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39 彩

「あなたには本当に驚いたわ……まさか四災獣全部と契約をするなんて。でも気を付けなさいコチ。わたくしは昔、朧月に惑わされて滅びた国を見たことがあるの……酷いものだったわ」
『そんなこともあったかしらね。ただわたしの名誉のためにひとつ言わせてもらえば、大概が強欲な人間たちの自業自得ってものよ』

 エステルさんの言葉を軽く受け流した朧月はのんきに毛づくろいをしている。どうやらエステルさんが朧月を警戒していたのは、そんな事情があったらしい。朧月は幻術とかが得意みたいだから、やろうと思えば人の心を惑わすこともできるのだろう。でもさっきも言った通り、今の朧月はそんなことをするようには見えない。私にはそれで十分だし、もし本当に朧月たちが悪いことをするようなら、そのときはできるできないは別として、契約者である私が体を張ってでも止める。その覚悟があればいい。

「さて、コチ君。無事に契約が終わったところで、ひとつ提案だ。エステルも言っていたように、彼らは人間たちの間では四災獣として恐れられていた。おそらくその名前も忌むべきものとして世間に定着しているはずだ。召喚時にはやむを得ないが、外を連れ歩くときには愛称のようなものを付けておいた方がいいと思う」
「……な、なるほど」

 ウイコウさんの話を聞いて、表情筋(ゲーム内なのにわかるのか?というのは置いておく)が引きつる。目線を泳がせつつ召喚獣たちの方を見ると、全員がやれやれといった呆れ顔をしている。

『ぼくは別にいつもの呼び方でいいよ』

 あくびをしつつ雷覇が言うと。

『わちしも構いませんわ。そのかわりたくさん戦わせてくださるのなら』

 ぱたぱたと羽ばたきながら戦闘大好きな紅蓮も続く。

『はぁ……締まらないけど、いまさらだしわたしもいいわよ』
『諾。我も受諾する』

 仕方なくといった風情の朧月と感情が分かりづらい蒼輝。うん、まさかこんなことになるとは思わなかったから罪悪感が……

「ほう、すでにコチ君が付けた名前があるみたいだね。今後は私たちもそれに倣うことにするから教えてもらえるかい」
「はは……なんとなく便宜上勝手に付けていた名前なので……いや! 勿論私は意外と気に入っているんですけど……」
「くくく……恥ずかしいのなら僕が言ってあげようか。彼らの愛称はアオ、クロ、シロ、アカだそうだよ」
「あぁ!」

 ぐ、私が言い淀んでいる間にシェイドさんがあっさりと安易な私のネーミングセンスを暴露してしまった。
 せめて言い訳をさせてもらえるなら、彼らとはいずれお別れするのが確定していたわけで、考え抜いた名前を付けてしまったら別れが悲しくなると思ったから、あえて簡単な名前を付けて別れに備えていただけ。それなら名前なんか付けなければいいのだけれど、私は話しかける相手に名前がないというのがどうしても落ち着かないので我慢が出来なかった。まさかこの性格のせいで、ヘルさんの件に続いてここでもやらかしたことになるとは思わなかった。

 その後しばらくリイドの住人たちにネームセンスについていじられまくったが、結局本人(?)たちがそれでいいと受け入れてくれていることもあり。正式に愛称が、蒼輝=アオ、朧月=クロ、雷覇=シロ、紅蓮=アカに決定した。そしてなにより、この愛称にしてよかったと思えるようになったのはファムリナさんの一言があったからだ。

「私はぁ、好きですよコチさぁん。四災の皆さんはこれからは、四色でコチさぁんの周りを|彩《いろど》る頼もしい召喚獣ということですからぁ、今日からは四災獣ではなく四彩獣ですねぇ」

 それを聞いた四彩獣の皆がどこか嬉しそうだったのが、私も無性に嬉しかった。


◇ ◇ ◇

「今の段階で我々が君にしてあげられることはこのくらいだ。あとは君自身に頑張ってもらうしかない。さっそく明日より修行に入ることになるが、構わないかねコチ君」
「勿論です。でも、今日もまだ時間はありますけど?」

 いろいろあったけど、まだ外は明るい。修行を始めるならできなくもない時間だ。

「変なところで真面目だよなぁ、お前は。今日はいいんだよ! うちらが自由に動けるようになったお祝いだ、ぱーっとやろうぜ」

 私の肩に腕を回したアルが楽しそうに笑っている。

「オラが育てた野菜たちも食べごろだぁ」
「ヒッヒッ、わしが造った秘蔵の酒も出してやろうかね」
「おお! ゼン婆の酒が飲めるとはたまらんな。これは坊主に感謝せねばな」
「にゃにゃ! やた! 親方、あたしの分まで飲まないでよ!」
「がはははは! 俺もご相伴にあずかろう」

 親方やガラ、ミラはともかく、コンダイさんやゼン婆さんまで、どこか浮かれている気がする。

「料理はあたいに任せとくれ、うまいもんを腹いっぱい食わせてやるさ」
「う、ううううちの子たちは、た、食べちゃダメですよ!」

 いまさらニジンさんの家畜を食べようと思う人はいないだろうに。ラーサさんには兎肉を放出しておこう。

「コチ殿、ぜ・ひ・と・も! 時空神様のお話をお聞かせくださいね」
「メリア様に聞きました。その件、神に仕えるもののひとりとして是非私もご一緒させてください」

 よほどヘルさんの件が衝撃だったのか、メリアさんがらしからぬ強引さで私の右腕を抱え込んできて、ちゃっかりレイさんも便乗する気満々のようだ。どうやら逃げられそうもないけど、右腕が柔らかいものに包まれて気持ちいいからまあいいか。

「ふふ、コチ。さっきのクロの言葉についても説明してもらわないとね」

 あう、左腕を取ったエステルさんがギリギリと関節を極めてくる……こっちも気持ちいいはずなのに、関節が決まっているから痛覚軽減されていても結構痛くて感触を楽しむ余裕がない。

「あらあらぁ、あのエステルがねぇ。コチさぁんは素敵な殿方ですからねぇ」
「くくっ、確かに退屈はしない。影としても働きがいがあるね」

 一歩引いた場所でほんわかとしたファムリナさんと、黒装束のシェイドさんが微妙に噛み合わない会話をしている。

「さあ、さすがに神殿で酒を飲むわけにはいかないだろう。今日は大通りで飲み明かすとしよう!」

 最後にウイコウさんの一声で動き出した皆と、日が沈み、夜が明けるまで呑めや歌えの大騒ぎをした。これほど楽しい宴会は生まれて初めてだった。

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