当に声に出して怒っている人なんて初めて見たよ。

   ◇ ◇ ◇

 僕とアイリー、シェレラの三人が、仮想現実型のロールプレイングゲーム『リュンタル・ワールド』の世界からその元となった異世界リュンタルへ行って戦う、という出来事があったのは三日前のことだった。
 すっかり飽きてしまっていた『リュンタル・ワールド』だったけど、この出来事がまた僕に火をつけるきっかけとなった。この三日間、僕は学校から帰ってくるとすぐ『リュンタル・ワールド』にログインして、この世界での暮らしを楽しんでいた。
 おとといは戦闘をせず、三人で一緒にいくつかの街をひたすら歩いた。慣れ親しんだつもりの街も、くまなく歩いてみると新しい発見があった。リュンタルは広くて、一日ですべての街を歩き尽くすことなんて到底できない。この日行ったのはごく一部でしかなかった。
 昨日はアイリーの友達二人と合わせて五人でパーティを組んでクエストに挑んだ。僕はアイリーやシェレラ以外の人と一緒にプレイしたことがなかったから最初は戸惑ったけど、簡単なクエストだったこともあって、仲良く楽しむことができた。

 そして今日。僕たち三人は、ホームとしているピレックルの街を出て、南側に広がる岩場に来ていた。
 目的は、希石集め。
 希石の色は虹と同じ七種類があって、形は円形、星形、四角形、水滴やハートなどさまざまな種類がある。アイテムの材料となったりクエストをクリアするための鍵になったり、使い道はいくつもあって、どの色のどの形がいつ必要になってもいいように、普段から集めておくことが望ましい。
 でも、今日集めるつもりの希石は、ちょっと違った。虹の七色ではない白と黒の希石、つまり『レアアイテム』だ。普通は希石と同じく虹の七色のうちのどれかの服を着ている魔人だけど、ごく稀に白や黒の服を着た魔人が現れることがある。この魔人が落とすのが、白や黒の希石だ。ただ、倒したからといって必ず希石を落とすとも限らない。根気よく魔人の出現を待ち、根気よく希石を落とすのを待つしかなかった。
 それでも、今日は白黒とも三つずつ手に入れることができたから、三人で一つずつ分け合うことにした。これなら上出来だ。
「今日はこれくらいにしとこうか。明日はどうする?」
「あたし予約入っちゃってるの。ごめんね」
 シェレラの言う予約とは、他のパーティから誘われてその時だけ加わる、助っ人のようなものだ。『リュンタル・ワールド』では回復系の魔法使いが不足している。だから、回復魔法を使えるシェレラには、クエストの時だけでいいから来てほしいという依頼がよく舞い込んでくる。シェレラにとっても、いい経験値稼ぎになっているようだ。
「じゃあ明日は私とお兄ちゃんの二人だね」
「アイリーと二人って……なんか変な感じだな。テストプレイの頃とか、こないだのバグの時とか、そんなもんだろ?」
「えーいいじゃん。たまにはデートしようよ」
 アイリーが腕を絡めてきた。体の距離がぐっと近くなる。
「デートって、兄妹なのにデートって」
「二人とも、明日が楽しみね。頑張ってね!」
「シェレラ! なんでそんな笑顔で送り出そうとしてるの!」
「ありがとシェレラ。遠慮なく独り占めしちゃうね」
 アイリーは絡めた腕に力を込めた。体がぴったりとくっつく。
 僕は天を仰いだ。
 明日、僕はいったいどうなってしまうのだろうか。

   ◇ ◇ ◇

「あれアイリーどうしたの? 今日なんか違うね」
「うん、ちょっとねー」
 昨日決まった通り、今日はアイリーとデートをすることになってしまった。
 アイリーは交友関係が広いから、ピレックルの街を歩いていると知り合いに会うことは珍しくない。今日もさっそく、すれ違った女の子から声を掛けられていた。
「なんか違う」というのは、さっき新しい服を買ったからだろう。いつもの魔法使いとしての格好ではなく、一般人っぽい姿になっている。『リュンタル・ワールド』は戦うだけが遊び方ではない。街の住人として戦闘とは無縁の過ごし方をすることも可能だから、あまり衣装っぽくない、リュンタル的な普段着というものもたくさんある。今日はアイリーだけでなく、僕もアイリーが選んだ普通の服を着ていた、というかアイリーに無理矢理着させられていた。もちろん二人とも、武器は装備していない。
「やあアイリー……、お、お前誰だよ」
 今度はなんだか軽薄そうな男が声を掛けてきた。僕の顔を見上げて睨んでいる。そっちこそ誰だよ。
 アイリーはちょっとムッとした顔を見せた。
「お前って何よ! 私のお兄ちゃんよ!」
「えっ、お、お兄さん、でしたか。それは失礼しました……すみません……」
 男は慌てふためき、こそこそと立ち去っていった。
「ごめんねお兄ちゃん。やっぱ知り合いが多いと落ち着かないね。あんまり行ったことのない街に行こうよ」
「うん……じゃあそうするか」

   ◇ ◇ ◇

 僕とアイリーは、北方の街をいくつか歩いた。ピレックルはリュンタルの南部にあるから、距離はかなり離れている。『(ゲート)』を使えば一瞬で行けるけど、実際に距離がある街には案外そんなに行かないものだ。
 僕はこの地域の街のことを詳しくは知らない。『リュンタル・ワールド』開発初期に作られたピレックルと違って、この辺りは後になってから作られたので、じっくりテストプレイすることなくテスト期間が終わってしまったからだ。正式サービス後に来たのは、今日が初めてだった。
 ピレックルや近隣の街とはだいぶ街並みが違う。これはもちろん、本物のリュンタルが実際にそうなっていて、それをお父さんが仮想世界で再現した結果だ。お父さんはどういうルートでリュンタルを回ったのかな。今度お父さんに聞いて、その通りに移動してみるなんてのもいいかもしれない。
 今の僕は、アイリーについて行っているだけだ。アイリーが掲示板を見ながら街の情報を調べて、ここに行こうあそこに行こうと決めている。のんびり歩いていると、アイリーが繋いだ手を引っ張って「早く!」って急かしたりする。何も手を繋いで歩かなくたっていいじゃないかと思うんだけど、アイリーが言うには「お兄ちゃん左利きだから、手を繋いでても二人とも利き手が使えていいよね」だそうだ。
 うん、まあ……それはそうなんだけど。

「そろそろ落ちなきゃならないんじゃないか?」
 もうだいぶ時間が経っていた。リュンタルにいると時間の感覚が狂いそうだけど、夕食を食べたり風呂に入ったり、現実世界でやるべきことが待っている。
「あと一か所だけ! お願い!」
「……じゃあ次で終わりだぞ」
「ありがとお兄ちゃん。えっと次はね……」

 ギズパスという街に来た。
 ギズパスの『門』は公園の中にある。地面には芝生が敷き詰められ、石畳の道があちこちでカーブを描きながら通っている。歩いている人や芝生で寝転がっている人、ベンチや大きな樹の下で座っている人もいた。石碑があって、書いてある内容から設計者の名前をとってソフォイダン公園という名前であることがわかる。
 僕とアイリーもベンチに座った。僕はのんびり周囲の木々を眺め、アイリーは掲示板で情報を調べている。
「あれっ?」
 掲示板をスクロールさせていた指を止めた。
「コンサートのお知らせ、だってさ。ほら」
 アイリーは掲示板を可視化させ、僕にも見えるようにした。土曜日、つまり明日の午後から開催されるようだ。
「私が最初にやるつもりだったのにー。先を越されちゃったよ」
「そういやコンサートやるって言ってたもんな」
 先週末、僕たちは本物のリュンタルに行くことになってしまったけど、それがなければアイリーはコンサートの打ち合わせをしていたはずだった。
「コンサートって、まだ誰もやったことなかったんだ?」
「うん。楽器はあるからちょっとした演奏会はあったはずだけど、今度のみたいに規模が大きいのはたぶん初めてだよ。歌手も見た感じちゃんとしたアイドルっぽいし。アミカって名前の子なんだね」
 アイリーは掲示板に載っているポスターの画像を二度つついた。別ウィンドウが現れ、ポスターが実物大で表示された。
 子供向けアニメの魔法少女みたいな姿をしたかわいい女の子が、魔法の杖から小さな星を振りまいている。この子がアミカか。見た感じは小学校の高学年くらいの……、いや待てよ、そう思ったら実は年上だった、って経験を先週の土曜日にしたばかりだ。でもさすがにこの子は……。もしかしたら小学校の低学年かもしれない。それくらいに幼く見えるし。
「動画もあるよ。ちょっと見てみよう」
 曲の一部が収録されたPVが流れた。いかにもアニメのような、いわゆるロリ声だ。
「私このコンサート行ってみるよ。お兄ちゃんも行こうよ」
「んー、僕はあんまりこういうのわかんないなー。それに期末テストが近いから、リュンタルもいいけどちょっと勉強しとかなきゃ。アイリーだって勉強しなきゃだろ?」
「あー私そういうのあんま興味ないから」
 興味とかそういう問題じゃないだろ。
「じゃあ、どうせ明日休みなんだし、夜中もずっとデート付き合ってもらおうと思ってたんだけど……、ダメ?」
「ダメ!」
 僕はきっぱりと断った。

   ◇ ◇ ◇

「んっ――」
 椅子に座ったまま、両腕を天井に向けて思いっきり背伸びをする。
 リュンタル三昧だった昨日までとは違って、今日は朝から夜までずっと勉強しっぱなしだった。期末テストは再来週の月曜日から始まる。だから明日も、来週も、きっと今日みたいに勉強漬けになるのだろう。さすがに僕は愛里(あいり)ほどお気楽にはなれない。しばらくはリュンタルにログインしないだろうけど、しょうがない。

 隣の部屋から、ちょっと物音が聞こえた。
 帰ってきたのかな?
 次の瞬間。
「お兄ちゃん、コンサート行ってきたよ!」
 愛里がノックもせずにいきなり僕の部屋に飛び込んできた。ゴーグルもかけっぱなしだ。
 愛里の話を聞いてやるか。今日はもう勉強は終わりにしよう。
「どうだった?」
「すごかった! かわいいし歌も上手いし! それにね」
「わかった、わかったからちょっと落ち着けって」
 愛里のことだから、このままだと整理できていない話を延々としゃべり続けかねない。
 話を遮られた愛里は、ベッドに座って、ゴーグルを外した。足をバタバタさせて天井を見上げる。
「アミカってさ、自分で作詞作曲やってるんだって。他はともかく、さすがにそこはちょっと敵わないなー」
「そうなんだ? それはすごいね」
「お兄ちゃん、もっと感動してよ! 自分で歌を作れるってすごいことだよ」
「そう言われてもさ、歌を聞いてないんだからしょうがないじゃないか。それに『他はともかく』ってなんだよ。戦闘力とか?」
「そこは『かわいさ』に決まってんじゃんもう! わかってないんだから」
 わかんないって。
 それにあのポスターのアミカ、とてもかわいかったし。
「んでさー、私のコンサートのスタッフがアミカのスタッフと知り合いでさ、コンサート終わった後でアミカと会うことができたんだよ」
 いろんな人と会って仲良くなりたい、というのがアイリーの生き方だ。実際、誰にでも気軽に話しかけて不思議なくらい簡単に打ち解けてしまう。特殊能力と言ってもいいくらいだ。
「それで、明日一緒にパーティ組んでクエストやることになったんだけど、お兄ちゃんも来ない?」
 どうやったらそこまで話が進むんだよ!
「僕はテスト勉強があるから行かないよ。愛里もちょっとくらい勉強しなきゃダメだろ」
「えーいいじゃん。私だけじゃないよ、智保(ちほ)だってあんま勉強してないじゃん」
「あのなあ、智保は学年トップなんだぞ。一緒にすんなって」
 智保はとんでもなく学校の成績がいい。隣の家の幼なじみとして、『リュンタル・ワールド』ではシェレラとして、さんざん天然っぷりを見せつけられているけど、智保はただの天然なんかじゃない。僕みたいなごく普通の人間には持っていない何かがあるとしか思えない。たまに勉強を教えてもらうことがあるけど、説明がものすごく上手で、はっきり言って学校の授業より智保から教えてもらうほうがわかりやすいくらいだ。
「そのパーティって、シェレラも行くの?」
「あー、シェレラは他のパーティに予約入ってるから無理だって」
 いつもの助っ人の仕事だ。
「とにかく僕は勉強してるから。他をあたってくれよ」
「しょうがないなー。じゃあレイちゃんに声かけてみるよ」
 やれやれ、と肩をすくめて両手を広げ、愛里は自分の部屋に戻って行った。
 僕だってリュンタルに行きたくないなんてことはない。期末テストが終わったら、毎日夜中までリュンタルにいるかもしれない。でも今は我慢だ。

 机の上に置いてあるスマートフォンが、『リュンタル・ワールド』でメッセージを受け取った時と同じ電子音を鳴らした。ログアウトしている時は、こうしてパソコンやスマートフォンでメッセージをやりとりすることができる。

 Airy: 今からでも遅くないから考え直して!

 隣の部屋に戻った愛里からだった。
「はぁ……」
 ため息をつく。
 返信せずにそのまま無視して、もう寝ることにした。

   ◇ ◇ ◇

「わかんね……」
 僕は勉強に躓いていた。
 これはたぶん、自力では無理だ。日曜日の午前中から申し訳ないけど、智保に助けてもらおう。まだパーティに合流する時間じゃないことを祈って電話してみた。
「大丈夫。誘われているのはお昼からだから。じゃあそっちに行くね」
 助かったー。

「――でね、ここは、こうなるから……」
「あー、なるほど……」
「じゃあこれ、同じパターンの問題だから、ちょっとやってみて」
「うん……こうかな?」
「はい、正解」
 智保が優しい声で優しく微笑んだ。
 僕はリビングで智保から勉強を教えてもらっている。二人で勉強するには大きいテーブルを使ったほうが学習机より便利だから、智保に来てもらった時の勉強はいつもリビングだ。
「ありがとう。助かったよ。学年トップの成績で教えるのも上手い人が隣に住んでいる幼なじみだなんて、本当に恵まれているよ、僕は」
「中間テストは二位だったけど?」
「あ、そうなの?」
 智保はずっと一位なんだとばかり思っていたんだけど。違ったのか。
「うん。一位は牧田(まきた)さんだった」
「あー、牧田かー」
 牧田玻瑠南(はるな)。僕のクラスメイトだ。無表情で口数が少なく、他のクラスメイトと一緒に遊んでいるのを見たことがない。休み時間はいつも本を読んでいる。図書委員もやっているくらいだから、かなり本が好きなのだろう。女子にしては背が高くて、切れ長の目で見下ろされると冷たい威圧感がある、というのが男子の間での評判だ。でも、僕は牧田よりさらに背が高いから、その辺のことはあまりよくわからない。
「でもさ、智保は勉強だけじゃなくて手芸も得意だろ? 牧田ってなんか特技とかなさそうだけどな」
「牧田さんピアノ上手だよ? 幼稚園のころから習っているんだって」
「牧田がピアノ? 意外だなー」
 でも体型同様指も長くて細いイメージがある。ピアノには向いているかもしれない。
「っていうか、なんでそんなに智保は牧田のこと知ってるの?」
「だって去年同じクラスだったし。名簿も並んでいたから、話す機会はけっこうあったよ」
「そうなの? 牧田って隣にいたとしてもあんまり話す雰囲気じゃないけど、何話してたの?」
「ほら、駅前の学習塾でたまに高校受験の模試やっているでしょ? あれ受けようかとか、やっぱり学年別の試験にしようかとか……」
「いやいやもういい! 僕には無理!」
 普段の会話が勉強のことなのか。それにハイレベルすぎてついていけない。なんで一年の時に高校受験の模試を受けるんだ?
「それに去年も二位の時あったよ? 一位は西畑(にしはた)さんだった」
「西畑かー。西畑も勉強できるよなー」
 西畑朋未(ともみ)。僕のクラスの学級委員長だ。こっちは牧田とは正反対で、背が低くて活発で声が大きい。席は一番前の列で、これは勉強熱心なのと目が悪いのが理由だ。赤い縁の眼鏡をかけているけど、童顔に似合っていてけっこうかわいい。騒がしくなければもっとかわいいんだけど。
 それにしても成績がいいのは女子ばっかりだな。男子はもっとしっかりしなきゃ。
 と、自分に言い聞かせてみた。

 いつの間にか昼になっていた。壁に掛かっている時計の長針と短針が、真上を指してぴったり重なっている。
「じゃああたしリュンタルがあるから帰るね。あとは立樹(りつき)なら一人で解ける問題だけだから、頑張って」
「うん、ありがとう。本当に助かったよ」

 智保を見送った僕は、昼食の準備に取り掛かろうとしたんだけど。
 スマートフォンが電子音を鳴らした。

 Airy: パーティが一人空いてるから入らない? ちゃんと剣使えるのがレイちゃんしかいなくってさ。

 勉強してるってわかってんのに誘うなよ。行きたくなってくるじゃないか。
 でももちろん行かないさ。勉強しなくちゃ。

 ……一人空いてるってことは五人か。確かに剣士が一人だけってのはキツいかもな……。
 僕は戦っているレイの姿を思い出してみた。
 初めて会ったのは、ピレックルでバグ騒動があった時だった。つまり、この間の月曜日だ。この時はちょっとあいさつしただけですぐ別れてしまった。
 次に会ったのが、二日後の水曜日。アイリーがパーティに誘った友達二人のうちの一人が、レイだった。
 レイは背中に背負った大剣を力と技で自在に操る、正統派の剣士だった。赤い髪と赤い瞳、そして赤で統一された衣装で躍動するレイの戦いぶりは、まるで炎が踊っているかのようだった。おそらく『リュンタル・ワールド』の中でも指折りの剣士と言えるだろう。
 そんな剣士と、また一緒に戦える……。
 いや何を考えているんだ僕は。関係ないだろ。僕が今するべきなのは勉強だ。これから昼食を作って、食べ終わったらまた勉強だ。

 ……アイリー、アミカ、レイ、あと二人は誰だろうな? 「ちゃんと」ってことは短剣を持っているシロンは入っているのかな?
 僕は続けてシロンのことも思い出した。
 水曜日に、レイと一緒に来たもう一人がシロンだった。シロンとはこの時初めて会った。実際に会ったシロンは、僕が想像していたのとは、だいぶ違っていた。
 前にアイリーがシロンの代理としてレイのパーティに参加したことがあったから、シロンもアイリーと同じ火力で圧倒するタイプの魔法使いの女の子なのかと思っていた。ところが、実際に会ったシロンはちょっとなよなよした感じの男だった。魔法も、いろいろな種類を使えるけどどれも中途半端でいまひとつ威力に欠けていて、はっきりしない性格をそのまま表しているかのようだった。
 僕が言うのもなんだけど、シロンは“冴えないヤツ”だ。

 シロンなんかで大丈夫なのかな。やっぱり僕が行ったほうが……。
 ……関係ないって! 行かないって! うん。行かな……いや、行き……、いや……。
「ええい!」
 僕はこれから始めるつもりだった料理をやめ、カップラーメンにお湯を注ぐと、三分待ちきれずに食べ始めてしまった。

   ◇ ◇ ◇

「あっ、お兄ちゃん」
 僕はギズパスの『門』に立っていた。
 目の前にアイリーが立っている。何が「あっ」だよ。『門』が光ったから待ち構えてたんだろ。もし僕じゃなかったらどうしてたんだよ。
 パーティはアイリーの他にレイ、シロン、それとアミカ。有名人に実際に会ってみると画面越しとの印象とは違う、ってことはあるらしいけど、アミカはやっぱりかわいくて幼い女の子だ。身長はアイリーよりも十センチくらい低い。薄紫色の髪と、同じ色の瞳。コンサートの告知で見た華やかな衣装とは違って、あまりヒラヒラしたところがない動きやすそうな服装をしている。その横には、ちょっと大人っぽい雰囲気の女の人が立っていた。
「お兄ちゃん、紹介するね。アミカと、アミカのステージ衣装を担当してるナオだよ」
 アイリーは振り返って、二人に「お兄ちゃんだよ」と僕を紹介したんだけど……。
 なんだか様子がおかしい。
「どうしたのアミカ? 大丈夫?」
「あ…………、あ……………………」
 アミカは僕を見て膝をガクガク震わせ始めた。右手で僕を指差し、左手でナオの腕を掴んでかろうじて立っている。半開きになった口がかすかに動いているけど、言葉にはなっていない。
 アイリーがアミカの元へ駆け寄った。
「アミカ、大丈夫? 具合悪いの?」
 アバターの体調が悪くなるなんてことはない。でも現実の体調が悪くて、脳がそれを感じ取ったまま仮想世界に入ってしまえば、たとえアバターであっても体調が悪いと感じてしまうことはある。
「う、うん、大丈夫」
 もしかしたら背が高いせいで怖がらせてしまったのだろうか。怖いと思われたことなんて、ほとんどないんだけど。
 僕は『門』から出た。アミカの前に立つ。
「初めまして。僕はリッキっていうんだ。よろしくね」
 できるだけ優しい声で、優しい笑顔を作って優しく挨拶した。
 アミカの体が少し跳ねた。やっぱり怖がっているのだろうか。
「ア、アミカだよ。はじめまして」
 少し震えたロリ声で、挨拶が返ってきた。
「ごめんなさい、アミカはちょっと人見知りで」
 隣にいるナオが釈明した。
「ああ、そうだったんだ。大丈夫、全然気にしてないから。ナオも今日はよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

   ◇ ◇ ◇

「で、どんなクエストなの?」
「えっとね、お兄ちゃん」
 街の東側を出た先に大きな森があって、その奥に棲む豚人間たちを倒す。それがアイリーが説明したクエストだった。たまに森の外に出てきては旅人を襲い所持品を奪うモンスター、というのが豚人間の設定だ。本物のリュンタルとは違って『リュンタル・ワールド』には旅人なんていないから、もちろん架空の設定なんだけど。
 このクエストなら知っている。この辺りでのテストプレイはほとんどやらなかったけど、経験した数少ないクエストのひとつがこれだった。あの時は一人だったせいでずいぶん苦労した戦闘も、六人パーティならまず問題ないだろう。
 街を出て、街道を進む。ピレックルの土の街道とは違って、街の外も石畳がずっと先まで伸びている。アミカとナオが先導し、その後ろを四人がついて行く。
 雑談をしながら歩く。ナオは現実世界ではファッション関係の専門学校生で、自分で考えた服を実際に着てもらう人や場所を探しているうちに仮想世界に来たのだそうだ。だから普段は戦闘に出たりはせず、付き合いでパーティに加わることがある程度らしい。今日もアミカの保護者が主な役割で、戦闘には加わらない予定だ。いちおう回復魔法が使えるけど、大したレベルではないとのことだ。
 アミカは……あまり話したがらない。目を合わせようともしてくれない。ステージ上では明るく元気に振る舞うアイドルも私生活では地味でおとなしい、というのは現実世界でもあるはずだ。仮想世界でも同様だろう。でも、おとなしいというよりはそわそわして落ち着きがない、といった感じがする。しきりに髪の毛をいじったり、俯いたかと思えば何度も何度も隣のナオの顔を見上げたりしている。
 やっぱり嫌われているのかな……。
 急に電子音が聞こえた。
 視界の左下の、手紙の形をしたアイコンが点滅している。人差し指で二度つつき、メッセージを開く。

 Airy: アミカ、さっきまであんなじゃなかったんだけどね。なんか元気ないみたい。

 反射的に隣にいるアイリーの顔を見た。
 アイリーも僕の顔を見た。心配そうな表情で、軽く首を横に振った。
 やっぱり僕のせいなのだろうか?
 さっきから雑談をしているとは言っても、アミカの方からは話しかけてこないし、会話が弾んでいるっていう感じがしないな……。
 と思っていたら。
「こいつね、わたしのこと好きなんだって」
 突然、レイが隣にいるシロンを指差して言った。少しだけ笑いを含んでいる。
「ちょ、ちょっとレイ、いきなり何言ってるの! そういうこと人に言わないでよ!」
 シロンは色白の顔を真っ赤にして、体の前で手をあたふたさせている。
「最初は中央ギルドの紹介でパーティ組んだんだけど、そのうちクエストの予定がない日でも会おう会おうって言ってきてさ。問い質したら告白されたのよ」
「レイ!」
「……なんか面白いこと言ったほうがいいかなと思ったんだけど。違った?」
 レイは僕たちを見回した。
 確かに六人パーティで楽しむにはちょっと静かな空気ではあったけど、だからっていきなりこの発言はすごいな。
 アイリーがシロンの肩をポンと叩いた。
「けっこう見え見えだったけど、ちゃんと伝えてたんだ? だったら納得。レイちゃんに告白するなんて、シロンって意外と勇気あるんだねー。ねえねえ、レイちゃんのどんなところに惹かれたの?」
 アイリー、そんなにグイグイ攻めるなよ。シロンがかわいそうだろ。
「どんなところって、その、力強さとか、僕にはないものを持っているし」
 あんまり男が女に言うことじゃないような気もするけど……。
「で、レイちゃんはどうなの?」
「わたし、ダメな男って、なんか放っておけないのよ」
 冷徹に言い放った。厳しい。
「で、でも、僕だってそのうちちゃんと強くなって、レイと並んでいてもおかしくないような男になって」
「無理しなくていいから」
「そんな……」
 がっくりとうなだれるシロン。
「でも、僕は不安なんだ。僕より強くてカッコいい男なんていくらでもいるだろ? そういう男がレイに言い寄ってきたら、レイの気持ちはどうなるかわからない。そう、リッキがそうだよ。例えばリッキのような男が」
「え? 僕!?」
 まさかここで僕が呼ばれるとは思わなかった。
 僕の声に驚いたのか、アミカが振り返った。一瞬僕の顔を見上げた後、また前を向いて俯いた。
「もし、リッキぐらい剣の腕が立つ男が、僕からレイを奪いに来たとしたら」
「わたしはシロンの所有物じゃない」
 レイがシロンを睨んだ。
「本っ当に、シロンってダメな奴」
 きっぱりと言い捨てた。
「ご、ごめんよレイ、そんなつもりじゃないんだ。ただちょっと心配になって……」
「リッキは、彼女とかいるの?」
 シロンが謝っているのを無視して、レイが前を向いたまま素っ気なく言った。
 レイを見ていたシロンが、振り向いて僕を見る。なんで睨むんだよ。
「いやあ……いないけど」
 他人の恋愛の話を聞くことはあっても、自分の恋愛のことなんて考えたこともなかった。それに、恋愛がどんな感覚なのか、僕にはよくわからない。
「へえ。フリーなんだ」
「レイ! まさか」
 僕を睨んでいたシロンが、振り返ってまたレイを見た。
「お兄ちゃんに恋バナなんてムリムリ」
 アイリーが手を振って否定した。
「お兄ちゃんにはそういう話、全然ないから。びっくりするくらいないから。リアルでもリュンタルでも、全然ないから」
「アイリー、それは事実だけど、ちょっと言いすぎだよ」
 さっきのシロンみたいに、僕もうなだれた。いくら恋愛について考えたことがないとはいえ、そこまで否定されるとさすがに虚しい。
「シロンはわたしが男を取っかえ引っかえして遊ぶような、そんな女だと思っているの?」
「そ、そんなわけないだろ! 何言ってるんだよレイ!」
「ごめん、ちょっとからかっただけ。心配は無用よ。見捨てたりなんかしないから」
「レイ!」
 レイは話を切り出した時のように、ちょっと笑っている。ずっと真剣なままのシロンがちょっとかわいそうに見えてくる。典型的な尻に敷かれるタイプだな、シロンは。
 そして、
「レイ、残念だけど」
 僕は話を切り出さずにはいられなかった。
「こういう話、アミカにはまだ早いかな」
 レイがこの話を始めてからも、アミカは一言もしゃべっていない。
「ごめんねアミカ、それとナオも。こっちで勝手に盛り上がっちゃって」
「いえいえ、構いませんよ」
 ナオが振り返って微笑んだ。アミカも振り返った。
「アミカもだいじょうぶだよ。だって、スタッフのみんなも、アミカより大人の人ばっかりだもん」
「あーそうだね。言われてみればそうだ」
「それとね、アイドルは恋愛禁止なんだよっ。だれか一人だけを好きになっちゃいけないの。アミカはみーんなを愛してるんだからねっ!」
 うん。よく聞く。アイドルは恋愛禁止。本当かどうかは知らないけど、建前上は“アイドルは恋愛禁止”だ。
 それに、ようやくアミカがしゃべってくれた。会話がないままだったらどうしようかと思っていたけど、ひとまず安心した。
 そして僕は隣にいるアイリーを見ながら笑った。
「アイリーは心配いらないよな。だってアイリーは禁止しなくても彼氏できないだろ」
「うっ」
 アイリーは固まってしまった。そして、
「くやしいけど、そうだね…………」
 アイリーもうなだれてしまった。

   ◇ ◇ ◇

 街道は二本に分かれていた。一方は他の街へと続く石畳の道、もう一方は森へと続く土の道だ。森はもう間近に見えている。僕たちは真っ直ぐ東へ伸びる石畳の道から外れ、やや南東へと逸れる土の道を進んだ。

 土の道は、森の中へと吸い込まれるように続いていた。この先の道は複雑だけど、一度来たことがあるし、豚人間たちの村がある方角も覚えているから、たぶん大丈夫だろう。途中で襲ってくるモンスターもいるけど、六人いれば楽に倒せるはずだ。
「ここからは僕が先頭になるよ。モンスターが襲ってきた時、アミカやナオが先頭じゃ危ないだろ?」
「アミカはちゃんと戦えるよっ」
「うん、じゃあ、ピンチになったらアミカに助けてもらおうかな」
 でも、ピンチになることなんてまずないだろう。アミカがどれくらい戦えるのかわからないけど、幼い女の子を戦いに巻き込んでしまうようではダメだ。僕にだってそれくらいのプライドはある。
 僕とアイリーが前列に並び、中間にアミカとナオ、後方にレイとシロンという隊列で、森の中の道を進む。
 すぐに、道が二股に分かれた。
 僕は右側の道を選んだ。これが正しいルートだからだ。
 そして僕は右側の腰にぶら下げた剣の柄を左手で握りしめ、引き抜いた。
 直後、道の横から何かが僕たちを襲ってきた。でも僕は焦ったりなんかしない。この攻撃も経験済みだ。
 僕は左腕を振った。細身の長剣が銀の軌跡を描き、襲撃を断ち切る。襲ってきたのは木の枝だった。周囲の木々に擬態したモンスターが潜んでいて、触手のような枝を鋭く伸ばしてきたのだ。しかしモンスターの攻撃は失敗した。僕に切り落とされた枝が一本、地面に落ちて転がった。
「アイリー!」
 奇襲に失敗した樹人が、姿を現した。根っこをうねらせ移動すると、僕たちの行く手に立ち塞がった。
 それを見たアイリーが、魔法の杖を掲げた。
「任せて、お兄ちゃん」
 樹人の弱点は炎だ。アイリーの杖の先が炎の玉を発し、樹人に炸裂させた。二発、三発と炎の玉を浴びた樹人はHPがゼロになり、光の粒子となって消えた。
「まあ、こんなもんだろ」
 僕は後ろを振り返った。レイとシロンは一緒に戦ったことがあって僕の剣の腕も知っているから、これくらいのことではいちいち反応しない。
 ナオは拍手してくれた。アミカはちょっと首を傾げている。
「リッキとアイリーは、さすが兄妹だけあっていいコンビですね」
 ナオはそう言ってくれたけれど、
「アミカだったら、一回で勝てるもん!」
 アミカはけっこう負けず嫌いのようだ。炎の玉を三発放って樹人を倒したアイリーより、自分のほうが強いと言いたいのだ。
「じゃあ次はアミカにも戦ってもらおうかな」
 僕は腰を落としてアミカと同じ高さになり、できるだけ優しい笑顔を作って言った。
 するとアミカは急に落ち着かなくなり、隣のナオの手を握ってしきりにナオの顔を何度も繰り返しチラチラと見始めた。そして隠れるようにナオの背中に回ってしまった。
 上から見下ろすと怖がられるかと思って目線の高さを合わせてから言ったんだけど、それでもやっぱりダメなのか。なんで嫌われちゃってるんだろうな。

 僕たちはまた歩き出した。前方に大きな池が見えてきた。木々に覆われ届きにくかった太陽の光が、遮るものをなくし水面や僕たちを照らす。
 道はこの池に沿って続いていくんだけど、この池で泳いでいる白鳥に見える鳥が実は凶暴なモンスターで、池を通り過ぎるあたりで集団で襲いかかってくる。テストプレイで来た時は、僕は戦いきれずに走って逃げてしまった。モンスターは移動できるエリアが決まっていて、この白鳥モンスターは池からある程度離れると追うのをやめて池へと戻って行く。おかげで僕は助かったんだけど、今なら六人いるんだし、そんなにひどい目に遭うことはないだろう。
「見て! 白鳥だよ!」
 アイリーが騒いでいる。アイリーは僕と違ってテストプレイ中もあんまりあちこち行かなかったみたいで、リュンタルの地理にあまり詳しくない。魔法を使った時のエフェクトとか、装備品のデザインとか、僕があまり気にしない部分をを重点的にチェックしていた。だから、白鳥が実はモンスターだということは、アイリーは知らないはずだ。
 僕は剣を抜いたまま、横目で白鳥を警戒する。そろそろ来るはずだ……。

 バサッ。バサバサッ。
 来た!
 白鳥たちが一斉に飛び立ち、こっちに向かってきた。ワーワーと大きな声を喚きながら嘴を大きく広げ、ギザギザに並ぶ歯を覗かせている。水かきが張った足の指の先には、鋭い爪。
「えっ何? この白鳥、モンスターなの!?」
 アイリーが杖を掲げ、炎を放ち迎え討つ。
「ダメだアイリー、炎は逆効果だ!」
「えっ?」
 白鳥のモンスターたちは炎に包まれた。羽毛に覆われた鳥のモンスターは炎に弱い。
 でも、こいつは違うんだ。
 炎に包まれた白鳥が小刻みに羽ばたいた。大量の羽毛が炎の刃となって僕たちに降り注ぎ、服や肌を焦がす。
 僕はテストプレイをした後、気になってお父さんからこの白鳥のデータを見せてもらったから知っていたけど、アイリーはこの白鳥が炎を取り込んでしまうことなど知るはずもない。仕方ないとはいえ、攻撃をしたつもりがかえってピンチを招いてしまった。
 応戦しようにも相手は鳥だ。上空に留まり襲ってくるモンスターに、剣士は対抗できない。池の水面からは新たな白鳥が次々と発生し、こっちに押し寄せてくる。また逃げるしかないのか?
「アミカにまかせて!」
 振り返ると、僕の後ろにいたアミカが右手を天に掲げ、呪文を詠唱した。
 人差し指に嵌めた指輪が、金色に輝く。
 すると、明るい空が一瞬さらに明るく、白く光った。
 その直後。
 白鳥たちはピクピクと痙攣し始めた。僕は呆然と、黒く焦げた体を地上に落下させながら光の粒子となって消えていく白鳥たちを眺めていた。
 アミカは雷の魔法を使って、白鳥たちに一斉に落雷させたのだ。指輪や杖から雷撃を放つのと違って、空から雷を降り注がせるのはレベルが高くなければできない。しかもアミカは雷雲を呼び寄せることなく、何もない青い空から雷を発生させている。相当にレベルが高い証拠だ。
 しかし、白鳥の数が多すぎた。全滅させることはできなかった。落雷を免れた僅かな白鳥たちが、アミカめがけて突撃してきた。
 向こうから近づいてきてくれるなら剣でも戦える。呆然としていた僕は我に返り、アミカの前に立ち塞がって左手に握る剣を構えようとしたんだけど。
「ジャマ!」
 僕の背中で、アミカが幼い声で叫んだ。
 いつの間にか、アミカは弓を手にしていた。矢をつがえず、ただ弦を引く。すると矢があるべき位置が輝き出し、光の矢が出現した。
 アミカの右手が弦を離した。光の矢が正確な弧を描き、白鳥の心臓を貫いた。アミカはまた素早く弦を引いた。出現した光の矢を放つと、別の白鳥が心臓を貫かれていた。アミカの弓矢によって、白鳥たちは次々と光の粒子と化し、そして完全に姿を消した。

 僕も、アイリーも、レイもシロンも、ただただ立ち尽くし、アミカを見ていた。
 魔法だけではない。弓のレベルも相当に高い。そもそもこのタイプの弓は、魔法と弓、両方のレベルが高くなければ使うことができない。
 アミカは……強い。
「ふつうだね」
 アミカが呟いた。
「そうね、いつもと同じだったね」
 ナオが答えた。日常のなんてことない会話をしているようだった。

   ◇ ◇ ◇

「私は戦うためにリュンタルにいるのではないので、クエストの経験はほんの数回しかありませんけど、アミカの戦いはいつもこんな感じでしたよ。リュンタルで戦うのって、こういうものなんじゃないんですか?」
 僕たちは森の奥へと歩きながら、また話をしていた。
 どうやらナオは戦闘のことをよく知らないみたいだ。だから、アミカの強さが実感できないでいるのだろう。
 アミカは右手を空中で忙しく動かしている。ウィンドウを開いて、何かを見ているようだ。いちおう話は聞いているようで、たまにチラッと僕の顔を見ることがある。
「あのねナオ、アミカはたぶん、私より強いよ」
 アイリーが言っていることは、決して過大評価ではない。それどころか、戦い方によってはこの六人の中で一番強いのはアミカかもしれない。
 レイはアイリーの言葉が気に入らない様子だ。
「遠距離ならばアミカは強いかもしれない。でも接近戦になれば、アミカはわたしの剣に敵わない」
 レイの言う通り、強さはあくまでも戦い方次第だ。さらに、同じ剣士、同じ魔法使いでもタイプはいろいろあるから、誰が絶対に強いとか弱いとかっていうことは、決められるものじゃない。それぞれに、自分の強さを出せる戦い方がある。
 だから、僕は確信している。
「みんな強いよ。アミカもアイリーも、レイも。僕だって多少の自信はある。だから、このパーティは強いよ。必ずこのクエストはクリアできる」
 全員が、僕の言葉に頷いた。
 一人を除いて。
「あのう、僕が入ってないんだけど……」
 シロンのぼやきを、全員が聞こえないフリをした。

 僕たちはどんどん森の奥へと進んでいった。道はテストプレイの時と変わりなかったから、複雑だけど迷わなかった。途中何度かモンスターと遭遇したけど、僕とレイの剣、アイリーとアミカの魔法で無事に倒すことができた。シロンは回復魔法を担当した。小さな効果だったけど、回復魔法も使えるとは知らなかった。シェレラがいないこのパーティでは、たとえ小さな回復魔法でもけっこう助かる。中途半端とはいえ、なんでも使えるってのは意外と役に立つものなんだな。

 ついに豚人間の村に到着した。
 森の中ではあるんだけど、この辺りだけ木が生えていない。土の地面が広がる中に、丸太の柱に土壁、枯れ草で覆った屋根の家が点在していた。家の出入口にはドアはなく、布が一枚垂れ下がっているだけだ。外には豚人間が数匹、辺りをうろうろ歩いている。筋肉が盛り上がった逞しい体の人間のようなんだけど、顔は豚だ。肌の色はやや緑がかっていて、粗末な毛皮の服を一枚だけ着ている。
 ここからどうしようか。
 テストプレイでやったように、気づかれないように背後から回って一匹ずつ倒す、という方法もあるけど、六人パーティでそれをやるのは現実的ではない。正々堂々突っ込んで真正面から倒していくのが簡単かもしれない。それができるくらい、このパーティは強いはずだ。
「僕は正面突破がいいと思う。みんなはどう?」
 振り向いて、みんなの顔を見回しながら意見を問う。
「お兄ちゃんにしては大胆だね。そうこなくっちゃ。私は賛成」
「当然、わたしも賛成」
 アイリーとレイが僕の意見に同意した。
「レイがいいなら、僕もいいよ」
 シロンはシロンらしい考え方で、首を縦に振った。
「アミカも、それでいい?」
 また答えを返してくれないかもしれないけど、訊かないわけにはいかない。おそるおそるアミカの顔を見つめる。
「うん。アミカもそれでいいよ」
 アミカはニコッと笑って答えてくれた。
 よかった。ずっと打ち解けられないままクエストが終わってしまったら、たとえクリアできても後味が悪くなってしまう。最後の戦いを前に、やっと笑ってくれた。これで思う存分戦える。
「じゃあナオは僕たちが守るから、はぐれないように。気をつけて」
「ええ。わかりました」
 そう言っている間に家の中から豚人間が一匹、姿を現した。ちょっと歩き出した後、こっちを向いた。
 目が合ってしまった。
 豚人間は何か大声で叫びながら駆け足で家に戻った。すぐに、豚人間たちがぞろぞろと家から出てきた。手には斧や剣を持っている。
「気づかれたか! 行くぞ!」
 僕たちは、武器を持って待ち受ける豚人間たちに向かって突撃した。

 村中から豚人間が集まってきて、激しい戦いとなった。
 豚人間には魔法がよく効く。僕とレイ、シロンが壁となり、アイリーとアミカが魔法で攻撃している。シロンは壁としては心許ないけど、豚人間の数が多くて僕とレイだけでは足りないので仕方がない。その後ろにナオ。ナオは家を背中にしているので、後方から襲われる心配はない。豚人間のほうから攻撃してきてくれるので、陣形を保ったままその場に留まって戦うことができている。
 形勢は……やや不利だ。テストプレイの時と比べて、豚人間がパワーアップしている。数も多い。ここに来るまでの道だけでなく、正式サービス後にクリアしてきたクエストはテストプレイの時とあまり変わりはなかったから、豚人間が強くなっているとは考えていなかった。予想外の状況だ。陣形を保ったまま戦っているというよりは、一歩も前に出られないという言い方のほうが合っているかもしれない。
 豚人間が力任せに振る斧や剣は、かすっただけでもダメージとなった。シロンが壁となって戦っているので、回復に専念できるのがナオしかいない。だんだんHPが減ってきて、回復が追いつかなくなってきた。それでも豚人間の猛攻は続く。
「しまった!」
 残りHPに気を取られて、豚人間が僕の横をすり抜けるのを許してしまった。侵入した豚人間が、アイリーを斬りつけた。
「きゃあっ!」
 アイリーが悲鳴をあげた。たとえ痛みはなくても、感触や衝撃はある。つい声が出てしまうことも、よくあることだ。
 豚人間はさらにナオを襲う。ナオは一撃を浴びたが致命傷にはならなかった。豚人間はさらにナオに攻撃を加えようとした。しかし、アイリーが振り向きざまに炎を放つと豚人間は炎に包まれ、光の粒子となり散った。ナオがさらなる攻撃を受けることはなかった。
「ナオ、だいじょうぶ?」
 アミカが駆け寄って、ナオの腕にできた傷を確認する。
「大丈夫よ、安心して。でももうMPがほとんど残ってないわ」
 ナオは戦うためにリュンタルにいるのではないので、元々そんなにMPを持っていない。六人パーティの回復を一人で請け負っていれば、MPが尽きるのは当然だ。ここから先はポーションで対応しよう。
「ナオに斬りつけるなんて! アミカ怒ったからね!」
 アミカが右手を天に掲げた。呪文の詠唱とともに、中指の指輪が青く輝く。
 輝く雪のように、光がキラキラと空から降ってきた。光の雪が僕の体に触れ、そのまま吸い込まれていく。すると、それに合わせてHPが少し回復した。降り注ぐ光の雪を次々と浴び、僕だけでなく全員の傷がどんどん消えていく。HPは完全に回復した。
 アミカは回復魔法も使えるのか。しかもこんなハイレベルな魔法を。これならポーションは必要なさそうだ。
「つぎ!」
 人差し指の指輪が、赤く輝いた。上空に大きな炎の玉が出現し、小さくちぎれながら豚人間たちに降り注ぐ。僕たちの目の前で、豚人間たちが一斉に光の粒子と化し姿を消した。
 一気に道が開けた。後方に散らばっていた豚人間たちがおろおろしている。
「よし! 突撃だ!」
 僕たちは走り出した。豚人間たちを個々に撃破していく。目指すは村の奥にある、ひときわ大きな家。ここにいる豚人間一族の長を倒せば、クエストクリアだ。
「わたしが行く」
 レイが入口の布を切り落とし、家の中に突入した。続いて僕たちも中に入る。待っていたのは数人の護衛。そして、その奥で椅子に座っている族長。大きな体だ。他の豚人間の二倍はある。
 護衛が一匹、レイに襲いかかった。剣と剣がぶつかり数回鳴り響いた後、レイの大剣が護衛を斬り捨てた。それを見ていた残りの護衛が一斉にレイに襲いかかった。僕はレイのフォローに入った。シロンもそれに続く。アイリーは炎の玉を放った。敵味方が近距離で戦っていると攻撃魔法を放ちにくいけど、アイリーはそんなことでは躊躇しない。迷わず放ち、そして確実に当て、護衛にダメージを負わせた。やがて護衛は全員光の粒子と化し消滅した。
 素早く僕たちは左右に分かれた。後ろで待っていたアミカが、引き絞った弓から右手を離す。光の矢が一直線に族長の心臓めがけて飛んで行く。矢は毛皮の服を突き破り、族長の左胸に深々と突き刺さった。
 族長は苦しみながらも立ち上がった。立てかけてあった剣を手に取り、こっちに向かって歩きながら剣を振って僕たちを威嚇した。
 大きな体に、それに見合った大きな剣。この攻撃を食らえばひとたまりもないだろう。しかし動きは速くなく、足元もガラ空きだ。それにこっちは人数も多い。レイが族長を引き付けている間に、隙を突いて僕は族長の背後に回って膝の裏を突き刺した。族長は立ち続けることができずに膝をついた。動けなくなった族長にアイリーが容赦なく炎を浴びせる。族長は闇雲に剣を振り回しているけど、炎を振り払うことはできない。さらにアミカが追撃の光の矢を放った。
「リッキ、よけて!」
 アミカの声に、族長の背中にいた僕はとっさに横に跳んだ。アミカが放った光の矢は、族長の喉を貫通した。矢の先がはっきり後方に突き抜けているのが見える。あやうく巻き添えを食らうところだった。矢を放ってから声をかけるなんて、ちょっと遅いんじゃないか? ちゃんと避けられたからよかったけど。
 族長の動きが止まり、体を痙攣させながら、前のめりに倒れた。床が振動し、僕の足にも伝わる。痙攣したままの族長の俯せの体は、数秒後、光の粒子となって消えていった。握っていた剣だけが、その場に残された。
「意外とあっけなかったなー」
 落ちている大剣を見ながら、思わず呟いた。他の豚人間同様、族長もテストプレイで来た時より強化されていたはずなのに、あっという間に倒してしまった。
「そう? こんなもんじゃない? そっか、お兄ちゃんソロプレイばっかやってたから、いつも苦労してたんだよきっと。これからはもっとパーティ組もうよ。楽しいでしょ?」
 確かに、こんなにあっさり族長を倒せたのはパーティの連携があったからだ。パーティはソロプレイではできないことができる。会話も楽しいし、僕にない能力を持つ人たちの戦いを仲間として見られるのも楽しい。自分がその一員であることがまたうれしい。パーティは楽しい。これからはパーティを組むことが、きっと多くなってくるだろう。

 空中にウィンドウが現れ、クエスト完了を告げるメッセージが表示された。電子音が音楽を奏でる。それと同時に、族長が座っていた椅子の裏の壁に扉が出現した。扉を開けると、そこは宝物庫だった。“旅人を襲い所持品を奪うモンスター”という設定に沿って、剣やナイフなどの武器、指輪、服、魔石や希石、布や染料、ポーションなどのアイテム、シルが一杯に詰まった宝箱で埋め尽くされていた。
「これ……どうする?」
 テストプレイで来た時には、こんなにたくさんのクリア報酬はなかった。モンスターが強化されたぶん、報酬も豪華になったのだろう。六等分したとしても十分な量だ。
 レイが剣を手に取っている。剣は何本もあって、次々と手にしてはじっと見つめたり素振りをしたりしている。
「大した剣はないみたい。わたしは族長が持っていた剣をもらう。あとはいらない」
 それを聞いたシロンは不満そうだ。
「レイ! せっかくこんなにあるのに、いらないなんて言わないで!」
「じゃあシロンが貰えばいい」
「レイ! 僕は……貰うよ。貰えるものはなんでも貰うよ。せっかく戦って手に入れたんだ。貰う権利はあるさ」
 レイはレイらしいし、シロンもシロンらしいな。
「とりあえずさ、シルは均等に配分でいいだろ? レイもそれでいいだろ?」
 レイは頷き、それに続いてみんなも頷いた。
 僕は剣、アイリーは魔石、シロンはナイフ、アミカは指輪、ナオは布と染料を貰うことにした。服は男女や色、サイズなどさまざまなものがあったのだけど、みんな自分が今着ている服がお気に入りで引き取り手がなく、ナオがまとめて貰い受けた。仕立て直して自分好みの服にするのだそうだ。希石やその他のアイテムは山分けにした。

   ◇ ◇ ◇

 僕たちはソフォイダン公園に戻ってきた。
「これからどうするの?」
 僕はみんなに尋ねた。
「私は行きたい所があるからここで別れたいんだけど、いい?」
 レイはそう言って『門』に入った。
「レイ、待ってよ!」
 シロンは慌ててレイに駆け寄った。
「今日は楽しかった。じゃあね」
 手を振るレイがシロンと共に『門』が発する光に包まれた。数秒後に光が消えた時、二人の姿も消えていた。
「レイちゃんは相変わらずマイペースだなー」
 まだ『門』を見ているままのアイリーが呟いた。
 確かにレイはあまり人に合わせるって性格には見えないな。慣れ合いを好まないって感じだ。
「じゃあ僕もここでお別れしようかな。本当は勉強してるはずだったんだし……」
「リッキ、あの」
 アミカが話しかけてきた。
「あのね、リッキにフレンドになってほしいの」
 アミカが右手を動かし始める。
 それを見たナオが、アミカの顔を覗きこんだ。
「あら、アミカのほうからフレンドを申し込むなんて珍しいわね。どうしたの?」
「だってリッキともっとなかよくなりたいんだもん」
 アミカの手が止まった。同時に、僕の視界にウィンドウが開いた。

 Amica:
 ――フレンド登録を申請されました。受諾しますか? <はい> <いいえ>

 意外だった。
 僕はアミカから嫌われていると思っていたのに。
 クエストを進めていくにつれてだんだん話してくれるようになったけど、まさかフレンドになりたいなんて言ってくれるとは思っても見なかった。これからもあんなハイレベルな戦闘能力を持つアミカと仲間でいられるなんて、こんなに嬉しいことはない。いや、レベルがどうのこうのじゃなくて、一緒に戦った仲間とこれからも繋がっていられると思うと、それだけで嬉しい。

「ありがとう、アミカ」
 僕の左手の人差し指が<はい>に触れた。

 フレンドリストを開いてみた。
 ずっとアイリー、シェレラ、それとお父さんの三つの名前しかなかったリストに、アミカの名前が加わっていた。
 きっとこれから、アミカだけではなくてもっと多くの名前がこのリストに加わっていくのだろう。「できるだけ多くの人と会って仲良くなりたい」というアイリーの気持ちがちょっとわかってきた。今度気の合う誰かと出会った時は、僕からフレンド登録を申請してみようか。

「じゃあ、僕はこれで」
「リッキ、あしたも遊ぼうよ」
「え?」
 明日も?
「アイリーは、あしたも遊べる?」
「もちろん!」
 即答かよ! 本当に期末テストの勉強をしないつもりなんだな。
「お兄ちゃん、せっかくアミカから誘ってくれてるんだしさ、明日もいいでしょ?」
「いや、でも……」
「いいでしょリッキ! アイリーといっしょに、また遊ぼうよ」
 アミカの薄紫色の瞳が、僕をじっと見つめる。
「うーん、困ったな……」
 勉強しないで済むなら遊んでいたいけど、そうもいかないし……。
「ごめん、すぐには決められないよ。明日になったら返事するね」
「もう、お兄ちゃんって変なところで優柔不断だよね」
 変なところってなんだよ。勉強もアミカも大事だから迷ってるんじゃないか。
 僕は左手を動かした。
「じゃあ、あとで必ずメッセージ送るから。またね」
 僕は笑顔を見せつつも、逃げるように後ずさりしながらログアウトした。

しおり